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死神の余計なお世話

作者: 神河千紘

昔友達と三題噺をやった時の作品。

ちなみにお題は、「楽園」「忘れ物」「死神」 でした。

露骨ですね。

「ねぇ、死神さん」


「なんだい?」


「私は楽園に逝けるのかな」




「――さぁ」






廃墟と化したビルの屋上に佇む黒マント。

右手には鎌を。左手はぷらぷらと暇そうに持て余す。

常人にはその姿は見る事もできない死神の青年。

その白髪を面倒そうにかきむしり、舌打ちしながら屋上から飛び立つ。

人だろうが死神だろうが、仕事は億劫なものだ。

それも自分が嫌いな仕事なら、尚更。

今日も今日とて、彼は死者の魂を冥府に送る為に出発する。

その身は重力に縛られる事も無く宙を舞い、絶望と希望の入り混じった黒にのみ体を覆う。


向かう先はまた別の雑居ビルの真下。

今まさに死を迎えた娘が、自分の死体を不思議そうに眺めている。


「お嬢さん」


軽く声をかけると、彼女は気づいたのか振り向く。目は焦点がイマイチあっておらず、彼を見ているのか、それとも彼の向こうに何かを見ているのか、それすらわからない。


「あなた、だれ?」


娘は自分の前に唐突に舞い降りたその黒い影に問い掛ける。


「死神」


彼は答える。彼にとっては至極当然の答えを。


「……そっか、ちゃんと死んだんだ、私」


その答えを聞いて、娘はまるでその答えを待っていたと言わんばかりに、そのふわふわとした癖っ毛を揺らしながら微笑む。


「あー、せいせいした!なんかスカッとした!!あはは!!」


訂正。大笑い。


「……いやいや、普通笑う所じゃないから。俺これから君の事、『あっち』に送らないといけないんだけど」


「あっちってどっち?どっちでもいいわ、この世界じゃないのなら」


頭から衝突したのだろう。娘の下に転がる同じ胴体をした死体は、地面に真っ赤な花を咲かせている。


「ったく……自殺だろ、これ」


「自殺? ……そうね、強いて言うならこの世界からの華麗な逃避行の第一歩って感じかな」


「冗談じゃない、そんな事で人の仕事を増やすんじゃないよ」


呆れて彼はため息を一つ。

こうして自ら命を絶つ者のお陰で、こっちは商売繁盛でたまったもんじゃない。常々彼は思っている。

そんなにも人間が生きる世界というのは、生きにくかったものだろうか。

自分が人間だった頃を思い出そうとしてみたが、どうもうまくいかない。


「ねぇ、どうしたの?死神さん。私を連れて行ってくれるんでしょ?」


「あ?あぁ…そうだけど」


「なら早く連れていって!私、ずっとこの世界から逃げ出したかった……ねぇ、それが、今叶うんでしょ……?」


「そう……なのかねぇ。まぁ、多分な?」


「ハッキリしない死神さんだね」


娘は笑う。


「それで、私を切るの?」


彼が持つ鎌は死神の鎌。霊体を切ることで、切った対象を冥府に転送する事が出来る。

やたらめったら物を切ってはいけない不便な鎌だ。

仕事としては単純にそこでのんきに笑っている娘を鎌で切って、冥府に送ってやればそれで済む。

今回の仕事は楽そうだ。何せ本人もそれを望んでいるようだし、さっさとぶった切って終わりにして寝よう。


「あ」


「ん?」


「忘れ物した」


「…切っていいか?」


「待って☆」


死ねばいいのに。

……あぁ、死んでるんだった。



『どうしても死後の世界に持っていきたい。じゃないと逃げる』という言い分を彼が聞き入れたのは、単純に追いかけて切り倒すのが面倒だからだった。

霊体の彼女の手をとって、彼女の自宅へ向かう。

勿論上空から。


「高っ!!高ぁ!!落ちたら死ぬねこれ!」


「安心しろ、もう死んでる」


「あ、そっか。あはは」


娘の家は住宅街の中の一角、2階建てではあるがそこまで大きくは無い地味な家だった。

窓から直接娘の部屋に入る。


「泥棒みたいだね」


「自分の家だろ」


「まぁそうだけどさ」


中は閑散としていて、この家に他に人が住んでいるようには思えない。どことなく無機質とも言える雰囲気が漂う。

部屋自体もさっぱりとして…というよりも物と呼べるものがあまり無く、娘がそこで何か楽しそうにしている様は想像出来ない。


「なんもないでしょ」


自嘲的に娘はそう言い、そしてまた笑った。


「ねぇ死神さん」


「ん?」


「あのさ、キャリーバッグに詰めてったら、それもあっちに持っていけるんだよね?それと私、ゆーれいなのに物詰めたりとかできるのかな。すり抜けちゃわない?」



軽く説明する。


この鎌で切ったものが冥府に転送されること。

別にこの場で真っ二つになったように見えても、実際にあちらに行ったら形など関係ないからどうでもいい、ということ。

触ろうと意識して触れば別にすり抜けずに物を用意することは可能だということ。


「まぁ要するにまとめることは可能で、その鎌で切っちゃえばこの世からは無くなるのよね?」


「間違いない」


「そっか……じゃあ、持っていこっと」


娘は机の横に立てかけてあった箱のようなキャリーバッグに物を詰め始める。

机の引き出しをあけると、写真がたくさん詰まっているであろう、分厚いアルバムが出てきた。それを最奥に詰め、更に机の奥から出てきた手紙、交換日記と書かれたノート、プリクラ等を詰めたところで、準備は完了したようだった。


全て用意ができた所で、娘はまた一つ駄々をこねる。

曰く、最期は星がたくさん見える所がいい。

もういい加減この場で真っ二つにしてやろうかと思った青年だが、ここまできたら最後まで付き合ってやることにした。どうせこの仕事が終わったら後は寝るだけだ。

面倒ではあるが、後味が悪い仕事になるよりは余程いい。


手をつなぎ、空を飛ぶ。

遥か、遥か上空。

雲の上を目指して。


娘はずっと目を閉じていて、つないだ手を強く握っている。


「着いたぞ」


厚い雲を突き抜け、夜空の真下に飛び出した2人。


「わぁ……!!」


すごい、と感嘆の声を漏らす娘。


夜空には満天の星が中身をばら撒いた宝石箱のように煌めき、純白の月が燦々としている。

都会の街中では普段は見る事も出来ない筈の夜空。

高度1万メートルに広がる星空。


「ねぇ見て!!」


嬉しそうに指さして、星を語る娘。


「デネブを尾にして十字に広がってるのが白鳥座!そこにちりばめられてるのが天の川!川を渡ったところで待ってるのがベガで、織姫様だよ!その下の方にあるのがアルタイル!こっちが彦星様ね!デネブとつないで夏の大三角形!」


一気に語る娘は、しかしそこで溜息を一つ吐く。


「……大三角形」


なんで。


「なんで、三角形に結んじゃうんだろうね」


彦星と織姫だけで良かったのに。


娘は語り始める。

青年は星を見上げながら、それをただじっと聞いている。


私がいなければ、きっとうまくいくんだ。

ともちゃんも、坂井くんも、きっとうまくいくんだ。

私みたいなのがいるから、坂井くんを好きになったりしたから、3人でいられなくなった。

2人は喧嘩しちゃって、私だってすごくつらくて。

私はただ、3人でいたかったのに。

あの空間が大好きで、ただあそこにいたかっただけなのに。

でもそうしていたらいけなかったんだ。

最初から私はいるべきじゃなかった。

一緒に星を見たり、いっぱい楽しいって思える時間があって、でもそれはきっと二人が私に気を使って作ってくれた、嘘ばっかりの空間だったんだ。


私がいたせいで、二人は嘘をつかなきゃいけなかったんだ。


でも、私だって、頑張ったんだよ?

仲直りしてほしくて、二人に必死に話して、いっぱい、いっぱい頑張ったんだよ?


星座には、ギリシャ神話からもたくさん星になった英雄がいてね?


戦って死んだ英雄はみんな、楽園に行ったんだって。


「ねぇ、死神さん」


「なんだい?」


「私は楽園に逝けるのかな」


「――さぁ」


「…そっか」


娘は微笑む。


「ただ、お前は言ってた」


「え?」


「この世界からの華麗なる逃避行への第一歩って」


淡々と告げる唇。

視線は娘を見ていない。

ただ空を見あげる彼は眼を細めて。


「戦うのを諦めて逃げた人間は、楽園に逝けるのか?」


娘の頬を涙が伝う。

もう霊なのに。

身体だって実体ではないのに。


「お前が本当に忘れてきた物は」


これを伝えたからと言ってどうなるわけでもない。

それでも青年は、残酷な真実を告げる。


「そんな綺麗な思い出じゃなくて、この星空の下で、生きて、生きて、戦うっていう人生そのものなんじゃないのか」


それから、2人ともしばらくは何も語らなかった。

ただ、娘の嗚咽だけがその場に響く。


数刻が経ち。

娘が口を開いた。


「きっと、私は楽園にはいけないね」


「冥府にはいけるさ」


「……そっか」


じゃあ、切って。


彼は聞いた。


「いいのか?」


馬鹿な質問だ。

どうせ答えがどうあれ、彼には切る以外の選択肢はない。

だが娘ははっきりと答えた。


「うん、いいよ」


「忘れ物はもうないか?」


「うん、もうない」


だって忘れてるから忘れ物なんだもん。






廃墟と化したビルの屋上に佇む黒マント。

右手には鎌を。左手はぷらぷらと暇そうに持て余す。

常人にはその姿は見る事もできない死神の青年。

その白髪を面倒そうにかきむしり、舌打ちしながら屋上から飛び立つ。

人だろうが死神だろうが、仕事は億劫なものだ。

それも自分が嫌いな仕事なら、尚更。

今日の仕事は新人の研修だ。

現地に降り立つと、そこにはすでに新人が到着していた。

ふわふわの肩までの癖っ毛を揺らした少女の死神は、こちらを見て微笑んだ。






「初めまして、死神さん」


昔の作品を読み直してなんとなく上げてみました。

この後の話なんかも考えたには考えたのですが、結局このお話をこれ以上掘り下げたり、続きを書くことはありませんでした。

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