第六話 戦い、森にて3
「――相談は終わりか。そろそろ仕掛けるぞ」
律儀にも吸血鬼は宣言した。
空気を読んで私たちの会話が終わるのを待っていてくれたのか。申し訳ないです。
「氷地!」
吸血鬼が動き出そうと足に力を込めた瞬間に、ヴィンセント王子が足元を氷に変える。これは不意打ちだったらしい。当然だが、前進する勢いは削がれた。
地の利は私にある。
詠唱していた鉄拳を足にかけ、その隙に蹴りを入れようとする。その名の通り、鉄拳は本来は手にかけるべき呪文だが、これはその応用。私のオリジナルだ。
「くっそ!」
――が、私の足は虚しく宙を蹴る。言葉遣いについてはご容赦いただきたい。
蹴りを入れた瞬間、吸血鬼は王子の眼前へと転移していたのだ。前衛だ後衛だなんて、敵側には関係ない。悔しいけれど、厄介なのはどちらか、敵はよくわかっているらしい。
王子は鬼神がかった剣さばきで、次々と繰り出される爪による斬撃に応戦する。
はっきり言って、両者ともに人外の動きである。近接攻撃における実力は互いに肉薄しているようだ。
しかしここで任せるわけにはいかない。
魔術を使われれば、私の才能では吸血鬼の魔術を打ち消すことはできない。そうなれば、前に出ている王子はひとたまりもないだろう。
――使うしかない。『奥の手』を。
「吸血鬼の王よ! 見せてやろう、私の究極奥義を!」
高らかに宣言する私を、興味深そうに吸血鬼は見る。
その隙に、くちびるに馴染んだ呪文を詠唱する。この危機的状況で、凄まじいまでの集中力が発揮されているのを感じた。
そして最後の一音を紡いだとき――。
「身体強化! 身体強化!」
これぞ我が究極奥義――身体強化三回がけ!
ああ、全身に力がみなぎるのを感じる。
期待外れだったなら、心から謝ろう。だが、身体強化はこれでも非常に使い手を選ぶ中級魔術。常人ならば一度使えば筋疲労で体がぼろぼろになる。
それを三度も耐えられるなんて、私はすごいのだ。自慢!
「ちょっ、力が抜けるから……! 笑わせないでくれ」
ひいひい笑っている王子殿にはどうにも不評らしいが、知ったことか。私の実力を見れば、きっと意見を変える。
「うぉらあッ!」
一度の動きで吸血鬼の懐に入り込んで、殴りかかる。
間一髪のところで避けられるが、これは予想の範疇。そのためにあえて、腕に勢いはつけなかった。
避けるために体勢を崩したところに、足払いをかける。手応えはあり。あとは、バランスを崩した体に渾身のパンチを入れればいいだけだ。
「死ねええええ!」
雄叫びをあげて、全力で殴りかかる。
だが吸血鬼は、またもや転移を使って逃げ果せた。今回のは、ただ体勢を立て直すためだけのものだ。
「ぐっ……!」
風圧だけで、奥にあった大木が三本倒れる。だけどそれだけの力で空振りした反動はすべて私の腕にかかり、さすがに激しい痛みを覚えて、歯をくいしばる。
「よく耐えられるな」
呆れたような声をあげながらも、王子は私の腕に治癒をかけてくれる。
治癒は手術のように綺麗に体の損傷を治す魔術。体の自然治癒を促進する回復よりも綺麗に治る分、難度も高い技だ。無論、そんな器用な技は脳筋には使えない。
「ご心配なく。それに、おそらくあの転移は連続で使うことはできない。さらにあなたが呪文をかければ、それを打ち消すのに手間がかかる。身体強化の効果時間は二百秒。その間殴り続ければ、一発くらい当たります。魔術はすべて任せましたよ!」
我ながら酷く無責任なことを口にして、もう一度吸血鬼のもとに躍り出る。
守りをすべて捨てて殴り、殴り、殴り続けた。
一度でも当たれば即死級の物理攻撃。吸血鬼も下手な動きはせず、二百秒逃げ切ることに専念しているようだ。しかし、目線だけはしっかりと王子のいる方向も確認している。この状況で魔術まで使われれば、さすがに不利になるからだろう。
「お願いです! 打ち消されてもいいから、もう撃ちまくっちゃってください!」
王子にそう頼むと、やや戸惑いながらも、次々と短い呪文を唱えていく。長くて強力な呪文ひとつを唱えて無効化されるよりも、吸血鬼が知らない呪文を唱えてこの残り百五十秒ほどのなかで当てたほうがいいからだろう。
しかし、そのすべてを吸血鬼は打ち消していく。
どんな小さな魔術にも、器用にも相反する魔術をぶつけて無効化した。……やはり、反魔法は使っていない。
私ごときの体術では、呪文を詠唱する片手間でも避けられるのだろう。だが――!
「――偉大なる光!」
殴りかかると見せかけて、突き出した拳を吸血鬼の顔に向けて開いた。
手のひらから生まれた太い光線の束が、無数の槍のように吸血鬼の体を貫いた。