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弐:河童の弟子入り


 坩河から程近く。

 森の中の鍾乳洞しょうにゅうどうにて。焚き火にあたり、ようやく一息。


「あったかいのじゃあ……」

「寝コケるのは構わんが、火の方に倒れるなよ」

「すやぁ」


 言ってる傍からか。

 眠りに落ちたヒメが焚き火に倒れ込む前に後ろ襟を掴み上げ、膝下に寄せる。

 ……まぁ、ぎゃあすかぎゃあすかと騒ぎ倒した後、冷えた体を温めたのだ。小童が眠るのは当然の理。


「い、一時はどうなる事かと思ったでござるニン……」

「……まァったくだぜ……酷い目に遭ったァ」

「本当、守僥モリキヨ様には感謝ですね」


 ああ、誠にな。


「ふん。干し肉しか持っておらんと知っていたらば助けんかったのである。って美味うまッ」


 などと、嘴で干し肉をかじりながら憎まれ風の口を叩く、年老いた白髭の河童。

 この御仁がモリキヨ殿。拙者達を激流から救ってくれた上、雨風を凌げるこの場所まで案内してくれた。どうやらモリキヨ殿の住居すまいである様だ。


「おうおう、美味ェだろ、俺特製の干し肉ァ」


 干す前に入念に辛哩苺カレイや様々な調味料を溶かした汁に漬け込んでいたからな。ロウラの手にかかって美味く仕上がらぬはずも無し。


「ほうほう……流れの料理番か何かであったか。善行もしてみるものである。こう言った思わぬ拾い物をする故な」

「満足してもらえたよォで何よりだ。おかわりは要らねェのか、ジィさんよ」

「うむ、結構である。充足充足。足りる事を知るは大事よな。求め過ぎてはまたゲンジの様な輩に足元を掬われよう」

「ん? ゲンジって何だ?」

「こちらの話である」


 そう言って、モリキヨ殿は袖口から古びた煙管きせるを取り出した。

 しかし煙を嗜む趣味は無いのか、火も点けずにただ咥える。口寂しさを誤魔化すためだけのものらしい。


 しかし「ゲンジ」……と言われると、拙者としては源氏げんじについて思い浮かぶのだが……

 まぁ、こちらの大陸で日ノ本の歴史の話が出るとも思えん。おそらくゲンジと言う固有名を持つ何者かと因縁があるのだろう。

 拙者らが詮索すべき事柄では無い。


「……して、落ち着いた所で訊くが……貴様ら、頭おかしいのか」


 いきなりだな。

 まぁ、言われても仕方が無い状況ではあったが。


「モリキヨ殿、誠にかたじけない。拙者らは突然の嵐に見舞われ、雨風の中にて道を見失い、あの川に辿り着いてしまった所、巨大な害獣に襲われ川の中へと引き込まれてしまったのです」

「坩河に巨大な害獣なんぞおらんだろう。はぐれ者に当たったのか? だとしたら途轍とてつもなく運が無いな貴様ら」


 ああ、うむ。拙者のももよだれで汚しながらスヤスヤと寝息を立てるこのちんちくりんのおかげで。


「しかしモリキヨ様、例の僕達を手繰り寄せる時に使用していた技……あれは一体……河童は水中を自在に駆け回るとは聞きますが、あの様に水を操るとは聞いた覚えが……」

「あれは技ではないのである。言ったであろう、【水流固定薬】。水を固める【薬】だ」


 そう言って、モリキヨ殿が袖口から取り出したのは白い小さなびん。陶器の様だな。


「ワシが作った薬でな。溶かした水をもち程度の粘度ねんどにする事ができるのである。これを上手く使えば……」

「餅とな!?」

「もう少し寝ていろ食いしん坊阿呆」

「うにゅ……なんじゃ、餅は無いのか……すやぁ……」

「………………にしても、ほう、河童とは薬学に精通するものと聞いてはおりましたが、この様な珍妙な薬までも……」

「同族に感心されたのは初めてであるな。この様な奇薬、【医薬師河童イヤシガッパ】への到達を視野に入れる河童であれば誰でも調合を試みるであろうに」

「いやしがっぱ……?」

「? 知らんのであるか?」

「はい。拙者、河童と言っても天涯孤独の身故、河童の文化には疎く……」


 河童として育った記憶も育てられた記憶も無し。河童について知る事など、人の頃に聞いた噂話と、この身で体感した事くらいだ。


「道理で。泳ぎも粗末な訳である。ろくな泳法を習う事も無かったと」

「ウチら全員を抱えた上で激流の中を安定して浮いていたのに……あれで粗末なのでござるニン……?」

「ゴッパムと言ったか。その若さであのザマなれば、並の河童以下だと評価する他に無い。本能任せに泳いでいる、と言う感じであった」

「まさしく」


 その通りだ。流石は河童の老公。


「ならば、医薬師河童イヤシガッパについて知らぬも道理。なれば教えてやろう。医薬師河童イヤシガッパとはいくつかある河童の【到達点】よ」


 河童の……到達点、とな。


「豪力を極める【力輝姿河童リキシガッパ】、泳ぎを極める【水真愛河童スイマアガッパ】、器用さを極める【手巧能河童テクノガッパ】、固有の異能を極めし【異体武河童イタンガッパ】……そして、薬学を極めたらば【医薬師河童イヤシガッパ】。河童道は広くそして奥深いのである」

「なんと……」


 河童としての特性を極める事で、更に上の河童に成れる、と言う事か。


「どの到達点を目指すかは各々(おのおの)。貴様もこれを機に、どれかを目指してみると良いのである」


 ふむ……丁度先日、己の無力さは痛感したばかり。

 武士としての技を今以上に研磨する事は難しいだろう。言うなれば、もう既に一つの到達点に達している。

 だがしかし、だ。河童としての技について、拙者は何も知らぬ。

 即ち、河童としての技は今、伸び代の宝庫。これを極めぬ手は無い。


 であれば――


「モリキヨ殿。不躾は承知の上、ひとつお願いしたい事がございます」

「ん? 何であるか、改まって」

「一から一〇までなどと欲深い事は言いませぬ。ですが、どうか一だけでも――拙者に、河童の技を御教示願いたく……!!」

「ゴッさんが頭下げてる……!?」


 おいロウラ、貴様どう言う目で拙者を見ているのだ?

 拙者とて、謝る時や頼み事をする時は当然頭を垂れる。ヒメが腿にしがみついていなければ土下座をしてでも懇願する所だ。


 何せ、モリキヨ殿には拙者に物を教える義理は無い。

 これは拙者の一方的な要望だ。ふざけるなと一蹴されればそれまで。

 しかし、拙者は強くならねばならん。また、朱天堂士や断城だんじょうの様な輩と出会さんとも限らんのだからな。


 独学には限界がある。それも、とても早くに。

 先達の教えを乞う事は、最善にして最高。


 ならばもう、精一杯の誠意で頼むのは当然至極。


「ほーん……妙に必死のがあるのだな……その腹の傷痕、癒えて消えかけだが、相当大きかったものと見える。派手に打ちのめされ、無力を悔いている真っ只中……と言った所であるか」


 つくづく、優れた洞察力だ。

 一言の反論も無い程にその通り。


「ふん、顔を上げるがいい」


 言われた通りに頭を上げると、モリキヨ殿は何やら楽しそうに笑みながら、咥えた煙管を上下に揺らしていた。


「まぁ、良いぞ。日がな一日、薬を撫ぜるだけの老人…ではなく、老いぼれなのだ。暇は持て余す程にある。善行をすると良い事があるのも今さっき体験したばかり」

「!」

力輝姿リキシ医薬師イヤシに関してであれば、ワシが教えられる事もあろう。それだけで構わんなら、軽く教育の鞭を振るってやるのも、やぶさかにあらず」

「是非ともッ……!!」

「うむ。では、付いて来るのだ。早速、案内してやろう」

「一体何処へ……?」


 ドラクリアの問いかけに、モリキヨ殿は更に笑みを濃くして、ただ一言だけ。


「地獄」



   ◆



 モリキヨ殿の後に付いて鍾乳洞の奥へと進む。

 マルには未だ起きる気配の無いヒメを見てもらっており、ロウラは飯の仕込みをしているので、同行者はドラクリアだけだ。


「この穴ぐらはワシの住居であり、そして研究施設でもある」

医薬師河童イヤシガッパへと到るための、ですか?」

「その通り。生活は浅い所で行い、奥に薬剤庫を設けてそちらで日々薬学を研鑽しているのだ」


 つまり、今向かっているのはその薬剤庫か。

 地獄、などと言うものだから、一体何処に連れて行かれるかと思ったが……あの発言の意図は一体……


「もはや老いさらばえたこの身。若き頃のギラギラとした熱意は冷め、趣味と惰性での研鑽と成り果ててはいるが……蓄積された物は大いに、そして多いにある」


 穴ぐらの奥、石をくり抜いてめ込まれた木の扉が一枚。

 モリキヨ殿がそれを開け放つと、そこには――


「これは……」


 空間を埋め尽くす様に並べられた木棚に並ぶ、おびただしい量の陶器瓶。

 水流固定薬とやらが収まっていた瓶にそっくりだが、どれも微妙に形や色が違う。


「今まで、ワシがあらゆる植物・鉱物・生物などなどから採取した各種成分、およびそれらを元にワシが調合した薬や毒の数々である」

「ど、毒ですか……!?」

「毒も薬も大枠での呼び方が違うだけである。本質は同じ物よ」


 良薬も飲み過ぎれば毒に成ると聞く。即ち、毒も少量であれば薬に成り得ると。

 であれば、その二つは同じ線の上に在ると言っても間違いではない。


「では早速、まずは医薬師イヤシの基礎講習といこう。ゴッパムよ。これより、貴様はここに在る全ての成分の【感触】を、その指に覚え込ませるのだ」

「……!? 成分の感触を、指に……と? そんな事が、可能であると……?」


 成分、と言うのは、物質を構成する目にも見えぬ程に小さな粒の事であろう。

 無学な拙者でもその程度の事は知っている。


「ふん、河童の手をただ器用なものだと思っているのか? 愚。一割以下の理解度である。良いか? 河童の手は成分単位で物を知る。塩粒の一つ一つの形すらも理解する事ができるのだ。それほどに細かく物質の流動を感じ取れるからこその器用さであると知れ。正しく意識せよ、正しく認識せよ」

「はい」


 まさかこの水掻きを持った指が、そんな大層な物だったとは……


「――して、貴様にはこれから、あらゆる薬や毒の成分に触れてもらう。そしてそれを【摂取】してもらう」

「なッ……!?」


 指で知れ、にとどまらず、摂取せよ、だと……!?

 しかも、薬に成る物だけならいざ知らず、毒と成る物まで……!?


「河童薬学に座学など存在しない。体で覚えるのである。どう言う感触の成分が、体にどう言う影響をもたららすのか。あらゆる毒によってあらゆる不調を知り、あらゆる薬によってあらゆる癒しを知れ。すべて、実感を伴って覚えるのだ」


 ――成程、「地獄」か。

 あの言葉の意味が、よくわかった。


「あ、あの……そんな事をしては、流石のゴッパムさんでも死んでしまうのでは……?」

「独学でこの様な荒行をすれば、まぁ死ぬしかないであろうな。だが、ワシが死なせはしない。伊達や酔狂で医薬師河童イヤシガッパを目指した訳ではない。そこは安心せよ。――だが地獄は見てもらう。覚悟は?」

「……ッ……当然、よろしくお願い致します」


 荒行、良いではないか。

 世の中、両腕が変色するまで鍛錬に励んでも成果を上げられなかった者がいるのだ。

 あんな小娘にあれだけの度量があって、拙者がこの程度の危険性に臆していられるか。


 主より臆病な従者など、在ってはならぬ。


「良い目である。向こう見ずではなく、一つの指針を見据えてただ進み方を選ばない。武士向きな目なのだ」

「お褒めに与り光栄至極……では……」

「ああ、せいぜいこの世の地獄にて、もがき苦しむが良い」



   ◆



 一方。


「うにゅ!? 美味そうな匂いがするのじゃあああああ!! ってわぶッ!? 重い餅!?」

「はひッ!? ぉ、おはようございますでござるニン……」


 唐突にヒメが覚醒。マルの膝枕から頭を跳ね上げ、その下乳に直撃した。


「……テメェはつくづく、食欲の化身みてェだな」


 ヒメ覚醒のきっかけとなったのは、焚き火を利用してロウラが煮込んでいた鍋物の香り。


「ふにゅう……大きな乳は時に鈍器……って、おお!! 待っていたぞロウラ飯! 今日はどんなんぞ!? どんなんぞ!?」

「ちょ、ヒメさ、わぶッ。膝の上で尻尾を振り回されぶふッ、尻尾を振り回されるとはふんッ」

「おい、マルがテメェの尻尾で鼻っ柱連打されて可哀想な事になってるから降りてやれ」

「ぬお!? マル、すまぬのじゃ! 妾、尻尾の先まで食欲が詰まっておる故……」

「ぃえ、はい。さして痛くはなかったので大丈夫でござるニン」

「む? ところでゴッパムとドラクリアは何処ぞ? じぃじ殿もおらんな? 三者で仲良く小便か?」


 ロウラ飯への期待にふんすふんすと鼻息を荒げて執心しながらも、頭目らしく仲間の動向は気になるらしい。


「修行、だとよ。あのジィさんが、河童としての技をゴッさんに叩き込んでくれるんだと。ドラクリアの野郎は知識欲しりたがりで見学だ」

「ほう!? 妾が寝ている間に何やら面白そうな事に!? それは即ちあれか? ただでさえ阿呆みたいに強いゴッパムが更に強くなると言う事か!?」

「ゴッさんだけじゃあねェ。手が空いたら俺達にも軽い体術くらいなら指南してくれるってよ。面白ェじゃあねェの。あの老体でこの俺に教えられる事があるってんなら是非伺おうじゃあねェか」

「ほうほうほうほう! 旅の巡り合わせで修行の機会! 良い趣向じゃな!? あれ!? これもしかして妾が坩河まで案内したおかげじゃない!?」

「結果的にはそォだが、テメェは図に乗るとろくな事になんねェから自重しろ」


 ヒメとロウラがぎゃあすかと騒ぐ一方で、マルだけは独り、静かに俯いていた。


「……修行……で、ござるニン、か」



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