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終:道の先


 夜空にて薄い三日月が笑う頃合。

 翁呑山おうのやまの頂上に、ロウラは両親の骨を埋め、墓碑を立てた。


 ああ、悪くないだろう。

 ここからならば、御二人が生命をしてでも守ろうとした活気ある町並を、微笑ましい営みを、全て眺める事ができる。


「ありがとな、ゴッさん。まだ怪我ァ治りきってねェのに、墓作んの、手伝ってくれてよ」


 少し枯れた声で礼を良い、やや腫れの残る目を細めて、ロウラが笑う。

 憔悴しょうすいし切っている事は誰の目から見ても明らか。それでも、笑っている。上出来だ。


「礼には及ばん」


 身体を動かすのが鍛錬から穴掘りに変わっただけだ。大した事は……いや、誰ぞの墓作りを些事扱いしては流石に失礼か。

 ここはまぁ「仲間の両親を弔うのは当然だから」と言う事にしておこう。うむ、間違ってはいないはずだ。


「さて、小屋に戻るぞ。あの阿呆がマルとドラクリアに無理を通して阿呆な事をしては不味い」


 最初、ヒメもロウラの親の墓作りを手伝うと言って騒いでいた。

 だが、奴には例の体質がある。ヒメを連れていては、山頂ここに着くまでに一体何百の獣と戦う事になるか。

 冗談ではないとマルとドラクリアを監視に付けて小屋に置いてきたのだ。


「……なぁ、ゴッさんよ。あんた……親はどうしてる?」

「! ……既にいが」


 人の頃の親は、拙者のせいで殺された。

 河童としての親については、そもそもいるのかも知らん。


「死んじまった時、悲しかったか?」

「……すまんが、参考になる様な事は言えん。貴様と拙者とでは、状況が違い過ぎる。拙者の場合は、悲しむ余裕など無い程に絶望しか無かった」


 死をいたむより、胸に抱いたのは自責と怒り。そして同じ事が起きる事への恐怖ばかりだった。

 今にして思えば、とんだ親不孝者よな。


「じゃあ、訊き方を変える。辛ェ時、あんたはどうやって持ち直す?」


 問いかけの意図は、わかっている。

 未だ、どうしようもないのだろう。まだ、叫び足りない……いや、叫び足りるはずも無いのだろう。


「ひとつ、良い言葉を教えてやる。『今はそれどころではない』。……過去を忘れろとは言わんが、現在いま明日みらいをないがしろにしないための指標だ」


 利口に自分を誤魔化せる程、拙者は器用ではない。

 前に進むには、そうやって、過去より今を優先する様に自分に言い聞かせるくらいしか、思いつかなかったし、できなかった。


 昨日家族を惨殺された悲しみに浸るより、今日絶望を噛み締めながら、明日同じ事が起きない様に、剣を振るう。

 そうやって前へ前へ進んでいる内に、過去の事は時折思い出して胸を押さえる程度になっていく。


「忘れる必要は無い。ただ、足を取られるな。貴様は生きているのだろう。ならば、止まったまま何もできない屍にはなるな」

「……なァ、俺ァこれから、どうすりゃあ良い? 何処どこに進みゃあ良ィんだ? さっぱりわかんねェよ」

「拙者が知るか。貴様で決めろ」

「……厳しィなァ……」

「貴様が自力で襁褓おしめも変えられん様な小娘であれば、抱き寄せてあやしてやっても良いが」


 阿呆らしい。


「…………じゃあ、ひとまずだが、決めた。確か、妖界王の超兵器って奴ァ、どんな願いでも叶えてくれんだよな」

「ああ、まぁ、あの与太話が真実であれば、だがな」


 一応、在ると前提にはしているが、中々に信じ難い事には変わり無い。


「それでもあんたらは、いィや、俺らは、そいつを必ず見つけんだろ?」

「そのつもりだが」

「なら、俺もそいつに願い事を叶えてもらうぜ」

「ふん、何だ。両親をよみがえらせでもするか?」

「はッ。冗談。生き返らせたってどォォせまた誰かのために死ぬさ。そォ言う親だ。呆れるが、そォ言う所も大好きだ。……だが、それはそれとして、もォこんな気分を味わうのァ御免だね。親父達に再会すんなら、あの世でだ」

「では何を願う?」

「……一言、あの世にいる親父達に届けといてもらうのさ。『あんたらの後始末をしてやったぞ』ってな。そしたらきっと、俺がどんな大物になってるかわくわくしながら、待っててくれるだろ?」

「そうか。良いのではないか。では、これからすべき事は明らかよな」

「応。確かに親父達の死は悲しィ。まだ、気を抜いたらその場にへたり込んじまって動けなくなっちまいそうだ。だが、『今はそれどころじゃあねェ』。冒険の旅、上等ォだ!! 必ず見付けてやんぞ、妖界王の超兵器!!」

「ほうほう、どう言う会話の流れか知らんが良い意気込みじゃな!! 頼もしいのう!! にゃーっはっはっはっはっはっは」

「…………何故、貴様がここにいる……?」


 どう言う訳だ。

 何故、小屋で留守番をしているはずのヒメが、木の葉と泥に塗れてここにいる?

 そして、マル? 何故貴様が肩を貸しているドラクリアは真っ青な顔をして気絶している? 貧血か?

 あとマル自身も、片手ではみ出した片乳を庇っているが……貴様それ三着目、最後の予備では?


「ひぃ……ひぃぃ……ご、ゴッパムしゃん……た、たしゅけて欲ひいで、ごじゃる、ニン……」


 それだけ言って、マルは肩を貸していたドラクリアもろともぐっしゃあと倒れ伏した。


「「………………………………」」

「ふむ、手短に話そう!! 貴様の言う通り、妾達はおとなしく小屋で待っていたのじゃがな、ついにあの小屋にも魔の手が伸びたと言った所だ!! すっごいの来た!! 朱天堂士シュテンドウジほどではないがすっごくすっごいの来た!!」


 ……ああ、で、必死に逃げてきたと。

 道中、一応戦いはしたのだろう。で、ドラクリアは血を使い過ぎて貧血。マルはいつもの調子で服が破けた、と。


「貴様の体質は……ついにか」


 あの小屋の辺りは安全地帯だろうと思っていたのに……もしやこいつの体質、日々進化しているとかではあるまいな?


「ちなみに逃げ回っている内に追ってくる獣も増えてな! さっきマルが音の刃で木々を倒して壁を作ったからまだ追いついては来とらんが、そろそろヤバいと思うのじゃ!!」


 ……ああ、だな。

 何やらおびただしい量のザワめきが、頂上こちらに向かって登ってくるのを感じる。

 よもや山中の獣を集めたのでは……と思える量の気配だ。


「おーおー……団体様だなァこりゃあ。ゴッさんよ、腹の調子ァどォだ? やれっか?」

「貴様独りに任せて良いなら是非」

「おいおォい、ツれねェ事ァ言いっこなしだろォ、ここァよ」

「……まったく……まっとうに相手してられん。ある程度まで蹴散らしたら、マルとドラクリアを抱えて突破を図るぞ」

「応、賛成だ」


 やれやれだ……


「よし、頼んだのじゃ、ゴッパム、ロウラ!! 妾とっておきの応援の舞いを披露するのじゃ!!」

「鬱陶しいぞ阿呆」

「酷いッ!!」


 黙って下がってろ。


「さァァァいくぜェッ!! 炸雷足さかたァ!!」

神日しんじつ払暁ふつぎょうはこれ夢幻むげん泡沫うたかたの如く」


 まったく以て、この頭目の世話は骨が折れる……!


抜刀ばっとう裂羅風刃さくらふぶき!! 行斬いざ、参るッ!!」


 斬って、進む。前へ。

 今はまだ、止まれる理由も道理も無い。


 だから進む。


 いつかこの河童生の先、その果ての時、無念のひとつも無く笑って死ぬために。そうして、姫の元へ辿り着くべく。


 今はただ、前へと進み続けよう。


 この愉快な仲間達と共に。


























 龍柩りゅうきゅう大陸の端の端。

 そこには美しい入江いりえと、それを囲む様に形成された菜葉孔江なはくうこうと言う名の田舎村がある。


「ほーん、ただのド田舎だと聞いていたが、良い眺めではないか! 気に入ったぞ」


 入江の畔、朝日に煌く水面を見て、えらそうな大声を張ったひとつの影。

 白襟が立った男性向けの洋装の上に、女性向けの花柄の羽織、そんな奇天烈な服装に身を包んだ、奇妙な女。漆を塗った様な品のある黒髪を紅い紐で結って上げている。

 顔つきは中々に鋭い。三白眼に不敵な笑顔、か弱い乙女とは誰も思わない、少なくとも口を袖で庇ってよよよと泣く姿は想像ができない。


「いやはや中々どうして……しかしこうも絶景であると……腹が減るな!!」


 と言う訳で、と女はきょろきょろと辺りを見回す。

 どうやら、現地民を捕まえて美味い飯屋を聞くつもりらしい。


「おッ。そこなちんまい少女。ちと良いか?」

「うにゅ? ヒメのこと?」


 女が目を着けたのは、入江の畔でぼーっと退屈そうにを眺めていた幼女。

 金綺羅きんきら髪に獣耳が生えている獣人種、歳を聞けば片手で数えて足りそうな程に幼い。

 しかし幼い割には目つきはキツく、口腔内には牙が並んでいる。きっと将来は勝気この上ない女性にょしょうに成長する事だろう。


「うむうむ、おぬしだ。ヒメとやら。の方、ここらの銘菓めいかに詳しかったりせんか? おぬし程の年頃の女子おなごであればその手の情報にはさとしいものであろう?」

「銘菓……うーんとね。向こうの方にある揚げ物屋さんが売ってる【砂糖天麩羅(さーたんだぎ)】ってお菓子、すっごく美味しいよ。砂糖菓子を油で揚げるの」

「ほうほうほうほう!! 砂糖菓子を油で。それはそれは。良いのう良いのう。そう言う変わり種な菓子こそ地方来訪の醍醐味よな!!」

「おねーさん、村の外の人?」

「うむ。わらわはいわゆる冒険家と言う奴でな」

「わらわ?」

「自分の事だ。俺、や、私、と言う意味のな。やんごとなき身分の物が、己が身分を常に意識し、相応に振舞うための戒めの様なもの、らしい。ま、妾にゃ知った事ではないがな」

「わらわ……なんかかっこいい! ヒメもそれ使う!」

「なら、口調もそれらしくな。語尾にのじゃとか付けるとそれっぽいぞ」


 子供になんて事を教える女だろう。


「ところで、おねーさんは何でこの村に来たの? 冒険家って、危ない所に行く人なんでしょ?」

「ん? ああ、ここから少し離れた村で【遠呂智オロチ】とか言う大蛇が調子に乗っておると聞いたので退治に来たのだが、何処の誰とも知らん夫婦に先を越されてな。手持ち無沙汰になったがタダで帰ると言うのも釈然しゃくぜんとせなんだ……と言う訳で仕方無く、ここらをぶらぶらと散策しておる」


 やれやれだ、と女は深い溜息。


「……しかし、おぬし、今の言い草、冒険家を少し勘違いしておらんか? 別に、冒険家は危険な目に遭いたくて危険な場所へ行く訳ではないぞ。面白そうな所は何故だか大概危険と言うだけだ」

「面白そうな所……え? 冒険家って、面白い所に行くの!? 冒険って面白いの!?」

「ああ、とてもな。興味があるか? ならば腹拵えをしたあとで良ければ、いっぱい冒険譚を聞かせてやろう。【奴】を探して、あちこちを回ってきたからのう。話の種は腐らせて納豆にするほどに有り余っている」

「わあ……! ん? おねーさん、誰か探しているの?」

「ん? うむ。まぁな。妾の冒険の旅に於いて、最大の目標と言っていい」


 そう言って、女は笑った。

 何だかとても、とてもとても、懐かしく、そして素晴らしい思い出を追憶している様な、そんな笑顔だ。


「探し人……いや、者かのう。過去なのか、はたまた未来なのか……何時だったかは記憶が定かではない、下手すればただの夢だった可能性すらあるのだが、何はともかく『妾の方から会いにいく』と約束してしまった気がするのでな」


 ――因果は道だ。無数の道だ。

 その無数の道は、必ずやいずれ何処かで交わる時がくる。


 進み続けていれば、いずれ必ず、その交差点に辿り着く。


「――必ず、会いにいくぞ。流之助」


 その二つの道も、いずれ必ず、交わる時が来るのだろう。


 そして二人は再会するのだろう。


 世はそれを、運命と呼ぶ。




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