4話 エレオノール嬢
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
今日も異世界キャバクラは元気に営業中、の前に今はミーティングを行っているところだ。
異世界キャバクラでは、毎月第一週の竜の日に全体ミーティングを行っている。この世界は元の世界と同じく1週間や1ヶ月の概念は同じ周期だったが呼び方が違う。魔、銀、獣、樹、霊、神、竜という順番を繰り返す。元の世界でいうと今日は第一週の日曜に該当する日だ。
広い店内に所狭しと集まった所属するキャバ嬢や黒服たちは一人だけみんなの前に立った店長ゼレーニンに注目している。
「えー、異世界キャバクラ開店から今日で丸一月になりますが先月の売上は486万8600Gでした!」
「「「おお~」」」
Gというのはこの世界の通過で、 およそ円と似たような価値水準のようで約500万円近い売上があったということだ。
友輝はあくまで送迎であり、キャバクラの経営については知識がないため経営にはボルバス侯爵が商人ギルドから腕利きの商人であるゼレーニンを連れてきている。先月の売上が良い数字なのかは友輝には分からないが、周りの反応からして結構稼げたようだ。
「新店舗としては、かなり順調な滑り出しですが今は目新しさからお客様が来てる状態です!油断せずに営業を行い、なるべくリピーターになってもらえるようキャストの皆さんは頑張って下さい!」
「「は~い」」
「レギュラーの女の子の数がまだまだ足りませんので、黒服はスカウトを頑張って下さい!」
「「はい!」」
現在、レギュラーとしてほぼ毎日出勤してるキャバ嬢は8名、商人ギルドから派遣されてる黒服が6名に用心棒が2名、そこに毎日冒険者ギルドからの派遣や体験入店の女の子が10名ほど来るので友輝や店長を含めれば総勢で30人近くなる大所帯だ。
「ではっ、お待ちかねのお給料でーす!」
「きゃっほ~!」「店長すてき!」「ようやくかぁ」
そう、全体ミーティングの日は給料日でもある。みんな一様に笑みを浮かべて呼ばれた順にお給料を受け取っていく。体験入店以外の女の子は日払いを希望すれば1日の給料の半分まで働いたその日に受け取れるが残りはこの給料日になる。なので、今日は派遣キャバ嬢なども勢揃いして楽しみにこの日を待っていたのだ。
「て、店長っ!私まだ呼ばれてませぇーん……」
涙目で訴えたのは、体験入店からレギュラーになったエルフのミイナだった。まさか忘れられてしまったのかと不安になりながら必死に訴えている。
「ふふふ、ミイナさん、忘れてなどいませんから安心してください。なんとっ、ミイナさんは売上ランキング1位だったので特別ボーナスが支給されまぁす!!」
「「おお~!!」」
ミイナは明るく好奇心旺盛でどんなタイプのお客さんともすぐさま打ち解けてしまいガンガン指名を稼いでいた。ミイナは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて周囲の黒服や同僚が口々におめでとうと盛り立てるが、1歩引いた位置にいた友輝には忌々しげな目線をミイナに送る女性の表情がよく見えた。
赤髪にそばかすで美人揃いのキャバ嬢達の中でも、負けない存在感がある気の強そうな美人、娼館から転職して来たエレオノールというキャバ嬢だった。
エレオノールは店の近くに住んでいて送迎を使わないので話した事がなく詳しくは知らないが、友輝はアドバイザーとして店長から店や女の子について相談されていたので彼女がそうかと思う。エレオノールについては実は少なくないクレームが黒服や他の嬢から寄せられている。
曰く、接客態度が悪くお客さんを怒らせただの何かと他の嬢に張り合ってきて仕事の邪魔だの、お世辞にも評判はあまりよくない。店長は経営については一目置かれるくらい実力があるが、何分女の子の取り扱いについてはほとんど経験がないためエレオノールに関してどうするべきかとても困っているそうだ。
今日は親睦会という事で、給料を渡し終わったら宴会の準備へと移行する。接客をしたことのないキャバ嬢達もこの1ヶ月でずいぶんと気が利くようになった。料理を運ぶ黒服を気さくに手伝い、仲良く準備を進めていく。
そんな中、エレオノールだけが一番奥の席にどんと座り込み、いつのまにか用意したワインを一人で勝手に開けている。明らかにこの空間で彼女ひとりが浮いていた。みんなチラリとエレオノールに目をやるが、話し掛けても噛み付かれるだけなのは目に見えてるので誰も近寄ろうとしない。
そんな雰囲気にたまらずゼレーニンはすがるような目で友輝を見ると友輝は小さく頷き、ビール瓶を片手に彼女の目の前の席へと腰掛けた。
「相席いいですか?」
「……なんだい、あんた」
「送迎の河合友輝です。エレオノールさんは送迎を使わないのでお話しするのは初めてですね」
「消えな」
「まぁいいじゃないですか。ビール飲みます?僕の世界のお酒なんですけど」
消えろと冷たく言い放ったのに、当たり前のように無視して酒を注ぎ始めた友輝にエレオノールは綺麗な顔を歪めて不快感をアピールする。
「消えろって言ってんだろ?」
「まぁまぁ、ちょっと付き合ってくださいよ。飲み比べでもしません?」
「はぁ?」
「この瓶1本をどちらが先に空にするかの勝負です。僕が負けたら1万G払いますよ」
「…言ったね?」
よし、食い付いた。事前に聞いた通りエレオノールは金にがめつく負けず嫌い。キャバ嬢の中で最も酒に強いそうだから、飲み比べなら必ず食いついてくると思った。
瓶の栓を開けて片方をエレオノールに渡そうとすると、彼女はそれに待ったをかけた。
「待ちな、あんたが勝負を吹っ掛けて来たんだ。どちらの瓶を飲むかはアタシが選ぶ。ズルされちゃたまんないからね」
「はい、お好きな方をどうぞ」
エレオノールは自分から見て左側の瓶を取りジロジロとそれを見つめる。
「こっちだ。」
「はい。ではヨーイ、ドンで開始と言うことでよろしいですか?」
「待った。やっぱりこっちにする」
「分かりました」
友輝の顔色を窺いながら直前に瓶の交換を申し出たのは、何かしら細工があるなら友輝の表情からそれを見極められると考えたからだろう。ずいぶんと警戒されたもんだと思いながら、友輝はあっさりと瓶を交換する。
「いきますよ。……ヨーイ、ドン!」
合図に合わせてすぐさまエレオノールは瓶を鷲掴みして一気に煽る。ところが口の中に入ってきたのは刺激の強い何かで一瞬で口の中から溢れそうになり慌てて瓶を離す
「ぶはっ!ゲホッ…ゲホッ……ひ、卑怯だぞ!なんだいコレは!?」
「炭酸って言うんですけど、こちらにはないらしいですね」
「こんなの飲めるか!」
「飲めますよ。現に僕は飲んでるじゃないですか」
「……ええ!?」
思わずエレオノールは友輝の前に置かれた瓶に近寄り凝視した。そこには、中身のない空の瓶があるだけだった。
「うっ、嘘だろ……?こんな一瞬で飲めるわけない!魔法だ!魔法を使っただろ!」
「僕は魔法を使えません、納得出来ないならもう1回やります?今度はエレオノールさんが何を飲むか指定してもいいですよ」
「……言ったな!」
エレオノールは勢い良く席を立ち上がるとズカズカと側にいた黒服に近寄っていく。
「おい!ワイン2本出せ!」
「は、はぁ」
黒服が持ってきたワインボトルをむしりとるように受け取ると、1本を友輝の前に乱暴に置いてドカリと席に座り友輝を睨み付けた。
「これなら子供の時から飲んでる。私が負けることはありえない」
「うーん、おじさんの僕から見るとエレオノールさんはまだまだ子供なんですけどねぇ」
わなわなと震えるほどエレオノールは友輝に対して怒りが沸いてくる。子供扱いしやがって、絶対に見返してやると意気込んで言い放つ。
「開始の合図はアタシがやる!」
「どうぞ」
「…………ヨーイ、ドン!!!」
「終わりました」
「あえぇぇええ!?」
嘘だろありえない、魔法だ!早飲みの魔法なんて聞いたことないけど、魔法しかありえない!それともなくなったように見える視覚に影響する幻術か!?
奪うように友輝の瓶を手に取るが、明らかに中身はなくなっているので幻術ではない。
「……嘘だろ」
「恥ずかしながら早飲みは数少ない僕の特技でして。」
「……ちっ、賭けは一万だったね。……持ち合わせがねぇ、体で払うからなんとかそれで…」
「いやいやいや、待ってください。負けたら一万払うと言いましたが僕は別にいいです。絶対に勝つの分かってましたし」
「ああ?ふざけるなよ、アタシは借りは作らない。負けたからには何かしら払う必要があるだろ」
「ええと、じゃあ、なんで持ち合わせがないのか聞いても?今日は給料日でさっき貰ったばかりじゃないですか」
「………………アタシには、3人弟と妹がいる。みんなまだチビどもであいつらの飯代や生活費でキツキツだ。それに親の残した借金もある。今日貰った程度じゃ明日にはなくなるさ。」
ははぁ、なるほどと友輝は思う。ゼレーニンから聞いていたエレオノールの印象は妙に余裕がないというか、切羽詰まった雰囲気を感じていたのだが幼い兄妹と親の残した借金が原因か。
「……幼い弟が言うんだ。『姉ちゃんはばいたなの』って。娼館に来たクソな男どもの誰かが余計な事を言いやがった。誰にもバカにされねぇようにアイツらを金の掛かる学校に通わせるのに他にどんなやり方がある!?学もねぇ、力もねぇ、そんなアタシが弟妹を全うに生きさせようとするのはそんなにおかしいか!?……みんな、みんなキライだ。金になるならなんだってやってやるさ。キライな男にだって体を売る。でも!弟や妹にだけは、そんな風に思われるのだけは耐えられねぇ……」
語り出したら止まらなくなったのか、エレオノールは目に涙を浮かべて一気に思いの丈を吐き出す。友輝は何も言わずに黙ってそれを聞いていた。
夜の世界に足を踏み入れる女の子には様々な理由がある。エレオノールのように、色々なものを抱えて耐え忍んでいる女の子も決して少なくはない。
「分かります。色んなことが憎くてしょうがないんでしょう。だから色んな人に嫌われてしまうんですね」
「……ちっ」
「ちなみに、娼館だと月にどれくらい稼げるもんなのですか?」
「は?……18万ってとこかな」
「今月のお給料は?」
「17万だけど……」
「知ってるとは思いますけど、キャバクラは指名や売上によってお給料は天井知らずで貰えます。」
「はぁ……だからなに?アタシは精一杯やってる!」
「あなたは本当にお金に困ってるなら、あなたは憎しみを周りにぶつけるより周りの助けを借りるべきって事です」
「なんだと?」
「娼館はお客さんと自分の1対1だから思い付かないかもしれませんが、キャバクラにはお客さんが複数で来るのも珍しくありません。なら、女の子は複数付かなければならない。例えば、お客さんが連れてきた誰かがあなたを気に入って指名をするかもしれません。あなたはお酒が強いそうですね?なら、お酒を消費する助っ人役としてあなたに頼りたい女の子だっているでしょう。つまり、協力した方が何かと便利で稼げますよって話です」
「……」
「他のキャバ嬢も、黒服もあなたの敵ではないのですよ。一緒に戦う心強い味方です」
「……味方」
「ねぇ皆さん」
友輝が急にエレオノールの背後に向かって話しかけるものだから、ハッとしてエレオノールが振り替えるとそこには黒服もキャバ嬢もみんなエレオノールを見つめている
「エレオノールさん!そういう事情なら言ってくれよ、俺らもなるべく金持ちそうな人を優先的に付けるからさ」
「そうだよエレオノールさん!お客さんって飲ませたがる人多いし、エレオノールさん居たら心強いよ!」
「あ、あんたら……」
みんな口々にエレオノールに協力すると告げる。中には涙ぐんでる者までいる。ついカッとなって大声で話していたから、聞かれていたのだろう。エレオノールはそれに気づくと何やら恥ずかしくなってきた。
夜の世界で働く人間はみんなそれなりに訳がある。苦労したり大変な思いをしてるエレオノールを他人事と切り捨てる事が出来ない。
「はっ……こんな、態度の悪いアタシに何を同情してんのさ……」
アタシは馴れ合いなんてするつもりない。夜の世界なんて大嫌いだ、そう思いながらも自然と溢れてくる涙をどうしても止めることが出来なかった。
「うまいこと丸め込んだわね。やっぱり友輝さんって人たらしの才能があるのかしら」
「……マリアさん、それはちょっと人聞きが悪いので勘弁してくれませんか?」
「それにしても、早飲みの特技とは恐れ入ったわ。どうやるの?」
「ええと、こう……ガバッと」
「ううん…全然分からない。本当に魔法じゃないの?」
「違いますよ……」
ようやく打ち解けて盛り上がってるみんなを横目に、いつの間にか隣にやってきたマリアがビールをグラスに注ぎクイと傾ける。あら結構イケるじゃないなんて言いつつ異世界キャバクラの夜は更けていく。
本日の全体ミーティング これにて終了