勇者の力と無限の力 リリカ視点
みんなの元へ帰り、勇者全員と組織のみんなで作戦会議が行われる。
いよいよ最後の戦いが始まった。
「星の海作戦を開始する!」
メテオを生み出す装置を使って、人類の選別と浄化を行うという敵の作戦。
この大規模な作戦を星の海と呼ぶことにした。
そして最終決戦の場である、天空に浮かぶ島へ。そこまでは順調だったんだ。
「弱い。勇者とは名ばかりの弱者が」
わたしと一緒に勇者になったあやねちゃん。
勇者の先輩として助けてくれた花梨さん。
三人なら、どんな敵が来ても負ける気はしなかった。なのに。
「この程度で我が計画を阻む気でいたか」
敵は想像を遥かに超えて強かった。
メテオの召喚士パラス。流れるような金髪で鋭い赤目。
真っ白なフォトンアーマーを身に着けた女性。全ての元凶。
「こんなところで負ける気はないわ。計画は止めてみせる!」
「援護します!」
あやねちゃんの重火器一斉掃射に合わせて突撃。
「せええぇぇぇいい!」
花梨さんの槍はシールドに阻まれる。でもそれでいい。そっちは囮。
「今よリリカ!」
上空からありったけの力を込めて必殺技を放つ。
先生に鍛えてもらい、更に精度が増したお馴染み奥義。
「ライジングストラッシュ……十五倍だああぁぁ!!」
「ぬううぅぅ!!」
まともに受けて吹き飛ぶパラス。
アーマーも多少だけど砕いた。効いている。
「小賢しい.。なぜこいつだけデータより数段上なのだ」
「そこは私も疑問です」
「ふっふっふ、本物の勇者様に鍛えてもらったからね!」
「よくわかんないけど強くなったんでしょう。今はそれで十分よ」
わたしの剣も、あやねちゃんと銃撃も、花梨さんの槍も届く。
まだまだやれる。諦めない。
「いいだろう。ならば格の違いをお見せする」
パラスの鎧が変わっていく。同時に右腕に形成されていくそれは。
「わたしの剣?」
こっちの三人を合わせたようなアーマー。
そして右手には見慣れた大剣。わたしがいつも使っている大剣があった。
「感謝しよう。そこまでフォトンを使いこなしてくれたことに。この死地へと到達できるほどの猛者になってくれたことに。これで」
雲の上にあるはずの島が揺れている。パラスの背後にせり上がる巨大な建造物。
計測できないフォトンを秘めた何か。
「最強のフォトンドライブが完成した」
「フォトンドライブ?」
「フォトンの炉だ。これが私に永遠の頂点をくれる」
ドライブからパラスへと、莫大なエネルギーが送られている。
「炉を撃ち抜けばいいのです!」
あやねちゃんのスナイパーライフルが、特殊なバリアーに阻まれる。
「無駄だ。溢れ出すエネルギーは、それだけで無敵のバリアになる」
「この力……やはりこちらと同じものを感じます」
「当然であろう。フォトンアーマーは、我らが祖先が生み出したものだ」
獰猛で殺意のみがむき出しになった笑み。
もう自分の勝ちを確信した笑みだ。
「かつて永遠を求めてフォトンとメテオを見つけ出し、操作できる秘術を作り出した。それが我らの一族だ。限られたものにしか現れぬ素質を見つけるため、戯れに泳がせてみれば、思いもよらぬ収穫よ」
今この人を止めないと、この世界は終わる。
そう考えるより早く体は動く。
「ライジングストラッシュ……十五倍!!」
「無駄だ」
必殺技をその大剣で受けて、平然と立つパラス。
「もう用済みだ。消えろ」
振るわれた剣を避けられない。反射的に後退するより速く攻撃された。
「うああぁぁ!?」
「リリカ!!」
二人のいる場所まで吹き飛ばされた。
お腹のあたりが痛む。フォトンによる回復でも、すぐには治らないか。
連続で食らったら死んじゃうなこれ。
「リリカちゃん!」
「平気。まだやれるから」
わたしを庇うように二人が前に立つ。自然とそういう連携が取れるまでになった。
「麗しき友情だな。ならばせめてもの礼だ。仲良くあの世に送ってやろう」
「ぬかせ! 私達はこんなところで負ける訳にはいかないのよ!!」
「くだらん」
それはもう戦闘というよりは遊びか、淡々と処理されているようだった。
フォトンドライブから溢れる力は、生半可な攻撃では崩せない。
加えてパラス本人も強かった。三人がかりでも崩せないほどに。
「まだ力の差がわからんのか。永遠を手に入れたこの私に、最強のフォトン使いであるこの私に敗れることの何が恥だというのだ?」
「恥かどうかなんて、問題ではありません!」
「負けない……守りたい人も、場所も、たくさんあるんだ!! ライジングストラッシュ…………七十倍だああぁぁ!!」
「ぐぬう……小賢しいわ!!」
パラスの作り出す結界と、ドライブからのエネルギーにより、七十倍でも弾かれる。
「その技……確かに威力だけは見事だ。だが所詮未熟な小娘の技よ」
パラスが動く。咄嗟に剣の腹でガードの姿勢を取った。
「その自信、自慢の剣ごとへし折ろう」
今までとは比較にならないほどの力が襲う。
耐えきれない。アーマーも、いつもわたしと一緒だった剣も。
あやねちゃんも、花梨さんも吹き飛ばされる。
「きゃああぁぁぁ!?」
「うあああぁぁ!?」
私の大切なものが打ち砕かれていく。
半分ほど砕かれてしまった剣じゃあ、もう杖にして立ち上がることもできない。
「もう立ち上がるな。永遠に選ばれし頂点である私に、小娘が勝てる道理など無い」
「勝ってみせる。あなたは最強なんかじゃない」
「何?」
「あなたはただ、わたしより強いだけだ」
さっきの攻防で確信した。まだ勝ちの目は失われていない。
「本当の最強は、勇者はもっと強くて、もっと理不尽で、勝つとか負けるとかじゃない。存在そのものが希望で、勝利が確定しているもの」
「この期に及んで世迷い言か」
「だって、わたしの攻撃に結界を張ったでしょう?」
「それがなんだというのだ?」
「つまり、ライジングストラッシュを受けたら怪我をするかもしれないと思った。その程度の防御力しか無いんだ」
あの人とは違う。絶対的な力とは、勇者とは、ああいう人のことなんだろう。
先生ならガードの必要なんてない。直撃させても笑いながら、技の欠点を指摘しつつ同じ技を撃ってくるくらい平然とこなす。
「ふふっ、本当に何なんだろうなあ……あの人は」
「リリカちゃん?」
あやねちゃんに心配そうな顔で見られてしまった。
いけないいけない。でもちょっとだけ気が楽になったかな。
「なんでもない。あいつに勝つ奥の手があるんだ」
「面白いじゃないか。私は乗ったよ」
「今一番強いのはリリカちゃんだもの。おまかせするわ」
「ありがとう。けど、わたしだけじゃ無理なんだ。みんなの力がいる」
司令部に回線を繋ぐ。とにかく全員の力が必要だ。
『どうしたリリカ君?』
「祈って」
『何?』
立体映像の向こうで困惑している人達。
事前にわたしが合図したらみんなで祈って欲しいと、出来る限りの人数を揃えて欲しいとお願いしておいた。
「あやねちゃんも、花梨さんもお願い。みんなで祈るの。大切な人や、守りたい人のことを考えて。自分の大好きな人達を守りたいって気持ちを、わたしたちのいる場所に向けて!」
「何をくだらんことを……祈りなど何の意味もない。戦いを放棄したか」
「よくわからないけれど、乗ると言ったからにはやってやるわ!」
「みんなの命を、明日を、リリカちゃんと一緒に過ごす日々を! 失いたくない!」
『なんだかわからんが、祈るだけならいくらでも祈ってやるぜ!』
『負けないでみんな! 応援してるわ!!』
通信機からみんなの声が届く。わたしを通して祈りが集まる。
「これは……女神の加護!? バカな。この世界に女神はいないはず!」
「みんな!! わたしに力を貸して!!」
絆の力。人々の想いが集う。平和を愛し、誰かを愛し、この世界を愛する気持ち。
そんな魂を繋ぐ、見えないけれど確かな絆。
「これが…………わたしの、みんなの力だああああぁぁぁ!!」
三人を包む暖かい光。それはアーマーを介して通じた、みんなの心の光。
「もうわたし達は負けない。絶対に、みんなが一緒だから!」
「女神の加護で、フォトンアーマーを変質させたか」
パラスの言う通りだ。アーマーが発光し、背中には光の羽。
私が赤。あやねちゃんが青。花梨さんが黄色。
傷も治った。みんなの暖かさが魂すらも癒やしてくれた。
「だが理解しているはずだ。ここは我がフォトンに満たされし聖域。無限に広がるフォトンドライブの波動は、既にメテオを呼んだ」
パラスを守るように、異空間から現れたメテオの大群。
そのどれもが強敵だったメテオ。ボスクラスだ。
「それでも、絶対に諦めたりしない!」
「一回倒せたんだ。二度できない理屈はない!!」
「愚かな。喰らい尽くせ」
一斉にこちらへと突撃してくるメテオ。
それでも負ける気はしない。わたし達は勇者。
希望の象徴は、こんなところで負けちゃいけない。
「コード・ガトリングドライバー! 斉射!!」
あやねちゃんの背後に召喚された無数のガトリングガン。
一発一発がフォトンの濃縮された必殺の弾丸だ。
弾丸の暴風雨により、メテオの進軍が止まる。
「よくやったあやね! 激槍猛爆砕!!」
槍を回転させ、フォトンを螺旋状に張り巡らせる。
そして圧倒的な威力で一点突破する荒業だ。
跡形もなく消し飛ぶかつてのボス。
「道は作ったぞ! リリカ!!」
言われる前に花梨さんを追い抜いてパラスへ向かう。
最短距離で突っ込めるように、無言で通じる三人の必勝パターン。
「パラス! あなたを倒す!」
再構成され、強度を増した大剣にフォトンを流し込む。
それでもまだパラスの力が上だ。何度切り結んでも決定打が出ない。
「不可能だ。お前の心が砕けるまで、それを体に叩き込む」
「身も心も砕けない! わたしは勇者だ! 最強の勇者の弟子なんだ!!」
おそらくあの大剣をどうにかしないといけない。
強度はほぼ同じ。相手のエネルギーは無限。ならどうすれば押せる。
いや、どうすればあの剣を折れる。
「くだらん。勇者の力が何になる? 現にこうして、ワタシの剣を破れない」
先生なら簡単に砕けるだろう。先生なら……そうか。
これは完全なる願望。そうであって欲しいという願い。
もしかしたらという、か細い希望だけれど。
「イチかバチか……勇者が可能性を見つけたら、諦めずにやってみる!」
狙うはパラスの大振り。渾身の一撃を、わざと隙を晒すことで出させる。
「散れ、小娘!!」
「…………ここだあ!!」
アーマーにしまっていたそれを、振り下ろされる大剣の前に突き出した。
そしてパラス自慢の大剣は…………砕け散る。
「なんだと!?」
受けてくれたのは、先生にもらったカード。
どう見ても普通のカードなのに、折れ曲がることもなく、傷つくこともない。
あの人の絶対的な力が、勇者としての想いの強さが詰まっている気がした。
「ありえん! 私を上回る力など!!」
「本当の勇者には……そんなちっぽけな力じゃ届かないんだ!!」
今こそ先生と一緒に編み出した奥義を使おう。
より深く、より研ぎ澄まされた雷撃。
原動力は勇気。刀身は友情。そこに乗せるは己が魂。
「ファイナルライトニングウウウゥゥゥ…………セイバアアアァァァ!!」
「小娘があああぁぁ!!」
まともに必殺技を受け、それでもまだ耐えるパラス。
やっぱりアーマーも強化されているのだろう。でも徐々に押している。
ならわたしは止まれない。まだ止まる訳にはいかない。
「先生……どうか見ていてください! ファイナルライトニングセイバー、十倍だああああぁぁぁぁ!!」
「押し込まれる!? ふざけるなよ……こんなところで終われるかああぁぁ!!」
フォトンと願いの加護でも緩和しきれない激痛が全身を襲う。
それでもパラスを逃がさないように、必死で両腕に力を込める。
「これで……最後だああぁぁ!!」
最後の力を振り絞り、パラスごとフォトンドライブの真ん中へと突っ込んだ。
「まだ……まだ終わらん! ワタシの夢が……メテオとフォトンで……」
わたしとパラスをフォトンが満たしていく。
ドライブのコアから伝わる情報は、どれも未知の力への警告と、未来への希望だった。
「これは……これがフォトンドライブの目的……」
未知の災厄メテオ。
それに対抗するために、この世界に現れた力。天敵フォトン。
それはこの世界の女神が残した大いなる遺産。
「離れろ! これは……この力はワタシのものだ!」
まだ見ぬ明日を守るため、フォトンを使いこなすほど人類が発達するまで、メテオを別世界に隔離する。
それは膨大な力を秘めた装置の機能の一つ。
「それを……それをあなたは! 自分だけのために!!」
「ワタシはこの装置を作ったものの末裔! どう使おうが勝手ではないか!」
「そんなこと……させない!」
「馬鹿が。ここに来た時点で、貴様は詰みに入ったのだ!」
パラスの手が剣へと伸びる。反射的に手を引くけれど、剣を掴まれ、力が吸い取られていく。
「う……このっ!」
「リリカちゃん!!」
あやねちゃんと花梨さんに引っ張られ、フォトンドライブの中から抜け出した。
「リリカちゃん、大丈夫? どこか痛いところない?」
「わたしは大丈夫。二人とも怪我は?」
「こっちは平気だよ。リリカこそ、なんともないか? あんなわけわかんないものに入ってたんだよ?」
「大丈夫……だと思います。それよりもパラスは」
「屈辱だよ。たかが小娘ごときに……ここまで傷を負わされた」
周囲に散らばるフォトンと、残ったメテオがパラスへと吸収されていく。
あいつがなにをしようとしているのか、同じフォトンに包まれていたせいか理解してしまった。
「許さん。こうなれば世界などどうでもいい! ワタシの手に入らないというのなら、全てを永遠の無に帰す!!」
「みんな逃げて」
「リリカちゃん?」
「あいつはもう自分とフォトンドライブの区別がなくなり始めているんだ」
「同化しちまってるってのかい?」
「そう、そしてその機能で世界を塗り替える。メテオを隔離していた無の世界へと。早い話が自爆だ」
パラスは完全な暴走状態にある。
今下手に攻撃すれば、その力は制御できずに世界を包む。
だから刺激せずに解決するしか無いと説明した。
「だから逃げて」
「リリカはどうするんだ?」
「止めるよ。あの装置の止め方も、どうすればみんなを助けられるかもわかってる」
「なら一緒に行く。ここまで来てリリカちゃんだけに任せておけないよ」
「ごめんね。それは無理みたい。あれを止める方法は一つ。装置の制御方法を知っているわたしが」
ここからはわたしだけの仕事だ。
この世界でできる最後の仕事。
「あいつと一緒に、この世界から消えればいい」
「何を……言ってんのよリリカ?」
「誰かのフォトンが混ざると暴発するかもしれないんです。完全に制御できるのはわたしだけ。そして世界が消えるまで、あともう何分もない」
結局強くなっても、わたしは自己犠牲から抜け出せない。
だけど、わたしはこの世界が好きだから。
「みんながいるこの世界を守るために、勇者としてわたし……わたし……これしか思いつかないから!!」
お別れなのに、涙で前がよく見えない。声も震えてくる。
嫌だな。忘れないように、ちゃんと顔を見ておきたいのに。
「やめて! きっと、きっと何かあるよ! みんな助かる方法が!」
「行くなリリカ!! そんなの……そんな終わり方なんて認めないよ!!」
「わたしは最後まで勇者でいたいの。先生のように」
「先生?」
「うん。わたしに勇者ってなんなのか教えてくれた人。先生との約束、破っちゃうけど。それでもわたしだけの命でみんなが助かるんだもん。これでいいんだよ」
自己犠牲じゃ幸せにはなれない。だからやめろって言われたのにな。
ごめんなさい先生。わたしは駄目な勇者かもしれません。
「よくない! よくないよ!! せっかくお友達になれたのに!!」
『よせリリカ君!』
『駄目よ! あなた達には待っている人がいるの! 急いで逃げて!!』
司令部のみんなも止めてくれる。本気でわたしを心配してくれている。
だからこそ、救いたい。わたしの心は決まった。
「ごめんねみんな。今まで……ありがとう」
あやねちゃんも花梨さんも泣いている。
花梨さんが泣く所、初めて見たかも。
「リリカあああぁぁぁ!!」
「リリカちゃあああぁぁぁん!!」
最後だから精一杯の笑顔でお別れしよう。
「さよなら!!」
振り返らずに、まっすぐフォトンドライブの元へ走った。
装置の中へと入り、パラスを掴んでフォトンを流し込む。
「貴様何を!!」
「わかっているはず。わたしが、勇者がどうするか!」
「やめろ……やめろおおおおぉぉぉぉ!!」
そして光りに包まれ、わたしとパラスはこの世界から消える。
「ありがとう先生。そして……麦わら帽子の勇者見習いさん」
そういえばあの時……わたしに先生の居場所を教えてくれた、あの女の人は誰だったんだろう。
長くて綺麗な黒髪。白いワンピースに麦わら帽子で。
世直しの旅の途中で、勇者として頑張るわたしを放っておけないって言って。
なんとなく先生と同じ雰囲気で、一緒にいた人も綺麗な金髪だったな。
「ぬああああぁぁぁぁ!!」
パラスの叫びで現実に引き戻される。
そこは暗い空間にフォトンの星が煌めいて、なんだか宇宙みたいだった。
「許さん。絶対に許さんぞ。貴様を殺し! 取り込み! この世界から抜け出してやる! いくら壊そうが無駄だ。ワタシの力は無限。何度でも再生する!」
完全に装置と同化し、フォトンと装置の間の存在となったパラス。
その姿はメテオを連想させた。
「なら何度だって壊してやる! わたしとあなたと、どっちが諦めるか根比べだ!」
距離を取って、折れてしまった剣を再生したら準備完了。
パラスはこの世界で止める。みんなのいる場所には行かせない。
「愚かな。他者のためにその命を捨て、犠牲になることを美談だと思っているのか? 英雄願望でワタシを倒せると思うな!!」
「やってみなくちゃわからない! だから、わたしの命を全部使って……あなたを倒す!!」
これでいい。誰の命も消させない。わたしは勇者だ。
結局自分が犠牲になるとしても。それでも守りたい人がいる。
「だからこれでいい……これがわたしの選ぶ道!!」
「ダメに決まってんだろ」
聞き慣れた声がした。わたしが会いたい人。
わたしが目標にして、先生と呼んだ人が、目の前に立っていた。
「自己犠牲はハッピーエンドじゃねえって言ったろ」
「先生……?」
「何だ貴様。邪魔をするな!」
装置から溢れ出すフォトンの触手が、先生めがけて打ち落とされる。
「悪い。ちょっと後にしてくれるか?」
軽く右手ではたき落として消している。
ああ、先生だ。この感じ。この安心感だ。
「先生! あの装置は世界を……」
まず装置のことを話そう。あれは危険だ。
パラスがじたばたしている間に全て話さなければ。
「ぐっ、どうした! なぜ動かん!?」
「ああ、もう解析した。ちょっと逆流させて機能止めておいたよ」
「はい?」
本当に装置から何の力も感じない。話す必要がなくなったみたいだ。
一体どこまで規格外なんだろうこの人は。
「リリカ」
先生の声がちょっと厳しいものになる。
心なしか怒っているようにも見えた。
「まったく……俺がちゃんと教えただろうが。そうやって犠牲になっても、残された人間の心は傷つくって」
「…………はい」
「最後に仲間、泣いてたろ。やめてくれって言ってたじゃないか」
二人の泣き顔が心を締め付ける。
戦闘の怪我なんかより、ずっと身が引き裂かれる思いだった。
「はい……」
通信越しにも悲痛な叫びが聞こえた。
それでも我を通した。その声を無視してしまったんだ。
それは裏切りと呼ぶものかもしれない。
そう考えると、体が後悔と罪悪感に覆われそうになる。
「でもまあ……」
震え出した体をどうすることもできず、涙だけは流すまいと上を向く。
そしてそのまま。
「よく頑張った」
抱きしめられた。
あったかい。張り詰めていた心が、ゆっくりと解れていく。
「お前は立派な勇者だよ。リリカ」
「せん……せ……先生……先生っ!」
「あとは俺がやる。そのために俺が来た」
この瞬間にもう、わたしは救われていた。
フォトンを取り戻したパラスが、その力を見せつけるかのように空間を埋めていく。なのに。
「勇者の男か。なぜフォトンもなくこの地にいる?」
「なくたっていいさ。そんなもん勇気で補える。勇者なんでな」
なのにもう怖くない。この人が、ただそこにいるだけで。
「死の運命が確定している小娘のために、共に永遠の地獄へと落ちるか。愚かな。なぜそこまでする?」
「こいつが勇者だからさ」
さも当然のように言い放ち、わたしに背を向ける。
「リリカは誰かのために命をかけることができる。伸ばされた手を、必死に掴んで離さない。そこに損得や見返りはない。ただ純粋に、消えていく命を救いたいと願って動いている」
その声が、その背中がわたしに希望をくれる。
「誰に何を言われようが、リリカはそうしてきた。ならこいつが誰かにやったように、今度は俺が助けるだけさ」
その生き様が勇者であると告げている。
「たかが勇者一匹、増えたところで何ができる!!」
それでも、そのたかが勇者が負ける気がしない。
「パラス、お前に勇者を教えてやる」
「勇者がどうした! 永遠の無に沈め!!」
「永遠なんてチンケなもんで、勇者を倒せると思うなよ」
巨大な無に至るフォトンの渦と、そこへ無造作に放たれる右拳。
そして、襲いかかっていた無の脅威は消えた。
「消え……た?」
「永遠をぶん殴って消したんだよ」
「何を……わかっているのか? 無限のエネルギーだぞ」
「それを超える力で殴れば吹っ飛ばせる」
無茶苦茶だ。何一つ理に適っていない。理不尽極まりない。
だからこそ伝わる。その圧倒的な力が、その存在そのものが希望であると。
「あり得ん! ならば勇者だろうと超えられない、絶対的な壁というものを見せてやる!」
パラスに集まる、どれほど凄いのかすらわからない、正しく無限のエネルギー。
先生にとっては、ただ無限というだけのちっぽけなものが集まっていく。
「リリカ、よく見ておけ」
先生の手にはわたしの剣。そして世界の闇を照らすような眩い雷撃が走る。
「これが勇者の作るハッピーエンドだ」
この世界全てを斬り裂くほどのライジングストラッシュ。
世界の絶望も恐怖も消し飛ばし、パラスを飲み込んでいく。
「何故だ……ワタシは……無敵に……あああぁぁぁ!!」
そして無の世界は消え、わたしと先生は帰ってきた。
遠くに呆然と立ち尽くす、あやねちゃんと花梨さんが見える。
「帰って……来れたんだ。わたし、またみんなと会える……」
「あいつらも勇者なんだ。なら一緒に作っていけばいい。誰かが犠牲になるんじゃない。犠牲を出さないために、みんなで作るんだ」
それだけ言ってどこかへ行こうとする先生。
今回の偉業も、先生からすればいつものことなんだろうな。
「先生はどこへ?」
「ん? ちょっとな。メテオだっけ? リリカ達が頑張ったから、ご褒美に根本から潰してくる」
軽いおつかいに行くようにそう告げ、また別の空間へと去ろうとする先生。
今言わないと永遠のお別れになってしまいそうで、慌てて背中に声をかけた。
「また! また会えますか!」
「おう、それまで死ぬなよ? もう自己犠牲は卒業だ」
「はい! 絶対、絶対会いに来てくださいね! 待ってますから!」
「あいよ。またな」
先生が手を振り去っていくのを見送っていたら、後ろから二人に抱きつかれた。
「リリカちゃん!!」
「馬鹿野郎リリカ!! 一人で勝手に行っちゃって!!」
「ごめん……ごめんねみんな……」
三人でわんわん泣いた。みんなに謝って、ただいまを言って。
そのぬくもりが、自分の居場所に帰ってこれたと実感させる。
「リリカちゃん。さっきの人は?」
「勇者だよ。本物の勇者様」
ありがとう勇者様。わたしはこの世界で、みんなと一緒に生きていきます。




