1話 ミイナ嬢
なぁ、キャバクラって知ってるか?
なんでも、異世界にある夜の店らしくてよ。綺麗なネーチャンと酒呑みながら楽しくお喋り出来るんだってよ。
ああ?バカ、そういう事は出来ねぇよ。そりゃ娼館行った方が早いだろうが。そうじゃなくてよぉ、なんつうか、目の保養つうか…なぁ、物は試しって言うし、ちょっくら行ってみようぜ。
ああ?何言ってんだ、ギルドの受付嬢なんて誘ったところで良くて飯だけ集られてバイバイだろうよ、ここはいっちょ気持ちよくキャバクラのネーチャンにチヤホヤしてもらおうや!俺らみたいな荒くれに愛想よくしてくれる女なんていねぇじゃねえか!な?行こうぜー、異世界キャバクラによ!
中世を彷彿とさせるレンガ作りの静かな街並みを、不似合いな1台の軽自動車がゆっくりと走り抜けている。
時刻は真夜中、街灯もない暗闇をヘッドライトの灯りがハッキリと道を照らして夜道を駆け抜ける。
「うわっ、うわ~っ、これが噂の『くるま』って奴なんですね!?すごいなぁ」
後部座席にはやたらとテンション高めで目をキラキラさせる女がひとり、薄暗闇の車内でもはっきり分かるほど美しい顔立ちに誰もが目を惹かれるだろうが、それよりもまず目に留まるのはハッキリと主張したとんがった耳だろう、翡翠を思わせるほどに澄んだ少女の瞳が好奇心に染まりキョロキョロと車内を見回していた。
「エルフの人は好奇心が強いって聞いてましたけど、本当なんですねぇ」
余りに彼女が可愛くはしゃぐものだから、運転手の男は失礼にならない程度にクスリと微笑みながら話し掛けた。
エルフの少女も自分がはしゃいでいるのに気が付いて少し照れ臭そうに笑いながら男に言葉を返した。
「私みたいに人間の街で働くエルフは特に好奇心が強いかもしれません。夜道を安全に帰れるってだけでもすごいのに、馬もいないのに動く不思議な乗り物に乗れるなんてドキドキします!」
なるほど、と運転手の男は思う。この世界に迷い込んで1ヶ月ほど経つがこちらの世界は元の世界と違って夜道は野盗が出るわ幽霊系のモンスターが出るわ、終いにはヴァンパイアが女性を拐うなどざらにあるのでとにかく危ない。
とても女性が出歩けるものではないし、ましてや飛びっきり美人のエルフでは何をされるか分からないので出歩かないのが当然だろう。
「黒服さんに説明されましたけど、運転手さんは別の世界の人なんですよね?」
「ええ。あっちの世界でもキャバクラの送迎をやってたんですけど、時空の割れ目?とか言うのに偶然迷い込んだとかでこっちに来ちゃいまして。」
「キャバ嬢っていうのも不思議な仕事ですね、男の人とお喋りするだけで大金が貰えるなんて……私、変なことさせられるんじゃないかってちょっぴり疑ってたんですけどね」
「うーん、基本的にはそういうのはないと思いますよ。ただ、酔っ払いのエロ親父ってのはいるでしょうしそういうのを上手くかわすのもキャバ嬢の必須スキルでしょうねぇ。あんまり酷い客なら黒服さんに助けてもらって出禁にしたりするといいですよ。決して性的なサービスを提供するのが目的ではありませんから」
「へぇ~、それは安心です!普通の娼館ではお客さんとのトラブル多いって聞きますもん。それに比べたらキャバクラって女の子が働きやすいようになってるんですねぇ。異世界は進んでるなぁ」
そう。この世界に置いて、キャバクラという概念は存在しなかった。性風俗として娼館はあるらしいが、訳ありの女性が多く決して一般的な職業ではない。
今から約10年ほど前に、この世界に侵攻してきた破壊神ダンダリオンを討伐する為に人間、獣人、魔族といったこの世界に住まう人々は力を合わせてそれを討ち取った。
それまで極少数の交流はあったものの、独立して互いに関わらなかった人々は破壊神という共通の敵を前にしてようやく本格的な交流を始めたのだ。
そうして関わり会う事で分かったのだが、ある種族の抱える問題の解決策を他の種族がもっていたり、他種族が当たり前に使う自分達の知らない便利な道具というものが多々あり、交流により流れ込んできたそれらの文化、様々な道具はそれぞれの種族に大きな変化をもたらした。そして、1度知ってしまった便利なものというのはそうそう手放せるものではない。
お互いの利益が合致した事により、各種族は急速にその関係性を深め最終的に共同出資という形で『交流都市』と呼ばれる巨大な街が作られるに至ったのだが、これが予想外に上手く機能しなかった。
生活圏が重なった事により風習、価値観、そういった根本的な性質によるスレ違いがあらゆる場面で発生しトラブルが頻発した。お互いに手を取り合う為にという名目で作られたはずの交流都市も、今ではそれぞれの関係は冷え込みとても順調とはいえない状況になっていた。
「ちっ!いい加減にしやがれ耳長野郎!」
そんな怒鳴り声が迎賓館の一室に響き渡った。普通の者なら思わず萎縮してしまいそうな迫力でテーブルを挟んで向かいに座るエルフの代表ウインテリアをドワーフ代表のイテツは睨み付けた。
「ふん、品のない声を出すな。エルフにとって自然は何者にも勝る大切な資源なのだ。歪に加工した木の壁に囲まれた家などという野蛮な暮らしをするドワーフも人族もそれが分かってない、このままでは我々エルフはここに住むなど続けられるものか、早急に自然保護を提案するのは当たり前の事だろう」
「それが舐めてるって言ってるんだよ!先月もそうやって伐採量を15%もカットしたじゃねえか!こっちだってカツカツでやってんだ、更に伐採量を減らすなど出来るか!」
「ならばこちらも先月、ドワーフ族と人族の商隊に貸し出した弓兵を引き上げさせてもらおうか、人族とドワーフが伐採量をもう10%落とさぬ限り弓兵の貸し出しは行わぬ」
「けっ、ふざけるんじゃねぇ。エルフ族が働き口に困ってるのはこっちだって知ってんだよ。お前らはやたら傲慢で客商売なんか出来やしねぇから、ろくな勤め先がねえらしいじゃねえか。大量の失業者を出せば捌ききれねえだろうが」
「二人とも、落ち着かんか。喧嘩腰ではまとまるものもまとまらんぞ。」
人族の代表ボルバスがウインテリアとイテツのやり取りに口を挟んだ。
気概を削がれ、不愉快そうにウインテリアとイテツは押し黙った。
いつもこうだ、どこかの種族とどこかの種族が互いの利権を主張しギスギスとしている。
ハーフエルフ族の代表も、獣人族の代表も、我関せずと一言も喋ろうともしない。
定例会議などというお題目で行われているこの集まりは、実際の所ただの喧嘩に等しい。そして会議の度に険悪な雰囲気となる。今日もお互いの不平不満をぶつけ合うだけで終わると思われた。
そんな折、突如として会議室に飛び込んできた警備兵により事態は思わぬ方向へ進む事となった。
「ほ、報告します!侵入者、中庭に侵入者です!それも見たことのない馬車のようなものが、突如として現れました!」
なんの因果か交流都市のど真ん中にある迎賓館で各種族の代表者達が集まっている最中にキャバクラの送迎を勤める川合友輝という、一人のしがないおっさんが紛れ込んだ。愛車のワゴンRと共に突如として出現したのだ。
突如として現れたそれは、誰も見たことのない不思議な形をしていた。真っ白い丸みを帯びた箱のようなそれは、一部がガラスで出来ているのか透明で、中には明らかに人間と思われる男がいた。すわ破壊神の再来か、どこかの種族のテロかと大騒ぎになりつつも駆け付けた衛兵により白い箱から引きずり出され捕らえられた川合友輝は、即座に引っ捕らえられ会議を行っていた各種族の代表の前へと連れ出された。
「貴様!何者だ!」
「ええっ?何者と言われましても……か、川合友輝と申します……」
「何が目的だ、我等の暗殺か」
「いやいや、ええ?目的って言われましても……気づいたらここにいたわけでして自分にも何がなんだか」
「嘘をつくな!おい、エルフ。貴様、心眼魔法を使えるだろう。尋問しろ」
「ふんっ、ドワーフ風情が私に命令するんじゃない。だが、この男の正体を見極める必要はある。とりあえずはやってやる。」
友輝がやってきたこの世界には人の嘘を見破るという魔法というのがあるらしく、根掘り葉掘りと様々な質問をされた訳だが、代表達は友輝の話を中々信じようとはしなかった。
「なにぃ?スキルも魔法もない世界だと。そんなバカな、ではどうやって魔物に対応する!」
「いやぁ、魔物とかはいないんで……」
「では冒険者もいないというのか」
「いないですねぇ」
聞けば聞くほど、彼らにとって友輝のいた世界は奇妙なものだった。
しかし同時に異世界の知識は彼らに斬新な驚きをもたらした。曰く24時間営業の『こんびに』とかいう商店で誰もがいつでも好きなものを購入出来、『いんたーねっと』という不可視の情報網が世界中に構築され誰もが知りたい情報に触れる事が出来る上に遠くにいる他者といくらでも連絡が取れるという。
特に、代表者達の興味を強く引いたのは友輝が乗っていた『くるま』とかいう乗り物だった。これはとにかく素晴らしい。馬車と違って休憩を必要とせず、容易に乗り手の意思によって加速減速が思いのままだという。この『くるま』とやらが大量にあれば流通に革命を引き起こすだろう。それは引いては生活に革命をもたらすということだ。
代表者達は、中庭に放置されたワゴンRの元へと向かい友輝に車の更なる説明を求めた。
燃料とは?どれくらい走れる?本当に魔法は使われてないのか?矢継ぎ早に繰り出される質問に友輝は可能な限り誠実に答えた。
車についての質問が一段落すると、今度は友輝についての尋問が始まる。
友輝はそれにもきちんと答えた。歳は30、仕事は『キャバクラ』の送迎である、と。
「で?貴様はこのくるまとかいう乗り物で『きゃばくら』とかいう店に勤める女を家に送り届けるのが仕事というわけか」
「まぁ、そうです」
「ふん……馬鹿馬鹿しい。貴族ならいざ知らず、平民の女を送り迎えするなど男がやる仕事ではないわ!」
どうにもドワーフの代表イテツとかいうヒゲもじゃのおじさんは友輝への当たりがキツい。なにか気に触るような事でもしただろうかと思いつつ友輝はイテツへ答える。
「うーん、まぁ元の世界でもあんまり他人に自慢出来るような仕事ではありませんでしたね。」
「ふん、だろうな」
「でも女の子にとっては送迎があるとありがたいですよね。仕事が終わるのは真夜中ですから帰る手段も限られますし、多少の融通が効くので都合がいい。」
「しかし分からないねぇ、女の子とお喋りしてお酒を飲むだけだろ?男の欲望なんて決まりきってるんだから、そんな遠回りな事をするより娼館でも行ってすっきりした方がてっとり早いじゃないか。」
友輝とイテツの会話に割り込んできたのは、子供にしか見えないハーフリングという種族の代表ケルンだった。
ケルンの言葉に他の種族の代表達も確かにと思う。なぜ女と話す為だけにそこそこ高い金を払わねばならないのか彼らには理解が出来なかった。
「まぁそういう目的の店もありますけど、キャバクラの場合はちょっと狙ってる客層が違うんじゃないでしょうか。例えば、キャバクラは仕事の取引先との接待に使われたりします。もし仮にケルンさんがイテツさんと仕事の話をして、終わったあとに『今後とも仲良くしていきましょうね』という意味を込めて可愛い女の子達にもてなしを受けたらどう思いますか?少なくとも悪い気はしないでしょう。」
「ああ、なるほどね。そう考えると理解出来なくもないなぁ」
「ふん、友好の証ってか?くだらねぇ」
「もちろんそういうお客さんだけではありませんよ。若い男性客は可愛くて綺麗なお姉ちゃんともしかしたら仲良くなれるかも、と期待しますし、お金に余裕のある人はパーっと豪快な遊び方をして大金を使って一夜の夢を楽しんだりします。」
「うわぁ、なんとも欲にまみれた話だねぇ」
「あとは……ある程度お歳を召した方だと、性的な欲求は衰えて単純に可愛い子と楽しく過ごしたいって方もいるようです」
各種族の代表は、ある程度の年齢に達した者ばかりだったので友輝の語ったキャバクラの存在理由に理解出来る部分があったのかうんうんと頷いている。
「で、性的な事を目的としたお店と違って基本的にキャバクラはやましくないわけです。キャバクラは、一夜の夢を買う『大人の社交場』と呼ばれたりもします。」
「「大人の社交場……」」
なんと不思議な魅力のある言葉だろう。各種族の代表達は、美女と共にワインを楽しむ己の姿を想像した。
金で女を買うのとは違うもどかしさ、だがそのもどかしさに言い様のない魅力を感じる。
「あ~……なんかキャバクラの意味が分かったかも。なんというか、プラトニックな女の子との関係を楽しむ場所ってわけね?」
「そういう事です。」
友輝の言葉に刺激され、各種族の代表は口には出さなくとも『キャバクラ、いい』と強く思っていた。
思えば妻や娘がそっけなくなってどれくらい経つだろうか、『パパくさい』と娘に嫌われ父として肩身の狭い生活を送り、他種族との気の抜けない交渉の連続、同族からの不平不満をなんとかしてくれとぶつけられるストレスにまみれた毎日、はっきり言って代表者の全員が疲れきっていた。
若くて可愛い女の子がチヤホヤしてくれるなら楽しくないわけがない。それこそ娘のように可愛らしく甘えられたらなんと幸せなことか。ああ考えるだけで癒される、
異世界でそれなりに立場があり種族も異なるとしても、どうやら父というものはどこも似たようなものらしく各種族の代表はまだ見ぬ娘のような可愛い女の子に甘えられる己を想像した。
もしも代表者達の中に女性がいたら結果は別物になったかもしれない。しかし幸か不幸か、各種族の代表は揃っていい歳こいたおっさんばかりでありお世辞にも家庭は円満とは言いづらく不和を抱えていた事がその後の運命を決定付けた。
「……諸君、思ったのだが『きゃばくら』というのは我々の融和政策に非常に有効なのではないだろうか?」
「なに?ボルバス侯爵、どういう意味だ?」
「例えば、それぞれの種族の美少女を集める。見目麗しい女性にもてなしを受ければその種族全体の印象が改善されるのではないか?そもそもとして、我々にはまず交流が足りなかったのではないだろうか。」
「おお、なるほど。素晴らしい」
「確かに、一般市民にとっても他種族との交流そのものが足りないのが現状であり、互いの価値観も風習にも理解がない、故に様々な摩擦が起こっているのは否定出来ぬ。交流を促す為にも『きゃばくら』というのは良いかもしれぬな」
素晴らしい、名案だ、と各種族の代表はいつの間にかキャバクラをこの街に作ろうと乗り気になっているわけだが、例え根底におっさん臭い下心があったとしても、確かにキャバクラというシステムは非常にメリットがあるのは間違いなかった。
この世界に置いて、女性の働き口は非常に限られており雇用促進は常々、代表会議でも話題になっていた議題でもある。
と、言うわけで斯くして『異世界キャバクラ』の出店が決まったわけである。
友輝はアドバイザー兼、異世界キャバクラの送迎さんとしての職を得て新しい人生を送ることとなった。
「そろそろエルフ街の五番地区に入りますね。どこに停めればいいですか?」
「あっ、そこの赤い屋根の家までお願いします!」
「はい。……おや?家に灯りが付きましたね。どなたか出てきたようですがあれは親御さんでは?」
「うわっ!もう、怪しいお店じゃないって説明したのに!父さんは心配性なんだからぁ。恥ずかしいです…」
「キャバクラというのがどういうものか、まだよく知らない人も多いですから心配なのですよ。よければ親御さんや周りの友人にどんなお店だったか伝えてあげてください。」
「はいっ!えへへ、一回だけのつもりだったけどそのうちまた体験入店に行きますね!また送迎してください!」
「はい、その時はぜひ。」
バタンと車のドアが閉められ、エルフの少女は親元へと小走りで向かっていく。
一言二言、父と何か話したあと友輝に向かってペコリと頭を下げたので友輝も軽く頭を下げそれに応える。
本日の送迎 これにて終了
業務日報
・ミイナ嬢 (エルフ)
体験入店、明るく活発で親しみやすくおじさんキラーの素質あり。魔法学科大学一年生で学業優先の勤務スケジュールを組んでくれるなら入店も考えるとのこと。