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第三話 悪役令嬢の兄2

 昔からこうだった。

 世話焼き体質のディランは、とにかく何かにつけて妹分を猫可愛がりしたがる。


 ダイアナ様は普段から可愛らしいわがままを言ったりするから、ここまでひどくはされない。

 だけど私は、立場上奉仕する側。まず甘えたりなんかしないし、したくない。


 それがディランはたいそうご不満らしくて、頻繁に構いたい病に侵される。


 特に風邪をひいたり、怪我をしたときに、ここぞとばかりに看病という名の地獄を味わわせてくるのだ。


 もちろん、小さいときはそれでいいよ?

 構ってもらえて嬉しかったし、ディランは気配り上手だからね。いつもこちらの気持ちを汲み取って、先回りしてくれる。退屈な寝るだけの時間だって、会話上手な相手がいて楽しかった。


――いつからだっただろうか、そのことに恐怖を覚えはじめたのは。


 喉が乾いたら用意されている水差し。食べたいと思ったときには目の前にある好物たち。

 伸びて邪魔になった爪は寝ている間にそろえられている。汗が気持ち悪いなって思ったら、いい香りの香油を垂らした温かい布ですぐに拭かれた。


 ディラン曰く、「妹たちの気持ちはなんでも分かる」ですよ。


 あれ、怖くない? なんでそこまでこっちの気持ちがわかっちゃうの? どれだけ観察眼が優れているの?


 極め付けは、寝ている間にうっすらと瞳を開けたときだった。

 

 見ているんだよ、このひと。いつ目を開けても、飽きもせずにずーっと、寝ている私を見ている。慈愛に満ちた瞳で。ずーっと……。


 ――ふぇえええ、お兄ちゃんこわいよおお(ようじょ)。


 ちょっと語弊があるけれど、これが当時の私の心境。さもありなん。


「ターリア? 三日もなにも口にしてないんだから、なにか食べなきゃ。それとも、まだ具合が悪いのか? 熱はないみたいだけど」


 私の額に手を当てたディランが首を傾げると、蒼銀の髪が美しい貌にかかった。髪と同じ色の綺麗な瞳が、不安そうに揺れた。


 うっ……。罪悪感。


「りんご、好きじゃなかったっけ?」


 首を振る。りんごは好物だ。


「……じゃあ、俺がいるのが嫌か?」


 心なしか、しゅんとしてしまった。くうっ……。


 ディランはザミンダール辺境伯のところにいたわけだから、ここまでは寝ずに馬を走らせても丸三日。つまり、まったく寝ないで帰ってきたのだ。


 さすがにこの態度は、心配してくれた相手に対して恩知らずすぎる。


 ――くそぅ、食べればいいんだろ、食べれば!


「んむぐっ……ありがとうございます。ですが次からは自分で」

「はい、あーん」


 次のりんごも差し出される。

 ええい、こうなりゃやけだ! 餌付けされてやるよ!


 まどろっこしいから早く終わらせてしまえと、しゃくしゃくと急ピッチで食べていく。


「相変わらず子どものままだな、タリアは」


 ――うわ、このノリ、きっつ……(二回め)。


「きっ……」言いかけて、ちゃんとりんごとともに言葉を飲み込んだ。


「入学式まで、俺がちゃんと面倒を見るからな」


 端正な顔立ちが、優しくほころぶ。

 照れくさそうにしながらも、そっとした手つきで、頭を撫でられた。


 完全に庇護欲マックス状態だわ、これ。はい絶望!

 入学式まで、あと一週間以上。ダイアナ様は、途中で気を変えて助けにきてくれるだろうか。たぶん来ないな。


 くっ……大人しそうなところを見せて、なるべく早く解放してもらうしかないか。



 日も暮れて、魔法灯を灯したところで、そろそろディランが心配になってきた。さすがに寝なきゃまずいでしょうに。


「ディラン様、そろそろおやすみになってください。私のためにディラン様が倒れたとあっては、他の使用人たちに申し訳が立ちません」

「ディラン、様……?」


 いたずらっぽくディランは笑う。そんな表情も、憎たらしいほど絵になった。


「一使用人としての意見なら聞けないな。自分の体調管理くらい、自分でできる」


 なにかを待つような間。

 さきに折れたのは、私のほうだった。


「……ディランさん、そろそろ寝たほうがいいのでは?」

「惜しい」

「ディラン、早く寝てよ」


 小さいときの私なら、最初から迷わずこう言っただろう。

 実をいうとディランは、とある事情から使用人としてこの屋敷に連れてこられたのだ。

 先輩風を吹かせて、私は偉そうにしていたのだけれど、それは昔の話。しばらくしてディランが実は高貴な身分だったとわかってからは、当然距離を置くようにしている。


 変わらない態度を求められるのは嬉しいけれど、このままじゃダメだともやっぱり思うのだ。


「よくできました」と、ディランは褒めて頭をなでてくる。

「わかったから、早く自分の部屋に帰って寝たら?」

「手の手入れをしないとな」


 ……いや、寝てくれないのかよ。さっきのやりとり、なんの意味があったんだ。


 というかまず、私の毎日のルーティーンに手の手入れなんて入ってない。肌の手入れも、髪の手入れも、勝手にディランはつっこんでくるのだ。


「だから寝てよ! もう」


 手に香油をぬりこんでくるディランに、さすがに苛々して声を荒らげる。

 使用人だのなんだのほざいてこの態度。ブレブレなのは自覚している。


「タリアが寝たら、俺も寝るよ」

「わかったから。はいはい、寝ますよ。寝ればいいんでしょう」


 寝返りをうって顔を見られないようにすると、固く目を閉じる。


 

 そのまま眠ってしまっていたらしい。

 

 ……この重みの感じからして、ディランのやつ、ダイアナ様と同じ寝方をしている。兄妹そろって、心配性なことだ。


 しかも私の右手を握ったまま寝ている。まったく、子どもじゃないんだから。


 でもディランもよくよく考えれば一歳上で十六歳、前世の私よりも若い。

 不思議と小さなときから、ダイアナ様もディランも守ってあげなければいけないと感じていた。ひょっとしてそれは、無意識のうちに前世の心が残っていたからかもしれないな。


――実は年上な私にたいして、ディランも頑張ってお兄ちゃんぶっていると思うと、可愛いじゃないか。


 そう思ってうっすらと瞳を開く。暗さに目が慣れて、ぼんやりと見えるようになってきた。

 

 木造りの簡素な部屋の輪郭が浮かび上がってくる。

 じーっと私の顔を見つめるディランの姿も、浮かび上がってきた。


 一瞬、目が合う。


 ……ひぇえええ、怖すぎ。


 寝ぼけていたふりに徹して、私は再び目を閉じた。

 

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