拾:四の刃、雷金の料理番
「……戦に出るそうだな」
「はい」
初陣の地へと出立する前夜。
姫に呼び出され、「一体今度は何を仕掛けてくるのやら」と渋々その元へと向かった。
だが、拙者を待っていたのは悪戯ではなく。
静寂の中で整然とした姿勢で座す姫……と言う、目を疑う様な光景であった。
「前々から興味があったのだ。のう、聞かせてくれ。武士と言う生き物に取って『死ぬ』と言う事は、恐くはないのか?」
この姫にしては頓狂。そう思ってしまう様な、真面目な意気を感じさせる質問。
正直、面を食らってしまった。「熱でもあるのですか?」と聞こうかと思ったが……今まで見た事も無い姫の神妙な面持ちを見て、茶化すのはやめた。
「どいつもこいつも、簡単に戦へ、死地へと向かうだろう? 少々疑問でな」
「そうですね……死ぬ事に関しては、特段、恐いと思う事はありませぬ」
「……死ぬ事に、関しては?」
死とは消えて無くなる事。ただそれだけだ。
――正直、ピンと来なんだ。
その概念は漠然とし過ぎていて、想像もできん。よくわからん。
死を知る死者が語って教えてくれる訳も無し。
よくわからんものを、よくわからんままに恐るなど、理解できんし、何だか間抜けではないか。
未知である事を警戒こそはするが、それは恐怖とは異なる。
死と言う概念そのものを恐るのは、むしろ難しい事だ。
だが、
「無力な屍同然に成り果てる事は、筆舌に尽くし難い恐怖を覚えます」
「……それは、死を恐る事とは違うのか?」
「同じ様ですが、ほんの少々違います。まぁ確かに、死ねば屍となるでしょう。何も為せなくなるでしょう。それは恐ろしい」
しかし、
「死を恐れて部屋に篭もり、膝を抱き続ければ、生きていても屍と変わりませぬ。それもまた恐ろしい」
何もできなくなる。何も、守れなくなる。
それは想像するだけでよくわかる……とてつもなく、恐ろしい事だ。
……きっと皆、そうなのだ。
死と言う概念そのものを恐れている者など、いない。
皆、死する事で結果的に「何もできなくなってしまう事」を恐れている。
死に恐怖を覚えるとすればそれは、間接的な恐怖なのだ。
だのに、何時の間にかその本質を忘れ、理由を忘れ、死と言う概念そのものを「ただひたすら恐るべき事柄」として恐る様になっている者は、昨今少なくない。
そのせいで、「死を恐れて何も為せない屍同然となる」と言う本末転倒も甚だしい事態に陥る。
死そのものは恐くない。
――いや、死そのものを恐れてはいけない。
恐ろしいのは、何も為せなくなる事。動けなくなる事。
そこを履き違えては、武士としては致命的になる。
死そのものを恐怖する様になり、戦えなくなったならば、武士は終わりだ。
「……そうか。ならば『 』と言っても無駄よな」
「? 姫、今、ぼそぼそっと何か申されましたか?」
「幻聴か? その若さで不憫よのう」
いや、あんた今、絶対なんか言っただろ。
「足労させた。ありがとう。戻れ。戻るべき場所にな。――次はきっと、いや、必ず、妾の方から会いにいく」
「はぁ……いや、姫、今なんと言ったか、ちゃんと聞かせてもらわねばスッキリせんで……ん? と言うか、姫の方から会いに来るとは……?」
何か妙ちきりんな言い回しだな。言外になんぞ濁している風だが……さっぱり読み取れん。
もしや、本当に熱でもあるのか?
「無粋な男よ」
そう言って、姫は笑った。
――何時もの悪戯小僧めいたそれとは、少し違う。
何かを惜しむ感情を隠す様な、何か言いたい事を我慢している様な、そんな、この姫にはまったく似合わない笑顔。
「背中は押してやる。だからとっとと戦場にでも異世界にでも、何処へでも行ってしまえ。まだ、為すべき事もあるのだろう。なぁ、流之助……いや、ゴッパムよ」
◆
――夢を見ていた気がする。
不可解でありながらも、何故か、尊い、そんな夢を。
覚めたくない、しかし、いざ覚醒の時となれば、その口惜しさ以外は何も覚えてはいられない。
人の夢とはなんとも儚く……いや、拙者は河童なのだが……とにかく、夢とは……
「ぎょっぷあむぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅうううううッ!!」
……おう、寝起きの人…ではなく、河童の面に涙と鼻水と唾液をぶちまけてくれるとは中々に愉快だな、ヒメよ。
まさか頭目なら何をしても斬られないと思っているのではあるまいな?
「目が覚めましたか?」
「……ドラクリアか……」
「は、はぁぁ……良かったでござるニン……」
「ったく、独りで一体なァにしてたんだよ」
マルにロウラも……ああ、この自然と一体化した屋内風景、ここはロウラの拠点小屋か。
提灯の灯りと、それでも拭い切れていない隅の闇から見るに、夜も深い様――
――ッ、ぐぉッ……なん、だ、身を、起こそうとしただけで激痛が…………かっぷぁッ。
「どひゃああああああああああああ!? ゴッパムが血を吐いた!? 死ぬなぁぁぁ!! 妾を残して死ぬなゴッパみゅううぅうぅぅう!!」
「落ち着いてくださいヒメさん。ゴッパムさんはもう生命に別状は無い状態です。その吐血は不要な所に入り込んでいた流血を吐き出しただけでしょう。正常な生理機能ですよ」
ぐッ……激痛の出元は、腹か……?
おう、腹にくそデカい血塊の蓋が……ドラクリアの妖術による手当か。
…………ああ、そうか。そうだ、思い出した。
皆と朱天堂士を撃破したあと、拙者は断城に遭遇し、そして腹肉を深々と抉られたのだ。
そして、この手で奴の身体を最後の一滴まで掻き散らした事も、覚えている。
ただ、そこからの記憶がまったく無い。
おそらく、奴を殺した事で意気が途切れ、意識も切れたのだろう。
ん? だとしたらば……
「何故、拙者は、ここに……」
あの時、ヒメ達には小屋で拙者が戻るのを待つ様に伝えていたはず。
しかし、当然、拙者は自力で戻る事など不可能。だのに何故……
「急にヒメさんが『なんだか嫌な予感がするのじゃ!!』と言い出しまして、ウチらの方からゴッパムさんを探したのでござるニン」
「うむ! なんじゃか急にびびっと来てな!? 何処ぞの誰かから妙な波長でも受信したかの如く!! なんでじゃかおぬしを探さねばならん気がしたのじゃ!!」
「何だそれは……」
不可解な……いや、だが……助かったな。
もしその妙な直感――ヒメ曰く誰ぞから送られた妙な波長が無ければ、拙者は血の流し過ぎであのまま死にくたばっていただろう。
「……ありがとう。助かった」
大きな復讐は成し遂げた。
正直、あそこで死んでいても、良かった気はする。無念は無かった。清々しい気持ちでいっぱいの幕引きだった。あの状態ならば、怨念を残してまた化生者に転生する事などなく、姫の元へ逝けたかも知れん。
……だが、何故だろうな。
生きていて良かったと、心の何処かで思っている拙者もいるのだ。
おそらく、この阿呆のせいだな。
拙者が目を覚ました事でこの喜び様……裏を返せば、拙者が死んでいたら、どれ程この面を歪めて悲しんでいただろうか……想像に難くない。
拙者は、姫によく似たこの面を、悲しみに暮れさせたくはなかったのかも知れん。
だから、生きていて良かったと、安堵しているのだろう。
……やれやれ……ほとほと、姫に似て手間のかかる……
「ドラクリアもだ。誠に感謝する。これほどの傷、手当は面倒だっただろう?」
「いえいえ、元々の処置が良かったので、大した苦労は。僕は補強しただけですよ」
……?
「元々の、処置……?」
「え? ゴッパムさんが御自身で行われたのではないんですか? 僕らが貴方を見つけた時には、既に黒い布で適切な止血が行われていましたよ?」
いや、まったく身に覚えがないが……ドラクリアが持ち上げている黒布にも、見覚えが無い。
布の端はびりびりに解れており、まるで黒い衣類から破り取った様だが……通りすがりの黒ずくめの何者かが、服を裂いてまで手当をしてくれたのか……?
黒ずくめ……と言うと、ふと脳裏を過ぎるのはあの沈黄泉とか言う乱破だが……
あれがこの山に来る道理もあるまい。おそらくは違うだろう。
まったく……誰かは知らんが、誰ぞを助けておいて名乗らずに去るとは、随分と粋な事をする輩がいたものだ。
直接は言えんが、心の中でその何処の誰とも知れぬ奴にも礼を言っておこう。
「つゥかよ、マジで何があったんだ? ゴッさん。いくら朱天堂士と戦った疲れがあっただろうつっても、あんたがそこまで深い傷を負わされるなんてよ」
「そうじゃ! おぬし、頭目の預かり知らん所で今度は何に喧嘩を売ったのじゃ!? 少し叱る故、正直に話せ!!」
「不愉快で厄介な畜生に不意を突かれただけだ。問題無い。きちんと殺しておいたしな」
わざわざ、詳細に語るまでもあるまい。
語ったとしても、肉親の仇討ちに纏わる話なんぞ、不幸自慢の類にしかならん。
ただ糞を蹴って散らした。
その程度の出来事があったのだと伝われば、それで良かろう。
「拙者の方は大事ではない。それより、もうロウラの両親の骨は見つけたのか?」
「そォんな余裕ねェーよ……旦那ほどじゃあねェが、俺らだってかなり疲れてんだ」
ああ、ヒメのおかげで想定を遥かに越える数の害獣を相手取る羽目になったんだったな。
しかも、その直後に朱天堂士との総力戦だ。
そりゃあ貴様らも疲れたろう。
「妾もへとへとじゃ……」
いや、貴様は何もしていな……いや、泣き疲れか。だとしたら拙者の責任でもあるし、何も言うまい。
「我々は全員もれなく満身創痍、この状態で夜の山林に入るのは危険極まりない。朱天堂士の寝床を探すのは、明日にしましょう」
「ああ、それが良いだろうな」
今宵はもう、休んだ方が良いだろう。
焦る必要もあるまい、もう、これ以上難儀な事が起こる訳も無いのだから。
◆
ッ……お、おお……?
これは……これは……私は、生きているのか?
……僥倖ッ!! くふ、あはははは!!
これは良い、本当に良いよ!!
いやはや、一時はまた転生するしかないのかとも思ったのだけれど、手間が省けたよ!!
ふふ……あれだけ派手に散らされてもしばらく意識を失うだけで済むとは……水裸形無の身体、便利便利とほとほと感心し切っていたのだけれど、よもや不老不死であったのかな?
この断城、今この時ほど喜びを感じた事は無い。
ああ、しかし流之助め、師であるこの私を殺そうとするなんて、なんて道理知らずな男だろう。
許せない、ああ、許さないとも。
すぐにでも殺してやる、連れ諸共……いや、連れの方から嬲り殺しにしてやるとも。
ぬかりなく、今は控えさせている殺魔衆の面々を召集して……
……と言うか……んん?
あれ、何だか、少しおかしくないか?
うご、けない? それに、何も、見えない。
音は、聞こえる。
しかし……風の音や獣の足音、草葉のざわめき……聞こえる音はどれもやたらくぐもっていて、まるで土にでも埋められている様な気分だ。
……………………待て。
待て、待て待て待て、待ってくれ。
よもや、そんな……そんな、馬鹿な。
有り得ない、いや、有り得てはいけない。
嘘だ、嘘だと言ってくれ。
私は今……土に染み込んでしまっているのか?
流之助がどうやって私の身体を削っていったのかは定かではない。
しかし、とにかく流之助に削られたこの身は、ただの水同然となり、土に染みてしまうのは見た。
よもや、私の意識が宿った部分も、そうなってしまったと言うのか?
で、だとしたら、どうなる?
現状、微塵も動けぬ。身動ぎひとつ……否、微動だにさせるべき体の感覚が、無い。
暗い暗い、暗い、動けない。
ただ、風の音と、草葉の音と、獣や虫の足音だけが、聞こえるだけ。
あ? あぁああ? なんだ、これ……?
なんだよ、これはぁぁぁああああああああああああ!?
せめて、死、そうだ、死ねれば、また、転生を果たせるやも知れない!!
死ねれば……死ね、れば……わ、私は……――
――…………今の私は一体、どうすれば、死ねるんだ…………?
死ぬ気配が、無い。こんな状態でも、死なない。
動けないのに、何もできないのに、死なない。
私はこのまま、ただ土に染みて、意識だけが生き続けると言うのか……?
この魂は天に昇る事も、地に堕ちる事も無いと……?
ただただ永遠に、土に溶け、ここに在り続ける……と……!?
い、ぃやだ!! 嫌だ、そんな、それでは、戦え、ない!!
もぅどぉああっても、も、あ、たたた、た、戦え、ないじゃあないかァァ!?
ふざ、ふざけるな!! そんなの認めない!! こんなの受け入れない!!
私は、私はぁぁぁああああああぁぁぁああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁあぁぁあぁぁあああああぁあぁぁ……――
◆
「おいゴッパム! ロウラについて行くなとはどう言う事じゃ!?」
……やれやれ、朝っぱらからうるさい事だ。
「少し考えればわかるだろう。拙者達の状態をみろ、ボロもボロ、ボロボロだ」
「嘘を吐け!! おぬし、今まさに自分が何を振り回しているかわかっておるのか!?」
裂羅風刃を鞘に入れたまま大岩に力づくで突き立てて差し込み、重しにして素振りをしているだけだが。
――昨日は、己の弱さをひたすらに痛感させられた。
朱天堂士にも、断城にも一度はしてやられた。
ただ素振りをしているだけでは足りぬ。こうして、重き物を振り回して腕を今以上に鍛えねば。
「いや、ヒメさん。ゴッパムさんは本当にボロボロです。さっき触診したら全身の筋肉が酷い炎症を起こして熱した鉄の様にほっかほかでしたし、腹の傷も完治にはまだまだ時間が要ります」
「ではなんじゃ、あの滅茶苦茶な鍛錬方法を悠々とこなす様は!?」
「僕が訊きたいです。河童って一体……って言うか、おとなしく療養しましょうよ……」
「鍛錬は療養の様なものだ」
身体は定期的に動かさねば血が腐って肉が死ぬ。
「とにかくだ。鍛錬をする程度の余力はあるが、貴様を連れ歩いてまた朱天堂士級の怪物が出てきては、手に負えん。朱天堂士の寝床探しは独りでも充分余裕だろう。ロウラだけ行かせろ」
「ぬぅ……しかし何も独りで行けとは冷たかろう!? マルとドラクリアを同行させてやるのは良いのではないか!?」
「貴様に呼び寄せられた害獣がこの小屋にまで寄ってきたらどうする。拙者だけでは凌げん。マルもドラクリアも残れ」
「いや、絶対嘘じゃろ!? ついには片足をあげて片手で素振りし始めたではないか!! おぬし絶対もう十全に戦えるじゃろう!?」
……まったく、つくづく察しの悪いちんちくりんが……
本意までは汲めずとも、拙者がこうも頑なに「ロウラ独りに行かせろ」と言う事情が何かしらあるとは考えんのか……
「遺骨を回収した暁にはロウラもついに我ら鎮威群に正式加入なんじゃぞ!? その瞬間を皆でわーっと盛り上げんで……」
「あァー、もォ良ィっつゥの。ゴッさんは何も間違った事ァ言っちゃいねェよ。……何か、考えもあるみてェだしな」
「にゅ……本当に良いのか? おぬしがそう言うなら……うーむ……」
「すまんな、ロウラ。その分、ゆっくりしてきてくれて構わん。飯仕度は拙者が整えておく。貴様ほどの物は拵えられんが任せろ」
「応。ま、んな遅くはなんねェよ。あの蛇野郎の匂いは派手だしな。道ァすぐ見つかるさ。んじゃ、さくっと行ってくらァ」
……ああ、道も、骨も、きっとすぐに見つかるだろうな。
だが、問題は、その後であろう。
「あの……ちょっと良いでござるニンか?」
「ええ、僕も訊きたいのですが……」
マルとドラクリアが、ヒメに気取られぬ様にひそひそ小声で話しかけてきた。
「一体、ロウラに何をさせる気でござるニン?」
「はい。僕も……流石にちょっと、意図が……」
「……マルはともかく、貴様はわかるはずだぞ、ドラクリア」
「え?」
決まっているだろう。
これからロウラが拾いに行くのは、両親の骨だ。
それも、つい昨日までは「もしかしたら生きてたりしないだろうか」なんて夢を見ていた両親の、骨だ。
ならば――
◆
「しっかし、ゴッさんは一体なァに企んでんだ?」
独り、山林の中を――いや、朱天堂士によって切り開かれた大きな山道を、ロウラは軽い駆け足で走り抜けていく。
ただ闇雲に朱天堂士が作った道を走っている訳ではない。
ここから先に行くに連れて、どんどんと、朱天堂士の匂いが濃くなっている。
つまり、この先には、朱天堂士がしばらく居着いていた場所があると言う事だ。
「もしかして、俺が鎮威群に参入にあたって不意打ちでお祝いするための準備でもしてくれるってんじゃあねェだろうな。……はッ、まァ、そりゃあねェか」
ゴッパムはそんな柄ではない。それを企むとすればヒメやマルだ。しかし、ヒメのあの様子、特にそう言った話はしていないのだろう。
では、一体、ゴッパムは何を想定して、自分を独りで行かせるのか。
色々と予想してみるロウラだったが、結局「測りかねるな」と言う結論に達した頃。
「――あれか」
ついに、辿り着いた。
そこら一帯、草の根一本に到るまで薙ぎ払われた更地。その奥、切り立った崖の壁にぽっかりと空いた、大空洞。
あの穴の大きさに、匂いの濃さ、間違い無いだろう。朱天堂士の寝床。
「……害獣を警戒……する必要ァ、無ェな、こりゃあ」
朱天堂士の匂いだけじゃない、腐肉や乾いた血の匂い……死臭と言う奴だ。それもかなり濃い。おそらく、朱天堂士に弄ばれ食い散らかされた者達の、残滓。
こんな物騒な穴ぐらに近付くほど生存本能に乏しい獣が野山にいるはずも無し。
ロウラに取ってもこの臭気は辛い。浅い口呼吸に切り替えて、空洞の中へと踏み込む。
あの巨体が住処としていただけあって、かなり広い。壁や天井には苔が目立つが、足元は舗装された道の如くのっぺりとしていて歩きやすい。あの巨体の行き来でしっかり押し固められたのだろう。
高い湿度にこの仄暗さ……ああ、蛇公が好む訳だとロウラは納得。
進むに連れて暗さが増して一寸先も見えなくなって来たため、ロウラは全身に薄く雷電を纏って光源を確保する。
「……………………――!」
そしてしばらく、進み、見つけた。
乱雑に盛られた土山の上に据え飾られた、無数の骨。頭骨は二つ。
土山に登り、大きい方の頭骨を手に取って見る。
「…………不思議なモンだ」
一〇余年の歳月が全ての肉を削ぎ落とし、生前の面影など、まさしく毛一本分も残ってはいないはずだのに。
「よう、久しぶりじゃねェか。親父。かなり痩せちまったな」
わかる。ただの白い骨だのに。いくつかの穴が空いているだけの白い球体でしかないはずだのに。生前それがどんな顔をしていたのか、わかる。
無精髭をわさわさ揺らして豪快に笑う大男の顔が、鮮明に思い浮かぶ。
「母ちゃんも、随分とまぁ、見窄らしくなっちまったな。自慢の毛並みが跡形も無ェじゃねェかよ」
小さい方の頭骨も、手に取る。ああ、間違い無い……ロウラは確信した。
今、この手に、父と母がいる。
思い出す。毎夜、おやすみの頬擦りをするために、二人に抱き挟まれていた事。
毎夜毎夜ぎゅうっと、少し苦しいけど、悪い気はしなかった。家族の日課。
今となっては、自分が二人をまとめて抱き寄せている。すっかり逆転したものだと、ロウラは笑――
「……あ?」
不意に、二人の頭骨に、水滴が落ちた。水は染みて、丸く、頭骨の色を少しだけ濃く変色させる。
「……ッ……」
立って、いられなかった。
全身が震えて、どうしようもなかった。
零れ落ちる物も、湧き出る物も、堪える事ができなかった。
――ああ、そう言う事か。こうなる事がわかっていたから――
◆
「遅いのうロウラ……遺骨、見つけられたんじゃろうか」
「……だから、遅いのだろう……」
「ん? ゴッパム、何か言ったか?」
「良いから、黙って待っていろ」
どれだけ勝気で気丈でも、ロウラはまだ、若い。幼いと形容しても良いだろう。
身近な者の死も、多くは経験していない風だった。
現に、朱天堂士に両親の死を告げられて、一時は茫然自失に陥っていた。
ロウラは、大切な者の死に、慣れていない。
まぁ、普通の話だ。そんなもの、慣れている方がおかしいと言う自覚はある。
普通ならば、両親の遺骨――明確な死の証を目の当たりにして、耐えられるはずが無い。
否、まっとうな情ある者として、耐えられるべきではないはずだ。
……奴の武士向きな性格からして、その様を晒す事は好ましく思うまいよ。
「……む……? 何か、遠くで聞こえぬか? 獣の声の様な……」
「……ええ。きっと、獣の声ですよ」
「ああ、ただの遠吠えだ」
存分に嘆き叫ぶが良い。吠えれば良い。理不尽な離別を呪えば良い。
醜態だろうが……誰も見ていないのだ。存分にやれ、気が済むまで……いや、気が済む事など、有り得まい。だがそれでも、気が済んだ事にして、納得したつもりになれるまで、叫べば良い。
そうせねば、前には進めんだろう。




