「イベリアのサバト」 第4書簡 埋葬法・編 〜小編成の為の戯言劇台本〜
■■■登場する魔女達■■■
罪の蛾
社会主義者
老獪な百姓娘
墓場の支配人
カロニャ・デ・メヒヨン(ムール貝の女)
ラ・メルド・ラタン
馬の骨
魚の骨
刑事
コペポーダ達
農場監視人(荒くれ者)
S・ステルコラリス達
病気
貧者の魂
悪霊
マテ貝
■■■前狂言■■■
クカラチャのように生きよう!!
貧しくても、おいら達は平気さ、
ギターがありゃ、陽気につま弾くし、
ある時ゃ、それすらも売っぱらっちまうだろうが、
そしたら歌えばいい
そんな事は問題じゃないのさ
人生ってのは、どんな事でも起きるんだから
だからしぶとく、陽気に、
クカラチャのように生きよう!!
本当はおいら達、お日様の光が大好きさ
だけど、出て行けと言われれば出て行くよ
暗闇の中へでも
貧しくてもクカラチャのように生きよう
■■■とあるサバトでの会話■■■
**墓場の支配人**
おお、人生は喜劇か!! 悲劇か!!
私には御答えできませんな。
何たって、カルリスタ戦争が行われていたその時代から
我々は墓場にいたのだから。
(笑いが起こる)
今宵は祭りだ!!
アリウス派、アルビ派、グノーシス主義者に、
社会主義者、百姓共に、
黒檀業者に、仕立て屋共!!
カディスのプエルタ・ティエラのこの墓地は、
本日は南部の者達の貸し切りだ!!
ガショー共の踊りを披露してもらおうじゃないか!!
ガリエーゴ共の歌を!!
今宵、このプエルタ・ティエラの墓地で!!
リベイロ、アルバリーリョ、ロサール!!
酒は神の血だが、
墓場の土の栄養にもなろう。
**全員**
アンダ・プリモス!!
**馬の骨**
リュート奏者共!!
対位法なんて気取ったもんを止めて、
ギャロップを弾きな!!
**カロニャ・デ・メヒヨン**
アンダ・プリモス!!
**全員**
アンダ・プリモス!!
■■■トランジ■■■
**コペポーダ達**
埋葬しましょう。
埋葬しましょう。
キリストに釘を打ち込んだ時に
流れ出た黒い血で私達は育った。
我らは無知、恥辱から生まれた。
明け方までに匿われた瀕死の男は死ぬでしょう。
その男は共産主義者だった。
その横で、我らはミサ・ド・ガロを行うのだ。
**悪霊**
恥に恥を塗り、
その上に泥をかぶせたなら、
立派な僧侶ができるさ。
**貧者の魂**
どうかすすり泣いて下さい。
この哀れな躯を見て。
敗血病にかかり、
私の人生の続きは、黒土の中に続いていたのだ。
**S・ステルコラリス達**
お待ちください。
貴方のその病み衰えた肉体があったからこそ、
私達には楽園が提供された。
偉大なる女の悪霊の呪詛も、私達には届かないよ。
なぜなら、私達こそが真実だからです。
**刑事**
下等な生き物等め!!
せいぜい囁いているがいい。
その呟きなど社交界の中ではただのそよ風だ。
**病気**
社交界に居場所を定め、その世界に根を下ろし、
それが真実だと我が物顔で言うのか?小猿め!
その風は気まぐれに毒を運び、
気まぐれにお前達の命を奪うだろう。
**刑事**
それが何だと言うのか?
いっそ、その毒風で忌々しい宿敵を
殺してくれればいいものを。
世界の王の侍従共め!!
それで目の前の名誉の恥辱や、侮辱が消えはしないぞ!!
名誉こそが俺達の生きる意味なのだ。
**農場監視人**
心にだって蛆は涌くさ。
**刑事**
涌かせたまま、生きて見せるさ。
**農場監視人**
真実を抑える事で失うものもある。
真実の美がお前にはどうも理解できないらしいのだ。
そうして自分が番犬だと思っていられるうちは幸せだ。
番犬は白痴でしか務まらん。
肉のついた骨を求めて、吠えるがいい。
だが、忘れるな。
その肉はキリストの肉ではない。
**マテ貝**
おお、品性が・・・
**農場監視人**
申し訳ありませんが、
品性などと言わないで下さいませんか?
そんなものは所詮、文明とやらが出来てから
青二才の学生共がこじつけたものではないですか。
**マテ貝**
では、なぜそんなにまで何かを追い求めるのです?
原理を求めていると言いながら、
貴方のやっている事は人間的だ。
**農場監視人**
道理とやらを語るのはやめて下さい。
それは時代のせいなのです!!!
そんなものを知ってしまったら、
俺達は生きていく事ができなくなる。
**マテ貝**
そもそも、キリストの肉は誰が食べたのでしょう?
品性を求めていた者達が
なぜ、これだけの伏魔殿を作ったのでしょう?
**S・ステルコラリス達**
私達は所詮は塊だよ。
**刑事**
いや、頭がおかしくなる。
どいつもこいつも
とことん俺を無視して、勝手な事を言いやがって!!
なぜだ?
俺こそが一番、キリストに近い男だというのに。
**貧者の魂**
人生の半分は黒土の中に続いていたのです。
**刑事**
なぜだ?
なぜ、俺が選ばれないのだ?
秩序を重んじ、法を重んじ、
貢献してきたのだ。
その様に!!
教わった通りに!!
それでも結局の所、
夜の墓地に放り出されるというのなら、
社会とは何なのか?
棺桶の中になぞ真実はないと、
お袋は言ったのではないか?
俺の中にあるものは悲しみの骨などではない。
秩序の骨だ。
神などいない!!
無限に続く回廊の奥に俺は何も見ていない!!
見えたものはただの幻だ!!
そんなものに振り回される奴は
永遠の要塞に入る事になるのだ。
こんな自答は魂の牢獄だ。
魚の目の中の闇夜だ!!
なぜ、俺が埋葬されなければならない?
人はいつか死ぬ?
常識の・・及ばない所へ?
お袋が知らない納骨堂の奥へ?
そんな恐ろしい事は御免だ。
ああ!!全く御免だ!!
その暗闇の中では、秩序も法も無いのかもしれない。
そんな恐ろしい事を、俺は考えるだけでも御免なのだ!!!
■■■とあるサバトでの会話2■■■
**社会主義者**
おや、あちらで行われているのは?
**老獪な百姓娘**
あれは葬儀を行っているのでございます。
こういう所で、
葬儀をするのが好きな連中がいましてね。
**社会主義者**
葬儀とは、ずいぶん無粋なものじゃないか。
今宵は祭りだと言うのに。
一体、誰の葬儀なのだ?
**老獪な百姓娘**
誰の葬儀でもかまわないじゃありませんか。
どうせ聞いた所で、気にもならない他人なのです。
ああいったものを見ると、
人は自分の葬儀だと思うのですな。
人の死を見て、自分の死を意識するのです。
あれはそういったものの為の儀式だ。
現世にいる者達が、
人の死によって、自分の死を知るのです。
全ての者は、自分の葬儀に向かって
歩いていると言ってもいいのですから。
いや、むしろ人生とは壮大な葬儀なのです。
一生をかけて墓場まで歩いて行くのですな。
**社会主義者**
そういうね、哲学的な戯れ言はもう充分だ。
そういった哲学の類は、今まで飽きる程聞いてきたが、
驚くべき事に、そういった言葉が
現実を良い方向に導いた事なんてないのだ。
君達、魔女は幻想を見据えているが、
我々、社会主義者は
現実を見据えなくてはならないのだからね。
**老獪な百姓娘**
いえいえ、先生。
そうおっしゃいますがね。
幻想を見据えられない者が、
どうやって現実を見るのでしょう?
現実なんて、硫黄の匂いの中で見る
サタンの姿と大して変わりはしないものですよ。
空想力の無い者が、どうやって明日を見据えるのです?
あなた方は、現実主義だと言いながら、
実際の所、何にも現実を見れていないのです。
それは、マンドラゴラの煙を吸い込んだように、
「夢」によって成されている。
リベラリストも、空想社会主義も、
我々魔女にとっては、同じ、
煙を王に仕立てる者達ですよ。
**社会主義者**
ならば、君達魔女や、ニヒリスモ共の一体誰が、
どんな魔法を使えると言うのかね?
誰も生きている世を変えはしないじゃないか。
ただ、縮こまって、時が過ぎるのを待っているか、
こうして真夜中に集まって、
マンドラゴラの夢を見ているだけだ。
それが魔法なのかね?
**老獪な百姓娘**
お言葉ですが、それが魔法なのです。
神話の時代でもあるまいし、
魔法が、木の股から火を噴かせるものなんて、お考えですか?
そんな曲芸は、昨今では、手品師共に任せておけばいいのです。
結局の所、現実をどう生きやすく変えていくか?よりも、
現実をどう生きていくか?の方が、
女とっては重要な魔法なのです。
いいですか? 我々の言う魔法と言うのは、
生き延びるその力にこそあるのです。
**社会主義者**
戯言を。
それならば、私達にも魔法はある。
生きる事が魔法ならば、
生きやすい世を作る革命こそが必要なのだ!!
水を手ですくっていて、疲れたのなら、柄杓を作ればいい。
獣を仕留めたかったら、銃を開発する。
そうやって、便利な世を作っていく事こそが革命ではないか。
迷信など、古い昔に滅びた信仰を掘り起こしているだけの、
全くもって何処にも進めない、
死んだ馬の引っ張る馬車だ!!
**老獪な百姓娘**
では、先生。
どこまで進めばいいのでしょう?
革命・・・なるほど、
それはある種の魔法かもしれませんが、
長くは続かないまやかしですな。
ようやくパンを手に入れても、
人はどうせ、すぐに次の物が欲しくなるのですから。
結局の所、何処まで進んだ所で、
誰も満足なんて出来やしないのです。
(社会主義者、酔いが回って、
机にうつぶせながら、一人、回想する)
**社会主義者**
はっ!! そうやってあきらめているがいい!!
俺は諦めんぞ!!
実際の所、理想の世の中を作るという
思想の模型から離れてしまっては、
生きている気がしないのだ。
どう生きていいのかわからないのだ。
そこに残るのは孤独だ!!
そうとも、葬儀だ。
マンドラゴラの夢だ!!
やがて俺は自分の葬儀を見る事になるのだろうか?
そうかもしれない。
自分の思想を放棄し、夢は夢だったとあきらめ、
絶望すらせずに、棺桶と共に眠るのかもしれない。
それが魔法か?あるいはそれが一つの終焉というものなのだろう。
だが、生きているうちに、それを認めてしまったら死人同然だ。
だから、こんな不快な夢は、酒に酔った今しか見まい。
それでいいのだ。
人生とは、愚かに迷い、怯え、とまどい、
這いつくばり生きる事なのだから。
■■■とあるサバトでの会話3■■■
(墓場の支配人が手を叩いて、辺りが静まる)
**墓場の支配人**
偉大なる大先生方!!
何もそんなに固くなる事は無いじゃありませんか!!
俺達は兄弟だ!! 共に貧しい穴蔵に産まれた。
どんなにカシケの服を来ていても、
結局は糞尿を喰らって生きるのだ。
スペイン女共よ!!
オランダ娘のようにはなるな!!
俺達ゃいつだって、愛に飢えてなけりゃ、
カンテは歌えないのだ!!
**ラ・メルド・ラタン**
ふん、スペイン人共!!
我らフランスの歌を聞け!!
フランスの魂を!!
オクシタン語で教えてやろう、女の口説き方を!!
おぞましい道化共さ、
どいつもこいつも。
■■■とあるサバトでの会話4■■■
**罪の蛾**
前から思っていたのだけれど、
あなたは何で、いつもそんなに
ジメジメしているのかしらね。
頭に虫なんてくっつけて、
汚らしいったらありゃしないわ。
**カロニャ・デ・メヒヨン**
まさに!!
ああ、私も常日頃、そう思っていますとも!!
でも、これはくっついてきちまうものなのさ。しししし。
死んだような魂を持つ者には、
屍が大好物な連中がよってくるものでね。
**罪の蛾**
くだらない。
そんなものはとっとととっぱらって、
新しい衣でも身につければいいだけじゃないか。
そんなものは、
自分で自分に呪いをかけているようなものだ。
魔女といえども、
脳みそにまで、まじないがかかっちまっているような奴には
怖気が走るものだわ。
そういった点では、
いかれたアンブロジウス聖歌を歌う連中も、
イギリスのザリガニ共も、まじない女も、
大した違いはない。
どいつもこいつも、
頭にただ一つの事しか無い自惚れ野郎共だね。
それが信仰であろうと、
愛国心であろうと、まじないであろうと、
一体、どれだけの違いがあるというのか?
**馬の骨**
ガリシア女め!!
自分が一番、文明の真ん中にいると思っているのかい?
お前こそ、
いけすかない教会の連中と変わりはあるまいよ。
**罪の蛾**
あら、そうかもね。
あんたらみたいな田舎者の見る幻想こそが
サバトだと言うのなら、
無知こそが魔法で、
不幸こそがまじないなんでしょうよ。
私はまっぴらごめんだけどね。
**老獪な百姓娘**
よしなさい。
どいつもこいつも大した違いは無いのですから。
服に勲章がついてようと、糞がついてようと、
やる事は同じなんですよ。
どうせ、笑ったり、泣いたり、わめいたり、
人を尊敬したり、軽蔑したり、
その程度の事しかできないのです。
(カロニャ・デ・メヒヨン、
罪の蛾にむかって)
**カロニャ・デ・メヒヨン**
新しい事を始めようと言うのかい?おまえさんは。
やめときな。
新しい事なんて始める者は、
古い者、怠け者、白痴、老いた者、愚かな善人、
全員を敵に回す事になるのだからね。
なぜって、奴らは新しい事、新しい考えが怖くてたまらないし、
もっと長い間、それこそ今までの倍以上、
古い糞の中にどっぷり浸かっていたいのさ。
外に出るのは怖いのだ。
新しい衣を着込んだ時に、
はじめて自分が、今までどれだけ汚い物を身につけていたか、
わかってしまうのだからね。
**罪の蛾**
そのくせ、その新しい物が、
やがて勲章をつけた途端に、
あんたらは態度を変えて、そいつを拝みだすわよね。
あははは。古い魔女。新しい魔女。
だけどね、あたいにはそんな事、どうでもいいのさ。
そういった議論は、道徳を美徳として
後生大事に戦場にまで抱えていくような連中が、
勝手に死ぬまで話していればいい。
私は自分のやりたい事を、やりたいだけやるだけ。
好きにやらせてもらうのさ。
適当に、調子よく、都合よく、
神の目だってちょろまかしてやる。
■■■終幕■■■
**墓場の支配人**
結局の所、人間の魂というものは、
どこに行こうと同じ物なのだ。
例えば、その魂が偉そうに
信仰のストラや、スカプラリオをかぶろうが、
汚らわしい棺桶から掘り起こした死衣をまとろうが、
労働者の味方であるかのごとく作られた
左向きの虚偽の衣をかぶろうが、
やはり、やる事は変わらないのだ。
なぜなら、結局の所、人間は、
自分がここに生きているという事を主張しだす。
主張というのは、羊の群れから抜け出すと言う事だ。
すなわち他者を否定し、自らに自惚れ、
汚れた愚かな道を転げ落ちていくという事だ。
だが、それが本当に地獄に続く道なのか?
ただ、ひたすら暗い底へ落ちていくだけの悲劇なのか?
そうかもしれない。
だが、時として、
時として、アリウス派の聖職者でさえも、
いや、カトリックの聖職者でさえも、
眠りにつく今際の際にふと思うのだ。
これは喜劇ではないかと。
これこそが、最高級のコメディアではないかと。
なぜなら、人生はどう転ぼうとチリパであるし、
チリパは滑稽な物であるからだ。
そう、喜びも、悲しみも、まぐれではないか。
人生はベルガラの裏切りだ。
気の抜けたオルージョだ。
時に英雄マリア・ピタにもなり、
魔女ラドラムにもなりえるのだ。
そして全ての喧噪は、いつか葬儀により、清算される。
釣りなどは残らない。
そんな者は、生きている者達が背負っていけばいい。
まだ、喜劇の中にいる道化共が。
何しろ我々の人生を締めくくる、壮大な幕引きである葬儀は、
最低45ペセタあればできるのだ。
たった45ペセタだ!!
それを喜劇と言うか、悲劇と言うか、
それは、各々が決めるがいい。
だが、確かな事は、騒がしい人生も、下卑た人生も、
聖なる人生も、栄華を誇ったガリエーゴの人生も、
最後は静かな葬儀で幕を閉じるのだ。
(世が明け、墓場に朝日が注ぎ、
魔物達が逃げ去ってゆく)
(精霊達(天使達)が祝福の歌を歌う)
**天上の聖霊達**
ああ、祝福を
祝福を
アレルヤ
主よ哀れみたまえ
キリストよ哀れみたまえ
アレルヤ
主の王国は地上を照らし
神の子イエスは諸人の罪を背負いたまう
民は永久に彼の王国で歌えるように
告白に慈愛を
糧に感謝を
ああ、祝福を
祝福を
アレルヤ
地上には平和
天上に永久に主への賛美の歌、流れるように
アーメン
この作品を収録している「イベリアのサバト」という作品集は、四つの書簡から成り立っています。四つの書簡は全て魔女達について書かれた物ですが、第一書簡は朗読劇用の文章。第二書簡と第四書簡は演劇用の戯曲。第三書簡は曲とその歌詞となっています。
ここではその中から「第四書簡」を掲載させていただきました。