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異世界キャバクラの送迎さん  作者: 伊達またむね
3/18

3話 マリア嬢

 その日、友輝はその嬢を乗せた瞬間から妙な違和感を感じていた。なんの自慢にもならないが、友輝は元の世界で何十人何百人とキャバ嬢を送り届けてきた。

 明るい子、大人しい子、業界初心者から夜一本のベテランと多種多様だ。その経験が、今日はじめて送るこの女の子に対して何かしらの警報を発しているのだ。



「よろしくお願いいたしますね」


 涼やかな音色に思わずうっとりしそうな落ち着いた声で告げた少女を、友輝はついバックミラーでチラリと覗いてしまう。

 綺麗な瞳でこちらを見詰める少女と鏡越しに目が合う。にこりと音がしそうな表情で微笑まれたものだから、思わずこちらも愛想笑いを浮かべてしまう。


「こちらこそよろしくお願いします。お送りするのは初めてですよね? 」

「ええ、異世界からいらしたという『くるま』というものに1度乗ってみたくて参りました。」


 女の子が異世界キャバクラに働きに来る理由のひとつに、異世界の乗り物である『くるま』に乗ってみたいというのがあるらしいという噂は聞いている。

 この世界にも街中を移動する為の馬車はあるが、元の世界でいうところのバスを酷く劣化させたようなもので乗り心地も悪くギュウギュウ詰めになるためとても窮屈で、使い心地も悪く一般の女性が使うことはまずない。

 それに対して異世界キャバクラの送迎はまるで貴族様のように自分の為だけにわざわざ家まで送ってくれるというのだから、ちょっとしたお姫様気分も味わえる上に、友輝が元の世界から持ち込んだ音楽やら車用芳香剤やらが整っていて下手な貴族の馬車より格段に乗り心地が良いらしいと街の女の子の間で評判となっていた。

 そんな至れり尽くせりの送迎が店のサービスで無料なものだから、女の子はこぞって友輝の送迎を使いたがる。だから、この少女が車に乗ってみたくてキャバクラに働きに来たというのも分からなくはない。


しかし、友輝はどうにも違和感を感じていた。


 もちろん異世界の乗り物に興味があるというのはキャバクラに働きに来る女の子の大半が考えてるようだが、それはあくまで理由のひとつに過ぎない。

 多くの場合、キャバクラのお給金が最大の目的なわけだ。


 しかしこの少女はどうにもそうではないような気がする。友輝は年相応に人生経験があり、その友輝から見て彼女はあまりにキャバクラで働くというのはそぐわない雰囲気があるように見えた。

 具体的に言うと、お金に困ってる雰囲気がないのだ。ミラー越しに窺う限り、彼女はどこか育ちの良さを感じさせる。仕草や物の言い方ひとつひとつが妙に品がいい。


 そういう女の子はたまにいる。お金が最大の目的ではなく、キャバクラがどういうものか好奇心で体験入店にやってくる子や昼間の仕事を辞めて次の仕事までのつなぎで短い間だけ、どんなものかと興味をもってやってくる女の子など。

 言葉にはしづらいが、そういった女の子は妙に空気が違う。住む世界が違うと言えばいいのか、そういう女の子はまずキャバクラに長く勤めない。予定通りの期間で辞めていき、もうやってくる事はまずない。


 この少女もそういったタイプの子だろうかと考え、友輝は少しだけ踏み込んだ会話をしてみようかと思った。短い間でいなくなるとしたら、多少後先考えずに話すことができる。


「こちらではこの車がかなり珍しいらしいですね、乗ってみたくてキャバクラに来たって女の子はたまにいますよ」

「まぁ良かった。私だけだったら恥ずかしいですもの。風の噂で異世界の乗り物の話を聞いて、わざわざ引っ越してきましたのよ」

「どちらからいらしたんですか?」

「どこだったかしら。色々な場所に住んだものだから、忘れてしまいました」

「へぇ、色々な土地をご存知なんですね」

「ええ。喧騒に疲れて海と空しかない世界に行ってみたり雲が下に見えるほど高い塔の上に住んでみたりもしましたが、やはり結局のところ人の世が恋しくなるようで、たまにこうして戻ってきてしまいますの」





 ああ、その感覚はよく分かると友輝は思う。友輝も何も初めからキャバクラの送迎をやりたくて始めたわけではない。

 それなりに不幸な思いをし、一時は人との関わりを絶って引きこもっていた時期もある。他人と接することにほとほと疲れ果てたのだ。


 人の顔なぞ見たくない。


 だから、友輝はキャバ嬢の顔は基本的に一切みないし覚えない。それでも声を聞けば誰か分かるので仕事になる。他人と顔を会わせなくとも良いというのは友輝にとって重要なことなのだ。人と会いたくないからと、関わりを全て断ち切って山に引きこもるような事は出来ない。

 どんなに面倒だろうが、やはり一人は寂しいし孤独だ。友輝にとって送迎する時のキャバ嬢との距離感は非常に心地いい。だから、人との関わりに疲れて海と空だけの世界に行ってみたけど戻ってきてしまうという彼女の気持ちはよく分か…………………………海と空だけの世界って、なんだ?


 あれ?そもそも、自分は何処に向かって車を走らせてるのだったか。

 普段なら乗せた時に送り先を聞いてるはずだが、彼女から送り先を聞いただろうか。どうしよう、思い出せないな、次の信号で停まったら彼女に聞いてみよう、ん?信号?あるわけないじゃないか、だってここは異世界で……そこでようやく今走ってるのはオレンジの街灯が灯る道路である事に気づいた。

 まて。なんだ、おかしいぞ。異世界の道は石畳か土を馴らしただけでアスファルトの道路なんてあるわけないじゃないか。ひとつ疑問に思えば不思議な事の数々に気がついてどんどん分からなくなる。


 しかし唐突に何故か分かった。


 ああ、これは夢か。


そうと分かれば感じていた筈の違和感は一気に霧散する。これは夢なんだから、何があっても何もおかしくない。


「友輝さんは、元の世界に戻りたいですか?」

「どうでしょう。あまり余裕のある生活ではなかったですから、家族には悪いですが今の方が暮らしやすいのであまり戻りたいとは思いません」

「でも、こちらの世界はこんなに豊かじゃないですか。」

「僕にはこの世界が膨らみ過ぎて破裂寸前の風船のように見えます。物が溢れ、病気みたいにブワッと何かが流行り、そして簡単に消えていく。すぐに消えていくのを誰もが知ってるはずなのに流行りに乗るのが当然のように求められるので僕のような人間にとって息苦しくて仕方ありません」

「ままならないものですね」

「ええ。だから僕には魔物がいて生きていくのが大変なあの世界の方がよほど可能性に満ちているように見えます。だから帰りたくないのかもしれません」

「なるほど」

「あ、でもせっかくならあの世界に持っていきたかったものは沢山ありますね。流行り廃りに呆れながらも便利なものにはあやかりたいというと、何だか随分都合の良い気もしますが」

「それが人というものなのでしょう。必要なものがあるなら、取りにいかれては?ほら、あそこにあるのはそういうお店なのでしょう?」



 彼女にそう言われて振り替えれば、そこは近所のスーパーだった。自分は店の前に立っていてなぜか人は少女の他には誰もおらず、いつ車から降りたのだろうと思いつつまぁ夢だからと納得して店内へと入る。

 久しぶりに見た蛍光灯に明るく照らされた店内には誰一人いない。見慣れたはずの乱立する商品達も、並べる店員一人さえいないと妙に薄気味悪い。


「ほら、これなんて友輝さんがお探しになっていたものでは?」


 また彼女の指差す方に目をやれば、そこには確かに友輝が元の世界から持ってきたいと思っていた品物の数々だった。スーパーにあるはずのないポータブルDVDプレーヤーやゲーム機まである。

 さすが夢というか、欲しくても買えなかったものが沢山ある。なんだか子供の頃のおもちゃ売り場に来たような高揚感を覚えつつ商品を手に取ってみる。よくみれば夢なのに丁寧な事に¥0とシールが張ってある。店から勝手に持ち出すのはよくないという潜在的な罪悪感への対策なのだろうか。我ながら律儀というか…0円ならなんの遠慮もなく持っていけるじゃないか、うん。ありがたい話だ。


「友輝さん、これは?」


 少女の声に目をやれば、不思議そうに冷蔵庫やレンジと言った家電製品をその綺麗な指先でつついている。スーパーに家電製品などあるわけないが夢だからこれぐらい普通かとなんだか今の状況に慣れてきた。


「ああ、それは家電製品ってやつです。その大きいのが食材を冷やしたり凍らせたりして保存できる冷蔵庫、四角いのが電子レンジって言ってボタンを押すと手軽に食べ物を暖められます」

「ふうん、魔法を使わないで出来るなら楽だし便利ですわね」

「でも代わりに電気を使いますから。向こうの世界じゃ使えないんですよねぇ。発電機とかあればいいんですけど」

「これの事でしょうか?」

「ああ!それもあるんですね、それにガソリンを入れれば発電してくれるので家電製品も使えます。」



 実際には友輝は発電機がどういったものかよくは知らない。ゲームか何かでガソリンを入れたら動いた場面があったので、そのくらいの知識しかない。本来ならもっと使うために何かしら段取りや決まった燃料があるのかもしれないが、まぁ夢だからと深く考えない。

 幸いなことに、ガソリンは向こうの世界で複製魔法とかいう物体をコピーする魔法のおかげで全く困らない。発電機があれば、向こうの世界でも家電製品が使い放題だ。これは嬉しい。


「でも、ほしいのが多くて運べないなぁ」

「あら。くるまで運べば良いのではなくて?」

「俺の車は軽自動車だから入りきらないよ」

「では車も新しくて大きなものに変えましょうよ。」

「そうだな、思いきって最高級なやつにしちゃおうかな。」


 お金に余裕があるのなら、買い物というのはとにかく楽しい。またまたスーパーなのになぜか置かれてる様々な新車を見て回り、これと決めたらあっという間に積みたい荷物が車に搭載された。夢というのはとにかく便利だなぁと友輝は完全にこの状況を受け入れた。


「小腹が空きましたね、どこか美味しいお店はご存知ない?」

「え?うーん、俺のオススメは梅光ってラーメン屋なんだけど向こうの世界の人には合うかなぁ」

「らーめん?面白そうな名前、食べてみたいわ」

「じゃあ、行ってみようか」



 梅光のラーメンがいかに美味しいかを熱く語りながら歩けば彼女のラーメンへの期待も高まり道すがら二人で街中を歩くだけで自然と会話も盛り上がる。

 扱い馴れない箸に悪戦苦闘しつつラーメンを食べる彼女を微笑ましく眺め、ちょっと街中まで足を伸ばし賑わう駅前にくれば彼女に似合いそうなお洒落な服店が並ぶ。相変わらず街中には誰一人いやしないが人嫌いの友輝にとっては有難い。

 ああ、そういえばこんな風に女の子とデートするのはずいぶんと久しぶりだな。




………………いやいやいや、まて。さすがにこれはおかしい。なんでキャバクラの送迎してるはずがいつの間にかデートになってしまったんだ。


「これは、あなたがやってるのですか?ここは夢の中ですよね?」

「あら。少し目が覚めてしまったのかしら?ずっと夢見ていてもいいのに」

「そういう訳にもいかないでしょう。とても良い夢を見せてもらいましたが、朝になれば夢から覚めなければ」

「確かに現実ではもうそろそろ朝だけど、どうして分かったの?」

「体内時計って言うんですかね。女の子を送り届けるまで何分かかるか考えるうちに今何時かなんとなく分かるようになったんです。しょうもない特技ですけど」

「ふぅん、あなたは魔法もスキルも使えないのでしょう?面白い特技ですわね」

「まぁそれはともかく、僕は戻れるんですよね?」

「それはあちらに?それともこちらに?」

「あちらに。それと、あなたは何者なのでしょうか?魔法の使える世界とはいえ夢の中に入れるなんてありえないと思うのですが」

「先の質問から応えると、目が覚めれば現実に帰れるわ。夢はあくまで夢ですもの。そして私は名もなき夢の世界の住人、人は私を幻魔とか夢神と呼ぶわ。まぁ実際には私がなんなのか私も知らないのだけど。でもそれは人だって同じでしょう?どこから来てどこへ行くのか、それは神様だってわからないもの」

「ええと…とりあえず夢神様ってことで」

「なんなら名前を付けてくれていいのよ?」

「……じゃ、マリアさんとお呼びしてもいいですか?」

「……他の女が由来の名前と言うのはちょっぴり気になるけど、まぁいいですわ。しばらくマリアと名乗りましょう」


 友輝は思わずドキリとした。彼女をマリアと名付けたのは単純に神様に関係ありそうな女性の名前と言うイメージと、彼女とのデートでかつて結婚寸前まで言ったマリアという名の元カノを思い出してつい提案してしまったのだ。

 神様というのは恐ろしいと思いつつ会話を逸らすために友輝は言葉を続けた。


「それで、マリアさんはどんな目的で僕をここに連れてきたのですか?」

「あら、それは最初に言ったじゃない。私はくるまに乗ってみたかったの。それに私が連れてきたというより友輝さんが来たがったから私の力が働いたのよ。」


 来たがった?言われてみれば、ふと手が空いた時など元の世界にいた時にあれこれ車に積んでおけばよかったと少しばかり悔やんだりしている事がある。

 この不思議な世界が自分の中から産まれたものだと言うなら、欲しかったものが揃っているのも納得できる。


「人の夢を渡り歩いてきた私も、流石に異世界人の夢というのは初めてだわ。しばらくここに住もうかしら」


 自分の夢の中に何者かが住み着くというのは中々恐ろしい気もするが、興味深そうに改めて無人の街中を見回すマリアは姿だけならどこにでもいる普通の少女のようで何か害になるとも思えなかった。


「気に入って頂けたなら、どうぞご自由に。」

「ありがとう。家賃代わりに夢の中の物は現実に持っていけるようにしてあげる。」


 なにやら急激に眠気が襲ってきた。徐々にマリアの声が遠くなっていくような気がする。


「ああ、それと。たまにキャバクラに出勤するから、その時は送迎よろしくね」



 その言葉を最後に友輝の意識は急速に暗闇へと堕ちていった。夢の中で眠るとどこへ行くのだろうと少しばかり不安もあったが耐え難い眠気にその不安もすぐに消えた。






「おい、友輝!起きろ!お前一晩もどこへ居たのだ!?それにこの車はなんだ!別物じゃないか!この大量の荷物もどこから持ってきた!?ええい、一から説明せい!」


 がっくんがっくんとヒゲもじゃのドワーフ、イテツに揺さぶられ友輝は目を覚ました。周りを見渡せば、そこは普段車を停めて待機してる異世界キャバクラの裏にある友輝専用の駐車スペースだった。


「……戻ってこれたんですねぇ」


 むきーっと勢い良く語ってくるイテツによると、友輝は昨晩の営業中に車ごと忽然と姿を消したらしい。

 黒服はすぐさまオーナーであるボルバス侯爵に連絡し、異世界の知識や車を狙った誘拐事件かと慌てて捜索が行われたが、探索魔法とかいう魔法で探しても存在が見つからず途方に暮れていたのが突如として反応が現れ慌てて駆け付けてくれたらしい。


「全く!心配かけおって!」

「はは、すみません……話すと長いのでとりあえず業務日報で詳しく伝えますから。」



 友輝の持つ異世界の知識が重要だからだろうが、自分の為に一晩中探してくれたというのは結構嬉しかった。

 きっと元の世界で勤めてきたキャバクラで友輝が失踪しても、飛んだんじゃないの?くらいできっと探してはくれないだろう。そんな事を考えつつ今日の日報は報告する事が多くて長くなりそうだと少しだけうんざりする友輝だった。




本日の送迎 これにて終了


業務日報

・マリア嬢 (神様?)

大人びた不思議な雰囲気はミステリアスで品の良い接し方から気のおけない親友のような接し方まで使い分ける不思議な人です。どんなタイプのお客さんにも対応できる有能なキャバ嬢になると思います。

尚、彼女はすごくすごいので細心の注意を払うことを進言します。

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