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脱獄ルート


        登場人物



          マインド

          ソルマージュ

          ルタ

          フォルト



















機会を待て。だがけっして、時を待つな。

         ウェルヘルム・ミュラー



















 第一宵【脱獄ルート】














 マインド、それが俺の名だ。

 どこにいるかと言うと、ある城の牢屋で、幽閉されている。

 かれこれ3年以上囚われの身となっている俺だが、俺を捕まえているこの城は、独裁国家と言われているらしい。

 人伝に聞いただけだから、本当のところどうだかは知らないが、有無を言わさずにここへ連れて来られたことを考えると、確かに、そうなのかもしれない。

 同じように捕まってる連中に聞いてみたら、史上最低の王だと言っていた。

 王の名はゾンネ=トイフェルといって、そいつには息子が1人いるらしく、息子の名はリヒトというらしい。

 王の正妻、フライアはずっと昔に亡くなったとかで、妾でも侍らせているのかと思ったら、そうでもないようだ。

 一筋だったのかと聞けば、そういうことではなく、単に、女よりも金の方が好きな王のようで、息子も同じように育ってしまったと嘆いていた。

 捕まっているそいつらは何をしたのかと聞くと、王の献上する金の額を減らしてくれと頼みに行ったら、そのままここへ入れられてしまったとか。

 この国の人間は不幸だ、と言っていたが、それならば、この国の人間でもないのに、ただ怪しいという理由だけでここへ連れて来られてしまった俺はもっと不幸なのではないか。

 しかし、そんなことで落ち込む俺ではない。

 そんなことを考えていると、見張りの兵士たちがやってきた。

 いつもよりも小刻みにやってくると思ってはいたが、この時はまだ、それほど気にしていなかった。

 見張りが去って行った後、俺は毎食与えられているフォークを利用して作った、ピッキング用の細い針金のようなものを取り出す。

 こう見えて器用なんだが、それがあるならさっさと逃げればいいだろうと思うかもしれないが、確かに、手錠くらいなら外せる。

 この通り、すんなりだ。

 だが、檻の鍵はそんなもので開けられるような代物じゃ無い。

 ここへ捕まって1年くらい経ったころだろうか、俺は床のコンクリートからコツコツと壊していって、地面を掘り進んでいた。

 当時は1人で牢屋に入っていたため、そういうことも出来た。

 馬鹿なことを、と思うかもしれないが、だからこそ、監視の目からも逃れられるってもんだ。

 そんなある日、いよいよ脱獄ってときになって、なぜか部屋を変えられてしまった。

 しかも今度は大部屋で、コソコソとそういうことが出来なくなってしまった。




 それから少し昼寝をした頃、誰かがまた近づいてきて、また兵士の野郎が来たのかと思って目を開けると、そこには見知らぬ男がいた。

 その男は牢屋を一瞥して、それから何かソーセージみたいなのを隠すようにして置いていこうとした。

 いや、正直なところ、それが危ないもんだってことは、分かっていた。

 「おいあんた、何してんだ?」

 「・・・・・・」

 「おいってば。何か言えよ」

 「黙ってろ。お前には関係ない」

 「関係ないって・・・。そりゃねぇよ」

 なんだか目も据わってるし、はっきりいって、やばい奴だとは思った。

 睨まれてるのか、それとももとからそういう目つきなのかも分からねえが、とにかく、他人を信用してねぇような奴だった。

 そのまままたどっかに行っちまったもんだから、俺は牢屋の中から何もすることなく、諦めて昼寝の続きをすることにした。

 「ん?」

 耳元で何やら騒がしい声が聞こえてきたもんだから、起きてしまった。

 目を擦りながら大きな欠伸をしていると、兵士がぶつぶつと独り言を言っているだけだった。

 きっと仕事に対しての文句でも言っているんだろう。

 こういうところで働く奴も大変だな、と思いながらも、やはり今日は見廻りが多いと感じた。

 「おい、兄ちゃんよ」

 「俺?」

 「お前しかいねぇだろ。今日、何かあんのか?」

 「何かって」

 「何かだよ。いつもと違って、えらくこまめに来るなーと思ってよ。大事なことか?」

 そいつは新人なのか知らねえが、少しおどおどした様子でこう言った。

 「今日は王のスピーチがあるんだよ。なんでも、息子に王位を明け渡すって宣言する予定らしい。まあ、王から息子に代わったところで、何が変わるって話だけどな」

 「・・・兄ちゃん、兵士のくせにそんなこと言っていいのか?俺、告げ口しちまうかもよ?」

 そう言うと、兵士は慌てたように去って行った。

 だが、これでさっきの男の行動が理解出来た。

 きっと今日はその王のスピーチがあるから、何か仕掛けていて、見張りもちょくちょくやってきたのだと。

 さすが俺、回転が速い。

 俺はこの時、こう思ったんだ。

 上手くいけば、ここから脱出出来るかもしれないと。

 それから、怪しい奴を見なかったかとか、兵士たちが何やら騒がしく動きだしたようだが、俺は何も喋らなかった。

 同じ牢屋の奴は寝ていたから、多分誰も知らないだろうし、あの男を探している兵士たちが来ても、寝たふりをしていた。

 その方が、都合が良かったから。

 俺は期待に胸を膨らませ、その時を待つことにした。




 いつそのスピーチとやらが始まるのか、聞いておけばよかった。

 俺は脱出に向けて、充分な睡眠を確保した。

 ここにいたんじゃ、外の声なんて聞こえてこないだろうし、時計もないから時間も分からない。

 なんとなく思ったのは、兵士の見廻り回数が減ったな、ということ。

 それはつまり、王のスピーチが始まって、多くの兵士がそちらで護衛に回っているということだろうか。

 俺の勘は良く当たるから、そうだと信じた。

 そしていつ事が動きだすのかと思っていると、それは突然おとずれる。




 「なんだなんだ!?」

 「おい!どうなってる!」

 近くで爆発が起こって、周りの連中が驚いている中、俺は冷静に立ち上がる。

 そして思った通り、衝撃で牢屋の檻は歪み、壊れ、そこから抜け出せる状況になっていた。

 大きな衝撃に周りが腰を抜かしているのを他所に、俺は1人、悠悠と牢屋から出て、逃げる算段をつける。

 まだ何かに使えるかもと、ピッキングのそれは耳にかけて髪で隠した。

 俺が動き出して少ししてから、他の連中も逃げ出せることに気付いたらしく、次々とそこから出ようとした。

 だが、牢屋あたりからだと気付いた兵士たちが、その連中を取り押さえて、牢屋へ押し戻して行く。

 俺は上手く隠れたから良かったが、俺以外は全員捕まってるらしく、兵士は別の牢屋に押し込んで鍵をかけようとしていた。

 だが生憎、俺がちょいと器用に鍵をスッちまったもんだから、鍵がないと言って騒いでいた。

 結局、スペアの鍵を使っていて、スペアなんてあるのかと思ったが、とにかくまあ、俺は1人で逃げることにした。

 その時、兵士たちが言っていることを聞いた。

 「出入り口もしっかり施錠したんだろうな」

 「はい!ネズミ一匹逃げられぬよう、全部の出入り口に見張りをつけました!」

 あー・・・ということはだ。

 俺はこのまま城の中でずーっと逃げ出す機会を窺っていないといけないってことだ。

 どうしようかと考えつつ、隠れながらも出口に向かって進んでいると、1人で行動している、弱そうな兵士を見つけた。

 多分、さっきの新人っぽい奴だ。

 そう思ったら、俺は途端に勇敢になり、その兵士に向かって飛びかかり、気絶させた。

 「悪いな」

 俺が謝罪の言葉を口にしたことはきっと、その兵士には聞こえていないだろうが、本当に感謝している。

 感謝を忘れずに、その兵士をトイレに放り込んだ。

 兵士が身につけていた服を奪うと、俺はそれに着替える。

 これで堂々と外に出られるぞ、と余裕かましていたら、目の前から怖そうな兵士がやってきて、俺に顔を近づけてきた。

 やべ、と思ったのも束の間、その怖そうな兵士は俺にこう聞いてきた。

 「囚人たちはどうだ!?まさか、逃げてはいないだろうな!?」

 「だ、大丈夫ですー。ちゃんと、全員、捕まえましたー・・・」

 「そうか、よかった。私はリヒト様を探しに行く。お前も見張りを怠るな」

 「はーい」

 まったく、冷や冷やさせられる。

 俺は久しぶりに肝が冷える思いにさらされたが、無事に回避できたことに喜びを感じだ。




 「あぶねぇあぶねぇ」

 そう呟きながら振り返ると、そこにはまた別の兵士がいて、俺は思わず驚いてしまった。

 「何があぶないんだ?」

 「え?いや、別に」

 「お前、どこの所属だ?見ない顔だな」

 「いやぁ、最近入ったばかりなんで」

 上手く誤魔化せるかと思ったが、そいつは俺を怪しんだ目でみていて、このままだと危ういと思い、俺はそいつも気絶させた。

 いや、そんなことをする心算なんてなかった。

 俺は平和主義者だから、出来るだけ他人を傷つけないようにと思って生きていたし、これからも生きて行く予定だ。

 だがしかし、自分の身を案じてしまうと、やはりこういう結果になってしまうのは致し方ないことであって。

 「俺に関わるなって」

 ずるずるとそいつを引きずると、さっき気絶させた兵士の隣に、仲良く並べた。

 「これでよし」

 何がよしなのか、俺自身にも良く分からないが、とにかく、平和的に解決したということで、よし。

 そして出入り口にいって、他の兵士に外に出たいと言ったのだが、今は誰も通すことは出来ないと言われてしまった。

 どういうことだと聞くと、さきほど無線で連絡があっただろうと言われてしまい、そういればそうだった、と笑いながら適当に答えた。

 「どうすりゃいいんだよ。何のためにこんな格好したのか分かったもんじゃねぇ」

 俺は、考えた。

 どうやってここから逃げ出そうか、人生の中で一番時間を使ったんじゃないかっていうくらい、考えた。

 ふと、俺は思い出した。

 「そうだ、その手が」

 きっと今現在、この世で最も賢いのは自分だと思った。

 俺は再び、期待を胸に足を走らせた。

 「あったあった」

 そこは、俺が以前捕まっていた牢屋。

 鍵もかかっていないだろうと思って牢屋に入ろうとしたのだが、暗くてよく見えなかったその中には、人の気配があった。

 幽霊でも出てきたのだろうかと思っていたのだが、それが俺を見た瞬間、思わず身体がビクリと動く。

 これでようやく、外の世界とご対面出来ると思っていたのだが、その考えは甘かったようだ。

 「は?どういうこと?」




 「あんたもか。さ、こっちへ」

 「いや、誰?ここで何してんの」

 古くてもう使われていないその牢屋には、10人ちょっとの男たちがいた。

 最初は驚いたものの、良く見てみると、男たちは兵士の格好をしていて、顔色も良く、身体つきもしっかりしている。

 こんなとこにいるのにどうしてだろうとは思ったが、俺を仲間だと思っているのか、色々と内情を聞かされた。

 「で、お前はなにを進言しようとしたんだ?それとも、斬りかかったのか?」

 「いやぁ・・・なんというか」

 「国の為にと身を削ってきたのに、あの王は何を考えているのか」

 「俺達はここで待つことしか出来ぬとは」

 「そういえばお前、見ない顔だが、ここ最近入った新人か?」

 「え?ええ、まあ。そんなところです」

 どうすれば良いのか分からずに愛想笑いを向けていると、人の気配を感じた。

 それは他の男たちにも分かったようで、みな顔をそちらに向けた為、俺はこそっと物影に隠れることにした。

 そこに現れたのは、ちょっと前に会った怖い顔の男で、そいつは何かを話していた。

 「さっきも、新しい兵士が来たんですよ」

 「新しい兵士?」

 ちらっとそいつを見ようかと思ったが、こちらを向きそうだったため、慌てて身体を隠した。

 「それより、これから作戦を実行する。ここから出るんだ」

 「では、いよいよ・・・!!」

 「ああ。覚られぬよう、動くんだぞ」

 何やらコソコソと、そこにいた男たちは次々に牢屋から出て行き、その怖そうな兵士の後を付いて行った。

 俺はしばらく気配を消して留まり、全ての気配がなくなったところで、大きな安堵のため息を吐いた。

 「さてと」

 牢屋に入って確認すると、思ったとおり、当時のまま穴が開いていた。

 「この穴に気付かねえとは、さすが俺の掘った穴だな。このままおさらばってのも少し寂しい気はするが、思い入れはねぇからな」

 俺はその、人1人が入る程度の穴に身体を埋めると、そのまま奥へとずんずん進んで行った。




 「ぷはー!!やっと出た!!」

 土まみれになってしまったが、そんなもの可愛いもんだ。

 こうして、あの錆びたような古臭い匂いのする世界から、自然が歓迎してくれる世界へと来ることが出来たのだから。

 俺はあまりに嬉しくて、服が汚れていることも気にせず、自分が囚われていたその城の全貌を今一度、この目に焼き付けてやろうと思った。

 「ん?」

 だが、広場に出て、王がスピーチしてるだろう壇上を見上げてみると、そこには数人の兵士たちに囲まれている王が見えた。

 一体何が起こったのだろうかと眉間にシワを寄せてしまったが、まあ、とにかく、俺が脱獄出来たことに変わりはない。

 自分を祝福しながら立ち去ろうとしたとき、再び、城のどこからか爆音が聞こえた。

 「お!?」

 黒い煙もあがっていて、ガラガラと立派な城は崩れていって、広場にいた連中も出来るだけ離れようと走っている。

 そんな中、俺はただそこに突っ立って、自分にぶつかってくる連中を他所に、城をずっと見ていた。

 だが次の瞬間、その煙の中から、キラキラと輝くものが空を舞った。

 「なんだ?」

 離れているからか、それは小さいもののように見えたのだが、太陽の光を浴びて神々しく降り注ぐ。

 「まさか、これ・・・」

 目を疑ったが、夢ではなかった。

 それは王が女よりも大好きだと言っていた、宝石や装飾品だったのだ。

 1つで幾らするものなのか、それは俺にも想像が出来ないが、きっと人1人の人生を狂わせるには十分な価値があるのだろう。

 舞い散るそれらが宝石だと知ると、拾おうと群がる連中が当然いた。

 王は壇上から何やら叫んでいるが、そんなもの、奴らには聞こえていない。

 「くく・・・ハハハハ!!」

 その無様な王の姿があまりに滑稽で、俺は笑ってしまった。

 スピーチの最中に一体何があったのか、それは俺には分からない。

 だが、今このなんとも言えない感情は、きっとこれからも忘れること無く、俺と一緒に生きて行くのだろう。

 俺は口元に拳をつくった手を持っていき、顔を隠すようにして下を向いて笑っていた。

 「おっと。そろそろ行くか」

 ここでこうして笑っているのも悪くは無いが、こんな汚れた服のままじゃ、勘の良い奴に怪しまれるかもしれない。

 颯爽と立ち去ろうと背中を向けた時、ふと、壇上から視線を感じて、顔だけをそっちに向けてみた。

 そしたら、あの怖そうな兵士が、壇上から俺を見ていたような気がした。

 いや、兵士の格好をしているし、俺が脱獄者だと気付かれるわけなどないのだが、その男の目に見抜かれている気分になった。

 俺は慌てることもなく、ゆっくりと顔を逸らして歩きはじめた。




 「あ?」

 ふとポケットに手を入れてみたら、そこには兵士からスッたじゃらじゃら沢山の鍵がついているそれがあって、邪魔だなと思った。

 だから、後ろから早足で歩いてくるそいつにわざとぶつかって、その鍵をそいつのポケットに入れた。

 なぜなら、そいつも兵士の格好をしていたから、本当の兵士だろうと思って。

 そいつからも逃げるようにして俺は歩いていて、しばらくしてから気付いた。

 「あ?なんでここに入ってんだ?」

 それは、耳にかけていたはずのピッキングようのソレ。

 何かの拍子に落ちてしまったのかと、俺はそれをまた耳にかけた。



 これが、俺の経験した物語だ。


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