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異世界を数百個救った勇者の俺は駄女神学園で先生をしています  作者: 白銀天城
第二部

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決戦豪華客船 フラン視点

 その人は、何の変哲もない普通の人間に見えた。

 どこにでもいる一般人で、とてもAランクの学生には見えなくて。


「それじゃ、よろしくな」


 勇太がエリゼと一緒に転校してきて数日。あたしも少しだけ戦ってみて。

 龍一との戦闘を何度か見ているうちに、気がついた。


「それでこいつらは何ができるんだ?」


 この男はどこかおかしい。

 少し離れて見守るあたしに、軽く笑って手を振ってくる。

 なぜ緊張していないのだろう。


「僕達は光鬼と音鬼。音の鬼の名を持つ僕は、長い修練の末に、音速の三十倍のスピードで活動できるようになった」


 ギリギリ目で追えるかどうかの速度で音鬼が動く。

 縦横無尽に、ただ広い空間を移動するそれは、何体もの残像を発生させていた。


「ほー」


 あまり関心がないようだ。そもそも目で追っていない。

 気配でも探っているのだろうか。


「我が名は光鬼。霊力を纏い、己を極限まで高め続けた結果、ついに光速へと至った男!」


 速い。というより完全に見えない。

 今どこにいるのか。声がどこからするのかすら特定できない程だ。


「おわかりいただけたかな?」


「さて、勇太君……だったかな? 君はどれほど速いんだい?」


 スピードを極めた兄弟が、余裕の笑みを浮かべている。


「どれくらいって言われてもなあ……」


「言葉にできんか。まあいい。音速戦闘について来られないようなら、死にたまえ!」


「勇太! 後ろ!!」


 背後から音鬼が剣を振り下ろす。

 それを見もせず、ただ立っているだけの勇太。

 やはり対応できていないのか。


「ん……なに?」


 音鬼の剣は振り下ろされ、勇太の真横の床を叩く。

 勇太は動いていない。一体何をしているのだろう。


「弟よ。少々遊びが過ぎるのではないか?」


「あ、ああ。すまない。どうもいい所を見せようとしすぎたかな」


「……ほう」


「やるじゃあねえか、あの野郎」


 ゼクスと創真が何かに気付いたようだ。


「避けられてんじゃねえよ。とっとと潰せ」


「避けた? 音を凌駕するこの僕の剣を?」


 確かに避けたと言った。

 いつどうやって避けたのか見えなかった。そもそも本当に動いたのかわからない。


「仕方がないね。本気でいくよ、兄さん」


「ああ、幹部をお待たせする訳にはいかないからな」


 二人が何十何百もに分身し、完全に勇太を包囲した。


「さあ今度は回避できるかい? 君はどれほど速い? 音速・雷速・光速、最大何キロまで出せる!」


 それを聞いて頬をぽりぽりかきながら、困ったような表情の勇太。


「ううむ……いや何キロっていうか」


 突然姿を表した二匹の鬼が、勇太から離れて立ち止まる。


「音速を超えるとか、光速に達するとか、そういう面倒な肩書や説明じゃなくてさ」


 人外の速さから、光と音を名に持つ二人が、ゆっくりと地面に膝をつき。


「俺が一番速い」


 前のめりに倒れた。

 そして静寂が場を支配する。

 誰も何も言わない。空調の音がやけに大きく聞こえる。

 誰も、誰にどう声をかければいいのかわからないんだ。


「何を……君が……やったのか?」


 一番早く正気を取り戻した創真が、勇太に質問する。

 つまり、悪忍のトップクラスですら、何が起きたのかわかっていない。


「こいつらより速く動いて気絶させた」


 さらりと不可能を口にする。速度で上回るだけなら、それこそうちの学園長もできるはず。きっと悪忍のトップも可能だろう。

 でも、勇太は一度も動いていない。いないはず。


「そうか。それがはったりか真実かは別にいいさ」


「楽勝な仕事だと思えば……よくわかんねえイレギュラーが混じってやがるもんだな。えぇ?」


 つまりこの場にいる全員が、一度たりとも動いていると認識できない速度を出して気絶させたということ。

 あり得ない。どれほどの速さで動けば可能なのだろう。


「これで戦ってくれるか?」


「そうだね。久しぶりに面白い敵に出会えたよ」


「あぁ……こいつは血がたぎるってもんだぜ!!」


 闇の忍者トップクラスがその気になった。

 これは勇太といえど苦戦するだろう。


「…………苦戦?」


 あたしはどうして、勇太が勝つと思っているの?

 苦戦どころじゃない。まず間違いなく死ぬはずなのに。


「君のせいでBランクとはいえ手駒を失った。その責任は取ってもらおう」


「そうだな。ボッコボコにして俺様の家来にでもしてやるか! ゲハハハハハ!!」


「えー……悪に手を貸すのはちょっとなあ……」


 朗らかに談笑を続けている勇太と、とても楽しそうな悪の忍者。

 何なのこの状況は。


「ウダウダ言ってんじゃねえ! 殺し合いに張りが出ねえだろ! 負けたら子分だからなぁ!!」


「じゃあさ、俺が勝ったら言う事聞いてくれたりするか?」


「ふむ、君がなにを願うか興味があるね。フランを逃がす? 秘伝の忍法書を渡す?」


 そこで十秒くらいたっぷり考えてから、勇太は願いを言った。


「じゃあさ、特忍の学園で先生やってくれよ」


 時間が止まった。

 全員が動き出すまでの数秒が、数時間に感じるほどだ。


「………………ハアアァァァ!? テメエ脳みそどうなってんだボケがぁ!!」


「ちょっと勇太! 何言ってんのよ!!」


「フッフクク……クハハハハハハハハハハハ!!」


 切れるゼクス。大笑いしている創真。

 わからない。何をどう考えたら先生やれなんて言えるのよ。


「そいつらは闇忍よ! 学園が許可するはずないじゃない!!」


「うーむ、ミコトさんってそういう権限ないのか?」


「はあ? なんで今ミコト様が出てくんのよ?」


 確かにミコト様なら学園にも特忍の組織にも広く顔が利く。

 けれどここで持ち出す意味がわからない。


「だって水晶玉かなんかで見てるだろ今も」


「はいぃ?」


 もうわかんない。誰か助けて。こいつ何言ってんの。


「なあミコトさん。俺がこいつら連れて行ったら、ちゃんと教師にしてくれないか?」


 どこか空中に向けて話し出す始末。本当にミコト様が見ているというのだろうか。


「約束してくれたら、俺が捕まえるよ。ただし、今回のメンバーとミコトさんだけの秘密な。どうだい?」


 明らかに一点を見つめて話している。何が真実なのかわからない。


「そっちがそのまま喋れば俺に聞こえるぜ。俺とフラン以外にこの会話は聞こえていない。安心しな」


 少しの間があって、勇太がガッツポーズをした。


「よっしゃ! これであいつらはもっと強くなる! ありがとうミコトさん!!」


 ここまでを鵜呑みにするなら、ミコト様がお許しになったということ。


「もう嫌……意味わかんない」


「よーし、じゃあお前らの技を見せてくれ。強いやつな!」


 何故はしゃぐ。これから殺し合いだという自覚がないのか。


「狂ってやがるな」


「まあいい。世界の強化は終わった。ゼクス、好きに暴れていい。もうここは壊れない」


「言われなくてもやってやらあ!!」


 ゼクスの背後に無数の武器。

 そのすべてが神聖な力を帯びている。


「肉片だけでも残るといいなあ! オラオラオラオラオラ!!」


 眼前に迫るそれを迎撃するため、予備動作に入った勇太。

 でも武器は突然勇太の後頭部に直撃する。


「勇太!!」


「私の能力は説明したはずだね。世界の改変。それはつまり、正面から飛んできた武器が、背後から刺さるように法則を創造できるということさ」


 まずい。こいつら能力の相性が良すぎる。

 元々異常なほど強いというのに。

 背中からの集中攻撃により、敵の目の前へと押し出されていく。

 そこに創真とゼクス渾身の拳が襲った。


「終わりだ」


「ウオラアアァァァ!!」


 表裏を攻撃により挟まれた衝撃で、室内に轟音と暴風が吹き荒れる。

 どうしてだろう。あたしにはその風が届かない。

 そして何より。


「やるね。そこまで至るのに相当の訓練が必要だっただろ」


 どうして彼は平然と敵に話しかけているのだろう。

 わからない。あの男の強さが計れない。どこからあの力は出ている。

 その動きは忍術なのか。なぜ生身で耐えられるのか。

 何よりもおかしいのは。


「なんだぁ? やたら頑丈だなテメエ」


「鍛えたからな」


 この期に及んで勇太から強者のオーラ、覇気のようなものが感じられない。

 防御なり攻撃なりをするにも、あれほどの敵を相手に無力化するのだ。

 それこそ全身に霊力を張り巡らせ、気合を入れねばならない。

 だというのに、その片鱗が存在しないのは何故か。


「自信を無くすね。我々は拳の風圧だけで、銀河を押し動かすことなど容易いのだよ?」


「ああ、くらった時にそんな感じがした」


 どんな感じだ。頭が痛くなってくる。こいつら常識とかないのかしら。

 攻撃が止み、両者は距離を取る。


「手抜きは厳禁か。ゼクス。本気でやってくれ」


「武器だけじゃねえ。この世界も、別世界もひっくるめて、一番強えやつが撃った必殺技の大安売りだぜ!!」


 炎や電撃、霊力の巨大な球。あたしにも判別できない特殊な力のビームまでもが、縦横無尽に勇太を襲う。


「これあれだな。半分くらい俺の技が混ざってんな」


「なにぃ!?」


「うわっ、しかもかなり弱い時のだ……ちょっとストップストップ。なんか凄い恥ずかしいぞ! お前こういう辱め方はずるいだろ! 精神攻撃は卑怯だぞ!」


 なんか勇太の顔が赤い。照れているようだ。

 とりあえずよくわかんないし、考えるのはやめましょう。

 あたしの心が限界に近いわ。


「弱い自分を見せられているっつうかさ。なんかこう、昔の自分発表会みたいでこっ恥ずかしいんだよ!」


 言いながら全弾拳で打ち消しているようだ。

 ひょっとしたら当たっているのかもしれないけれど、ぶっちゃけ見えません。

 一兆回も撃ち出される攻撃らしいからね。


「君は何故動ける? 既に君の行動も、五感も、君という存在全てを改変しているはずだ」


 創真の改変は人間にも適用できる。

 改めて恐ろしい。こんなのが敵のトップだということに寒気がする。


「そりゃ耐えるとか無効化するとか色々だよ」


「そうか。ならば君が生存できないような環境に作り変えるだけだ」


「うーむ、これから教師になってもらうんだし、弱点は教えておいたほうがいいか」


「なんだって?」


 勇太が右足のつま先で床をとん、と叩く。

 ちなみに武器と技のラッシュは続いています。

 うわあ色とりどりで綺麗だわあ。


「これでよし」


「あぁ? なんだっつうんだよ!」


「…………何をした? どうして改変能力が発動しない!!」


 また何かやったみたいです。もう好きにすればいいんじゃないかしらね。


「簡単さ。ここはもうお前の世界じゃない」


「戯言を……」


「今までいた世界の内側に、無人の新世界を作った。そこへ生き物以外をコピーして貼り付けたのさ。ここではその杖っていうか能力は通用しない。所詮その世界しか改変できない欠陥品だ」


「今の一瞬でそれをやったと?」


「おう」


 呆然と立ち尽くす二人の闇忍。

 プロがわかんないなら、学生のあたしがわかんなくてもいいわね。


「創世王である私が……私に作り出せんものはない!!」


「ああ、だが俺にもない。それだけだ」


「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえぞ! まだ終わりじゃねえ! テメエは俺達に傷一つつけてねえんだぜ!!」


「そうだね。ゼクス、あれをやるぞ。最早世界の一つや二つ、どうだっていい」


「ああ! こいつをぶっ殺さなきゃ気がすまねえよなあぁ!!」


 まだ隠し玉があるらしい。ゼクスの武器が、技が、光に包まれ創真の手に集まっていく。


「俺様の撃ち出す武器と技を、極限まで貯め続ける」


「そして私が自分自身と武器を改変し、それらを一つにする。世界に干渉はできなくとも、あらかじめ武器を作るか、己を改変すればいい」


「なるほど、量より質か。物量で押せない相手にはいいかもな」


 赤く、黒い光が集う。それがどれほどのエネルギーかもわからない。

 何もかもがあたしの常識を超えていた。

 創真の右手に作り出された黄金の銃。

 そこに世界も次元も吹き飛ばす膨大なエネルギーが、弾丸となって込められた。


「俺様と創真の持てる力の全て、集大成を一発の弾丸に込めた! これほど贅沢な武器があるか? これほど人の業を詰め込んだ奥義があるか? さあどうする? どうあがいても、テメエはここで死ぬぜエエェェ!!」


「これこそ究極の魔弾。触れただけで死を呼ぶ。神すら殺せる秘中の秘。受けたまえ!!」


 そこで起きたことを、あたしは一生忘れられないと思う。

 ありのままに、見たままを受け入れるのであれば。

 これが現実だとすれば勇太は。


「ん」


 飛んできた赤黒い光の波動と化した弾丸を、前歯で挟んで止めまして。


「な……に……?」


 舌で百八十度横に回転させて。


「ふっ」


 息を吹きかけ飛ばした。おそらく敵が撃ったものより速く強く。


「ぐげえぇ!?」


「がはっ!?」


 やつらの銃を粉々に砕き、本体をも壁に叩きつけて撃ち抜いた。

 この場合は吹き抜いたが正しいのかしら。


「悪いが動かないでくれ。治療すれば体は元通りになるはずだ」


 意味がわからない。


「なに? なんなの? あんたなにやったの?」


「弾を受けて返しただけさ」


 夢であって欲しい。できれば任務を受ける前くらいから。

 この現実を素直に受け止められるほど、あたしの脳は柔軟ではない。


「よし、じゃあ教師やってもらうぞ」


「バカな……ありえんぞ……どこからこんな力が……」


「痛え……不死身の体が治らねえだと……」


 立ち上がるのもやっとという様子で、俯いたり天を仰いだりしている。

 受け入れ難いけれど、勇太にとってあの二人では力不足なのだ。


「あいつは……人間なの……?」


「まだだ……まだ終わってねえ。俺様は生きてるぞ!」


「死なれちゃ困るんだよ。世界もとに戻すぞ」


 不思議といつもの世界に戻った感覚がした。

 消えたはずのコンテナ群もある。まるで夢であったかのようだ。


「えーどうすっかな。引っ越しの手続きとかあるだろうし、一旦闇忍の家に帰るか?」


「…………我々を逃がすと?」


「いや手ぶらじゃ学園で暮らせないだろ。荷物とか取りに行く時間が必要っていうか」


「俺達が逃げねえとでも思ってんのか?」


「ちゃんと悪さしないように監視してるよ。逃がさない。面倒だから普通に引っ越しの準備してくれ」


 突っ込むのが面倒だから、黙って見ていることにします。

 あたしは何も聞いていない。


「これでフランや龍一がもっと強くなればいいな」


「あたし達のために?」


「特忍の中からもっと強いやつが出て欲しいっていうか……なんだろう? 俺もよくわからん」


 本当によくわかっていないみたいだ。

 人の心なんて、本人ですらわからない部分がある。

 そういう所は人間くさいのね。


「それだけの強さがあんならよ、学生が強くなる意味なんかねえだろ」


「君は強敵と戦うことが目的ではないのか?」


「ううむ、そこなんだよ。なんかこう……最近違う気がしているんだ。魔王や邪神ぶっ飛ばしても違うなーって。他の勇者が強くなっていく方がなんか嬉しい? なんだろう、やっぱわからん」


 なんだかちょっと渋い顔で、寂しそうで、こいつにも悩みとかあるのかな、とか思った。


「意味わかんねえよ。俺様はアジトに帰るぜ。いいんだな?」


「明日学園に来られるか?」


「はえぇな!? 大した荷物もねえし、来いってんなら行ってやる。負けは負けだ」


「闇忍にも飽きた。君のような強者と戦える機会が増えるのなら、そちら側も悪くはないか」


 意外にも受け入れているようだ。

 あんなわけわかんない負け方すれば、諦めもつくのかしら。


「大丈夫か? 闇忍に裏切り者ってことでアジト襲われたりしないか?」


「テメエは俺達をどうしたいんだよ!?」


「私のコレクションだけ持ってすぐそちらに行くさ。光鬼と音鬼はどうする?」


「いらない。ちょと速いだけだし、賞金首だろ? 引き渡しもお前らを引き入れる条件に出された。もう送ったぞ」


「結構したたかな野郎だなテメエ」


 あたしもそう思います。そして兄弟がもういない。送ったって忍術かしら。


「じゃあこっそりこの船を特忍の待つ場所へ移動させるか」


「そうだ、龍一とエリゼはどうなったの?」


「俺の分身をつけておいたよ。異常なし。じゃあ残りの闇忍は全員逮捕するか」


「別に情も仲間意識もねえしな。好きにしやがれ。言っとくが、他の連中は全員ザコだぜ」


「そりゃ残念だ」


 そんなわけで任務は幹部二人の引き抜きと、秘伝忍法書と像の確保。

 ザコ闇忍の逮捕で終わった。あたしたちは四人とも無傷。

 今日はもう寝よう。色々ありすぎたわ。


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