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捌:それはまごう事なき再会


 ――初陣ういじんにて、拙者は取り返しの付かない過ちをおかした。


 敵に、情けをかけてしまった。


 どう言った事情があるのかもわからんが……拙者の妹と同じ世代であろう幼い小娘が、女兵にょへいとして戦場に出てきていたのだ。


 未熟な拙者では、どうしてもその小娘の首をねる事ができなかった。


 だから、見逃した。見逃してしまった。


 待っていたのは、【報復ほうふく】だ。


 ああ、今にして思えば、それもそうだろう。

 小娘からすれば「故郷をおかされた挙句あげく、情けで矜持きょうじをもおかされた」――拙者はそう恨まれてもおかしくはない真似をしたのだ。


 異領いこくの落ち武者、それも幼い彼女が、どうやって永都ながとに侵入し、そして拙者の身元を調べ上げる事ができたのか。

 未だに、そこは謎のままだが……明らかな結果がひとつだけ。


 拙者がその小娘を……「殺すべき敵」を見逃したがために、拙者の父は、母は、妹は、皆、むごたらしい最期を迎える羽目になったのだ。


「情けないザマだね」


 師匠せんせいは、なぐさめてはくれなかった。

 いや、慰めないでいてくれた。慰められた所で無駄な状態であると、察してくれていた。


「敵は殺さなくてはならない。例え相手が赤子でもだ。まだ歯が生えておらずとも、心の牙までそうとは限らない。戦意を以て武器を持てば、それは修羅しゅらに成り得る――痛感しただろう?」


 そして、師匠は拙者の頭を叩き――微笑んだ。


「君も修羅になれ。期待しているよ」



   ◆



 その御姿は、拙者が小童こどもの頃から変わらない。話を聞けば、拙者が生まれる前からだ。

 余りの不老ぶりに、周囲からは「あの男はきっと『不老長寿ふろうちょうじゅを得られる』と言う【人魚にんぎょ肉】を喰らった事があるに違いない」とささやかれる程。


 不老無双の鬼将きしょう。それが、永都ながとくに魅墨みすみの地を任された武臣ぶじん四万頭しまづ断城だんじょう……拙者の剣の師だ。 


「誠に……師匠せんせい……なのですか……!?」

「ふむ? 我ながらそれなりに特徴的な面構えをしていると思っていたのだけれども……疑問かな?」

「と、当然でしょう……!?」


 何を笑いながら首を傾げているんだ、この人は。

 確かに、その糸目と額から頬まで届く大きな斜め十文字の傷を見間違えるはずがない。しかし今はそう言う話ではない。


「師匠は、先の戦で……」


 あの戦力差で殿軍しんがりを務めて、生きて戻れるはずが……


「ああ、うん。死んだね。それまでにたくさん殺しはしたがね。知っての通り、私は強いのだから。まぁ、やはりあの頃の私も人間だ。最期は力尽き、無数の敵将に囲まれて跡形も残らないくらいに八つ裂きにされてしまったよ。因果応報いんがおうほうかもだが、あそこまで微塵に刻まれる羽目になるとは。血肉の泥、とはあれの事だよ」


 よ、よくもまぁ、そんな苛烈かれつな死に様を微笑み混じりで語れるものだ……

 相変わらず、色々と振り切っておられるご様子で……


「しかし何でその話を今……あ、そう言う疑問か。いやでも、君だってそうして化生者バケモノに転生しているくせに、私が同じ目にう事がそんなに不思議かい?」

「君も、と言う事は……師匠も……!?」

「ああ、生まれ変わると言う形でよみがえった。単純にそれだけの事さ」


 なんと……


「師匠も……未練が、あったのですか……?」

「ん? 未練? まぁ、そりゃああったとも。だってさ、まだ足りないよ。まだまだ戦い足りない。全然だ。腹一部目にも届いちゃあいない」

「……………………」


 たまにその糸目を見開く事があると思えば、何時いつも物騒な事ばかり言う。

 もう一厘の疑い様も無く師匠に違いない。師匠以外にあんなヤバい目でヤバい事を言える奴がいるものか。


「いやぁしかし……『徳を積まねば来世では畜生の生へとちる』……胡散臭うさんくさいとしか思っていなかったのだけれど、僧侶そうりょ共の妄言もうげんも少しは真理にかすっていたと言う事だ。まぁ、人でも化生者ちくしょうでも、私は大して変わらんがね」

「……その様ですね……」


 しかし、生前の御姿ままにしか見えんが……師匠は一体、何の化生になったのやら。人型なのは違いないだろうが……って、待てよ。


「師匠、よく拙者の事がわかりましたね?」


 師匠と違い、拙者は人から河童。かなり見てくれが変わっているはずだのに。師匠は先程、迷う事なく拙者の人の頃の名を呼んだ。


「ああ、わかるとも。だって、君と朱天堂士の戦いは、頭から尻まで見ていたのだから」

「…………は…………?」

「私が教えた技を、よく見慣れた太刀筋で放つ姿を見れば、そりゃあわかる。君を育てたのは私だよ?」

「お、お待ちください……見ていた……? 朱天堂士と、拙者の戦いを……?」

「うん。だって、あの朱天堂士も私が育てた弟子……ああ、でも剣技は教えていないから……弟子ではなく養子、と言うのが正確なのかな。となると、君の義弟ぎていも同然と言う事か」

「……!?」

「説明が要りそうな顔をしているね。いいとも。自分語りや苦労話を誰かに聞かせるのは嫌いじゃあない。……あれは一〇年程前かな。戦力を求めて旅をしていた私は、この山で、掌に乗るミミズの様な体躯でも健気けなげに生きもがく朱天堂士を見つけてね。なんでも、君が連れていた小娘の御両親に敗北して死にかけた結果そうなったとかで……良い素質を感じたから、保護してあそこまで育ててみたんだ。大きくなってからは自活させて、私は戦力集めに戻ったのだけれど……今日はたまたま様子を見に来た日でね。まさかそんな日に丁度死ぬとは。偶然は恐ろしい」

「師匠……!? 本当にあんたは何を考えているんだ……!?」


 元々理外な行動や言動の多いヤバめの人ではあったが……あの様な災害の如き害獣を庇い育てるなんぞ、とても正気の沙汰さたでは……


「何を考えている? 決まっているじゃあないか。戦いたいんだ」


 師匠はまたしても糸目を見開いて、爛々(らんらん)とした瞳をあらわにした。


「ふざけているだろう、この大陸は、この世は。平和だ。泰平たいへいだ。安穏あんのんでしかない。安寧あんねいでしかない。息が詰まる。苦しい。辛い。また死んでしまいそうだ。せっかく蘇ったのにそんなの冗談じゃあない。私はこの大陸に、この世に動乱どうらんもたららすんだ」

「なッ……!?」

「そのために修羅しゅらの軍勢を作っている。名を【殺魔衆さつましゅう】。この世の流行はやりらしい鎮威群ちいむなんぞと言う安いものではない、正真正銘の殺戮戦闘集団【軍隊】だ。世を乱す手始めに、この龍柩りゅうきゅうを武力支配するためのね。朱天堂士はその一員になる予定だった」

「……正気で、言っておられるのですか……!?」

「ああ、君には理解できないだろう。君は何時いつだって、私の期待を裏切る」


 ッ……!?

 初めて、見た。師匠の笑顔が、消える瞬間を。


「……せ、拙者が、師匠の期待を……?」


 そんな……自分で言うのも難だが、師匠の教えを十全に受け取り、拙者はとても強くなったはずだ。

 多くの武勲ぶくんをあげ、師匠だってそれを褒めて――


「ああ、ああ。……うん、今だから言おう。君の家族を殺させた(・・・・)時もそうだ」


 ――……は?


「疑ってもいなかったと言う顔だね。いやいや、おかしいとは思わなかったのかい? 他所のくにの落ち武者が、そう簡単に君の居住きょじゅうや家族構成を突き止め、その家族の惨殺ざんさつを実行できるとでも? 『手引きした者』がいるに決まっているじゃあないか。それも、君に近しい仲の者で」


 ――最初、何を言っているのか、理解が、できなかった。

 しかし、やがてわかってしまった。理解が追いついてしまった。


 一体どう言う生理が起きているのか、妙に口と喉がかわく。舌が、思う様に動かない。上手く、言葉をつむげなくなる。


「………………ッ、ま、さか……」

「君には【完全な修羅】になってもらいたかったんだ。君は私の【自信作】だったんだよ。なんとしても完成させたかった。……君は、途中までは、実に期待通りだったさ。敵を殺すためにならどんなろうをもいとわない。敵を殺すためだけの武を研鑽けんさんする事にも躊躇ためらいが無かった。敵を生かして返す危険性を学んでくれた成果だ。そこは喜ばしかった」


 だがしかし、と師匠は――いや、断城だんじょうは肩を落とした。


「君が見据えているモノは、私の望みとは違った。君は、敵を殺す事を【目的】としなかった。ただそれを【手段】ととらえた。君は家族を失うと言う刺激的な体験の後もなお、最も優先したのは『姫を守る事』だった。それを生き甲斐にすらしていただろう? 姫を守ると言う【目的】のための【手段】として、君は敵を殺していった」


 ……そうだ、拙者は、確かに敵を殺す事に躍起やっきになった。だがそれは、敵を殺したいからではない。


 また同じ様な事が起きて、姫に害が及んではならぬ。


 そう思い、敵を殺し続けた。


 姫を失った今も、根幹こんかんは変わらない。

 殺すために敵を殺すのではなく。何かを為すために、何かを守るために敵を殺す。必ず殺す。絶対に殺す。

 それが拙者の矜持きょうじだ。


「あの姫にき妹の面影でも重ねたのかい? くだらない感傷だよ……君は修羅には成りきれなかった……いや、成りきらなかった。君の瞳には、最期の戦いまで温かな陽の如き光が灯っていた。修羅には不要な人の情を、人間性を、君は未練がましく掴んだまま決して手放そうとはしなかった。それは転生した今も……うんざりだ、がっかりだ。落胆らくたん極致きょくちでしかない」

「……貴様ッ……!!」

「ふん……一丁前に殺気のある目をして……まぁ、最初からそのためにわざわざこうして顔を合わせて、こんな話をしているのだけれどね」


 そう言って、断城は顔に笑顔を貼り付け直し、腰に帯びていた刀を抜いた。

 ……禍々(まがまが)しい、血を押し固めて精製した様な赤黒い刃。まるで奴の本性を具象した様だ。


「君は私の期待を裏切っただけでなく、私が手塩にかけて育てた養子を殺したんだ。ならせめて、私が与えたその剣武けんぶを以て、一時の余興よきょうだけでも私に提供しなさい」


 ――言われずとも、その首、叩き落とすに決まっているだろうが。

 裂羅風刃さくらふぶきを、抜く。


 朱天堂士との戦いでの疲労など、感じない。全身に行き渡った殺意が、この身体を動かしてくれる。


「断城ぉおおぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

「ははッ、いいね。今この時だけは、修羅として完成されている様に見えるよ」


 ああ、そうだろうな。

 何せ拙者は今、貴様を殺したくて、殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくて、ただそれだけの感情で、貴様を殺そうとしているのだ。

 貴様を許す事など、到底できない。できるはずがないだろう。訳のわからん理屈で家族を奪われ、騙され続けた。家族のかたきを師としたう底抜けの間抜けを……愚かに過ぎる哀れな傀儡かいらいの役を押し付けられ、死ぬまで踊らされた。

 それだのに、憎むな殺すなと言う方が無理難題であろうよ。


 さぁ、お望み通り、今この時だけは、貴様の言う修羅になってやるとも……!!

 だからその首、今すぐ寄越よこせ。


「しかし、その桜色の刃……人の頃から桜が好きだな君は。……ああ、姫が桜を気に入っていたんだったか? つくづくとまぁ……」

「黙れ」

「そう言えば、それは神日刀しんじつとうと言うんだってね。奇遇じゃあないか。私のこれは【冥月刀めいげつとう】と言ってね、その刀とは対になる代物らしいんだ。固有のめいは【死埀殺薙しだれやなぎ】と言って……」

「黙れと……言っているんだァァァ!!」


 昔からそうだ。この男は昔から饒舌家じょうぜつかで、隙あらばくだらない話ばかりしていた。

 その追憶ついおくすらも、今は憎悪ぞうおの対象でしかない。


 裂羅風刃さくらふぶきを構えて、走る。斬りかかる。

 あの口を、舌を、一刻も早く、使い物にならなくしてやるために。


 そのために、まずは――


「ふふ、真っ直ぐ突っ込んでくるか。相変わらず、戦法が若く幼く、そしていなぁ」

「拙者を知った口を、叩くなッ!!」


 刃を振りかぶる直前、柄を回し、みねを正面にして、構える。


「! まさ……」


 狙いに気付いた所でもう遅い。


 拙者は怒りに駆られて冷静さをく手合いではない。

 激情を抑えきれぬ時は、それを確実に発散するために、あらゆる手を考え、あらゆる手を尽くす。

 心底からの憎悪にたける拙者をよく知らぬ貴様では、予想もできんかっただろう。


 して、先程、貴様は言ったな。

 その血黒ちぐろ色の刀、神日刀と対になる物、即ち、対等に戦える物として造られたと。

 ならば厄介な物に違いない。刃紋はもんを見ても不気味な程に優れた刀である事はわかる。


 ならば、そいつからだ。


 喰らうが良い。

 貴様が教えた技で追い詰められ、そして殺されると言う間抜けを晒して死ねッ!!


 両断りょうだんの剣技――異型いけい

 裂走燥海れっそうかんかい殻猛割砕からたけわり反万圧はんま!!


 本来は刃を正面に向けて縦一閃に全力で振り下ろし、まきを割る様に敵を両断する技。その異型。刃ではなく峰を打ち下ろす事で、目標を打ち砕く。

 総合的な破壊力は大狂竜迫武だくりゅうせんに遠く及ばないが、それでも強烈なものは強烈。


 あの刀は朱天堂士の鱗よりは堅くないと見た。と言うか、あんな堅度けんどの鉄があってたまるか。

 ならば、これで充分ッ!!


 拙者の目測に誤りは無く。


 打ち下ろした裂羅風刃さくらふぶきの桜色の峰は、死埀殺薙しだれやなぎとやらの血黒の刃を、粉々に砕き、へし折った。


「――、ははッ」


 目を見開いて驚くとは、余裕だな。

 それとも、あの殿軍しんがりを買って出た時と同じく、これから死ぬとわかっていても何も感じないのか。


 もはや、貴様の心情を推し量ろうとするだけでも反吐へどが出そうだ。


 余計な事を考えず、咄嗟に柄をくるりとひるがえし、刃を戻す。

 さぁ、続けていくぞ。そして、これにて終わりた。


ッた」


 これも、貴様が教えた技だ。とくと味わって、死にくたばれ。


 斬翻きりかえしの剣技、逆行滝反ぎゃっこうたっぱん――株抜天昇かぶきあげ


 振り下ろす型の技を撃った後に、かさず下から上に斬り上げる、連撃前提、二太刀目の技。


「しぇァァアア!!」


 よし、直撃――し、た……?


「……は……?」


 それは「奇妙」以外に言い様の無い現象。

 断城の肉を裂く感触は、まるで、重い泥をすくい上げる様な……いや、違う。これは、裂けてなど、いない。血の一滴も、出てはいない。


「――ああ、そう言えば、私が何に転生したのか、教えてあげるのを忘れていたね」


 おのが身体の途中まで――左脇腹から斜め右上に進行し、丁度胸の心臓の当たりに桜色の刃をめり込ませたまま、断城は、至極愉快そうに、口角をゆがめていた。


「どうにも……死に方の影響なのかな。紅い泥の見間違える程に原型を留めず斬り刻まれたと言っただろう? 今の私は、あの時と同様に、本来であれば人の形では無いんだ。この身体はね、【水】でできている。種族の名は【水裸形無スライム】と言うらしい」

「み、ず……!?」

「うん。水を斬れないのは、道理だろう?」


 そう言って笑ったかと思えば、断城は右手を振りかぶった。

 振りかぶられた右手が、一瞬で向こうが透き通って見えるぶよぶよとした水の塊へと変貌し、そして次の瞬間には、なまり色に光る黒棘くろとげに変わった。


 信じ難い、光景だった。


「騙し討ちの様な形になってすまないね。でも――その顔は、がくに入れて飾りたい程に傑作だ」


 断城が目を見開き、凶悪な笑顔を拙者に向けた直後。



 その黒棘みぎてが、拙者の腹を刺し貫いた。


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