5話 クリケ嬢
「ええと、それじゃ接客指導をさせて頂きますね。よろしくお願いします」
「おう!よろしく頼む、ガハハハ」
なにやらオッサン染みた話し方で気安く友輝の肩を叩いてる小柄な少女の名はドワーフのクリケ。異世界キャバクラの送迎を勤める友輝だが、この世界で唯一本当のキャバクラを知っているので、時折黒服では解決出来ない問題を相談される事がある。
今回、友輝のもとに舞い込んできた相談は『接客指導のやり方を教えてほしい』というものだった。異世界キャバクラが開店して1ヶ月が経ち、客足は順調なのだが如何せんキャストの人数が少なすぎるのが当面の課題だった。
レギュラーで毎日のように出勤してるエレオノールやミイナは頑張っているが、連日連夜お酒を飲むというのは結構辛いものでこのままでは潰れてしまうという懸念をゼレーニン店長は持っていた。
なので、新戦力の確保は重要な課題なのだが体験入店を希望する女の子は沢山来るのだが、それが中々入店までに至らないケースが頻発していた。
というのも、やってきた女の子は酒場のウエイトレスのような仕事をイメージしていて、客によくいる酔っ払ったエロ親父のセクハラに戸惑い萎縮して入店をお願いしても断られてしまうのだ。日本よりも法的な整備の甘いこちらの世界において、か弱い女の子はそういった事にとても慎重だ。
では『酔っ払ったエロ親父がいますから気を付けてくださいね』と念を押して説明すると面接の段階で女の子はすっかり怖がってしまい体験入店そのものを辞退してしまうケースが相次いだ。体験入店でやってきた女の子には、黒服などが仕事の前に接客指導を行うのだが、酔っ払ったエロ親父の演技をすると女の子に嫌われてしまうのではないか入店してくれないのではないかと中途半端になってしまい、あまり有意義な指導を行えていない。
というわけで、接客指導を頼まれた友輝の後ろにはメモを手に熱心に見守る黒服達が集まっていた。背後からの熱い視線を感じながらもクリケへの接客指導を開始する。
「はい、まずは自己紹介から始めましょう」
「おう、俺はクリケ!ドワーフだ!お客さんの名前は?」
「友輝です。」
「そうか!」
「ええ」
「…………」
「…………」
「うはは、何を話せばいいのか分からん!」
「そうですねぇ、クリケちゃんはなんでキャバクラで働こうと思ったの?」
「そりゃ金になるからさ!俺はドワーフの中でも変わりもんでなぁ、伝統だなんだと古臭いものより新しいもんが好きだ!だから里を飛び出して交流都市に来たんだが、ドワーフの俺には鍛冶しか出来ん。だがこの都市の鍛冶場は男ばっかで女だからって俺を入れてくれないんだ!しかも女だから信用出来ねぇとかなんとかよぉ、俺は鍛冶の腕前は男にも負けないんだぞ!」
「難儀なものですねぇ、腕は確かなのに仕事をさせてもらえないなんて」
「おお、分かってくれるか!友輝は話の分かる奴だな。よし、飲もう!」
「はい、OKです」
「え?あ、そうか接客指導だったな。アハハつい忘れてしまった!」
素で一緒に飲もうと誘ってくれたのか。まぁそれは嬉しいが、一応お仕事なので今のやり取りにアドバイスをしなければ。
「クリケさんのその気安さというか、フレンドリーな態度はとても良いですね。初対面の人にも物怖じしないのはとてもいい事です。ただ、お客さんの中には足とか触ってくるエロ親父などもいるので、そういうお客さんのあしらい方をお教えしましょう。エロ親父にいちいち怒ったりしてたらもたないので。」
「ふむふむ。そりゃ俺もいやらしく触られたら流石に怒るだろうなぁ」
「同じドワーフの方から見たら違うのかもしれませんが、クリケさんは僕から見ると小柄でとても幼く見えます。実際には成人なんですよね?」
「そうだぞ!ドワーフは他の種族に比べてチビだから幼く見られるから困ったものだ!こんなに立派な美人を捕まえて子供扱いとはなぁ」
「そこを利用しましょう。おじさんのお客さんに対しては娘のように振る舞ってみるといいかもしれません。」
「娘?そ、そりゃどうやればいいんだ?」
「うーん、親戚のおじさんとかと同じように接してみると言うと分かりやすいですか?」
「ああ、なるほどな」
「人によって相性というのがありますから、クリケさんには歳上のおじさんとか少し話すのが苦手なシャイな人とか合うんじゃないでしょうか。で、接客する時はとにかく楽しく飲もうと言うのを意識してください」
「おう!」
「共通の趣味を探すと会話の切っ掛けになるかもしれませんね。鍛冶をされてるという事ですが、冒険者のお客さんなどは武器や防具に関心のある方も多いでしょうから、鍛冶屋だからこその苦労話とかすると盛り上がるかもしれませんね」
「ふぅん、なるほどな。鍛冶についてなら話題は沢山あるぜ」
「お客さんがクリケさんを娘とか趣味の合う友人として見るようになったら、早々触ってきたりはしないでしょう。もしそれでもいやらしい事をしてくるお客さんがいたら、すぐに黒服に言ってください。対応しますので。」
接客指導が終われば、今伝えたアドバイスの要点を紙にまとめてクリケへと渡して接客指導を終える。
そして今度は黒服達への接客指導についての説明だ。
「まず、女の子達は基本的にキャバ嬢に絶対になるんだ!と熱い心意気を持ってやって来てる訳ではありません。なので、接客指導では長々と説明するよりその女の子の性格や特徴を掴んで、その女の子が簡単に出来そうなアドバイスに留める事をオススメします。」
ふむふむと黒服達は興味深そうに頷いている。友輝からしてみれば、商人ギルドから派遣されてきた黒服達は皆非常に熱心で頑張り屋なのだが、やってくる女の子達にとってキャバクラはあくまでお給料が目的であり、一流の接客術を身に付けるのが目的ではない。
なので、長々と指導されて面倒臭そうだと思われてしまっては女の子は入店してくれない。仕事熱心なのも結構だが暑苦しい押し付けにならないように、と言うのがひとつ
「そして、女の子にプロ意識を求めない以上は黒服である皆さんが目を光らせる必要があります。先ほどのドワーフのクリケさんの場合は、とても気さくな反面、気難しいお客さんなどは馴れ馴れし過ぎると怒り出す事もあるかもしれません。つけ回しの際にはクリケさんをそういったお客さんになるべくつけないように気を使う必要があります。」
つけ回しというのは、どのお客さんにどの女の子をつけるかという事なのだが、これが非常に難しい。
お客と相性の良さそうな女の子がいなければ合わなそうな子でもつけざるを得ず、お客から『つまらなかった』と言われてしまえば大失敗だし女の子からは『もっと私の得意なタイプのお客をつけてよ!』とクレームが出る。友輝は元の世界でキャバ嬢達が散々『黒服の○○のつけ回しは下手くそすぎ!』と憤慨してるのを飽きるほど聞かされている。
「ですが友輝さん!お客さんにそれなりに大金を支払って頂く以上、やはり店としてもそれなりの水準の接客が求められるのではないでしょうか!?女の子が面倒臭がるというのは言語道断……それは職務怠慢としか思えません!」
元貴族向けのレストランで働いていた黒服の一人シムノスは納得いかないといった表情で友輝に言い寄った。
彼は貴族向けの店に勤めていただけあって、優雅な所作やきめ細かい接客技術に自信とプライドを持っている。そんな彼にとって、友輝の言葉は『適当でいいよ』と言ってるようにしか聞こえなかった。彼の培ってきたプライドに賭けてそんなのは承服しかねると憤りを感じているのだ。
「なるほど、確かにそうですね。ではシムノスさんの考える理想の接客とはなんでしょう?」
「お客様ひとりひとりに値段に見合うサービスを提供し、ご満足頂くことです。」
「そうですね、確かにそれが最も理想です」
「……で、ではやはりキャストの接客指導にはもっと細かい部分を…」
「いいえ。その必要はありません。」
「はぁ?ど、どういう事ですか!?」
「この店にやってくるお客様が求めてるのは、一流の接客ではなくリアルな女の子だからです。」
「は、はぁ?」
「シムノスさんの言う接客技術とは、一流のサービスが売り物である店としては正解かもしれません。ですが、キャバクラがそれに対抗しようとしても絶対に勝てません。先ほど言ったように女の子は基本的に一流の接客技術を身に付けようと思ってませんから。同じ土俵で勝負しても二番煎じになり、総合的な質では勝てないんです。ではキャバクラは何を最大の武器とするか?それは、素人臭さです。」
「し、素人臭さ……?」
「はい。例えば、気になる女の子をデートに誘って食べたレストランがあまり美味しくなかったらどうですか?きっとクリケさんなら『あんまりうまくなかったなぁ、口直しに酒場にでも行こうぜ!』とかあっさり言いそうですね。ではミイナさんなら?マリアさんなら?なんとなくそれぞれ別の反応をするような気がしません?」
そう言われれば、ミイナは次こそ美味しいお店にいきましょう!と前向きに励ましてくれそうだし、マリアはそもそも不味いレストランに入ろうとした時点でやんわりと別の店にしようと提案してきそうだ。マリアはなんか色々とすごいから。
「つまり、女の子の性格や個性に違いがあるからこそお客さんとしてはその反応が楽しいんです。ですから接客指導とはその女の子の魅力がどこなのかを教えてあげるのに留めるのが最善という事です。その女の子が持つありのままの魅力を活かしてあげるのが大事ですね」
「ありのままの魅力……。そうか、お客さまが望んでるのは女の子の素の表情とか反応ということですね?たしかに、私が考えていた一流の接客とは求められる質が違うのかもしれません……キャバクラという店の性質に理解が足りていませんでした。私の考えが間違っていたようです」
「いえいえ、そんな事はないですよ。所詮僕は送迎なのでキャバクラについて細かくは知りません、あくまで素人意見です。なので一流の接客を行う方針というのもあながち間違いとは言えません。元の世界にもそういった方向性のお店はありましたから。でも、それは『クラブ』と呼ばれて高級志向の別の店になってしまうんです。」
「異世界には、女の子が接客する店がキャバクラの他にもあるんですか?」
「ええ。クラブ、ガールズバー、メイドカフェなど沢山あります。可愛い服装の女の子を愛でる店やら、女の子が膝枕で耳かきしてくれる店だとか、ちょっとエッチな目的の店もありますし多種多様ですよ」
「「「す、すごい……」」」
異世界とはなんともすごい世界だ、と黒服達はよく分からない感慨を抱いてキャバクラというものの奥深さに戦いた。
友輝としては、よくよく考えると日本ってそういう店が多いんだなぁとなんだか情けないやら逆に感心するやら微妙な気持ちになったが口にはしないでおいた。
本日の業務 これにて終了
業務日報
・クリケ嬢 (ドワーフ)
可愛らしい見た目に反して気さくで友達のように楽しく付き合える接客が出来そうな人材です。今までいなかったタイプの女の子なので、ぜひ獲得したい人材だと進言します