女神の絆 ローズ視点
カレンを傷つけた平行世界を上乗せして真実を書き換える技。
あれを破らないと勝てない。なんとか弱点を見つけなければ。
「まったく……先生はとんでもないもん作ってくれたわね」
「だからこそイヴだけに教えたのだろう」
二人が構えを取るも、あくまで余裕を見せつける敵女神。
「習得には血の滲むような地獄の特訓が必要だったわ。ほんの少しの技を習得するだけでこれよ。やってられないわ」
「あら、おかげでクラリスを殺せそうだもの。私はとってもいい気分よ」
クラリスにどれほどの恨みがあるのだろう。
リュカの相手は任せるとして、今はアンリの調査だ。
「お喋りをする気はない。すぐに終わらせてやる」
「やってみなさい」
武闘派女神組は先程よりも勢いを増し、一瞬たりとも姿が見えなくなる。
「さ、始めましょう。全力女神砲!!」
舞台に上る前に作戦会議をしておいた。
まずは全力のサファイアが通用するかどうか。
その膨大な魔力を因果律といえど操作できるかどうかだ。
「パワーバカとは聞いていたけれど……これはちょっと強すぎるわね」
怯んでいるように見える。確証はないけれど、隙はあるのかもしれない。
「さようなら」
それでも魔力の渦を悠々と歩き、サファイアに一撃が入る。
ここまで作戦通りだ。
「うりゃあぁぁ!!」
「がぐっ!?」
カウンター気味に繰り出された拳がアンリにヒット。
当たった。あくまでも世界線を重ねているのだ。
その操作は油断や想定外の攻撃に弱いのかも。
「わたしの防御力なら、一発くらい耐えられるのよ!」
頑丈さと野生の勘を考慮した荒削りな作戦だったけれど、うまくいったらしい。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「こいつ……動きが読めない!」
女神というには野蛮な戦い方だ。武術でも魔力でもない。
喧嘩殺法でもない。獣が一番近いでしょう。
あれは気高い百獣の王とでも言うべきもの。
「ふっ、意外とやるようだ。ならば私がリュカを倒せば終わる!」
「そう、でも残念。今この瞬間、私は貴女を超えたわ」
リュカが消えた次の瞬間。クラリスの右腕をがっしりと掴んでいた。
「私に追いついただと!?」
「追いついた? 違うわ。追い越したのよ!」
再び始まる乱打戦。それは私の目にも見えるほどだ。
なぜなら、攻撃を喰らった一瞬だけクラリスが見えるから。
「後輩がそんなに気になる? ならあの世で見守りなさい! 爆砕十字拳!!」
クラリスの体に十字に拳の連打が入る。
「ぐうぅぅ!? だが耐えられないほどではない!」
「どうかしら?」
刻まれた十字の後が爆発し、クラリスを吹き飛ばす。
「うがああぁぁ!?」
何度も何度も爆発し、舞台の端まで飛ばされ続けた。
「爆発が一回だけだと誰が言ったのかしら。常識で物事を計るからそうなるのよ。アハハハハハ!!」
「クラリス、少し休むデス。ワタシかローズがいきます」
「ダメだ! リュカは強くなりすぎた! あれは私でなければ止まらん!」
その意見には同意する。しかし、同時に違和感もあった。
「思い上がりも甚だしいデスね。はい、交代デス」
クラリスと強引に交代する美由希。これでいい。
誰かが欠けてはいけない。全員で先生に会いに行く。
「待て! まだ私は!」
「美由希、おそらく純粋にクラリスを上回ったわけではないでしょう。そこが鍵です」
「オッケー。うちのブレインは優秀デスね」
笑顔で舞台中央へ舞い降りる美由希。勝算もないのに笑っている。
彼女のメンタルは見習うべきだろう。
「美由希・アリア。上位女神らしいけれど……その戦闘スタイルは不明。寝首をかかれないようにね、リュカ」
「くだらない。クラリスの前座にもならないわ。ちょっと遊んで殺してあげる」
二人の拳がぶつかり合い、意外にも押されたのはリュカ。
「そんな!?」
「力の使い方が雑なのデスよ」
何度打ち合おうとも、蹴りの応酬でも打ち負ける。
美由希の体捌きは見たことのないものだ。どこか優雅で、舞に近い。
回転をかけるごとに、威力が増している気さえする。
「どうなっていますの?」
「力の、というより魔力の使い方が特殊過ぎるのです」
「体内で魔力を高速回転、循環させて攻撃に乗せ、螺旋状に打ち出している。しかも相手の魔力障壁の一番薄い……無意識に薄くなってしまう場所をピンポイントで崩しています」
「両者の力が百と百ではなく、百二十と五十の力になってしまうということか」
常に相手と自分の魔力量と流れを意識しなければいけない繊細な作業だ。
「恐ろしく練度が高い……あれはもう、ひとつの完成された戦闘術です」
特殊な戦闘術だけではない。心・技・体全てが高水準だ。
いったいどれほどの修練を積めば、その境地へと辿り着けるのか。
「初めて全力の美由希を見たが……想像を絶するな」
終始押し続けている。このままいけば勝てるかもしれない。
「しょうがないわね。交代よリュカ。こっちの野生児の相手をなさいな」
「ふん、臆したか」
「あなたこそ、さっさと倒したらいかが? できれば、の話だけれど」
相手チームは仲良しというわけではないようだ。
それでも強敵であることに変わりはない。
「やれやれね……時間はかかったけれど、終わりよ、美由紀・アリア」
数え切れない打ち合いの末、ついに美由紀が押されていく。
「なぜ……ここまで急激にパワーが上がるなんて」
「言ったでしょう。ちょっと遊んで殺してあげるって」
「美由希! このっ、あんた邪魔よ!」
「野生の勘も、使えないほど広範囲を攻撃され続ければ脆いものね」
サファイアは全方位の全属性魔法乱れ打ちに、身動きが取れない。
奇抜な動きを封じられて、攻撃もできなければ終わりだ。
爆煙で姿が隠されたサファイア。その付近から出てくる影。
「いけない! 美由希だけを始末する気です!」
「なぜ……なぜデス……このパワーはどこから……」
「考え事? 余裕ね」
アンリが美由希を背後から羽交い締めにし、完全に不意をついた奇襲が成功した。
「まず一匹。さようなら」
「させるかああぁぁぁ!!」
サファイアの魔力が大地を揺らす。全員がぐらりとよろけた。
そのチャンスを逃さず、振りほどいてアンリを投げつける。
「ちょっと、こっちに来ないでくれる!?」
「どっせえええぇぇぇい!!」
うろたえるリュカの背後から、サファイアのドロップキックが炸裂。
アンリを受け止められずに正面衝突した。
「げはあ!?」
「キャアァ!?」
「究極女神雷砲!!」
勢いを止めず、美由希に接近したサファイアから、圧倒的な魔力を込めたビームが撃ち出された。
「美由希! 魔力曲げて! 合わせてちょうだい!」
「あ、合わせる!?」
「目隠しよ、能力対策できたわ!」
「ええい、なるようになれデス!!」
必殺技はさらに回転を加えられ、速度と威力を上げながら突っ込んでいく。
「アンリ!」
「わかってるわよ!」
そう、このままではアンリに無効化されて終わり。
そんなことは承知のはず。そして、私にもようやくわかった。
うちの意外性ナンバーワン女神の計画が。
「爆裂!!」
敵陣に当たる直前。大爆発して部隊を丸々飲み込む魔力。
「なによこれ!?」
「落ち着け! 世界線は上書きできているはずだ!!」
敵二人は無傷。だがお互いを魔力で感知するしかないだろう。
あまりにも眩しすぎるのだ。
「ここだああぁぁぁ!!」
「チェストオオオォォォ!!」
光の中から、アンリが飛び出してきた。
そのまま舞台をごろごろと転がり、大量に吐血する。
「アンリ!?」
「やっぱりね」
「よくわからないけど凄いデス!」
奇襲は成功したみたいだ。彼女が敵じゃなくて良かった。
あそこまで自分の考えを疑わずに実行できる行動力。
本能で弱点を察知する能力。磨けば磨くだけ光る素材だ。
「貴様ら! どうやって……」
「おしゃべりする余裕なんてないわよ!」
女神のダブル攻撃でピンチになるリュカ。おかしい。
クラリスより強いのなら、攻撃全てを避けるか防御できるはず。
どちらの攻撃も当たったり避けたりだ。
「そういうことですか……サファイア! リュカもいけます!」
「流石ローズ!」
「美由希、代わりますよ!」
「オッケーデス!」
二人のキックが腹部にめり込み、うめき声を上げて吹っ飛ぶリュカ。
今のうちに全員が舞台の端に集合。美由希にタッチして私が舞台へ。
「どういうことだ……私でも敵わなかったリュカを……なぜ追い詰められる?」
「これが先生の伝えたかったことだからです」
「どういう……ことデス?」
「クラリス、確かに貴女はこの中では一番強いですわ。ですが、これはタッグマッチ。そして相手が格上となる場合もあるのです」
それこそが先生の教え。その本質。
「私達は駄女神です。二人のように完成された強さはありません」
「ですが、時として完成された個人の力よりも、未熟者が合わせた力が上回ることもあるのですわ」
「先生が教えたかったことは、力の強さや新しい加護なんかじゃない! わたしたち五人のチームワークよ!」
「なるほど……厳しい試練でも、仲間とともに乗り越える。女神の絆パワーデスね」
「先生と二人で過ごしていた私と美由希には、それが理解できていなかったということか」
心のどこかで私達を守るべき存在として、足かせのように考えていたのでしょう。
実力から言えば当然のこと。今回は少しイレギュラーな出来事。
まあ、先生のことです。どうせ予測してこの状況を作り上げたのでしょう。
「いくわよ」
「お任せを」
「気でも狂ったの? 駄女神二人で勝てるわけないじゃない」
まだ自分達の技を見切られたことに気づいていないのか。
それとも駄女神なら倒せると思っているのか。どちらにせよ、結果はすぐに出る。
「さて、実験開始です」
太陽のエネルギーを全開にして急接近。背後からアンリに殴り掛かる。
「うしろ!?」
両腕を振りかぶる。どちらで攻撃するのかわからないから。
今回は右腕だったようだ。予想が外れましたね。
「グゲエ!?」
まともに食らうアンリ。やはりですか。
「鬱陶しい!」
こちらに向かってくるリュカを確認。太陽エネルギーをオフ。
「なんだと!?」
「よそ見は厳禁よ!!」
サファイアの魔力を脚一点に込めたローリングソバットが、リュカを軽々と吹き飛ばす。
「うごあぁ!?」
「そちらの能力は見切りました。貴女の能力は、対象をステータスで上回ること」
「ただし対象は一人! しかも超パワーの持ち主だと時間がかかる!」
「リュカの能力を見切ったのね。でも、私は負けない!」
こちらへ走るアンリ。個別に来てくれるのなら好都合ですよ。
「女神閃光波!」
「ナイスですよ、サファイア」
眩い閃光に怯んだアンリに、拳の連打を御見舞する。
予想的中。確実に当たっていく。
「どうして!? 無効化できない!?」
「右手にサファイアの魔力。左手にカレンの魔力。殴っているのは私と魔力を抑えたサファイア。さて、誰をどの順番で上書きしますか?」
アンリの能力には欠点がある。
それは『自分が理解した事象しか、平行世界から持ってくることができない』ということ。
「だから目眩ましをされると、誰が殴っているのか。いつ殴っているのか判別できず、魔力の混ざった私の攻撃を上書きできないのです」
舞台の袖で魔力を渡してもらった。
普通は維持できずにすぐ消えてしまうでしょう。私以外ならば、ですがね。
「他人の魔力を自分に流して使うなんて……駄女神にそんな繊細な操作ができるわけ無いわ!」
「できますよ。勇者の生徒なのです。この程度の不可能は可能にしなければ……」
「一生あいつには届かないのよ!!」
全魔力を込めたダブルパンチで、アンリを星の彼方まで吹き飛ばす。
「邪気爆滅!!」
「キャアアアアアァァァァ!?」
空中で大爆発し、アンリは消えた。あまりにも危険な存在だった。
残るはリュカただ一人。
「サファイア、貴女の魔力……借りますよ」
村正とデュランダルを取り出し、ひたすら純度と密度を高めていく。
魔力と太陽のエネルギーを全て使っても足りない。
「いいわ。全部持っていきなさい」
用途すら聞かずに、デュランダルへ魔力を流してくれる。
暖かい。言葉にするならば慈愛だ。
女神女王神と同じように、貴女にも慈愛の心があるのですね。
「ふざけるなよ……落ちこぼれ女神なんぞに! 選ばれし女神である私が負けるはずがない!!」
「技を受け継いだのは……そちらだけだと思わないことです」
右手に太陽のエネルギー。左手にサファイアの魔力。
それを私自身の魔力で循環させて、より精度を上げる。
両手の剣に魔力を伝えていたら、なぜかあの人を感じた。
「まだ……魔力の名残が……ぬくもりがある気がしますね」
そんなはずがないのに、あの人に支えられている気がする。
そう思うと強くなれる気がした。どうか、見守っていてください。
「命の儚さは閃光のごとし。その尊さは花の舞い散る様がごとく、いずれ散りゆく宿命なり」
研ぎ澄ませ。極限まで集中しろ。何度も褒めてもらった。
私が一番魔力コントロールができるって。
「ならばせめて、この手で彩り永劫なりし涅槃へ送る。六道・三千世界を斬り裂く秘中の秘」
「その魔力を上回れば……私の勝ちだアアアアァァァ!!」
リュカの両手から迸る、ドス黒い濁った魔力。
今の私に避ける術はない。避ける必要もない。
「邪魔すんじゃ……ないわよ!!」
残ったわずかな魔力を撃ち出してまで私を支えてくれる、頼もしい仲間がいる。
この一撃はみんなが繋いだ、繋がった魂の一閃。
「先生……技をお借りします」
あの人の魂が重なった気がした。
手を重ねてくれたような気がして、自分でも驚くほどの完成度となる。
ふと『今だ』と言われた気がして、ほぼ無意識に叫んでいた。
「――――桜花雷光斬っ!!」
二刀を振り抜き一閃。
現れた一筋の光は、濁った魔力を浄化するように切り裂いていき、リュカを真っ二つにした。
「馬鹿な……こんなはずでは……ウアアアァァァァァ!?」
リュカの体内に入った魔力が、弾け飛んで桜の花を咲かせる。
花びらが舞い散った後には、リュカは跡形もなく消えていた。
「凄いじゃない! 必殺技? あんな凄いの隠し持ってたのね!」
「いいえ、真髄には程遠い、見よう見まねとすら言えないレベルですよ。まったく……どこまで強くなれば、あの人の背中が見えるのやら」
とてつもない疲労感だ。連発はできない。まがい物であるにも関わらずだ。
改めて格の違いを知る。知ってなお、隣を歩きたいと思う。
自分の心にこれほど深く入ってこられるとは思わなかった。
もうクラリスや美由希を笑えませんね。あの人には責任を取ってもらわなくては。
「やりましたわね!」
「凄いデス!」
「いい勉強になったよ」
みんなと勝利の喜びを分かち合っていたら、結界が消えた。
「よくやったぞ。その気持と絆があれば、お前らは無敵だ」
数日会っていないだけなのに、懐かしさすら感じる声。
振り返ると、今一番会いたい人が、先生がいた。
「センッ………………セー?」
知らない女神と、仲良く手を繋ぎながら。
「おめでとう。試練クリアだ。最高だったぜ!!」
褒めてくれているのだろうけれど、そんなことは今は置いておこう。
「セエエェェンセエエェェ? その女はどこのどなたデース? ちょーっとお話したいデース」
「同感ですわ。わたくしどもが決死の死闘を行っていた間、一体どこで何をしてらっしゃいましたの?」
「詳しく聞きたいところです」
「説明を要求します」
「さあ白状なさい! その子は先生の何なのよ!」
本当にこの人はもう……目が離せませんね。




