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異世界キャバクラの送迎さん  作者: 伊達またむね
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6話 ラプラス嬢

その日、異世界キャバクラのスタッフはよく分からない緊張感に包まれていた。というのも、異世界キャバクラは種族間の融和政策という建前で様々な種族の女の子をキャストとして募集しているのだが、とある有名人から面接の申込があったからだ。


 今から10年ほど前に、破壊神ダンダリオンという怪物がこの世界を襲った。

 本来なら自由気ままに群れることのないはずの魔物を率いて統率し、人々に害を成した。その猛威に対して無力の民の前に立ちはだかり戦い続けた七人の最強の戦士達を『勇者七英雄』と呼ぶ。


 彼らは破壊神ダンダリオンを追い詰め、ついに討ち取り世界に平和をもたらした。この世界において勇者七英雄を知らぬものなどいないほどの有名人だ。

 その勇者七英雄の一人、『無音のラプラス』が働きたいから面接してくれと異世界キャバクラに手紙を送ってきたもんだから全員大慌てである。友輝は詳しく知らないが、筆跡に込められた微量の魔力から無音のラプラス本人の物であると確認が取れたらしくオーナーのボルバス侯爵により箝口令が敷かれ、いつもなら面接は店長ゼレーニンが行うのだが今回の面接はボルバス侯爵が直々に行う事となり何故か友輝までその場に参加させられた。



「ええと、それでなんで僕まで同席するのでしょうか?」

「万全を期したい。ワシらに答えられない質問などされるかもしれんからな」

「一応、採用する方向でいいんですよね?」

「もちろんっすよ!勇者七英雄が在籍してるなんて最高の宣伝になります!」


 ゼレーニンはかなり乗り気だが、友輝はそんな有名人が何故わざわざキャバクラで働きたいと言ってきたのかを考えると良い予感がせずに何やら裏がある気がするんだよなぁと内心ため息を吐いた。


「さて、そろそろ約束の時間だが」

「まだ来てないですかね。ちょっと見てきます」

「……もう、いる」


 か細い声に釣られて男どもが目線をやると、部屋のすみに黒で統一された服装に身を包み静かに目を閉じる美女らしき人物が佇んでいた。美女らしき、というのは鼻から下をバンダナのような物で覆い隠し顔が隠れてしまっているからだ。

 顔は半分近く隠れて見えないはずなのに、夜空の星々のように鮮やかに輝く金髪の隙間から見える絹のような美しい肌、閉じられた瞳には憂いを帯びたまつ毛が美しく並び、もしこの閉じられた瞳が開かれたらどれだけの美貌を讃えるのかと思わず夢想するほどのものだった。


 ただし、友輝としては彼女の美しさよりも頭の左右にちょこんと映えた角のようなものに目がいってしまった。

 これが魔族か、と友輝は思う。魔族は人間より身体能力や魔法力に優れるが人よりやや短命で外見は様々だが総じて頭に二本の角があると聞いている。


「ラプラス殿、ですかな?」

「うん」

「いやぁ、お噂はかねがね!無音の通り名どおり、いついらしたのか全く気づきませんでした!」

「……」


 相変わらず瞳を閉じたまま、微動だにせずゼレーニンの褒め言葉を聞き流すラプラスの様子は機嫌を損ねたようにも見え、余計な事を口走ったかとゼレーニンは肝を冷やす。


「私はこの店のオーナー、ボルバスと申します。本来なら面接は店長のゼレーニンに任せているのですが何分『勇者七英雄』のラプラス殿の面接となれば下の者に任せきりにも出来ますまい。という事で、私も同席させて頂きます。ああ、こちらは異世界キャバクラのアドバイザーと送迎を勤める友輝という者です。以後、お見知りおきを」

「……よろしく」


 この場の男ら3人は同じような違和感を持った。先ほど突然現れてから、ラプラスは部屋のすみに佇んで動こうともしない。

 彼女の存在に気づいてすぐさま、そそくさとゼレーニンが彼女が座れるように椅子を引いたのだが、彼女はそれに全く反応しようとしない。……なんでずっと立ってるんだ?そう聞きたかったが、勇者七英雄というのはこの世界においてかなり特別な存在らしく、普段は割りと偉そうな感じにしてるボルバス侯爵ですらそれを口には出来ないらしい。見かねた友輝は一歩前に踏み出すとラプラスへと話し掛けた。


「あの、ラプラスさん?こちらに座られてはいかがですか?」

「…………ずかしい」

「え?」

「…は、恥ずかしい」


 友輝がやんわりと着席を促すと今にも消えそうな声で予想外の返事が返ってきた。は、恥ずかしい?


「あのぉ、ラプラスさんってもしかして人見知りというか恥ずかしがり屋ですか?」

「…………うん」


 顔を真っ赤にしてコクリと頷く姿は最初の印象と違って妙に可愛らしい。が、ボルバス侯爵、ゼレーニン、友輝はお互いに顔を見合わせた。


「ええと、キャバクラがどういうお店かはご存じですか?」


 そう、当たり前の話だがキャバクラはお客さんをもてなす接客業である。

 恥ずかしいので同じ席に座れませんでは全く仕事にならない。


「知ってる。ぎりぎりエッチじゃない店」

「その言い方は誤解を招きそうですが、まぁそうです。お客さんとおしゃべりしたり、多少は肩とか手とか触られる事もあると思うのですが……」


 これ以上は聞いてられない!とばかりにご丁寧に耳まで真っ赤にして顔を覆い隠しふるふると首を振るラプラス。

 ああ、やっぱりイヤな予感は当たるものだと思いつつボルバス侯爵とゼレーニンを見れば絶句というか困惑というか、なんとも複雑な表情を浮かべている。


 救国の英雄が在籍してるキャバクラとなれば店の品格はひとつもふたつも上がるので余程の事がなければ採用するつもりだったボルバス侯爵とゼレーニンだが、これはもしかして『余程の事』に該当してしまうのでは……と考えているのだ。

 フリーズしてしまった二人では話にならないだろうと、友輝は自分がこの場をリードする事に決めた。


「人見知りというのは分かりました。ですが、ラプラスさんもこの店で働きたいと思ったからいらしたんですよね?まずはお話しましょう。このままというのもなんですから、まずは恥ずかしいのを我慢して座って頂けませんか?」


 なるべく優しく告げると、ラプラスは覚悟を決めた表情で恐る恐る動き始め友輝らの目の前に着席した。無事に座れた事に安堵のため息を吐いているが、ただ座っただけである。


「ラプラスさんは筋金入りの恥ずかしがり屋ですねぇ、男の人が苦手なんですか?」

「…………ん」

「もしかしてここにいらしたのも、人見知りを治したいからとかでしょうか?」

「……うん。このままじゃ、行き遅れる」

「あー……ラプラスさんは美しい方ですから大丈夫、と言いたい所ですが……会話が出来ないというのはたしかに問題ですよねぇ」

「お見合い……うまくいかない」

「あ~……」


 友輝はこの世界の事について詳しくはしらないが、救国の英雄をなんとか身内に迎えたいという貴族とかは多そうだ。

 ラプラス自身も結婚そのものには積極的なようだが、男性と一緒に座るだけで恥ずかしいとなると上手くいかないのは想像がついてしまう


「うーん、人見知りの人というのは元の世界のキャバクラにもいましたが……」

「ど、どうにかならんのか友輝よ!?」


 ようやくフリーズから復帰したボルバス侯爵に詰め寄られ、ヒゲもじゃの顔面を引き離しながら友輝は考える。

 ボルバス侯爵だけでなく、ゼレーニンやラプラスまですがるように友輝を見つめている。


「ええと、元の世界では人見知りの女の子はお酒を飲むと性格が変わって仕事出来るようになると言ってましたね。ラプラスさんはそういうのはありますか?」

「お酒……飲んだことない。暗殺者(アサシン)だから」

「ええと、仕事柄飲めなかったという事でしょうか?なら、僕の世界にある女の子でも飲みやすい甘いお酒があるんですが、試しに飲んでみませんか?」

「……うん」


 マリアがやって来てからというもの、度々夢の世界に連れていってもらっては色々な嗜好品を持ち帰っていた。

 夢の世界は不思議なもので、友輝がいくら持ってきても決して尽きない。今回はそんな夢の産物である缶チューハイをラプラスに与えてみる事にした。


 カシュッと缶独特の音を立ててプルタブを開け、グラスにトクトクと中身を注いでゆく。


「へぇ……」


 初めてのお酒が異世界産という事で、興味津々な様子でお酒が注がれていくのを見つめるようやく開かれたラプラスの瞳は想像したように美しく光り輝いていた。


「お待たせしました。ほろほろサワーグレープフルーツ味です、どうぞ。」

「ほろほろサワー……」


 恐る恐る手を伸ばして友輝の差し出したグラスを手に取り、おもむろに顔を覆っていたバンダナをゆっくりずらして口につける。


「美味しい……これ、好きかも」

「それは良かった。他の味もありますからゆっくり飲んでみてください。お酒は初めてとの事ですし危なそうになったら止めますからね」

「……うん、おかわり」


 よほど気に入ったのか、 早々に一杯飲み干したグラスを差し出され友輝は再度グラスにチューハイを注ぐ。その後ろではなんとか上手くいってくれとゼレーニンやボルバス侯爵が見つめているが、機嫌よく飲み進めるラプラスに友輝はまたまた何だかいやーな予感がしてきた。





「おひゃわり、だしなしゃい!」

「ラプラスさん、飲み過ぎですよ」

「いーの!だひて!」

「はぁ…じゃ次で最後ですよ。何にしますか?」

「かるあみるく!」

「……はい、どうぞ」

「ごくっ!ごくっ!……ぷはぁー、うみゃい!」



 最初の一口を飲んでからほんの一時間、ラプラスは最初の落ち着いた雰囲気がまるで嘘のように馴れ馴れしく友輝の肩に寄りかかりながらお酒を催促する。

 ちなみにゼレーニンとボルバス侯爵は救国の英雄である勇者七英雄のあるまじき姿にクラっと来たらしく後は任せたと言い残しフラフラと退席してしまったのでこの可愛い酔っ払いの面倒は友輝に押し付けられてしまった。


「だからさぁー、聞いてんのともき!」

「はい。人見知りが酷くて苦労したんですよね」

「そう!そうなのよ!なんで分かったの!?」

「さっきラプラスさんが延々と語ってたじゃないですか」

「あるぇ?そだっけ?」

「まぁ、お酒が入ると性格が変わるってのは分かりましたけど……これはちょっとお見合いは難しいかもしれませんねぇ」

「なんでぇ!?」

「ラプラスさん……こんなベロンベロンでお見合いしたいですか?」

「うぐぅ……」


 泥酔して分かったのだが、ラプラスは酔っ払うと抱き癖というかとにかく誰かに引っ付いていないと満足出来ないらしく、先ほどから友輝はガッチリとラプラスに抱き付かれている。

 最初は流石に不味いと離そうとしたのだが勇者七英雄と呼ばれるだけあって細腕ながら信じられないほど力が強く、どんなに友輝が引き離そうとしてもビクともしないので結局諦めてされるがままになっている。


 友輝もそれなりに恋愛経験が豊富なので表面上は狼狽えていないが、こんな可愛い子に甘えられると流石に気恥ずかしい。だが、もうちょっと抱き癖を控える事が出来るならこれはこれでキャバ嬢の接客スタイルとしてはアリかもしれない。

 酔いが冷めたら、本人にどうしたいか聞いてみて採用を決めようと友輝は思った。






「…………んぅ、あれ?」


「あ、目が覚めました?ちょうど良かったです。いまラプラスさんのご自宅に向かってる最中ですよ」



 目が覚めたラプラスは見慣れぬ光景に困惑する。馬より早く移動するそれは、噂に聞く異世界の乗り物『くるま』に違いない。

 しかしどうして自分は車に乗ってるのか。たしか、チューハイとかいうお酒が美味しくて何だか気分が良くなり沢山飲んだような…………ああ!フラッシュバックで甦るあられもない痴態の数々、普段なら考えられないような積極さで友輝に甘えたような気がする。思わず人が見たら心配になるくらいに顔を赤くして手で覆ってしまう。


「や、やらかした……」

「あー……すみません、止めようとしたんですがラプラスさんかなり酔ってたようで止めきれなくて」

「いい……自分のせい」

「とりあえず、お酒が入るとかなり積極的な性格に変わるのは間違いないようなので、ウチとしてはラプラスさんが望むなら勤務して頂きたいと考えてます。ただ、シラフになったときに後悔しない程度にお酒をコントロールできるならですが……」

「それは、大丈夫。限界は把握したから次はあそこまでにならない、と思う」

「そうですか、良かった。」

「もっとコントロール出来るようになったら、男の人とも普通に話せるようになるかもしれないし…ぜひ異世界キャバクラで働きたい、と思う」

「そうですか。ではオーナーと店長にもそう伝えておきます。ところでご自宅はこっちで良かったですか?ラプラスさんは潰れてしまったので、とりあえず手紙にあったご住所に向かって走らせてるのですが」

「うん。今はそこに住んでるから、そこで大丈夫」



 ぼんやりと窓から流れてゆく外を見つめながら、勇者七英雄ラプラスは今日の事を考える。

 昔から人と話すのが苦手で、避けてるうちに更に人付き合いが苦手になってしまった。暗殺者(アサシン)の才能があったのも人との関わりを避けるのに都合が良かった。やがて依頼をこなし続けるうちに、破壊神とかいう怪物とやり合うまでになり人々に称えられるようになった。


 きっかけは共に戦った勇者七英雄の一人、賢者ミラクレアの結婚式の二次会での一言だった。


 『あんたさー、そろそろ良い男捕まえた方いいんじゃない?老後も独りで過ごすわけ?』


 脳天に電撃を喰らったような衝撃だった。なんとなく、なんとなくだが自分もそのうちステキな旦那さんを見つけて家庭を持つのだろうと根拠もなく思い込んでいた。でもそんなの現状ではムリだ、だって恥ずかしくて男性に近寄る事さえ出来ないのだから。

 人に言われてようやくこのままでは不味いと慌ててお見合いなどしてみたが、一言も話すことが出来ずに気まずいだけで終わったものも多い。本格的にこれは不味いと焦りを覚えて藁にもすがる思いで異世界キャバクラに飛び込んだ。


 結果、自分はお酒を飲むと本性が出るらしいと分かったのは大きな収穫だ。明るい未来に1歩近づいた。しかし……



「責任を取ってもらわねば……」

「え?何か言いました?」

「なんでもない」


 1度全力で甘えてしまったせいか、友輝に対しては何故かそれほど緊張しない。元々男性とお付き合いしたくて異世界キャバクラにすがり付いた訳だから、なんかもう友輝を婿に貰っちゃうのが一番早いんじゃないかと思う。

 しかし口下手で恋愛経験の皆無なラプラスには、うまく自分の考えを友輝に伝えられる自信がない。私の恥ずかしい姿を見たから責任を取れ!と詰め寄って逃げられたら立ち直れる気もしないし……そもそも勝手に恥ずかしい姿を見せたの自分だ。

 ここはひとつ、じっくり腰を据えて友輝と仲良くなってから気持ちを伝える事にしよう。


 考えをまとめたラプラスは、獲物を狙うような目で運転中の友輝を後部座席からジロリと見つめた。


「……なんか寒気が、風邪かな」


 そんな英雄の思惑を乗せつつ交流都市の夜は更けてゆく。




本日の送迎 これにて終了


業務日報

・ラプラス嬢 (魔族 勇者七英雄:暗殺者)

見た目の美しさは凄まじいですが、酔い潰れたりボディタッチの度が過ぎたりと接客に難があります。幸いな事に勤務そのものには積極的なようなので、黒服は常に彼女の状態に注意してください。

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