加護と懐かしい顔 リーゼ視点
世界を見守るために作られた、巨大な施設。女神界運営支部。
その中には加護を与え、管理するための部屋もある。
そこにいれば女神界全域のデータ収集もできた。
加護が誰に流れていくかも管理できる。だからこそここに残っていた。
「どうして加護が消えた」
「あの家は特殊です。おそらく加護そのものを弱体化か、でなければ消してしまう機能でもあるのでしょう」
先生の寮を攻めに行った部隊が帰ってきた。
やはり負けましたか。
「嘘が下手だな。そんなものは感じなかった。我々の目を欺けるほどの装置があるとは思えない」
「可能です。それが勇者という存在です」
先生が去った後、どこへ行ったのか。
そしてこの事件の黒幕が誰なのかを探るため、協力するフリをしていましたが、学園に攻め込むと言われれば細工するしかなかった。
「データは見ているはずです。次はもっと警戒していくべきですね」
「ちっ……では我々に新たな加護を」
「わかりました。行きましょう」
女神界が新体制になっていくことを食い止める。
そして女神女王神様の居場所を探る。
そのために、わたしは新体制派に協力していた。
「これは……」
巨大な装置がある。わたしの知らないうちに作られていたのだろうか。
中央の巨大な台座から伸びる、魔力に満ちたパイプ。
部屋全体を漂う危険な気配と計器類からの音。
「準備完了いたしました!」
「ご苦労。さあリーゼよ、女神界でも特に優秀な術者を集めた。全員に同じ加護を与えろ」
かなりの数の女神がいる。しかも全員魔力が高い。
けれど見たことのない女神ばかりだ。
加護の詳細を立体映像にて照射され、目を通す。
「融合と調律に、意識の同調? こんな力をどう使うおつもりですか?」
「知る必要はない」
「いいえ、わたしが加護を与えるのです。どう使うかを知る必要があります」
「それは先代の話だろう?」
先代か。突然の女王神交代をすんなり受け入れられた女神が何人いるのか。
今はできるだけ情報が欲しい。
「その状況に最適な加護は微調整が必要です」
「……これだ」
さらに追加情報を読み込んでいく。
手がかりはないものか。なぜ女王神を交代させなければいけないのか。
「異世界の統合と整備?」
完全に予想外の文字が並ぶ。
なにか水面下で危険な事が起きている。
「ここにいる女神はすべてそういった力を持つものだ。その力を装置によって増幅、コントロールしていたが……少々時間がかかりすぎる。よって加護を増やす」
「部屋全体に張り巡らされた装置と魔力はそのための……目的はなんです? それもわからずに加護など与えられません」
「今の世界はあまりにも多すぎる。よって似たような世界は統合し、女神界での管理を容易にする計画だ。剣と魔法のファンタジーならファンタジーで。現代なら現代でな」
「そんな! その世界に生きている人々を何だと思っているのですか!」
あまりにも人命を軽視している。
今までの女神界の方針を完全に無視したやり方だ。
神の住む世界が、こんな有様で言いはずがない。
「人間に任せていては平和など夢のまた夢だ。安心しろ、神々が平和な世界をくれてやる。そうすれば平行世界も必要ない。大幅に削減できる」
こんなもの、クーデターの勢いに乗じて達成しなければ不可能だ。
確実に反対する者が出る。むしろ多数派だろう。
だからこその迅速な行動か。これはまずい。
「そうすることで神の権威と信仰はさらに上がる」
「それが本音ですか」
「まさか。副産物だよ。世界をより良くした結果のな」
嫌な笑顔だ。完全に自分たちの作る世界が良いものと信じている。
そして、その世界の人間の可能性や奇跡は軽んじられるでしょう。
「そんなことで……世界が平和になると? それこそ世界は無数にあるのですよ?」
「知っているさ。だから統合する。お前たちの言葉で言えば、ハッピーエンドを迎えた世界を起点とし、平行世界を消す。これで幸せな世界が一つできる」
「幸せは一つではありません。そこに人間の可能性があるのです」
「それは危険だ。だから神が最上の結末を与える。争いが絶えず、いつまでも平和を達成できない、愚かな人間には真似できない芸当だ」
自分たちの力を過信している。圧倒的強者である女神だから。
自分たちより強い存在を知らず、神として生きてきたから。
なんとか止めなければ。
「抵抗は無意味だ。そちらがどれだけ強くとも、この人数を消せるはずがあるまい」
「この装置を壊すくらいはできます」
「女神界各地に同じものがある。これは試作型でな。開発に関わるものはほぼこの施設にはいない。各地へと散らばった」
ここで従えば世界が消えていく。
わたしは女神。異世界を救うもの。
先生の生徒。勇者の仲間。
ならば答えは一つ。
「お断りします。他の装置の場所と、女王神様の居場所を教えてください」
「先代がどこにいるかは知らぬ。だが安心しろ。世界の平和は神の手で達成される」
「世界は人間が、勇者が救います。過干渉はタブーですよ」
「所詮勇者などと言われていても人間だ。女神の驚異にはならん。もう二度と別世界には行けない。冒険譚も終わりだ」
敵の手には日本刀と銃。この人も武装女神か。
「逆らう者に、容赦はしない」
一直線に間合いを詰め、こちらへと斬撃の雨を降らせてくる。
避けられないスピードじゃない。この程度ならわたしでも勝てるはず。
「ひとつだけ教えてやる。お前に渡した加護のリストだが、既に使える女神を確保しつつある。そして」
魔力で作った剣と盾で応戦し、忍術を混ぜて撹乱する。
それでも会話するほど余裕があるみたい。
少しまずい。この人、死を恐れていない。取り押さえられるだろうか。
「お前が抵抗すればするほど、他の女神を連れてくることになる。同じ加護を使える者か、加護を移植した者をな」
「外道め!」
「何とでも言うがいい。私を倒しても戦いは終わらない。ここでおとなしく従えば、女神の被害は減るぞ」
人間と女神の命を天秤にかけることなど許されない。
どちらも大切な命で、簡単に失われていいものじゃないはず。
こんな時、勇者様ならきっと……いくらでも解決策が出せるのに。
「違う」
「何だ?」
「わたしはもう、あの頃のわたしじゃない! 勇者様に頼ってばかりの駄女神じゃない!!」
心は決まった。
勇者様を思い描くだけで、一緒に過ごした日々を思い出すだけで、いつもわたしに勇気をくれる。
「あなたには従いません。この施設を破壊し、あなたを倒し、女王神様を見つけて、世界を救う!!」
「不可能だ。お前一人で女神界を動かす気か!」
「不可能だろうが、やれるまでやり通す! 勇者様ならそうしているはず!!」
少し本気を出します。
どうか見守っていてください。
「はあぁぁ!!」
光速を遥かに超えて接近。
そのまま流れるように静かに、されど一瞬の閃光のように。
「ここだ!!」
一刀両断。
武器を斬り裂き、死なないように加減して体にもダメージを与える。
「がはあ!?」
「降伏してください。まだ聞きたいことは山程あります」
「ふざけるなよ……私は女神の加護を凝縮して生み出された武装女神。なのにどうして負ける! スペックはこちらが上だ。負けるはずがない!」
「異世界で学んだ技術です。これも仲間との絆の力。それがわからないうちは、何度やっても負けません」
異世界でできたお友達。今も元気にしているでしょう。
そんな大切な人たちの世界を壊させやしない。
「それでも任務は遂行される。勇者などという不確かな可能性に、人間に神が劣る世界など必要ない」
「いいや違うね。勇者に、少なくとも先生に勝てる存在なんていないよ」
部屋の隅に見知らぬ女神が現れた。
どこか遠い昔に出会っている気がする。
とても懐かしい声だ。
「侵入者だ! 排除しろ!」
「それはできない相談だ。戦闘に夢中で気づかなかったのかい? 援護射撃が全く無いことに」
室内で立っているのは、わたしと敵と今来た女神の三人。
あとは部屋の隅に寝かせられている。
強い。いつの間に倒していたのかすらわからなかった。
そして思い出した。
「今の私は機嫌が悪くてね。下手に抵抗されると、うっかり殺してしまいそうだった。だから先に全員気絶させておいたよ」
「…………ヘスティア様?」
「はーいリーゼ。しばらく見ないうちに美人になったねえ」
昔お世話になった女神ヘスティア様だ。
あの頃と容姿が変わっていない。
「ヘスティア様もお変わり無いようで安心しました」
「もう様付けはしなくていいよ。むしろこっちがリーゼ様と呼ぶべきかな? 出世したねえ」
「いえいえ、お世話になりましたし……」
「のんきに昔話か? いい気なものだな」
傷口がみるみる塞がっていく。
そういう加護なのだろう。
死を恐れず超回復。兵士としては優秀なのでしょうけれど、どこか悲しい。
「まだ勝つ気なのかい? 実力差もわからないわけじゃないだろう」
「任務は遂行されなければならん」
「またそれか。いいから女王神と先生の居場所を喋ってもらうよ。見当くらいはついているだろう?」
「先代派か。意外だな。女王神の座を争ったと聞いたぞ」
「別に女王の座なんて興味がなくてね。あいつは昔からの馴染みだし、少ない友人くらい助けたいじゃないか」
わたしも噂で聞いた。女王神候補として名前があがるも辞退したと。
どうやら本当の話らしい。その名に見合う強さを持った人だ。納得がいく。
「私に情報など何も無い。力を集めて作られた武装女神だと言ったはずだ。ただこの任務を遂行するために生まれ、それ以外の意思も無い」
「あてが外れたね」
「この身が朽ち果てるまで戦うことしかできぬ。せめてお前たちだけでも道連れにしてやる!!」
体が赤く発光し始めている。
魔力の膨れ上がり方が尋常じゃない。危険だ。
「自爆するつもりか。やれやれ、妙なお人形だねえ」
そっと手をかざし、魔力を集中。わたしの加護の中から最適なものを選ぶ。
「ごめんなさい。そして、さようなら」
「な……に……を……」
自爆前に、魂が消える前に加護をかけて浄化する。
体の崩壊は止められない。止めてもまた戦闘に駆り出されるでしょう。
ならば浄化し、転生し、次に命を授かる日には、女神として楽しい日々が送れるように。
そんな加護を込めて。
「次はきっと楽しい生でありますように」
「優しいね。リーゼは昔のままだ」
「そうでしょうか」
「ああ、優しく強くなった。それでリーゼ」
「行きます。ヘスティア様と一緒に」
何を言われるかはわかっていた。
今のわたしは進み続けるしか無い。
ならば久しぶりにヘスティア様とともに行こう。
「そうかい。それじゃあ先生に顔向けできるよう、しっかり女神界を平和にするよ」
「はい! お任せください!!」
たとえ今は会えなくても、わたしはいつまでも先生の生徒です。




