第十二話 決闘クラブ2
たぶん新入生勧誘が始まったのだ。
決闘クラブといえば、この世界ではお高くとまっている貴族の遊戯だというイメージがある。必要とされる膨大な活動資金は貴族が出資しているから、メンバーも貴族のご子息たちばかり。
ただし活動は真面目にしているし、そこで得られる経験は実戦向きとも聞く。それに加えてどの階級の子も参加は自由らしいが、寄付金という制度がある以上、なかなか平民となると入りづらい。
メンバーを増やすため、今年は直接勧誘することにしたのかもしれない。ご苦労なことである。
「高魔族相手にもっとも有効な戦闘法は、一対一のデュエルを申し込むことである! このことは過去の英雄たちを見れば分かる通り……」
いかに決闘が有益なものか、旗を掲げる男子がこの広い食堂中に響き渡る声で説明している。
彼の言うとおり、高魔族相手にはそのプライドを揺さぶるのがいいと私も習った。というか、色々相手に不利な条件を課してデュエルする以外、人類側には基本的に勝算がないらしい。
正直言って、いままでの私は魔族相手に話術が通じるのか半信半疑だった。
しかし高魔族が交渉に応じるのは、昨日の森の一件で証明された。
だから私も決闘クラブに興味がないといえば嘘になるが……うーん、ディランがいるのかあ。
どちらかといえば目立つのも嫌いじゃないし、せっかくこれだけ強くなったのだから腕が立つことを証明したいという願望もある。
しかし、である。よちよち歩きを始めた赤ん坊を見守るかのように、いちいち私のする全てを肯定的に捉えるディランに見られながらでは、何をやっても萎える。私にとってやつとは授業参観に来た親バカみたいなもので、学校では極力距離を置きたい存在なのだ。
いまだって、やつがちらちらこちらに視線を送ってくるせいで、周囲の席の女の子たちが色めきだっている。
――まったく、みんなミーハーなんだから。
……なんて呆れた風にいいつつも、私も正直、騎士服姿のディランは見惚れるほどかっこいいと思うので全然人のことは言えない。前世で乙女ゲームなぞをやっていただけあって、私もなかなかのミーハーだ。
屋敷でのくつろいだ姿に見慣れているから、こんな格好は新鮮だった。
あの繊細な美貌のディランが白の騎士服を着れば、まるでガラスの城から抜け出してきた王子様である。なんなら、いま私の隣にいるマジもんの王子(帝王)よりもずっと正統派だ。
それにしても、ディランだけ特別な刺繍の入ったマントを身につけている辺り、二年生にしてずいぶんと上の地位にいるようだ。まああいつの能力を思えば、そう驚くことでもないけれど。
「決闘クラブでは命の危険が伴うと誤解する者や、実戦では役に立たないと知った口を叩く者も多い。今日は、決闘とは真実どのようなものかを知ってもらうため、この場で模擬試合をする!」
食堂は騒然となった。
私もびっくりした。こんなとこで魔術なんてぶっ放したら、このめちゃくちゃ豪勢な食堂が更地と化すぞ。
「静粛に! 実演に勝るものはない。誰か腕に自信のある者はいるか?」
シーンと辺りは静まり返る。
……まあ入学初日に目立ちたがるやつはいないよなあ。しかもあの高そうな椅子とか壊しても弁償なんてできないし。
「はいはーい! 俺、俺やりますっ!」
――と思ったら大間違い。アレックスがぱっと手を挙げた。
そして、「なっ? ナタリアもやるよな」と満面の笑みでこちらを見る。
嘘、これさっきの流れ続いているの?
ええ、やだよー。目立つのはいいけど、ディランもいるし、お嬢様も二階の貴族席に座っているでしょ。
だけどさらに、「どうする? 絶好の機会みたいだが」とヴィンセント王子が追い討ちをかける。
さきほどあれだけ自信満々な発言をしておいて、ここで逃げ出すわけにもいかないっ。……やるしかないか。
私も静かに席を立つと、参加の意思を表明する。
「もうやだ。ルーク、ふたりを止めてよ」
「俺も参加するつもりだけど」
頭を抱えたクロエに対して、さらりととんでもないことを言う王子。
「はっ?」
「ナタリアと戦ってみたいしな」
絶対に断る! ヴィンセント王子の腕を掴んで引き寄せると、こそっと耳打ち。
「ほんと無理ですって。万が一私が怪我させたりしちゃったら、責任取れないですもん!」
「万が一でも、そんな可能性があるのか?」
王子の美しい太陽の瞳が、挑発するように笑う。ムカッ!
「はっ、上等ですよ!」
私が机を叩きつけると、愉快そうにヴィンセント王子は笑った。余裕の体である。
くぅっ、叩きつける白手袋が欲しい。ディラン貸してくれ!
「三人か。今年の新入生には、気骨がある者がいるものだな」
三人で中央の長テーブルに行くと、決闘クラブの顧問教師にそんな言葉で迎えられた。五十は過ぎているであろうその教師は、白よりも黒の騎士服が似合いそうな美丈夫だった。
「メイヴィス先生、せっかくですし二体二の決闘にしませんか」
ディランは綺麗な笑みをたずさえ、そんな提案をする。
「総当たり戦じゃないのか?」
「違うよ、それだとただのトーナメントでしょ?」
首をかしげるアレックスに、私は小声で説明してあげる。
二体二の決闘といっても、入り乱れて戦うわけではないのだ。
先にふたりが戦い、どちらかが戦闘不能になった場合、その陣営の残るひとりが代わりに戦う。
決闘は原則一対一。だが立会人が勝手に戦いに乱入することがしばしばあったことから、ルールを定めて正式に形式のひとつとされたのである。
「ではカスピアン、残る一人は君に頼めるか」
「ええ。ちょうどそこのナタリアは僕の家の者ですし、同じチームでいいでしょう」
なんか勝手にディランと組まされているけれど、まあちょうどいい。
私は頷き、アレックスたちも賛同して、チーム分けはまとまった。さて、あとはどちらが形式上の立会人を務めるかだけど……。
「ディラン様、私が先に戦いますからね」
ふたりともと戦いたいからね。ディランが先にストレート勝ちする可能性だってあるのだから、そこは譲れない。
「ああ、俺とタリアならどっちにしろ負けはないさ。……先生、いいでしょうか」
「許可する。カスピアン家の特徴も見られて、実に興味深い戦いになりそうだ」
「そうですね。もっとも、同じ条件ではこちらが有利すぎるかもしれないでしょうが。そちらのお二方もそれでいいですか?」
ディランがそうヴィンセント王子たちに問いかける。
「問題ないですよ」と王子。
しっかり平民訛りっぽく話している辺り、抜け目がない。高貴な血だとはまず看破されないだろう。
「ではこちらは制約として攻撃魔術は使わない、というのはどうでしょう」
「ご自由にどうぞ。ただしその場合、俺も同じ条件で戦います」
挑戦的な王子の言葉に、驚いたような視線が集まる。
強者がハンデを背負うのも、その交渉を弱者がするのも、決闘の重要な要素だ。
わざわざ有利な条件を跳ね返すなんて、あまりに愚かしい……と、王子が一介の生徒だったならば、何を世迷言をと笑われるだろう。
だが絶対的な美貌と覇者のオーラを兼ね備えた彼が宣言すれば、周囲は固唾を呑んで成り行きを見守る。
「いいでしょう、豪胆な者は嫌いじゃない。けれどその言葉を後悔したのなら、すぐに攻撃魔術を使って頂いて構いませんからね」
「そちらこそ、いつでもどうぞ。ご心配なさらずとも、俺は卑怯と咎めませんよ」
爽やかに笑い合う、美貌の青年ふたり。
非現実的なまでに美しい二人が並ぶその光景に、まるで舞台を見る観客のように誰もが魅入っていた。
……んん? なんか腑に落ちないぞ。
私はこそっとアレックスに耳打ちする。
「ねえ。これって、私たちの勝負じゃなかったっけ? なのになんで背景担当みたいになってんの、私たち」
「俺もいまおんなじこと考えていた」
悲しきかなモブの運命。