2話 アリシア嬢
「だからなぁ、魔法剣士というのはとにかく金の掛かる職業なわけだ」
「なるほどぉ」
「やたら報酬が高い上にボルバス侯爵直々の依頼と言うから普通の依頼ではないとは思ったが、なぜ私が男に酌などせねばならぬと言うのか!駆け出しとはいえ私は魔法剣士なのだ!お酌するために冒険者になったのではない!」
「大変ですねぇ」
「しかし……悔しいのはお酒を注いでニコニコしてるだけで普段の私の三日分の給料が貰えた事だ!なんなんだこれは!?私が魔物との死闘でどれほど大変な思いをしてると思う?ダンジョンの魔物と命懸けで戦うのがバカらしくなる!」
「冒険者は大変って聞きますからねぇ」
キャバクラの送迎というのは、時としてキャバ嬢達の愚痴を聞くのも仕事に含まれる事がある。
各種族の代表者達の尽力により華々しくオープンを迎えつつあった『異世界キャバクラ』だったが、深刻なキャスト不足に頭を悩ませていた。
キャバクラを始めるにはとにかく美人を集めなければ話にならない、『高時給!厚待遇!各種族の友好の架け橋になろう!』と大々的な宣伝を行って女性キャストを集めようとしたのだが、キャバクラというこれまでになかった業態の為か、女性にひどく警戒されたらしくとにかく人が集まらなかった。どうしたものかと各種族の代表者達と友輝は悩まされたがボルバス侯爵が名案を思いついた。
「冒険者だ!冒険者にクエストとして募集をかけよう、【見目麗しい女性限定】という項目をつけて!」
「「「それだ!!!」」」
冒険者ギルドに多大な援助を行っているボルバス侯爵の名案により、今日も冒険者ギルドから派遣されて来た駆け出し冒険者のアリシア(人族 新人魔法剣士)は思いの丈を友輝に吐き出し続ける。
元の世界ではまず見かけることのなかったアリシアのような銀の髪色も、最近はようやく見慣れてきた。滑らかでよく手入れされた銀髪というのはこちらの世界において最も美しい髪色と認識されるらしく、異世界キャバクラの共同出資者の一人であるボルバス侯爵の手筈によりクエストとして募集が懸けられたことで彼女のような見目麗しい冒険者が派遣という形で雇われ異世界キャバクラで働く事となり、女性キャスト不足問題は一応解決する事になった。
特に駆け出しの冒険者というのは、とにかく金の掛かるものらしくアリシアのような駆け出しで多少顔に自信のある者は昼はダンジョンに潜り、夜は鎧や剣を置き綺麗なドレスを身に纏いキャバ嬢として働くという二足のわらじでせっせと働くというライフスタイルが徐々に広がっていったのだ。
送迎歴の長い友輝は、アリシアのとめどない不満を聞きながらこういう時は下手に意見を言わず聞き役に徹するのがベストなのを知っているのでとにかくうんうんと彼女の話に相づちを打った。
送迎の最中というのは不思議な事に、普段は心の底に仕舞っている鬱憤がついつい吹き出てしまうことがあるらしい。仕事終わりで気が抜けるのか後部座席に嬢を乗せるので顔を見ないので言いやすいのか、それとも友輝の雰囲気が愚痴を言いやすいのか、理由は友輝にも分からない。
普段なら決して他人には言わないであろう愚痴や悩みが何故か送迎中の車内では不思議と口が軽くなるようで、わりと重い悩みを聞かされ友輝もどう反応したものかと困るような事もある。プライベートな内容なので、友輝は嬢と話す時に他の嬢についての話しはしないように心掛けている。そう考えると、まるで送迎中の車内は教会の懺悔室のようだと友輝は思う。まぁ教会の懺悔室なんて行ったことないから完全に想像だが。
「あーあ、もう冒険者辞めてキャバ嬢になろっかなぁ。冒険者なんてつまんないことばっかり…」
「そうですねぇ、現状に不満があるのならそれも選択肢のひとつかもしれませんねぇ」
「……」
よほど鬱憤が溜まっているのか、堅苦しい口調を辞めて年相応な言葉で悩みを呟いたアリシアは会話が途絶えると思案顔で窓の外を見詰める。
「お疲れのようですから、気分転換に音楽でも掛けましょうか」
「え?音楽?」
「まぁ僕の世界の音楽ですから気に入って頂けるか分かりませんけど」
友輝が車に搭載されたCDの再生ボタンを押せば、車内にはどこからともなく音が流れ始める。
この世界の常識しかしらないアリシアからすれば音楽とは演奏者がいるのは当然なわけで、どこに演奏者がいるのかとキョロキョロ見回すが当然周りは真っ暗な街並みだけで演奏者などいはしない。
明るく楽しい雰囲気の曲、しっとりとした優しい曲、激しく気分が高揚する曲、友輝がセレクトしたお気に入りの曲をまとめたJ-POPはアリシアの心にダイレクトに響いた。
「はぁ~、異世界というのはすごいものだな!特に最後の曲!女心を歌い上げたいい曲だなぁ」
「東野カナですね、若い世代の女の子に人気の歌手なんですよ」
「最初の曲も良かった!"雄々しくて 雄々しくて 雄々しくてッッッ しんどいよぉ~"と1回聞いただけで覚えてしまったぞ!」
「これも流行った曲です。かなり貧乏な下積み生活を過ごしてこの曲でようやくヒットしたバンドの曲ですねぇ」
「ほう、友輝殿の世界でも下積みというものはあるのか?」
「もちろんありますよ。特に歌手とか芸の世界はいつ売れるか分からないですから。そのまま売れずに消えていく人達も腐るほどいます。」
「ふむ……売れずに消えていくというのはどういう気持ちなんだろうな。誰しも最初は一旗あげてやると意気込んだだろうに」
「そうですねぇ、夢は近づくにつれて生々しくなっていきます。遠くから見た時はあんなに綺麗なのに、近くでみたら見たくない事ばかりで現実はこんなものかと心が折れたり夢見たものとの違いにがっかりするかもしれません。」
「……そうだな」
「それでも耐えていたらいつか成功するかもしれないし、しないかもしれない。夢を諦めていつか後悔するかもしれないし、しないかもしれない。未来は誰にも分からないですよ。せめて悔いのない選択をしたいですね」
「……うん」
これもおっさんの性なのか、ついどこか余計な話をして しまったと友輝は少し反省する。
年若い少女がキャバクラで手軽に大金を稼げる事に目が眩み、本来目指したものを捨てて夜の世界にどっぷり浸かる姿を友輝は何人も見てきた。そしてそういう少女は大概あまり良い結末には至らないと友輝は思う。
金遣いが荒くなり、ホストに嵌まり、自分には大金を稼ぐ能力があるのだからと身の丈を越える借金を作り取り返しのつかない場所へと消える。
アリシアという少女がそういう風になるか分からないが、少なくとも友輝は消えていった少女達と似た雰囲気をアリシアから感じたのでお節介ながら口出ししてしまったわけだ。
「私も、昔読んだ魔法剣士の物語に憧れて魔法剣士になったんだ。でも現実は中々上手くいかなくて、少しばかり逃げたくなってしまったらしい。」
「そうですか、冒険者に限らず誰でも似たような経験をすることはあるでしょうねぇ」
「仮に私に魔法剣士としての才能がないとしても、駆け出しの身で嘆くのはいささか早かったかもしれない。もっと見極めてから友輝殿の言うように悔いのない選択をしようと思う。」
「それがいいかもしれませんね」
異世界キャバクラがオープンして1ヶ月が経ち、お金にあまり余裕のない女の子が徐々に集まっている。
異世界キャバクラは幸いなことに非常に人々に受け入れられており毎夜客足は途絶えない、お給金も他の仕事の何倍も稼げるという事で人間やエルフ、獣人はたまた青い肌と頭に角を生やした魔族など多種多様な女の子がぞくぞくと異世界キャバクラに働きにやってくる。女の子が増えれば、それをサポートする黒服の数も必要であり交流都市において不足ぎみだった雇用が確かに生まれていた。
まずは店の様子を見るための1日体験入店、アリシアのように別の仕事を持っていて人手の足りなそうな日に入る派遣、基本的に毎日出勤するレギュラー勤務の女の子など、最近では勤務の仕方も別れてきた。
「まっ、とりあえずは今日の稼ぎで欲しかった剣でも買うとするよ」
ひとしきり愚痴を吐いて気持ちが落ち着いたのか、ようやく穏やかになったアリシアは少し上目遣いでおねだりするように甘えた声で友輝に告げた。
「ところで友輝殿?さっきの曲もう1回聞いたりは出来ないのかな?出来れば聞きたいなぁ」
「何度でも出来ますよ」
「ほんと!?お願い!もういっかい聞かせて?」
結局アリシアを降ろすまで東野カナと雄々しくてを何度も再生しながら交流都市の夜は更けていく。
本日の送迎 これにて終了
業務日報
・アリシア嬢 (人間)
ストレスが溜まっているようです。掛け持ちで働いてる嬢は負担が大きいので、そういった嬢を担当する黒服はケアに気を配ってください。意外と甘え方がうまく普段の凛とした口調とのギャップが彼女の大きな魅力です。この才能を潰さないようにしましょう