魔女世界の女神シャルロット編
私の担当した世界は魔女が存在していた。
魔女は裏から世界を守り。鬼と戦う存在。
人類のバランスを崩し、平和を踏みにじる鬼と戦い続ける宿命。
最近ようやく妖鬼王が倒され、平和になっても西と東の対立は続いている。
そんな、魔女が西と東に別れている世界だった。
「西か東……どちらに未来を託すべきか……」
関係は拗れに拗れている。話し合いで修復できるものじゃない。
このまま対立が続けば、それこそ世界のピンチである。
切羽詰った私は、女神界に通信を繋いだ。
「どうすればいいでしょうか、ヘスティア様」
私が女神研修生の頃、お世話になった元最上位の女神ヘスティア様。
様々な異世界を平和に導き、その知略・美貌・武勇は女神界でも有数。
なぜか女神女王神を辞退して、カレー屋をしている変わったお方である。
私の尊敬する伝説の女神であり、目標でもあった。
『死者の出ない方法でカタをつけるしかないね。女神は導き、見守るもの。いつまでもその世界に君臨するわけにもいかないよ』
「ですよねえ……でも、どちらも根はいい子なんですよ。ちゃんと世界を守ることを考えていて」
『最後は人の手で解決するのが望ましいけど……』
『おーい。早くしないとおやつなくなるぞー』
男の人の声だ。女神様に気軽に声をかけられる男性などいないはず。
『悪いね先生。少々教え子の相談に乗っていて……』
先生……ヘスティア様に先生? 男の人が?
映像には映っていない。声だけしか聞こえないけれど、間違いなく男の声だ。
『そうだ先生。明日はお暇かい?』
『明日? 日曜だし暇だけど……俺魔法について調べたいんだよ』
『だったらベストな異世界がピンチだよ』
何か話し込んでいる。あっちも明日は日曜なのか。休日は何をしようかな。
『シャルロット、先生が大切な休日を割いて救ってくださるそうだよ』
「救う?」
『明日、そちらに先生が行く。それで世界は救われる』
「…………はい?」
なんでも勇者をひとり、こちらの世界に寄越すらしい。
それで解決するから安心しろと。安心できる要素が微塵もない。
『先生に全てを委ねるんだ。それだけでいい』
「もっと具体案とか……全てとは?」
『そのままの意味だよ。先生がどんな無茶な案を出そうとも、従っていればいい。それだけで世界は救われる』
どうやれば最上級女神からここまで全面的に信頼されるのだろう。
「お言葉ですが、この問題は人を超えた人……魔女が中心となっています。人間にどうにかできるとは……」
『問題ない。先生は勇者だ』
「西か東を倒すほどに強いと?」
『違うよ。倒すのではない。世界を救うんだ。勇者だからね』
どこか楽しそうな、子供のような笑みで答えるヘスティア様。
『本人には言わないでおくれよ? 先生はね、わたしの憧れの勇者様なんだよ』
そして次の日、約束の朝八時にやって来たのは。
「どうも。今日はよろしく」
普通の男の人だった。半袖長ズボンでサンダル。完全にコンビニに行く格好だ。
「装備はどうしたのですか? 勇者ですよね?」
「いらない。作戦は考えてきたよ」
「世界の支配者を決めると言っていい案件ですよ。西か東か。この選択で世界の命運は決まります」
「んなもん魔女の溝を取っ払えばいいんだよ」
平然と、ごく自然に言い放つ。偉そうでも低姿勢でもない。日常会話のようだ。
「随分と自信がお有りのようで。一体どんな作戦なのですか?」
「んーまあ策というか……俺を倒せたやつの勝ちだ」
「…………はい?」
そして、全世界から東西の魔女が集められた。
魔女が人目を避けて暮らすために作り出される人払いの結界。
普通の人間は入るどころか認識すらできない異空間だ。
「ではルールの説明をします」
世界の覇権をかけると明言し、女神の権限で全実力者を例外なく集めた。
「私の隣にいる男を再起不能にするか、参ったと言わせて下さい。達成したものに、この世界の未来を託します」
当然ざわつく魔女一同。そりゃそうですよねー。私も意味がわかりません。
あまりにも無謀なため、ヘスティア様に相談したところ、ノータイムで『それは素晴らしい』との返答。どのへんが素晴らしいのか聞く気力は残っていなかった。
「人間の男に見えますが?」
「そうらしいです」
「らしい? その……魔法を人間の男性に使えと?」
「なんかそういうことっぽいですよ」
対応が投げやりになるのはご容赦下さい。私だって意味がわからないもの。
「我々を馬鹿にしているのですか?」
「私もそうとしか思えず、混乱しています。ですが、私より上位の女神からのお墨付きです」
さらにざわつく。魔女の証である、とんがり帽子が大きく揺れている。
ここでヘスティア様いわく先生にマイクを渡す。
「えー勇者やってます。今日はよろしくお願いします。なんかすみません」
軽い。事態を飲み込めていないのかこの人は。
もう不安しかないですよヘスティア様。
「ではスタートです!」
だだっ広い魔女学校のグラウンドに立つ先生。ここが一番結界が強い。
この人……勇者様には見えないし、もう先生でいいや。
先生は構えを取るでもなく、ぼーっと立っている。
「こんな茶番に呼ばれるとは……だが先手を取れば西側の天下だ! フレアボム!!」
西の魔女が先手を取る。爆炎の渦が先生に向かっていった。
茶番に付き合わされてイライラしていたのだろう。
その威力は並の魔女では耐えられないほどだ。
「おー本当に魔女なんだな」
無傷だ。火傷の痕すらない。平然と立っている。
今日一番のざわめきが場を支配した。
「やっぱ西は駄目ねえ。人間の男にすら勝てないじゃない」
黒髪を靡かせ躍り出る、東のトップである御神楽吹雪。
名前通りの氷結と、雷撃を強化魔法でブーストすることでトップに君臨する美少女である。
「小手調べよ。それすらわからないとは、東も落ちたものね」
西の三魔女が筆頭、フレイア・ルミリアが出てきた。
長い金髪で、炎と土の魔女。圧倒的な魔力量と数千にも及ぶ魔法で敵を押し潰す。
両者が揃うなど、まずありえない。ちょっとした奇跡だ。
「女神様、その男……殺してもいいんでしょう?」
「え……それは……」
「いいぞ、全力でやっていい」
困惑する私が静止する前に、先生が許可してしまう。
「そう……ならあんたもう死になさい!」
雷と強化魔法を自身にかけ、超高速で接近。
その手には銀の槍が握られている。
「魔法に耐性があろうが、所詮は人間! 脆い部分は同じよ!」
スピードの乗った雷槍が、彼の右目に直撃した。
「とった!!」
さらに電撃を流し込み、激しい光が周囲を照らす。
人間の内外において脆い部分を的確に潰している。
「おぉ、やるな」
「はあ!?」
またも直立不動。槍は確実に右目に当っている。直撃しているのだ。
なのに喋っている。おかしい。この人……普通じゃない。
「魔女って接近戦とかできるんだな」
渾身の一撃を受けた感想がこれである。
「目を狙うってのはいい判断だ。相手の弱点を正確につける技術もある。相当修行したんだな」
「余裕かましてんじゃないわよ!」
怒りに任せ、何度突いても血が出ない。薄皮一枚削れない。
「どいてなさい御神楽。フレアチェーン!!」
五千度を超える炎の鎖が、全身くまなく包んでいく。
「人間は所詮、呼吸が必要。体の三割が焼けただれたら死ぬわ」
ここで勝利を確信し、にやりと笑うフレイア。
炎に包まれ約一分。場が西の勝ちモードに包まれ始めたその時。
「いいね、絡め手も得意か。こりゃこの世界は安泰かな」
炎の中から声がする。そして吹き飛ばされる炎と、現れる無傷の男。
「な……に……?」
「この化物が……」
「女神様、本当に彼は人間なのですか?」
「そうらしいわ。原理は知らないけれど、攻撃を無効化しているみたいね」
いつどうやって無効化しているのか。魔女たちは必死で意見を交換している。
女神である私にもさっぱりだ。完全に直撃しているはず。
防御行動も取っていない。
「魔法を無効化していても、私の槍が防がれた理由がわからないわよ」
「槍は魔術で作ったものではないの?」
「違うわ。正真正銘業物よ。防御魔法かしら?」
「御神楽様の槍を防ぐ防御魔法を眼球に?」
本格的な相談が始まろうとしていたその瞬間。
先生の右手が上がる。攻撃を警戒してか、一斉に構えを取った。
「あのさ、ちょっといいか?」
「…………なにかしら?」
「いや、ずっと立ってるのもなんだし……一回飯にしないか? そっちも腹減ってるといい案が浮かばないぜ」
「もうなんなのあんた……」
時間が経つのは早い。みんなで昼食を作ることにした。
なぜかキャンプみたいにカレーを作っている。なんだろうこの光景は。
調理器具まで一式ある。ヘスティア様と先生が用意したらしい。
「みんなで作るカレーは美味いよな」
「あんたね……毒とか入れるわよ?」
「いいぜ、別に毒なんて効かないからな。スパイスと一緒さ」
毒は無駄らしい。魔女に混ざってカレーを作る男がひとり。
なんでしょうこれ。そこへ伝令の魔女が来た。
「鬼の残党が現れました!」
「今日くらいおとなしくしててよねまったく」
「第二部隊を討伐に向かわせて。油断はしないように」
てきぱきと指示を出すトップ二人。
それを頷きながら見て、私に話しかけてくる先生。
「鬼って敵だよな?」
「はい、鬼は昔から人間を脅かす敵です。妖鬼王と配下の鬼を倒して、今は残党狩りです。これも魔女の仕事なんですよ」
「鬼も倒して、人間も助けて、なんか勇者みたいだな」
呑気だな。この人は人間……かどうか怪しいけれど人間。
鬼と戦うわけじゃない。だから他人事なんだろうな。
「あっちの方から悪い気配がするけど、それが鬼か?」
「ええ……そのはずですが。わかるのですか?」
「勇者だからな。悪い、ちょっと鍋見といてくれ。あとは煮込むだけだ」
「どちらへ?」
「ちょっとな」
そして消える。魔法を使った形跡はない。突然音もなく消えた。
「あれ? 女神様、あの男はどこへ?」
「消えました」
「はい?」
じっくりカレーを煮込む。西と東で一緒に何かしている姿は珍しい。
なんだかとても新鮮で、これからまた別れて戦うのが惜しい。
ずっと仲がいいままでいられたら、この世界はもっと平和になるのに。
「悪い、カレーは無事か?」
みんなで食べようという時間になって、先生は帰ってきた。
「あんたサボってどこ行ってたのよ?」
「悪い悪い。なんでこんな広いんだよここ」
「次からは単独行動は控えて下さい」
「悪かったよ。冷めないうちに食おうぜ」
みんなで作ったカレーは、とても美味しかった。
最初は抵抗があった両者も、普通に食べながら作戦会議をしている。
「ねえ、あんたどうやって魔法無効化してんの?」
「無効化? してないぞ」
吹雪もフレイアも先生と同じテーブルにいる。
なんとか弱点を探ろうとしているのだろう。
その会話を全員が聞き耳立てている。
「魔法をどうやって打ち消しているか、で構わないわ」
「別に消してない。ちゃんと受けてるよ」
ちょっと沈黙。直前で消しているわけではない。
受けていると言った。どういうことだろう。
「魔法が効かない体質ってこと?」
「いや別に。単純に強くなったんだよ。そしたら魔法っていうか攻撃が効かなくなる」
「御神楽の槍を止められるほど、眼球が頑丈で、電撃でも傷つかないほど脳が丈夫ということかしら?」
「そういうことだ」
完全な沈黙。意味がわからない。あり得ない。人の体はそんな風にできていない。
「……聞きたくなかったわ」
「……どうしたものかしらね」
真に受けるならば、ただ頑丈なんだ。しかも毒や呪いが通用しない。
つまり力づくで倒すしか方法がない。
「ごっそーさま。さて、俺を倒す算段はついたか?」
「やってやるわ! マジックアイテムも届いたしね!」
そこからまた棒立ちの先生を倒す作業に入る。
東の武器も、西の秘宝も通じない。
たまに休憩を取り、先生はそのたびに数分どこかへ行く。
そして作戦を練っては破られるの繰り返し。
「もう少し……だな。がんばれー」
「なんで応援してんのよあんたはああぁぁぁ!」
全てを出し切り、最後にはそれぞれの陣営がひとつの魔法を詠唱し、全力攻撃という力技に出たが、それも無駄に終わる。
「はあ……はっ……ああもう……仕方ないわね」
「お、なにか浮かんだか?」
「ずっと……考えてはいたわ。けれど、プライドが許さなかった」
「けどもういいわ。人間ひとりに傷も付けられないなら、やるしかないわ! やるわよみんな!」
ここにきて初めて、西と東の魔女が混ざる。
完全に分かれていた陣形を再編し、より強力な魔法を放つため、その場にいる全魔女による共同詠唱が始まった。
「手え抜くんじゃないわよフレイア!」
「ふん、私の足を引っ張らないことね、吹雪」
全魔力が吹雪とフレイアに注がれていく。
膨大な魔力を送り、その調整も魔女総動員で行われる。
私も見たことがない魔法だ。おそらく誰も知らない。
全魔女が一丸となって放つ、全く新しい魔法。
「よし、それじゃあこっちの方が被害が出ないだろ」
先生が空へと登り静止する。建物への被害を気にしての行動だろう。
「わざわざどうも。それじゃいくわよ! 必殺!!」
「シャイニング・ウィッチブラスター!!」
星すらも砕き、チリすら残さぬ必殺魔法だ。
光り輝く魔力の波動は、先生を飲み込んでさらに天へと昇る。
「いっけええええええぇぇぇぇ!!」
大気圏を離れ、宇宙まで到達した瞬間。魔力が弾け、宇宙を彩った。
圧倒的な魔力。女神の私でさえ驚くほど。
「いやーまいったまいった。俺の負けだよ」
だというのに、平然と降りてきて、実に朗らかな笑顔でそう言った。
「俺はまいったと言ったわけだ。さて、結局これはどっちの勝ちだ?」
どっち、というのが『東か西か』と聞いているのは明白だった。
そしてその答えも明白である。
「決まっているわ」
「そうね、この勝負『魔女』の勝ちよ」
もう西も東もなかった。どちらが欠けても、今の一撃を出すことはできない。
結局、先生は一度も攻撃することなく、西と東をまとめたのである。
「これで世界は平和になるでしょう。本当にありが……」
突如として大地が揺れ、空に暗雲が立ち込める。
黒雷が落ち、その中より現れる、絶大なる妖鬼の塊。
「妖鬼王!?」
二十メートルはある。間違いない。黒と紫で構成された巨大な鬼。
鬼の首領。妖鬼王だった。
「よくもやってくれたな……魔女共よ!!」
「まさか……王そのものが来るなんて……」
まずい。先生を倒すため、武器も宝具も使い、魔力も底をついている。
「まだ消し残しがあったか。すまないな」
「消し……残し?」
「貴様か! 我が配下を潰して回った男というのは!」
「悪いな。妖気が弱くてさ、どいつがボスかわかんなかったんだよ」
話を無理やり繋げれば、先生が鬼を潰して回っていたということになる。
そんな時間はなかったはずだ。先生は今日はじめてこの世界に来ているのだから。
「魔女ではないただの男に、鬼が敗れるなどあってはならぬ! 僅かな時だが、地獄より蘇ったからには、せめて貴様ひとりだけでも地獄への道連れにしてくれるわ!」
「魔女じゃないけど勇者だからな」
妖鬼王の大鉈が振り下ろされる前に、妖鬼王の首から下が凍る。
「これは……私の氷結魔法?」
先生の手に宿る雷光は、徐々に長細くなり、槍のような形になる。
「お前を倒すくらいはできるさ」
一瞬の眩い閃光。そして妖鬼王はこの世から消えた。
完全に消滅し、もう二度とこの世界に鬼が生まれることはないだろう。
「よし、これで終わったな」
こうして先生は、一日で魔女をひとつにまとめ、鬼を全滅させた。
真に世界を救ったのである。
そして日も暮れて、先生を女神界へ返すため、転送魔法陣を広げる。
「じゃあな。仲良くやれよ」
「ええ、これからの魔女は変わるわ。あなたのおかげで」
「また来なさい。その時は必ず勝つわ」
見送りにはフレイアと吹雪、そのうしろに沢山の魔女。
軽く手を振り、別れを告げて、私と先生は女神界へと戻った。
「本当にありがとうございました。おかげでこの世界は救われました」
「いいさ。どうせ今日は日曜だし。魔女の魔法も覚えられた」
誇らしげでもなく、嫌味さもなく、初めて会った時から変わらない口調でそう言われた。
世界を救う。それが日常行為として成立するほど、この人は勇者である期間が長いのだろう。
「大変ですね、勇者様も」
「好きでやっていることだよ。それに、正直駄女神の相手の方がしんどいぜ」
子供のような笑顔でそう言う先生を見て、ちょっとだけ一緒にいられる女神が羨ましく思えました。




