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壱:出立前の打ち合わせ


 拙者がヒメの子分となって丸一日が過ぎた朝。

 川原にて刀を素振すぶりしながら、ヒメを待つ。


 しかし……この龍柩りゅうきゅうの地、聞けば季節は秋の暮れ、そろそろ冬に入る頃らしいが、拙者の知る冬の気候には程遠いな。

 褌一丁で素振りをしていても、汗が中々冷めぬ。

 この調子では、雪も降らずに冬が終わるのではないか?

 まぁ、暑いのは嫌いではない故、一向に構わんがな。


 ただ「南に行くと夏が長く、冬は短くなる」と言う話は真実まことなのだな、と感心している。

 旅行なんぞした事が無いので、実感した事は無かった。遠出なんぞ、せいぜい周辺諸領に戦で乗り込んだくらいだ。


「旅行、か……」


 これから、拙者はヒメと旅に出る事になるのだろうが……少々、楽しみでもある。


 河童になって気付いたのだが、拙者は知らぬ事が多い。

 ああ、自分でも驚く程に、拙者は物を知らぬ。


 人の頃はほぼほぼ、姫の面倒をみるか、刀を振っているかの生活だったからな……

 一応、剣術・弓術・馬術・たかや包丁の扱いなど、武士ならばたしなむべしとされる芸道は一通り学んだが、剣術以外は表面を撫ぜる程度、「毛の生えた素人」と言って捨てても良い。

 学術の方は輪をかけてからっきし。殿や重臣の方々が読む短歌だ俳句だ、なんとなく拍手はしていたが、内心は姫の「おぬしらの言っとる事はよくわからん(指で鼻糞はなくそを追いながら)」と言う感想に激しくうなずいていた。


 ――旅をする、色々な地をめぐる。

 城仕しろづかえの凡武士の頃とは、全く異な生活。それも、河童のこの身で。

 この未知数に未知数を重ねた未知数……中々にそそられる。


 探究心や好奇心と言う奴だな。

 師匠せんせいから新たな技を習うたびにも味わってきた、なんとも言えぬ高揚こうよう感。

 新たに望ましい世界がひらかれると言う確信――まるで背筋を柔い筆先でなぞられる様な感覚だ。


「退屈な河童生になりそうだと思っていたが、そうか、旅か。その手が、あったのだな」


 ヒメには感謝せねばなるまい。

 もしも奴に出会えねば、今頃の拙者は、旅に出ると言う発想も無く、ただこの川原にて独り、石でも積んで黄昏たそがれていただろうよ。


「おーい、ゴッパム!! 待たせたな!!」


 ふん、噂をすれば何とやらか。ヒメの御到着……


「……その大荷物はなんだ?」


 相変わらず威勢いせいの良いちびすけだが、何やら自身の身の丈を越えて大きく膨らんだ風呂敷包ふろしきづつみをずるずると引きずっている。

 膝を抱けば拙者ですら包めてしまいそうな大風呂敷だな……一体なんぞ。


「店主がな!! 今までよく働いてくれたとな! 礼と餞別せんべつを兼ねてくれたのじゃ!! たんまりと焼き団子が詰まっておる!! ふっふっふ!! クソ重いこれ!! ついでにと妾の着替え等もまとめて突っ込んだから余計に! ここまでどうにか引きずってはきたが、手伝って欲しいのじゃ!!」


 ほう、焼き団子……で上げた団子に焼きを入れて水気みずけを飛ばす事で、日持ちを良くした菓子だと聞いている。

 日持ちする物を選んで持たせる辺り、気の利く店主だな。人気の名店を切り盛りするだけはある。

 あの量を見るに、料理以外のさじ加減に関しては少々イカれ気味の様だが。


「まったく……貸してみろ」

「おお、おぉおおお、あっさりと!! 流石は河童!!」


 人の身でもこれくらいは持てる。陽光乞子おひさまこうしとやらが非力なだけだろう。

 聞いた話では、日がな一日陽をあがめながら森で取ってきた果実をごろ寝食らいするだけの化生者らしいからな。

 一族総出で昼行灯ひるあんどんを決め込む種族とは、中々にがたい。

 ヒメが冒険の旅に出たがるのも理解できると言うもの。


「さて、では今度こそ、出立と言う事で良いんだな?」

「うむ! とりあえず、まずは明峰あかみね村周辺圏を出て、この先にある雄緑おろく村へ向かおうと思っておる!!」

「頭目の決定に異をとなえるつもりは無いが、一応理由を聞いておく」

「良いぞ。まぁ、アレだ。そもそもな話になるが、妾達の目的のブツはわかっておるな?」


 妖界王とやらがこの世の何処か、おそらくはこの【の国】とまとめて呼称される三大陸の何処どこかに隠したとされる超兵器であろう。名は確か【神革かく兵器】だったか。

 当然、承知の上と頷いて返す。


「妖界王がぼっした地がこの禍の国の何処かとされているらしい故、三大陸に在る可能性は非常に高い。じゃが、それを前提に旅をするにしてもじゃ……龍柩を渡り歩くだけでも相当な距離であるし、もし他の大陸、奔州ほんしゅう恵土えど壊染えぞの地であった場合、海を越える必要も出てくる」

「……成程。その雄緑とやらは、移動手段の調達できる村と言う訳か」


 馬なりぐるまなり、速力は劣るが牛でも良い。

 長くを旅するならば、徒歩以外の移動手段は必要になるだろう。

 海の話をしたと言う事は、ふねも買えるのか?


「いや、雄緑は戦具せんぐやその他様々な物品ぶっぴんの販売・流通の中心地、商者あきんのの町としては有名じゃが、移動の役に立つ物の販売についての噂は聞かん。その手の店自体はあるかも知れんが、大した規模きぼの物は無かろう」

「はぁ?」

「じゃが、全くの的外れでも無い。ゆくゆくは移動手段の調達も考えておる。雄緑の先には『車職人達の町』もあるしな。そこで良い車を調達するためにも、まずは雄緑じゃ」

「詳しく話せ」

「勿論。良いか? 移動手段として調達するのであれば、並の漕ぎ車よりも断然【拠安賓組駆鞍泊キャンピングカアト】と言う車が良い」

「何だ、それは?」


 聞いた事の無い車だ。


「日の光による熱を受けて動力を生産し自動で走る、絡繰からくり車じゃ」

「……!? 自動で走る……!? 車がか!? 馬や牛の牽引けんいんも無く!?」


 車と呼べる程の大きさの物を動かせる絡繰りなど、聞いた事が無い。

 拙者の知る絡繰りとは、せいぜいぼんに茶を乗せて数歩歩く程度の人形がせいぜいだ。それでも肝が飛び出るかと思う程に驚いたものなのだぞ。


「うむ、吃驚びっくりじゃよな。妾も最初聞いた時は吃驚仰天卒倒白目じゃった。じゃが昨今、竜都みやこの方では自動で走る車は珍しくないそうじゃぞ。自動で走る上に馬をもいっした速駆はやがけを見せる【馬逸駆バイク】なるものまであるとか」


 流石は大陸と言った所か……南蛮や明の如く、我々には想像もできない代物しろものを……


「さて、話を戻すがこの拠安賓組駆鞍泊キャンピングカアトなるもの……自動で走るだけではないぞ」

「……!?」


 車が自動で走るだけでも理外りがい逸品いっぴんだのに、これ以上何があると言うのだ……!?


「なんと、【家】なのじゃ。その車の上に、小さな家がっており、生活ができる。睡眠・調理・食事・休憩・かわや、まさしく家……!!」

「なッ……どんな頭をしたたくみが考えたんだそれは……!?」


 家を乗せた車が自動で走る……!?

 そんな与太話、ある訳が……


「しかも」

「しかも……!?」


 まだ、何があると……!?


「高価な物ならば、海を泳ぎ、空をも飛ぶ……!!」

「ああ、やはり与太話の類であったか」

「えぇえ!? いきなり熱が下がった!? 与太ではないぞ!? 実際に冒険家から聞いた話ぞ!! 旅に出るなら絶対おすすめじゃと!!」


 冒険家……ああ、貴様が旅に出ようと思い立ったきっかけを与えた者か。

 実際に旅をしていた者が、それを勧めたか……もしや……本当に……?

 いやいや、しかしいくらなんでも信じ難い。


「とーにーかーくーじゃ!! 妾達は拠安賓組駆鞍泊キャンピングカアトを買ーうーのーじゃ!! ……じゃが、明確な問題がある」

「明確な問題?」

「銭じゃ。拠安賓組駆鞍泊キャンピングカアトは安価な物でも一台で金判こばん三〇〇枚はくだらんらしい。海を渡れる物を、と考えれば確実にそれ以上じゃ」

「……金判三〇〇……」


 昨日ヒメからもらった巾着を取り出し、雑破に中身を数えてみる。

 えー……小銅判しょうどうばん銅判どうばんが無数……銀判ぎんばんが一〇数……金判は四・五枚……うん、四枚だな。

 おそらくこれがヒメの全財産、即ち、我らが鎮威群ちいむとやらの総資産だろう。


「……阿呆か貴様……」

「阿呆違うし!! 銭が足らんのはわかっておる、じゃから問題と言った。解決する術はひとつ……銭を稼ぐ!! 銭を稼ぐため、まずは雄緑に行くのじゃ!! 雄緑は優良な戦具店が多いと聞いた!! 今ある銭で良い戦具を調達し、そこからは冒険家の稼ぎ方に習う!!」

「冒険家の稼ぎ方とは?」

「害獣の出る山や森に入り、希少な獣の肉や皮を始め、珍奇な物品を探す。それを村町の商者あきんのに売りつける」

「……ほほう……成程。算段は理解した」


 まず、雄緑とやらにて充分な武器を買う。初期投資と言う奴だ。

 武士の腕前は、研鑽された剣術と素晴らしいわざで仕上げられた名刀が合わさって真価を発揮するもの。いつまでもこの無銘むめいのナマクラ刀を使って、ここぞと言う大勝負を落とし、生命までも……となっては、悔やんでも悔やみ切れまい。

 武器を新調するは上策。


 そして、その武器を用いて山や森に入り、猟師りょうしの如く獣を狩ったり、薬草や美味びみな山のさちなんぞを探索、売って金にする。

 いわくそれが冒険家の稼ぎ方……悪くはない。これもまた上策だろう。

 少なくとも、笑顔を振りまいたり茶や酒をむよりは、拙者に似合った稼ぎ方だ。


 して、最終的にはその貯まった銭で、拠安賓組駆鞍泊きゃんぴんぐかあとなる恐ろしい車を買う……か。


「………………」

「ぬ? 何じゃ、その目は? 何か言いた気じゃが?」

「いや……どうにも、貴様の様なちびすけが、この様な利口な算段を思い付いたと言うのが解せんでな。何処ぞで痛烈つうれつに頭でもぶつけてきたかと少々心配を」

「ちびすけて!! ……ふっふーん、じゃが、その疑問は正しい!! 何故ならば今ここで語った算段これ全て、昔会った冒険家より聞いた事!! 即ち丸々っと受け売りぞ!!」

「威張る事か」


 まぁ、がっつりと納得はできたがな。

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