表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界キャバクラの送迎さん  作者: 伊達またむね
9/18

9話 リオーネ嬢

 異世界キャバクラがあるのは、交流都市の中で人間街2番地区と割り振られた飲み屋街、通称"天国通り(ヘブンストリート)"の一角だ。


 飲み屋街と言うのは、どの世界でも対して変わらないものらしく、日が暮れる頃には一仕事終えた冒険者やら夜遊びに耽る放蕩貴族やらがどこからともなく集まり雑多な賑わいを見せる。肩を露出して猫撫で声で客引きする化粧の濃い女や、どうみても堅気ではない顔に傷のある厳つい大男など、いつもの顔触れを見ながら友輝は言葉を交わさないで通り過ぎて行く。


 金と香水と嘘にまみれたこの街を友輝は心底嫌っている。元の世界でも『ウケる』しか言えないインコより頭の悪そうなキャバ嬢にうんざりさせられたし、野犬のように周囲を威嚇しないと息が出来ないようなチンピラも嫌いだ。

 だが同時に彼等を尊く思う時がある。いつだか、朝方まで待たされたあげくベロベロに酔っ払ったキャバ嬢を乗せて店を出発した時に、牛丼屋の前で仕事終わりらしいくたびれたホストが地面に座り込んでいた。何事かと車を動かしつつ通り過ぎる時に横目でチラリとみると、それはそれは大きなドブネズミとホストは向かい合っていた。


 ゴミの散らばる薄汚い街の中で、くたびれたホストとドブネズミが朝焼けに照らし出されるその光景は、文句のつけようもなく綺麗なものに見えた。


 真っ当に生きる人がみたら眉をしかめるかもしれない。いい歳した若い男がなんの将来性もないホストをやってなんになる、もっと真面目に生きろと説教臭い人は言うかもしれない。

 キャバクラや風俗で稼いだ金を惚れた男に巻き上げられて殴られる女の痛々しい姿を見てバカな女と呆れるかもしれない。


 それは正しい。そんな連中を見て素晴らしい!と手放しに誉める奴がいたらそいつは頭がおかしい。

 でも、そんな連中がせっせと働く店に金を落とすお前らはそんなに違うのか?

 社会的な地位や年収を理由に人を見下すお前らの驕った態度と違いはあるか?

 人に言えない汚い秘密のひとつやふたつはあるくせに。


 似たようなもんだよ。人間は総じて汚い。


 それなりの年数を生きてきて友輝の辿り着いた人生観はそれだ。天国通りの雑多な風景に刺激され、そんな事を考えながら友輝はこういう考え方が自分の悪いところでひねくれ者だと思う。



 仕事前に悪い癖で余計な事を考えてしまった。

 友輝は気持ちを切り替えて異世界キャバクラのドアを開いた。


「あ、おはようございます。友輝さん!」

「おはようございます。ゼレーニンさん。今日も混んでますね。」

「満員御礼です!こりゃ先月の売上は軽く越えますよぉ、ぐふふ」

「それは何より。では裏で待機してますね」

「はい!今日もよろしくお願いします!」


 キャッシャーの裏にある勤務表に定刻通り出勤したサインを終えると友輝は異世界キャバクラの裏にある自分の車へと向かう。

 異世界キャバクラの裏口は、休憩に入った黒服や用心棒、喫煙者のキャストなどがたまにやってくる。今日、友輝が向かったタイミングは用心棒の一人、ウィンゼルが休憩してる所だった。


「おお友輝、今から出勤か」

「はい、お疲れ様です。ウィンゼルさん」

「ははっ同い年だってのに堅苦しい奴だな。タメ口でいいんだぞ?」

「うーん、これは癖みたいなもんでして」


 年期の入った金属製の鎧を身に纏うウィンゼルは、だらしなく裏口と地面を繋ぐ階段に腰掛けている。

 元の世界より荒事の多いこの異世界では、夜に営業する店の多くが用心棒を雇う。異世界キャバクラでも、興奮した酔っ払いや支払いをごねる客というのがいないわけではないので用心棒として実績のあるウィンゼルともう一人を専属で雇っている。


「そうだ!ちょうどいいや。友輝、缶コーヒー売ってくれよ」

「はい、100Gになります」


 友輝はマリアの力で夢の世界へ往き来出来るので、そこから元の世界にあった品物を仕入れて異世界キャバクラで販売している。元々は自分用だったのだが、譲ってほしいという周囲の声に応えて格安で提供している。売上はマリアに渡そうとしたのだが、家賃代わりに取っといて、と言うのでありがたく貯金し、マリアには手料理として還元している。


「……かぁーっ、なんだろうねこのコーヒーってのは。なぁんかクセになるんだよなぁ」

「分かります。こっちの世界にもそういう飲み物ってないんですか?」

「あはは。そりゃ酒だろうよ、さすがのコーヒーも酒には勝てねぇ」


 対して意味のない雑談を交わすのは楽しい。やがてウィンゼルの休憩が終わり、職場に戻れば友輝はひとり車の中で待機する。

 時折、黒服やキャバ嬢が顔を出すが多くの時間はひとりだ。


 やがて夜が深まるにつれて、友輝の出番が増える。いつものように女の子を乗せて、愚痴を聞き、仕事疲れですぅすぅと寝息を立てたりする彼女達を送り届ける。

 すっかり辺りが寝静まり、異世界キャバクラから最後の客が帰った後、本日最後の送迎にでる。


「お疲れ様です。どちらまでですか」

「獣人街、6番地区」

「はい。」


 交流都市の真夜中はとにかく暗い。街灯のないこの街で友輝の車のヘッドライトだけが行く先を照らす。

 この獣人街を送り先に指定した少女は初めて送る女の子だが、珍しく車内には会話がない。多くの場合、珍しい異世界の乗り物である『くるま』について興奮気味に女の子の方から話し掛けてくると言うのに。珍しいと思いつつ、お喋りが仕事ではないのでシンと静まり返るままに車は街を駆け抜けて行く。


 ふいに、運転席に座る自分の首筋に冷たい金属質のものが触れた。



「おい、このまま言う通りに進め」

「はぁ、すでに言われたように獣人街6番地区に進んでますが」

「……口答えするな!死にたいのか!」


 物盗りか追い剥ぎか、それともカージャックとでも言うのだろうか。恐らく自分は首筋に刃物を突き付けられているのだろう。この世界は治安が良くないというのは聞いていた。だから、いつかこういう目に会う可能性もあるとは思っていた。どうやら今日がそうだったらしい。


「まぁ送迎ですから、行けと言われれば行きますけど」

「ちっ!余裕ぶるなよ、魔法もスキルもない能なしのくせに」

「お前こそバカなんじゃないの?」

「なにぃ!?」

「お前の乗ってるこの車を誰が運転してると思ってるわけ?お前が俺の首を刃物で切り裂いてそれからどうすんの?」


 友輝が運転席に備え付けられたドアロックのボタンを押せばガチャリと音がする。施錠されたと気がついた少女はドアノブをガチャガチャと鳴らすが当然開かない。それまでわずかな震動だった車内が揺れるようになり、少女は思わず友輝を見つめる。


「分かるか?今、時速140㎞出してる。分かりやすく言うと馬車の5倍くらいのスピードかな。俺の首を切り裂いて殺して、俺の体を退かせて触ったことのない車のハンドルを操作して止められるか?俺はその前に猛スピードでその辺の家に突っ込んでお前は即死すると思う。」


「止めろぉ!」


「止めたら殺されるじゃん」


 悲鳴混じりで怒鳴り付ける少女に友輝は平然と返す。ボタンを操作して全ての窓を開ければ、車内には暴風が吹き荒れた。主な移動手段が馬車しかないこの異世界において、時速140㎞の風圧を知るものは少ない。


「きゃああぁぁぁ!!」

「なんだなんだ、人の事を殺そうとしといて自分が死にそうになったらパニックになんのか?お前、何しに来たんだ?」

「止めろっ!止めろおぉ!」

「いいけど、急に止めたらお前は反動で前のガラス突き抜けて死ぬよ?俺はシートベルトしてるから平気だけど」

「ひっ!やだぁ、やだぁああ!!」

「ワガママだなあ」


 猛スピードで車を走らせつつ、どうしたものかと友輝は考える。どうにか犯人をパニックにして無力化したが、やがては落ち着いてしまうだろうし、いつまでもこんな猛スピードは出せない。それこそ急ブレーキで彼女をフロントガラスをぶち破る勢いで放り出すくらいしか思い付かない。


「友輝、止めて」

「えっ?」


 横からの普通なら聞こえるはずのない声に思わず振り向きそうになる。さすがに140㎞で走ってる時に目線は反らせないとグッと押さえて声に答えた。


「ラプラスさん?」

「そう、事情を説明する。この子、私の後輩」


 あー、だから暗殺者っぽく後ろから狙ったわけか。そんな事を思いつつ時速140㎞の車に平然と並んで走れるとか、ラプラスさんすごいと思いながらゆっくりと速度を落として車を止める。


 ようやく止まった車内の後部座席では、あまりの怖さにお漏らししてしまった狼系獣人のリオーネがべそべそと泣きながら事情を話し始めた。




 最近、敬愛するラプラス様が熱心に何かを調べてらっしゃる。忠実な僕としてお力になりたいが、話してくださらない事にしゃしゃり出るわけにもいくまい……しかし気になるのでそれとなくラプラス様の動向を調べると、なんと異世界キャバクラとかいう破廉恥な店に働きに出ているではないか!

 なんという事か!勇者七英雄であるラプラス様が卑猥な店などに勤めるはずがない、何か弱味を握られているに違いない。おのれ異世界キャバクラ!

 更に調査を進めるとラプラス様は異世界からやってきてキャバクラとか言う野蛮なものをこの世界に伝えた河合友輝とか言う男について調べてらっしゃるようだ。きっと、この男がラプラス様の弱味を握っているに違いない。

 ああ、ラプラス様……お痛わしや。ご安心召されよ、あなたの僕として私が奴に天誅を下してくれましょう!


「……で、僕を悪者と思い込み先走って始末しようとしたわけですか」

「……はぃ」

「友輝、本当にすまない。私の責任だ、どんな罰でも受ける」

「そ、そんなっ、私の……私の勘違いでラプラス様にそのような事をさせるわけには!」

「黙れ、リオーネ。お前の様子がおかしいともっと早く気づけたはずなのに、これは私の失態だ。だから私が責任をとる」


 普段は物静かで、けど優しいラプラス様が見たこともないほど怒ってらっしゃる。私はとんでもない間違いを犯そうとしてしまったのだ。後悔してもしきれない


「まぁ、結果的に何もありませんでしたし、別にいいですよ。」

「だが、そういう訳には……」

「あ。じゃあ今度美味しいお店にでも行きましょう。リオーネさんの奢りで、ラプラスさんも含めて3人で」

「えっ」

「えっ……いいの?そんな事でいいの?奢る!いくらでも、最高の店を奢るから!」


 思わぬ友輝の提案に、リオーネは必死で答えた。自分のせいでラプラスが責任に問われるなんて耐えられない。ラプラスとしても、どうにか友輝と仲良くしたいと思っていたのでお誘いは素直に嬉しい。

 結局、リオーネが最初に伝えた獣人街6番地区にリオーネと助手席にラプラスを乗せて再度送り届ける。ラプラスが助手席なのは、リオーネが粗相をしてとても隣には座れないからだ。

 あと、失礼だがくちゃいので窓は全開だ。冷えた空気が身に染みる。リオーネはひたすら縮こまって恐縮するしかなかった。



「それでは、お疲れ様でした」

「うん、ありがとう。友輝、本当にすまなかった。汚してしまった座席はリオーネに責任もって掃除させる」

「ひぐっ!……ごめんなさい」


 ゴチンと憧れの先輩から拳骨をもらって、リオーネは明日必ず綺麗に掃除しに行きますと友輝と約束した。リオーネの自宅にラプラスも降ろしてもらい、今日は一晩中説教しながらお泊まりする予定だ。


「ラプラス様……あの、友輝……さんって相当やばい人だと思うんですけど」

「そうか?」

「首に刃物突き付けられて、なんであんなに冷静なんでしょう。おかしいですよ」

「ふふっ、素敵だろ」


 え~……ラプラス様の男の趣味は理解できそうにない。友輝を呼び捨てにしようとしたら睨まれたり、どうもラプラス様はあの男を異性として意識してらっしゃるようだ。なんという恥ずかしい勘違いをしてしまったのだろう。

 まだまだ見習い暗殺者の自分だが、友輝の反応はとにかくおかしい。異常だ。普通はあんな風に対応できるものだろうか?分からない。ラプラス様には悪いがしばらくあの男は警戒しようと思う。まぁ……許してくれたし悪いやつではないと思いたいけど



 見習い暗殺者のもやもやした気持ちと恥ずかしさを含んで交流都市の夜は更けてゆく。



本日の送迎 これにて終了


業務日報

・リオーネ嬢 (狼系獣人 暗殺者)

猪突猛進な思い込みの激しい性格のようです。スタイルが良く体育会系残念後輩キャラと考えればアリだと思います。


追伸 訳あって明日彼女が車の清掃をしにくるので来たら車の鍵と臭い消しのラベンダーを渡してあげてください

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ