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零:喧伝


 人間・妖怪・物の怪・畜生、あらゆる生命《いのち》が跋扈《ばっこ》するこの浮世《うきよ》。


 生者《せいじゃ》達は種族を問わずに群《む》れを成す。

 群れる理由・目的は様々。中でも、冒険の旅や縄張の確保・維持を目的として武力的結束を持つ群れは【鎮威群《チイム》】と呼ばれる。


 強い鎮威群《チイム》を率いる事は大変な名誉《めいよ》。羨望《せんぼう》と畏敬《いけい》を集める事ができる。

 腕自慢の者達はこぞって、強い鎮威群《チイム》を作る事に熱心になった。


 そして、鎮威群《チイム》の結成が流行《はや》るのに示し合わせたかの様《よう》に、ある噂《うわさ》が世に流れ始める。


 ――かつて、この世の全てを支配していた覇王【妖界王《ようかいおう》】が愛用していた【超兵器】が、現在《いま》もなお、何処《どこ》かの地に眠っている――


 根も葉もありはしないただの噂。

 しかし、武力にモノを言わせる少々知性欠乏(けつぼう)気味の連中にはそれだけでも動くに十二分。


 妖界王の超兵器――御伽噺《おとぎばなし》では【神革《かく》兵器】と称され「あらゆる奇跡を望むままに引き起こす」と語られるそれを手中に納め、なんとしても自慢したい。

 なにせ、そんなものを保有しているとなれば、間違い無くこの世で一番強い鎮威群《チイム》の証左《しょうさ》であるからだ。


 世の鎮威群《チイム》を率いる者達のほとんどが、神革《かく》兵器を求めて冒険の旅を始めた。


 そう、世はまさに、大冒険時代である――!



   ◆



 北の大地、【壊染《えぞ》】。

 狼王《ろうおう》・降炎刕朧《フェンリル》の一派が統治する極寒《ごっかん》の世界。


 陽《ひ》の出る日は希で、大地は常《つね》に白銀の雪に覆《おお》われている。

 故に農作物は種類も量も限られ、この地に暮らす者々は主に、狩猟《しゅりょう》にて食糧を調達していた。


 雪星《キララ》と言う名の【雪喜恵麗巫《ユキエルフ》】の小娘もまた、狩猟鎮威群(チイム)の一員である。

 雪に紛《まぎ》れる事を目的とした美しい白髪《はくはつ》に、血の通いを感じさせない真っ白な肌、透《す》き通った乳白色の瞳。耳は恵麗巫《エルフ》系特有の鏃《やじり》めいた尖《とが》り耳。

 齢《よわい》はまだ六つ。

 早熟長命《そうじゅくちょうめい》が売りの恵麗巫《エルフ》系とは言え、白獣皮《はくじゅうひ》で仕立てた服に包まれたその身は小さく、外観はまだまだ幼い。


 しかし侮《あなど》る事なかれ。


 彼女はもう、己に刻まれた遺伝子の教えを頼りに、弓や小刀を器用に扱《あつか》う事ができるのだ。

 研鑽《けんさん》は未だ途上だが、その本能だけでも小型の獲物なら充分《じゅうぶん》狙える。


「おし。お姉ちゃん、頑張ってくっからよ」


 陽の加護が乏《とぼ》しい壊染《えぞ》でも、まだ夜中だと容易に察せられる暗闇の頃。

 すやすやと眠る小さな小さな弟妹達に向けて静かに意思表明し、キララは狩猟へと向かう。


 普段は鎮威群《チイム》の成体《おとな》達と共に集団で狩りをするが、そうすると、主な仕事をこなすのは経験豊富で膂力《りょりょく》体力共に優れた成体達。

 幼体《こども》であるキララは、こうして自分で時間を見付けて単身経験を積む事が重要なのだ。


 それに、単独での猟果《りょうか》は丸々自分のもの。

 町へ下りて皮や肉を売り、銭《ぜに》に変えれば、狩猟ではそうそう調達できない甘味《かんみ》なんぞにもありつける。

 弟妹たちは子供らしく、甘いものが大好きだ。お姉ちゃんとして、キララは頑張りたい所なのである。


 と言う訳で。

 両親が遺《のこ》した狩猟道具を小さな身体いっぱいにくくりつけて、キララは深く積もった雪の原をザクザク進んでいく。

 雪喜恵麗巫《ユキエルフ》は体重が軽く、加えて本能的に雪の上を歩く術《すべ》を心得ている。足を取られる事もなく、ずんずんと進めるのは当然道理。


「ゆーきやーぼんぼん、あられやがんがん、ふってもふってもまだふりやがるー」


 白い息と共に陽気な歌を口ずさみながら、キララは針葉樹《しんようじゅ》の森へと入っていく。


「……おんろ?」


 ふと、キララは奇妙《きみょう》なモノを発見した。雪喜恵麗巫《ユキエルフ》は暗視《あんし》もよく利《き》く。


「…………狐《きつね》っ子《こ》の尻尾け?」


 暗闇の中、雪に埋もれた地面から……狐の尻尾によく似た何かが生えていたのだ。

 形状や雰囲気《ふんいき》は完全に狐のそれなのだが……断言できない理由は二つ。


 まず、狐の尻尾は地面からは生えてこない。

 そして、その尻尾らしきモノを覆っている毛並みが、見事な山吹《やまぶき》色なのだ。


 壊染の狐は白い。

 山吹色――この地ではそうそう拝《おが》めないあの御陽様《おひさま》の様な毛並みの狐なんぞ、キララは知らない。


「何か変なんだなー……触《さわ》らん方が良んだろか……」


 キララは好奇心から近寄っては見たものの、触ってみる決心は中々着かない。


「ん?」


 不意《ふい》に、静かな夜風に混じって、何者かの声の様なモノが聞こえた。

 キララがよーく耳を澄《す》ましてみると、足元から……


「……た、しゅけ、へ……」

「……えッ……だ、誰か埋《う》まっとんのけ!?」



   ◆



「うぅう……散々(さんざん)なのじゃ……寒いし暗いし寒いし寂《さび》しいし暗いし……何故《なにゆえ》、妾《わらわ》がこの様な目に遭《あ》わんとならんのじゃぁぁぁ……」


 キララが慌《あわ》てて雪をほじくり返して救出したその少女は、中々に珍妙《ちんみょう》な出で立ちをしていた。


 山吹色の髪に覆われた頭の天辺には、同じく山吹毛に覆われた獣の様な三角耳が二つ、ぴこぴこ。

 涙に潤《うる》んだ三白眼《さんぱくがん》の瞳は紅く、わんわん喚《わめ》く口の中には獣の様な鋭い牙がズラリと並ぶ。

 装《よそお》いは触り心地の良さそうな花柄の着物を着流《きなが》しにして、上から厚めの羽織を一枚羽織っているだけ。

 痣《あざ》か何かでも隠しているのか、その両腕には指先にまで厚い包帯をぐるぐる巻きにしていた。


 まるで獣が人型種に進化した様な姿である。

 先程の狐の尻尾の様なモノは、この少女の尻から生えた正真正銘尻尾だった。


「おーしおし、泣くな泣くなー。そりゃあお前《め》、そんな格好《かっこう》じゃ寒いに決まっとるに。あたしの羽織もん貸してやんよ。獣の皮だからあったけぇよ。あたしは寒いの慣《な》れてるから遠慮《えんりょ》すんなぁ」

「ゅうぅううう……有り難い……かたじけないのじゃあ……助けてもらった上に、この様な施《ほどこ》しまでも……! 感謝してもし切れぬぅ……この恩、返さずでおくものか……」

「そんな気にせんで良いんよ。世は情けと言うに」


 寒さと感激に震《ふる》える山吹色の頭を、キララはポンポンと優しく叩き撫《な》ぜる。


「……ところで、お前《め》、何者だ? この辺の者じゃあねぇよな? あ、あたしは雪喜恵麗巫《ユキエルフ》のキララだ」

「む? おお! これはこれは、恩人に名を名乗るのを忘れるとはとんだ無礼を! ではでは名乗ろうぞ!」

「あったかくした途端《とたん》に元気なもんだな」

「おかげさまでな!! して、妾の名は陽愛《ヒメ》! 太陽を愛すると書いてヒメぞ!! 【陽光乞子《おひさまこうし》】と言う誉《ほま》れ高き種族の末裔《まつえい》である!! ちなみにこの耳は狐では無く獅子《しーさー》な! 間違え厳禁《げんきん》ぞ!!」

「おひさまこーし?」


 やはりキララには聞き覚えの無い種族だった。


「知らぬのも無理は無し! 何せ我々はこの壊染より海を越《こ》えた奔州《ほんしゅう》・恵土《えど》、更にそこから多くの地と海を越えた先、南の果てにある龍柩《りゅうきゅう》の地に住まう種族である故《ゆえ》な!!」

「りゅーきゅー……あ、聞いた事あんべな」


 龍柩とは、壊染と同様、この東洋にある三大大陸の一つだ。


 狼王・降炎刕朧《フェンリル》が統べる極寒の大地、壊染《えぞ》。

 魔王・赦異誕《シャイタン》が統べる奇跡の大地、奔州《ほんしゅう》・恵土《えど》。

 そして竜王・導嵐狂《ドラクル》が統べる豊穣の大地、龍柩《りゅうきゅう》。


 これらを引っ括めて東洋三大大陸、又は【禍《わ》の国】と呼ぶ。


「えらい遠くからきたんだなー」

「うむ! 何せ妾は冒険鎮威群(チイム)を率《ひき》いる身故な! どこまでも行くぞ!! どこにでも来るぞ!! 妾は神出鬼没迷子上等なのじゃ! にゃっはっはっはっは!!」

「へぇ、お前《め》、その歳《とし》で鎮威群《チイム》の頭《かしら》やってんのか。えらいもんだなー……ん? んで、子分《なかま》さんは?」

「………………」

「………………?」

「……迷子上等、なのじゃ」


 どうやら、はぐれてしまった様である。


「えぇい、いつもしっかり妾の後を付いて来いと口すっぱく言っとるのに! 奴ら全く言う事を聞いてくれんのじゃあ!! どいつもこいつも自由気ままか!! まぁそう言う鎮威群《チイム》って良いよね!! ……ただ限度があんじゃろがい!! 昔はこんなんじゃなかった!! 昔は口でこそ雑《ざつ》にあしらいつつも皆もっと妾に手厚くかまってくれていたのじゃあ!!」

「どーどー、落ち着け落ち着け」

「落ち着きたいのは山々じゃが……えぇい業腹《ごうはら》!! 奴らがちゃんと妾に付いて来ておれば雪に埋もれる事も無かったのに!! しかも『呼べば行くから安心しろ』とか言ってたくせに呼べど叫《さけ》べど全然助けに来ないて!! 涙が凍り果てる所だったわァァァ!! ちょっと妾ナメられ過ぎじゃない!?」

「小さい身で頭やんのは大変なんだなー」

「それな!! 奴ら絶対に妾が幼体《こども》だからってナメとんのじゃ!! 成体《おとな》になったら覚えとれよと毎日枕(まくら)を濡《ぬ》らす妾!! 不憫《ふびん》!!」

「おー、よしよし。辛かったなー」

「実家の様な安心感! さては恩人、おぬし、あやしなれておるな!! お姉ちゃん気質と見た!! 良いぞ! もっと撫でるが良い!! いいや撫でてください!!」


 喉《のど》を鳴らしながら擦り寄ってきたヒメの頭を撫でながら、キララはふと気になる事が。


「なぁなぁ、ところでさ。お前《め》、陽光乞子《おひさまこうし》ってのはどう言う手合《てあ》いの者なんだ?」


 冒険する鎮威群《チイム》の頭を張ると言う事は、こんな幼体でも、それなりに取り柄はあるのだろう。

 ヒメが漂《ただよ》わせるこの自活力の無さそうな雰囲気からして、研鑽して身に付けた何かがあるとは考えにくい。

 となれば、やはり種族に受け継がれる特殊な能力があると思われるが……


「えッ……ぁ、う、うむ! よくぞ聞いた! 陽光乞子《おひさまこうし》はな! 日向《ひなた》ぼっこが大好きな種族ぞ!!」

「………………うん?」

「あと、草履《ぞうり》を放って天気を占《うらな》うと大体当たるぞ!! てるてる坊主《ぼうず》を作るのも得意中の得意ぞ!!」

「…………………………」

「…………えと……その……実は口からすごく熱い炎が吐《は》けるぞ!! 太陽の様に熱いのをな!!」

「…………………………」

「……すまぬ……最後のは嘘《うそ》じゃ……見栄《みえ》じゃ……そんな目で見ないでくれ……」

「なんでまたそんな虚《むな》しい見栄さ張ったよ……」

「…………陽光乞子《おひさまこうし》は元々、割と平和な龍柩の中でも一等平和な土地に生息する種族でな……その……戦いに使える機能全般、退化して消え失せとると言うかじゃな……」


 龍柩は年中温暖な気候に恵まれており、果物の類も豊富に自生している。

 つまり、自然の中に呆れる程の食糧が転がっている訳だ。

 しかも、遥《はる》か昔から竜王勢力一強状態のため、他所《よそ》からきた冒険野郎共が時たま騒ぎを起こすか、山奥に住まう【害獣《がいじゅう》】が気まぐれに姿を見せるくらいの珍事《ちんじ》が起きなければ平穏が乱《みだ》される事もほとんど無い。


 そんな龍柩の中でも、大した害獣がおらず、冒険野郎共もそうそう立ち寄らん様な地味で平穏な土地で暮らしてきた種族。それが陽光乞子《おひさまこうし》である。


 狩猟も闘争も必要無い生活習慣が世代を越えて続けば、そりゃあ、まぁ、そうもなると言う話だ。


「でも、なしてそんな貧弱《ひんじゃく》な性質《タチ》の癖に、冒険なんぞ……」

「日がな一日、陽を崇《あが》めてゴロゴロするだけの日々に耐《た》えられなかったのじゃ……だから子分《なかま》を集めて冒険の旅に出たんじゃあ……仲間の力に頼れば妾はそんな強くなくても良いじゃん……だのにあいつらぁ……あいつらぁぁぁぁ!!」

「……あー……あれな、平和な所は平和な所で、よくわからん苦労があるんのな……」


 一瞬、キララは「……お前《め》もしかして、ろくでなしでねぇの?」と言う言葉が出かかったが、幼体相手にそれを言うのは酷《こく》だろうと飲み込んだ。


「とりあえず、まぁ、んだ。ここから真っ直ぐあっちに進むとな、あたし達の村があるから。村に入って少し行くと、入口の戸んとこにウサギっ子の皮さ干《ほ》してるちっせぇ家がある。そこがあたしの家だから、そこで朝まで寝とけ。朝んなったら、町の方まで送ってやっから」

「ぬ、恩人はどうするのじゃ?」

「あたしはこれから狩りに行くんだ」


 キララは狩猟道具である弓と矢筒《やづつ》を背負い直して、ヒメに見せる。


「ほう! ならば妾が手伝ってやろうぞ!! やられたらやり返す、恩返しと言う奴よな!!」

「いいえ結構です」

「流暢《りゅうちょう》な敬語ォ!? 田舎娘《いなかむすめ》も思わず標準語になる程か!? 確かに妾は戦闘面ではまるで役に立たんが、鼻は利《き》くぞ!? 例えば、一口に加齢臭と言ってもその加齢臭が一体何歳のモノか、果てはその体臭主が直近《ちょっきん》に食した飯の内容まで当てる事が可能ぞ!! その凄《すご》さたるや!! 現にまったく夜目《よめ》が利かんでもうろちょろできるしな!! 雪には埋まったが!!」

「鼻なぁ。確かにそら便利そうだけんど……」

「どれ試しに……くんくん、これくんくんと……うむ!! すごく近場に何やらとんでもなく強そうな獣の匂いを感じるぞ!!」

「へ?」

「ん?」


 キララとヒメが真顔で顔を見合わせたのと、ずぅぅううううん……!! と言う重い着地音が響《ひび》いたのは、ほぼ同時だった。


「オォオオオオオオオ…………!!」

「なッ……!?」


 キララは思わずあんぐり。

 ヒメに関しては最早表情筋を動かす余力《よりょく》すらない。


 針葉樹を薙《な》ぎ倒《たお》し、踏《ふ》み砕《くだ》き、地に降《お》り立ったのはまるで山の様な巨体。

 全身を鳥の羽の様な柔《やわ》らかな黒毛《くろげ》で覆い、前脚《まえあし》には蝙蝠《こうもり》の様な飛膜《ひまく》を持つ巨大な蜥蜴《とかげ》。

 蜥蜴によく似た種、【怒羅豪矛《ドラゴン》】が、北の大地に適応《てきおう》し、進化した近代新種《きんだいしんしゅ》。


 その名は――


「わ、【羽衣馳呀舞《ワイバアン》】……!?」


 羽毛による体温維持、黒色の毛により僅《わず》かな陽の光でも熱を吸収し、留めて糧《かて》とする。

 前脚と翼《つばさ》が同化してしまった理由には諸説《しょせつ》あるが、有力説として「飛行している際に稼働《かどう》する筋肉量を増やし、かつ停滞《ていたい》している筋肉量を減らす事で、低地よりも気温の低い高高度飛行時にも充分な体温を確保できる様に進化したのではないか」と言われている。

 更に、自身の代謝《たいしゃ》による体内発熱機能を促進《そくしん》させるために、その体重は増加の一途《いっと》を辿《たど》り、並《なみ》の怒羅豪矛《ドラゴン》種よりも身体《からだ》は巨大。


 最早、爬虫類《はちゅうるい》の面影《おもかげ》は大きく裂《さ》けた口と、大雑把な影の形だけ。

 それが羽衣馳呀舞《ワイバアン》。


 ちなみに羽衣馳呀舞《ワイバアン》は――


「ゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァーーーー!!!!」


 ――【害獣《がいじゅう》】と呼ばれ区別される【善性《ぜんせい》と知性が欠乏した野生極(きわ)まる超危険な化生者《バケモノ》】の一種である。


「な、なして、あんなんがこんな所に……!? 羽衣馳呀舞《ワイバアン》は山ん奥に住んでいる害獣のはずじゃ……」

「……な、何故、妾はいつもこう『こんな所にいるはずのない害獣が何故!?』的な事態に遭遇するのじゃあ……これで何度目……誰かの呪《のろ》いかぁ……あ、あぶぶぶぶぶぶ……」

「!? ちょ、お前《め》、しっかりしろ!! 白目剥(む)いて泡《あわ》吹いてる場合でねぇよ!! ほんっとに物騒《ぶっそう》なんに耐性《たいせい》無いんな!?」


 ふらぁっ、と卒倒《そっとう》しかけたヒメの身体を、キララがすんでの所でどうにか受け止める。


「って、不味《まず》……!」


 どう言う訳か、こんな所に現れた羽衣馳呀舞《ワイバアン》。

 これまたどうしてか、そのぎょろりと剥かれた目は、既《すで》にヒメとキララを捉えている。獲物として。


「ゴォ、ゥゴアアアアアア!!」

「ひッ……」


 キララは咄嗟《とっさ》にヒメを引き倒し、自身の陰《かげ》に。ヒメを庇《かば》って、羽衣馳呀舞《ワイバアン》と対峙《たいじ》したのである。

 しかし、恐怖と驚愕で震える身体ではそれ以上は動けず。ただ目の前に迫《せま》る現実から目を背《そむ》ける様に、堅《かた》く瞼《まぶた》を閉ざす事しかできなかった。


 そして、容赦の無い猛進《もうしん》。羽衣馳呀舞《ワイバアン》の大きな口が、キララを飲み込――


「神日《しんじつ》の払暁《ふつぎょう》はこれ夢幻《むげん》泡沫《うたかた》の如《ごと》く――抜刀《ばっとう》、【裂羅風刃《さくらふぶき》】」


 ――聞こえたのは、やや早口で、つぶやきの様な……男の声。

 落ち着きのある小声の様な響きでありながら、夜風と害獣の咆哮《ほうこう》の中でもしっかりと通り、キララの耳にも届いた。


「疾風逸川《しっぷういっせん》――川形瞬斬《かわのじぎり》ッ!!」


 次に響いたのは、力強い叫び。

 武闘家が奥義《おうぎ》の名を叫ぶのと全く同じ様な覇気《はき》を纏《まと》った声が、キララのすぐ傍《かたわ》らで響いた。


「…………え…………?」


 瞼を開いたキララが最初に目にしたのは、紅《くれない》の雪――否《いな》。羽衣馳呀舞《ワイバアン》が倒れ伏《ふ》した際に舞い上がった、血染めの雪が地に降り戻る最中の光景。


 一体、何の血が雪を染めたのか。

 それはすぐにわかった。


 何せ、雪に沈《しず》んだ羽衣馳呀舞《ワイバアン》の身体は、見事な縦四分割に斬《き》り裂かれていたのだから。

 まるで、川の字を書くように斬られた様な……そんな有様である。


「恵麗巫《えるふ》の小娘。どうやら頭目《とうもく》が迷惑をかけた様だな」

「……ぇ、ぉ……お前《め》、は……?」


 いつの間にかキララの傍らに立っていたのは……これまた、見た事の無い珍奇者《ちんきもの》だった。

 緑色の肌に覆われた筋肉質な肢体《したい》に、赤黒い……まるで血で染めた様な色合いの赤褌《あかふん》一丁。

 赤褌には無理くり刀の鞘《さや》が差し込まれており、手には、その鞘から抜いたであろう美しい桜色の刃《やいば》がひと振り。


「拙者《せっしゃ》は【河童《かっぱ》】と言う種族の者だ。水辺《みずべ》の者故、この水が流れず凍り尽くす極寒の地では、そうそうお目にかかれまい」

「……かっぱ……」


 キララがその河童の顔を見上げると、河童は鴨《かも》の様な黄色い嘴《くちばし》で、古びた煙管《きせる》を咥《くわ》えていた。しかし、煙を嗜《たしな》む趣味は無いのか、火は点《つ》けられておらず、咥えているだけの様子。

 黒い髪はボサボサの乱れ(ザンバラ)髪だが、顔立ちは妙に凛々(りり)しく整っており、声も渋《しぶ》く良く通る。

 河童特有の緑色の肌や嘴が大幅な減点要素だが、男前である事は確かだろう。

 男前の河童だ。

 おそらくは、この河童が……


「お前《め》が、あいつさ斬ったんか……?」

「まぁな。腕にはそれなりに覚えがある。数名がかりとは言え、長い事そこの阿呆《あほう》の面倒を見てきたものでな」

「阿呆……ヒメの事け? ヒメの事で間違いねぇべな。じゃあお前《め》、ヒメの鎮威群《チイム》の?」

「ああ、その通り。……その阿呆はどう言う訳か、害獣の類《たぐい》を呼び寄せる体質《たち》でな。そのくせ、当者の腕は三流以下の盆暗《ぼんくら》ときた。赤子の手を捻《ひね》れるかも怪しい。……自然、周りの者は鍛《きた》えられていくと言うもの」

「……子分は子分で苦労してんだな……」

「同情してくれるのか。優しい小娘め」


 河童はわしゃわしゃと雑に、しかし痛くはならない様に加減して、キララの頭を撫でる。


「阿呆に巻き込まれて恐い思いをしただろう……誠《まこと》に申し訳ない。その阿呆、甘やかすと付け上がる故、最近はよく放っているのだが……盆暗の癖《くせ》に行動力だけはある。すぐに何処《どこ》ぞへ消えてしまって、我々は捜索の奔走《ほんそう》よ……」


 河童の白く濁《にご》った重い溜息《ためいき》が、これまでヒメが積み重ねてきたろくでもない所業《しょぎょう》の量を物語っている気がした。


「とりあえず、迷惑の補填《ほてん》だ。そこの妙にデカい怒羅豪矛《どらごん》はくれてやる。斬った感触、肉は食えたものでは無さそうだが……あの毛皮は良い防寒具になるだろう。町で売れば、きっと大した銭《ぜに》になるはずだ。柔くて甘っこい饅頭《まんじゅう》でも買うと良い」

「良いのけ!? 弟や妹が饅頭好きなんだぁ。有り難いなぁ」

「応。弟妹《ていまい》の面倒を見ているのか。優しい上に偉い小娘ときた。どれ、飴《あめ》もやろう」


 そう言って、河童は何を思ったか、ボサボサの頭に手を突っ込んで少しまさぐると……一体どこからか、飴玉がいくつか和紙にくるまれたいわゆる【おひねり】を取り出してみせた。


「ぃ、今どこから取り出したんだ……? まさか頭蓋骨《こうべ》ん中から……? 遠慮します」

「違う。そんなヤバきモノではない。これをしまっていたのは河童の【皿】だ。小娘からは見えんだろうが、河童はな、頭の天辺に皿が生えておって、それには水を貯《た》める機能が備《そな》わっておるのだ。実は水以外のもんもわんさか入るから色々と重宝《ちょうほう》しておる」

「そうなんけ……びっくりした……ばっちくねぇんだったら有り難くもらうよ! 本当にありがとうなぁ!」

「応」


 満面の笑顔でおひねりを受け取ったキララの頭をもう一度撫で、河童は破顔《はがん》と共にまたしても溜息。

 おそらく、「ウチの頭目もこれくらい愛嬌《あいきょう》があれば良かったのだがなぁ……」とでも思っているのだろう。


「さて、では、仲間が待っている故。そこの阿呆を回収して、拙者はこれにて」

「あ、そうだ、河童様よ。よければあんたらの鎮威群《チイム》の名前さ教えてくんろ。どっかで名前さ聞いたら応援するけ」

「ほう、それは良い提案だ」


 応援と言うモノは、馬鹿にはできない。

 時に生命とは、ただの言葉ひとつで常軌《じょうき》を逸《いっ》した底力を発揮する。

 心意気と言うのは、生きる上で、何かを為《な》す上で、至極《しごく》重要なモノなのだ。

 この世のどこぞで可愛らしい小娘が応援してくれている、そう思えば、火事場のクソ力もより昂《たかぶ》ると言うものだろう。


「我々は【望刃救光楼《もうにんぐこうる》】――詳しくは知らんが、この阿呆曰(いわ)く『南蛮《なんばん》大陸の言葉で【夜明けを告げる者】と言う意味』だそうだ」


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