特殊忍者 特忍の世界 リーゼ視点
忍。それは闇から闇へと生きるもの。
決して表舞台には出ず、その生涯を終えるもの。
だったのは昔のおはなし。
『特忍だ! 大人しくお縄を頂戴しな!』
世界にはびこる悪と、裏世界で暗躍する妖怪を倒すため、忍者は国家資格となり、学校まで存在するようになった。
日本でも武器の所持を認められ、申請すれば重火器も扱える。
手裏剣は拳銃に、クナイは最新式ナイフに変わっていった。
「ここはそういう世界。らしいですよ?」
廊下で時間を止めた勇者様と、渡された資料映像を見ています。
「面白そうだな」
「そうですね、勇……太さん」
忍者には本名の他に忍者ネームがあるそうで。
へスティアさんが『じゃあ先生は勇太とかでいいんじゃない?』とざっくり決めていました。特に異論はないようです。
「時間戻すぞエリゼ」
「はい。準備できてます」
わたしの忍ネームはエリゼ。これもヘスティアさんがつけてくれました。
止まっていた先生が動き出し、先に教室へと入っていく。
綺麗で広いなあ。名門らしいので、設備もお金をかけているのね。
「えー、転校生を紹介する。喜べ、男女両方いるぞ」
沸き立つ教室内。私が入ると更に声が大きくなる。
「人? 人なのか? あれがオレらと同じ人間だというのか?」
「美しい……」
「何だあの子……天使、いや女神か」
なぜばれているのでしょう。いや例えでしょうけれど。
勇者様がこっそり比喩表現だとテレパシーで教えてくれました。
そんなに焦っているように見えたのかな。
「男の方は普通ね」
「せめてエリゼちゃんと、足して二で割ってくれたらいいのね」
「男子だけ得しおって」
勇者様は散々な評価です。そんなにダメかなあ。
強くてかっこよくて優しくて、まさに勇者だと思うのですよ。
黒板にこの世界の文字を書き、といっても日本語でしたが。
二人とも自己紹介を済ませました。
「はい静かに。エリゼは編入試験筆記で満点だ。勇太は実戦訓練でSには届かないが、堂々の忍者ランクA。お前らうかうかしていると速攻で抜かれるぞ。気をつけろよ」
Sが最高峰で、プロの中忍くらいの実力らしいです。
「A? あいつが?」
「強そうに見えないのに……」
「不思議ね。そういうトラップなのかしら?」
「弱いフリってか?」
確かに勇者様は覇気というか、強者のオーラがないですからね。
「それじゃ、授業始めるぞー。まずは……」
そして授業は進み、お昼休み。
隣の席のフランさんと一緒に行く約束です。
質問攻めに合う私を助けてくれた、ちょっと気の強そうな金髪碧眼ポニーテールの女の子。私より小さいのに凛々しいです。
「フランさん。行きましょうか」
「フランでいいわよ。あたしもエリゼって呼ぶわ」
「はいフラン。勇太さんも」
「おう、今行くよ」
当然勇者様も一緒です。知らない世界に一人は心細いので。
「くっそ! なんであいつだけ!」
「あんなどこにでもいる平凡な高校生っぽいやつが!!」
すみません。この人何一つ普通じゃないんですよ。
「道を歩けば百人くらいいそうなのに」
「やかましいわ」
勇者様が百人いたら、今頃全世界は平和になっている気がします。
魔王が泣いちゃうんじゃないかな。
そして食堂へ到着。広くて人がいっぱいいます。
「大丈夫かエリゼ」
「はい。ちょっと人がいっぱいで驚いただけです」
いけないいけない。気を遣わせてしまった。もっとちゃんとしなくっちゃ。
「見た目からしてお嬢様っぽいもんね。変な連中についていっちゃダメよエリゼ?」
「大丈夫よフラン。これでもちょっとは強いのよ」
「俺もいるからな」
私だって本気を出せば、大抵の人間や魔王には勝てる気がします。
今は魔力が安定していないけれど、勇者様とヘスティアさんのおかげで体術も覚えました。
「勇太ってAランクなんだっけ。見た目に反してやるじゃない。今度勝負しましょう」
「お、面白そうだな。フランも強いんだろ? 確かSランクだとか」
「学生の間じゃ名前が知れてる方なんだけど……まあいいわ。手加減してあげなくもないわよ?」
「そうか。んじゃ忍術めっちゃ見せてくれ」
どうやら本気は出さず。トップにもならずに学園生活を送るみたいです。
学生の中でトップ取ったって面白くないんだとか。
ここは正義の忍者さんを育成する場所。そこに通う人を痛めつけるつもりはないと、勇者っぽいことを言っていました。
「あたしくらいになると下克上狙いのやつが沢山来るのよ。時間作ってあげるだけ光栄に思いなさい」
「すみませんフラン。質問攻めから助けていただいて、こうしてお昼までご一緒して、更にご迷惑を……」
「ああいいのよエリゼ。それはあたしが好きでやってるの! だから気にするんじゃないわよ。いいわね」
優しい人みたいです。フランのようなお友達ができてよかったな。
「さ、何食べるか決めましょ」
みんなで頼んで窓際の席へ。運良く席が空いていてよかった。
私はトマトパスタ。お野菜多めです。
「ではいただきます」
「ほう……こいつはいける……ハンバーグのボリュームもあるし、チーズも上等だ」
勇者様はチーズハンバーグカレー。
以前ヘスティアさんに子供っぽい食べ物が好みだと教えられました。
「なんだかいつもカレー食べている気がします」
「ヘスティアの店とはまた違うからいいんだよ」
確かにあっちは本格的なカレーだと思います。
ライス頼むとサフランライス出てきますからね。
「ヘスティア?」
「馴染みのカレー屋の店主。美味いんだよな」
「ええ、とっても。ここの学食も美味しいですね」
「立派な特忍を育てるには、それなりの環境が必要ってことね」
フランはカツ丼大盛り。意外と食べるタイプみたいです。
日本人じゃない見た目なのに、お味噌汁とカツ丼が妙に似合っていますね。
「そういうことだぜ。ようこそ国立特忍学園へ」
知らない男の人だ。ブレザーのような制服の上からでも、その鍛えた体がよくわかる。グレーの髪に薄紫の目で、筋肉以外は普通の男子生徒ですね。
「オレは龍一。同じクラスだ。よろしくな」
にかっと笑う優しそうな人。
静かに勇者様の隣に座り、行儀よく鮭定食を食べています。
見た目が豪快なのに、綺麗に食べるなあ。
「エリゼです。よろしくお願いします」
「俺は勇太。よろしく」
「女の子の会話に入ってくんじゃないわよ」
「勇太もいるじゃねえか。任務で会えなかったからな。挨拶くらいしておきてえんだよ」
特忍見習いとして様々な任務があり、授業も免除されるのです。
そのため午前の授業も空席があったりしました。
「難しそうな任務とかあったら言えよ? このオレがヒーローとして協力してやる。単位つきでな」
「ヒーロー?」
「おう、ヒーロー忍者がオレの目標だ!」
高校生で真剣にヒーローを目指しているようです。
特忍というものがある世界だからこその発想ですね。
似たような人もそこそこいるみたいです。
「はいはい、勝手に忍者ヒーローでもなんでも目指せばいいじゃない」
「ヒーロー忍者だよ。ヒーローが本業だ」
「なによその無駄なこだわりは」
「うっせ、それより勇太。お前Aランクなんだろ? この後ちょっと組手しようぜ!」
ここの人達はみんな勝負を挑んでくるのかな。
別に禁止行為ではないようです。特殊な学園ですね。
「いいだろ。同じAランク同士だ。最近賞金首も姿を見せないしな」
賞金首や指名手配の犯罪者がいて。
その中には闇忍という悪の忍者組織まであるらしいです。
さらに妖怪まで混ざっているらしいので、それはもう危ないですね。
「妖怪に闇忍ね……じゃあさ、この世界で一番強い敵って誰なんだ?」
「は?」
「やっぱ闇忍の総大将じゃねえかな。暗黒忍者学院の理事長やってるだろ?」
だろと言われましても。
そもそも学院の存在が判明しているのに、なぜ闇忍さんは健在なのですか。
「アジトが割れてんのに学院運営ができるのか?」
「割れてねえからやっていけるんだろ。知らなかったのか?」
「俺達はちょいと忍者とは無縁の場所にいてね。こういうことがたまにあるかもしれん。面倒かける」
「気にすんなって」
資料も完全ではないので、細部で齟齬が生じます。
それは仕方のないことですし、勇者様はそれを楽しんでいる気がします。
「ありがとうございます」
「エリゼはもう友達だもの。細かいこと気にしないの」
「んじゃ超危険区域とか、やべえ妖怪とかを中心に教えてくれ」
「勇太、お前結構度胸あんのな。危ねえから一人で行くなよ?」
「お、おう。そうだな」
あぁ……これは行く気ですね間違い無い。
スマホで色々と情報を見せてくれるフラン。
そこに龍一さんの解説も入っていく。予想外にわかりやすい。
「こいつはやっべえぞ。星砕きと呼ばれていてな。その巨体から繰り出される豪腕と、妖気のビームは星すら砕く!」
「おおおぉぉぉ…………」
勇者様の目が輝いています。
物凄く期待していることが、私にだけ伝わってくる。
その期待は多分裏切られると思うと、かわいそうな気がしますね。
「とまあこんな感じだ。こいつは危険だから近寄るな。オレでも死ぬぜ」
「しれっとオレでもとか自分を過大評価してんじゃないわよ」
「そうか……午後の授業って無かったよな?」
「無いけど、まさかあんた行く気? やめときなさい。死ぬだけよ」
フランさんが心配そうな顔で止めています。
思いやりのある子ですね。優しさがほんのり滲んでいるいい人です。
「危険の度合いが違うの。並の特忍じゃ死ぬだけ。ただでさえ死が付き纏うこの業界、命知らずで渡っていけるものじゃないわ」
「そんなに危険か……」
期待に胸がふくらんでいるのが丸わかりですよ。
フランも龍一さんも心配してくれているのがわかります。
「とにかく! 絶対に行かないこと。エリゼの友達なんでしょ? あんたが死んだらエリゼが悲しむじゃない。無謀なことすんじゃないわよ?」
「わかったわかった」
そして勇者様は編入手続きの色々がある。と言って組手は後日の約束になりました。
「校門の前で待ち合わせしましょう」
「わかった。一時間くらいで行くよ」
「お待ちしていますね」
こういう人間の学生さんっぽいことをするのは新鮮で楽しいです。
これもすべて、勇者様に助けていただいたから。
感謝は尽きません。
「じゃ、学園案内を続けるわよ」
「はい。お願いします」
勇者様大丈夫かなあ。迷ったり、勢い余って世界にダメージ与えたりしないかな。
「何? あいつが心配?」
私は顔に出やすいタイプなのでしょうか。
フランにまで心配されちゃいました。
「そうですね。ちょっと心配です」
「平気よ。手続きするだけでしょ。あれだけ言ったのに死地に行くようなバカはいないわ」
そして一時間後。フランと校門の前に行くと、もう勇者様が待っていました。
「お、来たか。んじゃ帰ろうぜ」
「寮の場所はわかる?」
「はい。ばっちりです」
学園の高級寮を借りているため、帰り道は同じです。
放課後に何気ないお喋りをしながら帰る。これも新鮮ですね。
「どうでした? 星、砕けてました?」
軽く魔法通信で尋ねてみます。
すると、少し沈んだ声が帰ってきました。
「ん……まあ小さい隕石ならギリッギリ砕けるレベルだったかな……」
「そうですか……元気出してください。きっともっと強い人がいますよ」
「ありがとな。暗くならないうちに帰ろう。ちょっと急ぐぞ」
「はい!」
こうして初日は平穏無事に終わりました。




