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第十話 そして翌日

「こ、こここここ、このバカ〜ッ!」


 夜中に帰ってきた私を迎えたのは、ダイアナ様の怒りに打ち震えた罵声だった。

 教師に雑用を頼まれた途中で、体調を崩して保健室に運ばれていたと――あの一件は、そういう風にごまかされていたらしい。


 言い訳としては筋が通っているのだけれど、私は記憶を取り戻した日にも倒れている。そのせいで、ダイアナ様は重病なのではないかと思ったのだろう。


「お嬢様、もうこんな時間ですし。とりあえずおやすみしましょう」


 と、その日はどうにかなだめて寝かしつけたのだけれど……翌朝もまだダイアナ様は憤慨していた。


「まず雑用なんかにわたくしの付き人を使うなんて、どうかしているわ! しかも何度伺っても、医務室にさえ通せないだなんて! なんて学園なのかしらっ。お兄様にも相談しようかと思ったけど……」


 ――ギクッ、それはまずい。


 あのディランのことだ。

 この話が耳に入れば、屋敷に帰って療養しろだなんて言いかねない。もともと私が護衛という危険な役割につくのも反対していたくらいだ。

 それに奴は嘘を見抜くのがうまい。具合が悪くないといえば、ではなにがあったのかと追求は免れないだろう。


「でもやめてあげたわ。さすがにあの二週間のあとじゃ、タリアが可哀想だし」


 ほっ。いまのうちに話題を逸らそうと、私はそそくさと櫛を白亜の箪笥から取り出してくる。


「ささ、お嬢様、御髪を整えましょう」

「……しばらくはいいわ」

「えっ」


 私はびっくりした。

 ダイアナ様の髪はとても美しく、ゴージャスな金色の巻き毛だ。でも人間は無い物ねだり。ストレートな髪に憧れるダイアナ様のために、私は毎朝熱を加えて髪をまっすぐに矯正していた。


 ちなみにこれは美容魔術というもので、侍女も兼ねている私は血反吐を吐いて学ばされた。

 なにせ私は脳筋型魔術師。緻密なコントロールなんてものは専門外なのだ。その筆頭ともいえる美容魔術に関してもからっきし才能がないことは、まあお察しいただけるだろう。


 代わりにバンバンぶっ放すだけでいい火炎系の魔法などは大のつく得意技だったわけだが……昨日のヴィンセント王子を見て、ちょっと自信喪失中。


「でも、それでは」

「いいのよ、そういう気分なの!」


 これで終わりとばかりに立ち上がるダイアナ様。


「もしかして、私が魔術を使うと負担になると心配で?」

「知らないわっ」


 ぷいっと綺麗なお顔立ちを逸らすダイアナ様。

 

 ……私のお嬢様は、誤解を受けやすいけれどとてもいい子である。



 講義室の先頭の列に腰掛け、私は悶々と考えていた。


 授業が始まるまでの朝、私は情報集めに奔走していた。

 が、その努力むなしく、ヒロインの動向はまったくつかめなかったのである。


 薬草の庭に立ち入ってしまった場合、厳重注意を受けて、入学早々やらかした生徒として噂は広まるはず。それがないということは、一般寮に帰ったのかもしれない。


 ――ヒロインは、いったいどんなエンディングへとたどり着くのだろう?


 そもそもダイアナ様やディランがあそこまでズレていることを考えたら、ヒロインもかなり違う性格なのかもしれない。ひょっとしたら、まったくの別人であるという可能性すらある。

 

 私にとってもっとも理想的な展開は、いわずもがなヒロインとの共闘だ。

 そのためにはやはり、ヒロインに接触しなければなにも始まらない。


 しかし、である。声をかけようにも、いかんせん、受講しているクラスが全然被らないのだ。


 一教科くらいわざと被せることができるのでは? などという甘い考えは、魔法学園には通用しない。

 

 なぜかというと、魔法っていうのは習い始めが一番怖い。失敗すれば容赦なく、死に直結する。


 データを見れば一目瞭然なのだけれど、死亡率がもっとも高いのは魔法を習い始めた最初の二年。

 魔力の安定には精神集中が必要なので、未熟な子どものときに使おうとすると、その死亡率はさらに跳ね上がる。


 というわけで、貴族や富豪なんかは、高いお金を出して「魔力封じ」を子どもに施している。きちんとした手ほどきが受けられる学園で、精神が発達した十五のときに魔法を習わせようって算段だ。

 貴族の子でもディランのように初めから魔術を習う特例もあるのだけれど、長くなるのでそこは割愛。


 しかし、平民の場合はまったく違うルートを辿ってここに来る。

 魔力が発現した平民の子どもは、だいたいの場合そこの領主へと献上される。たとえ親が嫌がっても、必ずだ。小さな村なんかでも、そこの長が勝手に領主に密告してしまう。

 泣く泣く親と引き裂かれた後は、年に数度家に帰れるだけで、それぞれの領主が持つ教育機関でお勉強だ。


 ――教育機関といえば聞こえはいいが、ようは徴兵した子どもたちを鍛えているようなもの。


 他の領地のことは知らないけれど、例えばカスピアン辺境伯のところの教育は熾烈を極めると耳にする。おかげで、カスピアン辺境伯の領地からきた生徒たちは、優秀な者が多いことで有名だ。前線で魔族と戦った経験がある者もいるくらいである。


 その領主が治める教育機関で頭角を現して一代限りの爵位をもらう者もいれば、とくに芽が出なかったけれど魔力だけはある者もいる。しかしどちらにせよ、ここ魔法学園に来ることになるのは変わらない。


 そんなわけで、足並みそろえて同じ科目を取ろうなんてことがいかに馬鹿馬鹿しいかは、おわかりいただけただろう。


 私が受講しているのは、一年生にとっては上級クラスばかり。

 そして個人的な趣向によって、戦闘系の科目が多くある。

 周りを見たところ、どうやら迷宮調査団を目指す生徒たちと計らずも多くのクラスがかぶったようだ。


 そして当たり前だけれど、ヒロインはここにはいない。

 彼女が受講しているのは初級クラス――つまりダイアナ様がいらっしゃるところだからだ。


「はあ……」

「ため息なんかつくな。幸せが逃げるぞ」


 そう言って隣に腰掛けたのは、ヴィンセント王子だ。

 このひととはがっつりクラス編成が被ってしまったらしい。


 国宝級イケメンが入ってきたのを察知して、後ろの列にいた女の子たちが、一斉に前へと席替えを始める。……そして感じる熱い視線。顔がいいと、それはそれで大変だな。素直に同情してあげよう。


「まさか一講義も欠かさず被っているとは、奇遇だな」


 私が用意していたタイムテーブルに目を落として、王子はそう言った。


「ヴィ……ルーク様が、一限目の『魔導剣士術』はともかく、三限の『上級水薬学』まで受講しているのが意外でした」

「――ん?」


 綺麗な笑みを浮かべ、ヴィンセント王子は首を傾げた。

 ひえっ、帝王の片鱗が垣間見えたぞ。


 たぶん敬語は使うなと言っているのだ。仕方なく、私は言葉を正す。


「ルーク君がポーションに興味があるなんて意外だなあって思ったんだよ」

「そうか? まあ、単位の問題で一科目はああいうクラフト系を取らなきゃいけなくてさ。あの教師とは知り合いだからな」

「へえ……」


 まあなんだっていいけど、もしかしてこれからずっとこのひとの隣!? ……いくつか落として、他のにしようかな。


「ま、お互い単位を落とさないように頑張ろうな」


 爽やかに笑うヴィンセント王子。


 ちょっ、後ろで何人かの女の子たちが失神したぞ!

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