最強の女神
滝から自宅へと戻り、周辺に強固な結界を張っておいた。
校舎と自宅に入り込める存在はいなくなったはずだ。
「話してください。最強の女神について」
全員がリビングでソファーに座り、俺が話し始めるのを待っている。
さてどこから話そうか。
「俺も考えがまとまっていない。思いついた順に話すぞ」
「お願いしマス」
「昔だ……美由紀よりもクラリスよりももっと昔。俺が女神を鍛え始めて、先生って呼ばれるのも違和感なくなった頃に、一人の女神と出会った。そいつは今までのどんな女神よりも、あらゆる才能に恵まれていた」
慎重に、より深く過去を思い出しながら話す。
みんな静かに聞いてくれている。流石に事の重大さを察しているか。
「器用貧乏じゃない。完全なるオールマイティ。全ジャンルで頂点に立てるほどの逸材だった」
「そんな女神が……」
「そいつはひたむきで、優しいやつだった。異世界を救うことを誰よりも考えていて、平和な世界を一つでも多くしたいと、口癖のように話してくれた」
「立派な女神に聞こえますね」
「ああ、事実立派だったよ。強くなることにも真っ直ぐだった。真摯で前向きな性格に感化され、俺も本気で育てていった。いくつもの異世界を俺と一緒に救ったよ」
クラリスも美由紀も驚いている。
俺が特定の女神とずっといることは稀だからな。
「俺の技術全てが欲しいと言われて、修業を続けた。そしてそいつは完成した。してしまった」
「完成? なにがです?」
「最強の女神さ」
ざわめきが室内に広がっていく。無理もない。
なんせ最強の女神と俺が断じたのだ。
「俺はそいつに、今までの冒険で得たものを全て注ぎ込んだ。加護は勿論。戦い方から武術、魔法の基礎、応用にサバイバル技術まで全部だ。徹底的に叩き込んでいった」
「今の私たちにやっているようにですか?」
「違う。もっと徹底的に見境なくだ。一切妥協せず、優秀な女神になるって目標に胸を打たれ、何度も何度もお願いされて、異世界のスキルや超能力、さらには禁術や殺人武術なんかも全部教え込んだ。毎日を修行だけして過ごしていた」
思えば、あれが全ての始まりであり、終わりだったのかもしれない。
「センセーの技には活人と殺人両方がありますからね」
「どっちも見たことない気がするわよ」
「殴れば解決するからな。武術がいらなくなって、魔法も誰かに回復かけるくらいになる」
使うほどの強敵に出会うことがなくなってしまった。
ただそれだけ。それに気づいた時は、嬉しいやら悲しいやらだったな。
「最強の女神ってその……勇魔なんとか拳の使い手のことでしょ?」
「そうだ。完成した勇魔救神拳は無敵だ」
「具体的にどういったものですの?」
「数百の異世界を救い、その世界にある技術全てを結集させたものさ」
説明が難しいな。普通に話しても長くなりそうだ。
「例えば魔法のような力。これだって世界によって違う。魔力・気・チャクラ・精霊力・神通力・霊力。ロボットの原動力になるエネルギーシステムとかも研究したし、世界を構成する物質を調べたりもしてな」
「魔法と似た力というだけでも多そうですね」
「そりゃ多いさ。そこにゲーム式異世界のスキル。鍛冶とか料理とか剣とか、そういったレベルを上げて、熟練度を高める系のやつも全部だ。そして古武術とか女神の加護なんかも混ぜる」
「めっちゃめちゃデス。そんなの人間に……女神にすら不可能デス」
「だろうな。だができてしまった。全世界の全てを結集し、オリジナルの戦闘術へと昇華した」
勇者に不可能はない。あっては困るのだ。
なんせ世界を救わなけりゃいけないんだからな。
それが悪い方に働いた。
「俺以外に唯一この拳を完璧に使えた女神。そいつの名はイヴ。究極の境地に至った、俺の知る限り最強の存在だ」
「先生が知る限り、ということは」
「ああ、今の力を縛っている女神女王神よりも、どんな世界の魔王や邪神よりも上だ」
完全な沈黙。どう受け止めていいかわからないのだろう。
「イヴは……最終奥義を完成させた夜。この前のサファイアのように、勝負を挑んできた」
「勝負……完成したら使ってみたくなる気持ちはわかります」
「全身全霊をかけた技の数々は、戦いのために作った無人の異世界をいくつも壊し、徹底的に俺を殺すために使われた」
使うだけで。いや、使う予備動作にすら耐えられずに宇宙は消滅していく。
アンリとキャロルはまだ入り口もいいところの手下だろう。
あまり技の伝授をされなかったのかもしれない。
「先生を……殺す?」
「ああ。本気だった。本気で俺を殺そうとしていた」
「不可能です。太陽と一体化していた私にはわかります。先生を殺せる存在などいない」
大きく頷く一同。俺の勝ちを微塵も疑っていない。
「勝負は俺の勝ちで終わった。そしてあいつは死んだ。最後まで俺を殺そうとして、自爆して」
「先生もろとも自爆……それでその方は?」
「それっきりさ。なぜ俺を殺そうとしたのか。あいつが何を考えていたのか。俺にはそれがわからないままだ」
何度も、何度も聞いた。なぜ俺を恨むのか。
俺にどんな非があったのか。なぜ狂気に輝く瞳で俺を見続けるのか。
本当に、なぜあいつは俺を……思い当たる節がなさすぎた。
「恨みを買っていたということは?」
「わからない。本当に全てを教えたし、あいつのことは大切にしていた。異世界を導く女神として、立派になってくれると信じていた。どんな相談にも乗った」
「誰かに意識を乗っ取られたり、催眠にかかっていたりとか?」
「無理だ。あいつにそんなチャチな術は通用しない。俺以外が状態異常をかけることなんてできない。ちゃんと調べたよ」
ある種の信頼がある。誰よりも俺が知っているのだ。
どれほど強いか。どれほど強くなるための努力をしていたか。
「つまりイヴさんが生きていて、犯人の可能性がある?」
「もしくは弟子が生きていて、先生に恨みを抱いているか、だな」
「ならば先生のお手を煩わせるまでもない。女神界にいるのなら捕まえて成敗すれば……」
「無理だ」
この展開は読めていた。だからこそ、対策を考えておいたのだ。
「あいつが生きているとして、当時のままの強さか……さらに力を蓄えているとしたら、ここにいる女神全員でも勝てない。対抗できるのは俺だけだ」
「そんなっ!?」
「成長している私達と、クラリスに美由紀・アリアがいてもですか?」
「ああ、だから結界を張った。この家と校舎とトレーニングルームをまるっと包んだ。これで誰も出入りできない」
「出入り……まさか先生!」
勘のいい卒業生二人とカレンは気づいたか。
誰にもバレないように転移魔法を発動。
透明で、魔力すら感知されずに発動できる、俺のオリジナルだ。
「お前らのトレーニングメニューは作っておいた。それを全てこなせ。そうしたらこの結界から出られるくらいにはなる。でも……」
「先生! 待って!!」
「できれば俺が帰ってくるまで……ここにいてくれ。ここはもう、俺の居場所でもあるんだから」
魔法を発動。我ながら勝手だな。これはダメ教師だ。
説得しようにも、綺麗な言葉が出てこない。月並みだな。
こいつらが言うように、俺はこういうトークが苦手なのかもしれない。
「この家を頼むよ。大丈夫さ、お前らは俺の自慢の生徒なんだから」
これは俺の過去の問題だ。俺が清算すべき問題。
巻き込みたくない。誰一人、俺の都合で傷つけないように。
俺があいつを見つけて倒す。全てを終わらせる。
「待って先生!!」
「先生!!」
生徒の手が触れないうちに、俺は家から消えた。
大切な教え子を守るため、少しだけ先生から勇者に戻ろう。




