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異世界キャバクラの送迎さん  作者: 伊達またむね
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7話 マリア嬢②

 その日、友輝はうんざりするほど繰り返し見る悪夢に飛び起きた。

 びっしょりと掻いた寝汗が服と肌に張り付き気持ち悪い。枕元に備え付けられた小さな棚の上に置いてあったお茶のペットボトルを飲み干す。


 乱雑にベットに身を投げ出せば、ギシリと音を立ててから部屋は再度無音に包まれた。自然と悪夢の事を考える。


 最近、満たされ過ぎていたせいだ。きっとその反動で悪夢を見たのだ。口の中にはまだ貝殻を噛み砕いた時の砂利のような感触がある気がしてとにかく不快だ。

 友輝が人嫌いになったのにはいくつか理由がある。少しだけ選んだ会社が悪くて、少しだけ愛した女が薄情で、少しだけ自分は愚かだった。


 ふと隣に目をやればマリアが一糸纏わぬ姿で寝息を立てている。

 この神様らしき何者かの少女は時たま気紛れに友輝のベットへ潜り込む事がある。今日も友輝が寝入ってからいつのまにか潜り込んだのだろう。カーテンの隙間から射し込む陽の光りに、わずかに埃が舞う。


 この場面だけ見れば確実に男女の営みが行われた後に見えるのではないか、そんな事を考えつつも友輝は彼女との距離感を測りかねていた。

 無防備に裸体をさらけ出す美女に狼狽えるほど若くもない。少なくともそれなりにマリアは友輝を憎からず思っていて、いつでも手を出していいと暗黙のアピールなのかもしれない。だが、どうにも彼女は超然としていてそういった対象に見れない。


 マリアという元カノの名前をつけたのも良くなかったかもしれない。


「また夢を見たの?」


 ふいに掛けられた言葉にハッと振り向けば閉じていたはずのマリアの瞳がはっきりと友輝を見据える。

 パッチリとしたどこまでも澄んだ青い瞳は何だか見ているだけで罪悪感が沸くような気がして、友輝は理由もなく目をそらして答えた。


「ええ、まあ。」

「おいで」


 友輝を迎え入れる為だけに差し出されたマリアの腕に、自分でも驚くほど素直に従った。胸元に引き寄せて、ぎゅっと抱き締められるとマリアの温もりを感じる。


「あなたは歪んでいるのね」

「ええ」

「とても良いわ」

「いいんですかね」

「神様の私が良いと言ったら良いのよ」


 人の温もりに溺れたい日もある。遠くでは日常を送る人々の喧騒がかすかに聞こえる。薄暗い閉じきった部屋の中で行われる抱擁は妙に廃退的で、慈愛に充ちているような気がした。しばらくウトウトとした後、ふいに今日は休日である事を思い出した。

 週に1度、元の世界でいう所の月曜日、魔の日に異世界キャバクラはお休みする。


「マリアさんて、休みの日は何してるんですか?」

「何もしてないとも言えるし何かしてるとも言えるわ」


 何やら答えになってないような気もするが、異世界キャバクラにおいてマリアという存在は最大の謎とされている。

 ある人はマリアなんてキャバ嬢いないというし、ある人はああレギュラーのと言い、ある人はたまに見かけるよねという。


 どういう原理か知らないが、マリアは人によってその印象も記憶も違う。それこそまるで夢幻のように姿を変える不思議な人だ。だから、彼女を何かしら枠に当て嵌めてみようとしても意味がない事を友輝は知っている。なのに休日は何してるの、なんて話題に困ったときの常套句のような質問をした自分が間違いだったと少し気恥ずかしくなる


「あなたの理解の早いところ、とても好きよ。人は形のないものに名前をつけてどうにか受け入れようとするけど、謎は解かれたらもう謎じゃいられないのにね。」


 友輝の前にいる時のマリアは、時折詩的というか難解な言い回しをする。

 そして友輝には何となくその意味が分かるし、それを好ましく思う。



 抱かれていた胸元を離れ、不思議そうに自分を見つめる彼女の頬に手を伸ばす。その頬に触れた指先がかすかに冷たい。夏の終わりにこちらにやって来て、もう一ヶ月以上経つのだから季節はすっかり秋になっていた。こちらの世界も四季というものがあるらしい。

 指先がかすかに彼女の頬を撫でる。それをくすぐったそうに堪える彼女





「抱いていいか」

「あら、随分と無粋なのね」


 言葉とは裏腹に先ほどとは違う意味で友輝を受け入れる為に向けられた手に指を絡ませて、温もりとは違う熱を帯びて友輝は彼女に覆い被さる。









 おかしい。ついさっき、彼女をそういう対象で見れないと考えたばかりだと言うのにどうしてこうなった。

 ベットの上で満足げに眠るマリアを横目で見つつ友輝はベットを抜け出した。時刻はすでに夕暮れに差し掛かっている。


 言い訳のしようもない事後な訳だが、友輝にしては妙に欲情的になってしまったというか、今更雰囲気に流されるほど若くはないつもりだったのだが。年齢不詳の神様の方が一枚上手だったということか。見事に乗せられてしまった気がする。







 心地よい眠りについていたのに、鼻孔をくすぐる良い匂いに起こされた。

 ほんのり香るミルクのような濃厚な香り、思わず匂いに釣られてベットから身を起こせば友輝がかけたと思われるブランケットがはらりと落ちてわずかに寒さを感じる。


 くぅとお腹の音がなったが、友輝がこの場にいなくて良かった。神様と言えどお腹の音を男に聞かれるのは恥ずかしいのだ。

 マリアが何もない空中に手を差し出すと、まるで元からそこにあったかのように折り畳まれたパーカーとスウェットが現れた。友輝のいた世界の服装らしいが、最近特にこれが気に入っているので一人の時は大概これを着ている。


 友輝は本当に面白い男だとマリアは思う。分かりやすく誘っても決して手を出さないくせに、友輝がそれを求めないなら女ではなく母や友のように振る舞ってやろうかと、ほんの少し頭を過った瞬間にそれを敏感に嗅ぎ取って手を出してきた。


 クスクスといたずらを思い付いた子供のようにマリアは笑う。

 きっとこんな良い女を逃がすなんて勿体ないと友輝の本能が訴えたのだ。ああ面白い。なんて愛おしい。いつも夢現の世界を旅していた自分が人間の男を気に入るなんて。


 のんびりと着替えつつ、先ほどから漂う良い匂いの元を探してベットを降りる。かすかにトントンと何かを刻むような音とグツグツと煮える音がする。きっと友輝が料理をしているのだ。

 友輝はあれでいて案外料理が上手い。見慣れぬ異世界の食材を器用に上質な料理へと変えていく。今まで何度かご相伴に預かったがいずれも外れがない。今回もきっと美味しいのだろう、それに一線を越えた友輝がどんな顔を自分に向けるだろうかと思うと面白い。ウキウキしながら台所へ向かう。


「ああ、ちょうど起こそうと思ったところです。ご飯、出来ましたけど食べますよね?今日は寒くなって来たのでクリームシチューにしました。」


 あら、意外といつも通りね。と少しだけつまらなく思いながらも満更でもない。1度やったくらいで馴れ馴れしくなる程度の男なら仮にも神と呼ばれる自分が興味を持つはずがないのだからとも思う。


「くりーむしちゅー?」

「暖かくて美味しいですよ。ウチではご飯にかけて食べるんですけど、パンでも行けますからお好きな方をどうぞ」


 友輝が器に盛り付けて置いたそれは、見るからに温かそうで思わずゴクリとのどが鳴った。

 台所へ備え付けられた簡易的なテーブルは二人で座れば埋まってしまうような質素なものだが、このありふれた家庭的な趣が案外気に入っている。

 人ならざる者として生を受け無数の夢を通り過ぎる自分にそういう趣味があるとは思わなかった。だが悪くない。しばらくは人の営みに紛れてみるとするか、と夢の世界に住まう神は熱々の甘いニンジンを頬張りながら思った。




本日の休日 これにて終了


業務日報

・私事ですがマリアさんとの同棲を開始しました。誰のことか分からない場合は忘れてください。あの人ならそれくらいは簡単にやれそうなので。


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