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参:偉大なる主の薬


 嶽出たけだ忍軍の里では、幼かろうが女子おなごであろうが、厳しい修行を受ける事になるでござるニン。

 当然、ウチも、毎日毎日、修行の日々だったでござるニン。


 ……でも、絶望的なまでに、ウチには才能が無かったのでござるニン。

 できる事と言えば、せいぜい喇叭ラッパで音の刃を飛ばすだけ。ただそれだけ。それしかできない。


 修行の度に失敗して、どうしても上手くできなくて、師範代や兄弟子姉弟子達に嗤われて。

 毎夜、独り。誰もいない川辺にて、せめてもの慰めにと水面の星空を眺めながら、啜り泣く毎日だったのでござるニン。


 その日も、いつも通り。

 ウチは独りで泣いていたでござるニン。


「……夜に川の畔で泣いてても、蛇と河童と黒い忍者くらいしか寄ってこないよ?」

「わひゃああッ!? ち、沈黄泉チヨメ様ァ!?」


 突如、声をかけて来たのは、当時から既に暗殺部門筆頭の座に就いていた、チヨメ様だったでござるニン。

 その御姿はウチが生まれた時から変わらず小柄で小さく。かつてはウチを抱いてあやしてくれた事もある方だけれど、今ではウチの方が体は大きくなってしまったでござるニン。


「あ、マル。驚いた拍子でおっぱい」

「へ? あ、きゃあああああ!?」

「マルは本当に脱ぎたがり」

「ち、違うでござるニン! わざとではないでござるニン!!」

「そうなの? じゃあなんで皆にマルダシーダなんて渾名あだなで呼ばれてるの?」

「えぇぇ!? ウチそんな渾名で呼ばれているのでござるニン!? 初耳なのでござるニンが!?」


 今思い返してみても、かなり衝撃的な事実だったでござるニン。


「ところで、何で泣いてたの? お腹痛いの? ぽんぽんさする?」

「い、いえ、大丈夫でござるニン……ちょっと、上手くいかなくて、悔しくてその……泣いていただけで、ござるニン」

「修行、辛いの?」

「……はい、でござるニン」


 弱音は恥。それはわかっていても、もう偽れない程に、ウチは参っていたのでござるニン。


「……うーん……ごめんね。私には、上手く助言ができない。私は、生まれた時から何でもできたから」


 ――と言うよりも、きっと、チヨメ様は生まれた時から何でもできなければ生きていられなかった、と言うのが正確なのだと思うでござるニン。


 チヨメ様は、元々は忍など何の関係も無い平凡な御生まれだったと聞いているでござるニン。

 でも、生まれてすぐに、大きな災厄に見舞われ、天涯孤独の身になったと。ただ独り生き残った赤子として、チヨメ様は孤独に生き続け、やがて若き頃の総筆頭に拾われる事になったと。


 この人から見れば、ウチなんて軟弱の極み。本来は唾棄だきされても文句は言えないでござるニン。

 それでも、この人は今、ウチを励ます言葉を探してくれたてござるニン。それだけでも、充分に嬉しいでござるニン。


貴女あなたが、ただの女の子でいても良い――ここがそんな場所だったら、良かったのにね」


 ――ああ、本当に。

 そんな場所に生まれる事ができたのなら、きっと、きっと。

 とても、幸せだったろうに。



   ◆



「しゃァおらァァ!!」


 金色の甲掛こうがけを纏った蹴りが、勢い良く空を斬り裂く。

 狙うは、白い髭を蓄えた老いぼれ河童。


 しかし、突然にして世界はひっくり返った。


「ほにゃああ!?」


 まるで猫だましを喰らった子猫の様な声を上げ、ロウラが頭から地面に叩きつけられる。


ッ~……!? な、なんでだァ!? なァんで相変わらず一発もまともに入れられねェんだよ!!」

「何度も言わすな。貴様が未熟だからである」


 簡単に言って捨てる老河童モリキヨ


「未熟未熟ってよォ……初日からそればっか言うが、具体的にどうすりゃあ良いんだよ?」

「……やれやれ、それを実感して学ぶための組手であろうに……まぁ良い、ここまで来てもわからんと言うのならば、入口くらいは教えてやるのだ。体術……否、全てに於いて重要なのは【呼吸】である。貴様らはそれがまったくなっちゃいないのだ。ただ力を込めて肢体を振るうだけの事を体術とは言わぬのである」

「呼吸ゥ……?」

「適宜の呼吸を極めれば、指先ひとつ一点突破で巨岩を割る事もできる。痛覚のみを鈍らせ痛みを和らげる事もできる。血の流れを抑制し止血を行う事もできる。そして、水を伝導させて声を伝える事もできる」

「えッ、あの水から声出す奴、妖術とかじゃなかったのか!?」

「そんなけったいなもの、ワシの様な老いぼれが使えるはずもないのである。全ては呼吸の一事。そして、貴様らにこれから授けるは【武の呼吸】。戦闘に於けるあらゆる動作を洗練し、無駄を無くすための呼吸」


 動きが洗練されれば、その分だけ「敵に攻撃の予兆を悟られにくくなる」。

 動きに無駄が多いと、この逆。

 今のロウラの様に、簡単に攻撃を見切られ、いなされる。


「す、すげェ、呼吸!! なァ、教えてくれよそれ!!」

「ワシの動き……具体的には胸や腹、喉の動きを見、呼吸音をよく聞き、自らで学べ。感覚で知り、それを模倣・実践し、自らに適した形に仕上げよ。そのための組手である」

「よっしゃァァ上等だァァァ!! うるァァ……って、にゃみゃッ!?」


 ぽーんぽーんとまるで蹴鞠けまりか何かの如く、ロウラが鍾乳洞の中を跳ね回る。

 そんな様を眺めるドラクリア・マル・ヒメの三名は、非常にぐったりとしていた。


「……流石はロウラさん……相も変わらず元気いっぱいですね……」

「ぬひぃ……妾もう死ぬ……絶対死ぬこれ……やはり妾に肉体的努力は合っておらぬのじゃ……」

「…………………………」

「ところで……ゴッパムは……? ここ数日、見ておらんが……」

「未だに出てこないと言う事は、まだあの薬毒地獄の真っ只中ではないかと……」


 ゴッパムは今、医薬師イヤシとしての修行に励むため、鍾乳洞の奥地にて中々にとんでもない荒行に臨んでいる。

 ただし、定期的に体を休ませねば間違い無く死ぬ程の荒行だ。

 そのため、ゴッパムが体を休めている間に、モリキヨはロウラ達に体術の指南を行う。


 と言うのが、ここ数日のお決まりである。


「……にゃふぅ……」


 蹴鞠状態を繰り返す事、数十回。ついにロウラもぐるぐるお目目でばたんきゅう。


「ふむ。まぁ今日の所はこれくらいで良いのである。ワシはゴッパムの方へと戻る。ロウラが起きたら飯仕度をさせておくのだ」

「承知しました」


 それだけ言って、モリキヨは鍾乳洞の奥へ。

 ゴッパムを叩き起こし荒行を再開するつもりなのだろう。


「ゴッパムさんやロウラさんも凄まじいですが……モリキヨ様の体力も、さながら無尽蔵ですね……」

「うむ。是非とも我が鎮威群チイムに入って欲しかったのじゃがなぁ……」


 モリキヨの腕前を知り、ヒメは当然の如く勧誘したが、一瞬で断られた。

 冒険には微塵も興味が無い。ここで医薬師河童イヤシガッパを目指して研究しながら老いくたばると腹に決めている。

 と、取り付く島も無く、完璧に一蹴された。


「…………ちょっと、外の空気を吸ってくるでござるニン」

「む? そうか、マルよ。気を付けろよ。昼とは言え害獣が出るやも知れん」

「ヒメさんが付いて行かなければ大丈夫ですよ」

「まぁ、その……気を付けるでござるニン」



   ◆



「やっぱり……ウチには無理でござるニン」


 数日前の嵐が嘘だったのではと疑いたくなる。

 そんな快晴に恵まれた坩河の畔。


 顔を洗おうと両手で掬った水に映った自らの顔を見て、マルは深い深い溜息を落とした。

 なんと情けない面構えだろう、と自分でも思ってしまったのだ。


 辛い、逃げ出したい、そう訴える様な軟弱な顔。


 投げつけられるのが痛くて辛いのではない。

 何時間も組手を取らされるのが体力的にキツいから苦しい……と言う訳でもない。


 ただ予想通りに、成果の微塵も感じられない。その重い停滞感が辛いのだ。

 自身の駄目さや愚鈍さを、ゆっくりじっくりと擦り込む様に教え諭されるこの感覚が、泣き出したくなる程に苦しいのだ。


 以前にも、嫌と言う程に味わってきた。


 ――今のマルはもう乱破ではない。

 もう、乱破として強くなる必要は無い。


 しかし、今のマルは、望刃救光楼モウニングコウル――冒険を生業とする鎮威群チイムの一員。

 最低でも、自分の身くらいは守れる様でなければ。

 せめて、仲間の足を引っ張らない程度にはならなければ。


 しかし実際はどうだろう。

 毎度、ゴッパムかロウラに守られて、手間をかけさせて。

 そして、その埋め合わせも、ろくにできない。

 ドラクリアの様に妖術を用いた簡易治療や知識を以て皆を補助できる訳でもなければ、ヒメの様に明るさや心意気で皆の士気を高められる訳でもない。

 朱天堂士との戦いでは多少役には立てたが、それだけ。


 足を引っ張らない程度になるか、もしくは、足を引っ張ってしまっても別の所で補える様になるか。

 そのどちらかを目指したい。

 でもしかし、現実として、そのどちらにも届きそうにない。


 ……仲間の足手まといになるだけのお荷物なんて、そんなの、果たして仲間だと呼べるのか。


「……ウチは一体……何なんでござるニンか……」


 乱破は無理だと諦めた無能。

 乱破でなくなっても結局、何もできない無能。


「随分としょぼくれた顔をしておりますなぁ、お嬢さん」

「……へ?」


 背後から投げかけられたのは、落ち着きのある男性の渋い声。

 マルが振り返ると、そこには声の印象にそう違わぬ外観の男が立っていた。


 服装としては、寺の僧侶に近い。暗い紫色の袈裟けさ。指先すら見えぬ程に大きな袖口からはみ出す柄の長い錫杖しゃくじょう

 ただし頭に被っているのはかさではなく、袈裟に合わせたらしい紫色の頭巾。その頭巾を深く下ろしているため、顔はほとんど見えず。伺えるのは緩やかな曲線を描く口と、無精髭を蓄えた顎くらい。


「ぇ、と……どちら様、でござるニン……?」

拙僧せっそうは氏も無き旅僧侶。ですがまぁ……ひとまずは【楽栄畄ラハエル】とでも名乗らしてもらうとしましょう」

「……ラハエル……」


 その見てくれに見覚え無し。その名にも聞き覚え無し。

 完全に知らない人だ、とマルは警戒する。


「おやおやまぁ、そんなに身構えなされるな。拙僧はご覧の通りに僧。幼気いたいけな娘様に毒牙を剥く訳がありますまい」

「あの……ウチに何か用でござるニン?」

「ええ、まぁ、ちょいと。以前にお嬢さんが翁呑山おうのやまに出入りしているのを見かけた事がありましてね。河童やら洋装かぶれやら金毛獣人の姉妹だか親子だか、とにかく連れ様達が珍妙だったもんで記憶に新しい。そして今度は偶然にもこんな所で顔を合わせた。もしやお嬢さん、冒険の旅なんぞしているのではと思いまして」

「え、あ、はいでござるニン。一応……」

「この時勢に冒険の旅となりますと、やはり目的は例の【超兵器】で?」


 まぁ、旅に出る口実程度でしかないとは言っていたが、一応ヒメが旅の終着と定めたのは妖界王の超兵器【神革かく兵器】を見つける事。

 マルは肯定の意を込めて、頷いて返す。


 すると途端に、ラハエルは唯一確認できる口元を大きく歪めた。


「いやはや、素晴らしいですなぁ。夢追う若者わこうどらの輝きは浄土の陽光にも勝るとも劣らず! あ、いや、僧として今のは失言でしたかな? ですがまぁ、僧も思わず失言を零す程に素晴らしいと言う事です」

「は、はぁ……」

「その素晴らしき夢追い、是非、拙僧に多少とも力添えをさせてもらえませんかな?」

「え?」


 そう言って、ラハエルが大きな袖口から何かを覗かせた。

 それは――透明な細い硝子がらすの容器に入った、金色に透ける液体。


「これは拙僧の宗派に伝わる霊薬れいやく坤染崇巫コンソメスウプ】。効果は絶大にして、味は鶏出汁とりがらの風味。良薬にして口に美味うまし」

「霊薬……?」

「まぁ、端的に言いますれば――『最高に強くなれるお薬』と言った所」

「!!」

「確か、お連れ様は四名いましたな。皆様の分も御用意しましょう。ええ、大盤振る舞い大盤振る舞い。遠慮する事は微塵も無し。拙僧はご覧の通り良い歳をした身。若者の助けになれる事こそ喜びにして徳」

「え、いや……でも……」

「? 何を躊躇ためらうのか。もしや拙僧の言葉が信用ならぬと? いやいやいや、袈裟に身を包んだ以上、仏様に誓って誰ぞを騙す事はいたしますまいよ。なんならまずは一舐めしてみればよろしい。それだけでも身に力がたぎるはず」

「………………」


 ――本当に、その薬を飲むだけで、強くなれる?


 マルの心が揺り動いて生まれた隙間。そこにぬるりと触手を差し込む様に、ラハエルは畳み掛ける。


「なんならば改まって宣誓しましょう。この霊薬を含めば、お嬢さんの武威は高みに到る。仏様に誓って保証しますとも。僧侶が仏に誓うこの意味をわからないとは言われますまい。拙僧はこの霊薬にそれだけの信を置いている。必ずや、この薬はお嬢さんを優れた戦士として完成させる。修練も鍛錬も研鑽も必要無い。ただ一口含めば、すぐに成果が出る」

「……成果が、出る……?」

「ええ、ええ! 出ますとも。それはもうぐんぐんと、めきめきと! 必ずお嬢さんらの旅に於いて役に立つ、役に立ちます。この薬さえ飲めば、敵などいない。超兵器を見つけるのも時間の問題となりますでしょう。……さぁ、如何いたしますぅ?」

「……ッ……」


 ――邪悪な触手が、弱りきった少女の心を絡め取った。


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