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<カフェ店員・寒立紫乃>シリーズ

どちらかが話を切り出した

作者:

 鷹岡駅前から少し離れた路地の裏に、そのカフェはある。外装は古びているものの、内装は洒落た家具でコーディネートされた喫茶店……カフェ堂島(どうじま)。僕のバイト先だ。


「いらっしゃいませー」


 ドアに付けられた鈴がカランコロンと来店を告げたので、僕はカウンター近くにある注文スペースへと移動する。今回のお客は20代半ばか後半くらいの男女だ。


「メニューこちらです。ご注文は?」

「えっと……何が良い?」

「あ、わたしはチョコレートパフェかな」


 ちらりと、繋いだ手が見える。どうやらカップルらしい。随分と仲が良いなぁ……と何気なく、悪意無く、眺めていた。

 僕は自分に出来ないことが出来る人を無条件で尊敬してしまえるタイプの人間なので、カップルに対して(ひが)みでは無く、まず憧れの感情が浮かぶ。

 恋愛を成就させ、付き合ったカップルたちの大半は何かしらの決断や挑戦をしているわけで。僕はそこに敬意を表したいのだ。

 僕にとって、それは苦手なことだから。


「じゃあ、チョコレートパフェとブレンドのトールサイズを」

「はい。1080円になります。少々お待ちください」


 このカップルに幸あれ。

 店主の堂島さんにブレンドのオーダーを伝えつつ、僕は純粋にそう思った。









 このカフェ堂島でバイトをするようになってから半年、僕はあることを実感した。それは、カフェは人間観察には最適な場所である、ということだ。

 特にこの店はチェーン店のように最初に注文をしてしまえば、後はどれだけ居ても構わないという回転率を度外視したスタイルをとっている。

 だから、店員の仕事はお客が入ってから出るまでの間は何もすることが無く、仕事をしたり話をしたりする、十人十色で千差万別な人々を僕は見ることができるのだ。

 この経験は、小説家志望であるこの僕……千畳敷和哉(せんじょうじき かずや)としてはかなりのプラスと言える。ありがたく人物描写の参考にさせてもらおう。


「でもセンジョウくん。人間観察が趣味とか言う人って正直かなり痛いわよね」

「……」


 まるで僕の内心を読んでいるかのような弾丸を放ったのは、寒立紫乃(かんだち しの)先輩だ。長い(あで)やかな黒髪と雪国出身ならではの白い肌。白い清楚な制服と店名の刺繍された茶色のエプロン、そして……怪しく光る黒いストッキング。ちなみにこの黒ストだけは自前だと聞く。

 そんな魅力溢れる先輩に僕は絶賛片想い中であり、この店のバイトの面接を受けた理由も実は先輩が関係していたりもする。

 まあ、それはさておき。


「いやいや別に趣味というワケじゃないですからね? ただやることが無いからたまたま……」

「大丈夫、そういう年頃だもの。これは二人だけの秘密よ」

「エロ本に理解ある母親みたいな反応止めてもらえますか……?」


 そう突っ込んでボカしたものの、先輩の「秘密」の言い方が(なまめ)かしすぎて僕はかなりドキドキしていた。


「さて、と。私は奥で少し休むからしばらくよろしくね」


 ゴムでまとめた黒髪を振りながら、僕の胸の高鳴りが収まらないうちに先輩は奥へと引っ込んでしまった。もう少し話をしていたかったけれど、しかしあまりしつこすぎるのも良くないだろう。と、そんなことを考えながら、僕は根本的な疑問に辿り着く。

 先輩の中で、僕はいったいどの位置にいるのだろうか?

 分からない。僕は先輩の心を理解できていない。好意的、少なくともうざがられてはないと信じているが、実際はどうなのだろうか。

 僕は、先輩のことをもっと知りたい。けれど、僕にはそれが出来ない。




 さて、先輩が休んでいる間も頑張らなければ……と思ってはみたものの、やることが無い。客席を見渡してみるが思い思いの時間を過ごしており、店員の手は必要なさそうだ。

 なので僕はカウンターの方へと向かう。あの人たちの話を聞きにいこう。


 通常テーブル席から少し離れたカウンターの3席は満席となることが多い。それはカウンター席に人気があるのではなく、常連の三人が座っているからである。


「やあ、千畳敷くん」

「おっ。来たな片想い青年」

「……その呼び方ホントやめてくださいよ、渡辺(わたなべ)さん」


 直情的な渡辺堅固(わたなべ けんご)、嘘吐きで皮肉屋な松崎真言(まつざき まこと)、情報通の天海秀一(あまみ しゅういち)……こういった具合の三人だ。そんな彼ら常連による三重奏を聞くことが、実は僕の最近のお気に入りだったりする。

 と言って見たが今日はいつもと様子が異なる。埋まっているのは2席。いつもより1席分少ないのだ。


「あれ? 今日松崎さんは来てないんですか?」

「そのようだね。まあ、松崎くんにも忙しい時はあるんだろうさ。僕らの関知するところではないよ」


 ハキハキと爽やかに、講義のように告げたのは天海さんだ。彼の何気ない言葉が、この常連同士の奇妙な関係をまさに物語っている。

 そう。お互いの年齢も、職業すらも彼らは知らない。そんな三人が日時を決めずにふらりと集結し、会話は始まる。週に2、3回はこのトークが開かれるというのだから、この三人が平凡な職業に就いていないことは間違いない。


 時にくだらなく、時にためになる。ジャンルも特に決まっておらず、政治に芸能、雑学……多種多様で面白い。僕は暇な時を見計らってはカウンターに近づき、彼らの会話に耳を傾けていた。いわば常連の常連だ。


「それで、だ。青年は寒立と進展したくないのかよ?」

「い、いや。確かに進展はしたいですけど……今のままだと勝算が無いですし」

「勝算ねぇ……。っても、お前何か行動してるか? 勝算を高めるための、称賛に値するような、何かを」


 思わずギクリとした。ああ、図星だ。僕は何もしていない。今の関係を維持することだけを考えて、今だけを楽しんでいる。

 そんな僕の反応に対し、わざとらしくため息をつき、渡辺さんはさらに続ける。


「俺としちゃあ維持よりも意地を見せて欲しいもんだな。男の意地ってやつをよ。……でなきゃ、あんな関係にゃなれないぜ」


 親指でクイっと渡辺さんが背後を指し示す。おそらく先ほどのカップルのことだろう。

 確かに、あの二人には憧れた。僕もいつかはと思っていた。

 しかし、「いつか」ではダメなのだ。


「……でも二人とも。ちょっとその引用は適切じゃないかもしれないね、今は」

「え?」


 天海さんの言葉に(いざな)われてそちらを見ると、明らかに雰囲気が異なっていた。来店時のようなほんわかとした様子ではなく、張りつめたような、どこか冷たい様子。時代劇で見る剣豪同士の睨み合いに近いものを感じた。

 そして、それはあながち間違いでもなかったようだ。


 カウンター席とテーブル席との間にはそれなりの距離があるため、こちらから彼らの話の内容はほとんど聞こえない。しかし、口の動きから察するに会話があることは確かだ。そして二人の雰囲気から予想するに、それは彼らの今後を左右するような、重要な会話なのだろう。

 やがて、男性の声が響いた。



「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」



 その瞬間、僕は悟る。会話の内容は別れ話だったのだ、と。

 待ってくれ、ということは別れを切り出したのは女性の方か……。だとすると、最後に女性が黙って立ち去り、男性はひとり残されるってのがテンプレートな結末かな。

 そんな中で、僕にとって予想外なことが起こった。


 男性が、椅子を蹴るように立ち上がり、カランコロンという鈴の音と共に店からダッシュで出ていったのだ。

 さらに女性はそんな男性の行動を見て、静かに泣き出した。

 これは一体どういうことだろうか?

 僕はポツリと呟いた。現状に対する疑問を。


「どっちが別れ話を切り出したのだろう……?」


 男性なのか……女性なのか……?









「そりゃ男がフラれたんだろ。『ちょっと待って』なんて未練がましく言ってたじゃねぇか」

「それなら何で先に去ったのは男性の方なんだい? それに泣いているのは女性だよ。それは彼にフラれたからじゃないかな」


 議論を続ける二人からそっと離れ、僕は休憩室へと足を向けた。こういった疑問は寒立先輩に聞くのが吉だと僕は知っている。以前も店で起こったちょっとした謎を推理によって明らかにしているのだ。きっと今回も答えを見つけ出してくれるに違いない。……話しかけるうまいネタができたと思ったのは内緒の話、だが。




「へぇ。そんなお客さんがいたのね」


 休憩室。青いブックカバーがかけられた文庫本を置き、僕のありのままの説明を聞いていた先輩は、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。


「そうなんですよ。僕はその二人に少し憧れを抱いていたので余計に気になっちゃって……」

「ふぅん。憧れ、ねぇ」


 カモを見つけたとばかりに先輩の笑みが深くなった。悪戯っぽい視線にドキリとし、新たな世界への扉が開けそうになった……が、それはひとまず置いておくとして。


「先輩はどっちが話を切り出したのだと思いますか?」

「まずはセンジョウくんの意見を聞きたいわね。小説家志望で人間観察が趣味な、センジョウくんの意見が」

「だから趣味じゃないですって……!」


 ツッコミつつも、僕は心中でほくそえんでいた。先輩のことだからまずは僕の回答を求めてくるだろうと予想し、先ほどから頭の片隅で推理をしていたからだ。もし、この推理が当たれば、僕は先輩に認められるかもしれない!


「僕が思うに、別れ話を切り出したのは男性ですね」

「……根拠は何かしら?」

「それは、注文です」


 さらりと僕が答えたからか、先輩はその大きな瞳をさらに見開いた。よし。掴みは完璧だ。

 ふっ、と息を吐き出しつつ、話すべき内容を再構成。上手く、かつ強烈なインパクトを残せるようなプロットを立てるのだ。小説家志望は伊達じゃないぞ。


「別れ話をする、と女性が考えていたと仮に設定しましょう。しかしその場合、ある心理的な面から矛盾が生じてしまいます」

「矛盾……」

「はい。まず、別れ話を切り出す側には、大なり小なり後ろめたさがあるものです。だから彼らは往々にして、先に立ち去ります。けれど、今回の女性はそうではないんです」


 後ろめたさ。罪悪感と言ってもいい。どんなに相手に非があろうとも、自分から別れを告げるというのは心理的にツラいものがあるはずだ。

 それを口に出す勇気は、愛を告白する勇気と同等の決心が必要とされるのだから。

 だから、告げた後も同じ空間に居たくない。居られない。そうして彼らは先に相手から離れる。


「そして少なくとも彼女には、早々に立ち去るつもりは無かったと断言できます。……ここで女性が注文した品を思い出してください」


 そう、注文だ。

 男性が頼んだのはブレンド。

 女性が頼んだのは……チョコレートパフェ。


「チョコレートパフェは注文してから食べるまでにも、さらに食べきるのにも、結構な時間がかかりますよ。……女性が別れ話を切り出すつもりだったなら、すぐに立ち去るつもりだったなら、頼むはずがない品でしょうね」


 僕はもう一度空気を吸い込んだ。脳内に酸素を送ったところで、結論を披露する。


「だから、別れ話を切り出したのは男性で、女性にはそのつもりは無かったんだと僕は思います」


 これが、あのカップルに秘められた謎の答えだ。




 じっと見つめて、僕は先輩の反応を(うかが)っていた。

 本当に大丈夫か? 推理に穴は無かっただろうか?

 今回は中々良いところまで近づいている気がする。というか、これが本当に正解というのもあり得なくはないだろう。

 そんな風に頭の中では不安感と自画自賛でグルグルと渦巻いていた。


「センジョウくん」


 透き通った声のする方を見ると、先輩の顔がすぐ近くにあった。髪の香りが鼻をくすぐり、耳には柔らかい息がかかる。


「しっかり推理されているわね。良かったわよ」


 耳元でささやかれ、顔が火照る。声が出せない。浮わつきそうな顔を必死に抑えながら、僕は続きを待った。


「でも、センジョウくん。それは全ての人々に当てはまるわけではないわ。男性の浮気がバレていた、というケースならばその場に居づらくなるのは男性の方だしね」

「あ……」

「つまり、フラれた側が先に立ち去るケースもあり得るのだから、それだけで決めつけるのはどうかしらね?」

 

 確かにそうだ。やはり僕は推理には向いていない。


「もうひとつのセンジョウくんの穴は二人の関係。来店時に手を繋いでいたということは、その時点ではどちらにもその気は無かったということよ。だから、注文からの推理はそもそも役に立たなくなる」

「う~ん。じゃあ、先輩の考えを聞かせてくださいよ。どちらが別れ話を切り出したのか……その考えを」


 ついに先輩の推理が披露されるのだ……。普段自分の心臓の音なんて意識して聞いたことはないが、今ならハッキリと感じられる。そしておそらく、このビートはいつもよりも早いのだろう。

 やがてツヤのある先輩の唇が動き、言葉が生まれた。


「分からないわよ、そんなこと」

「え?」


 え……今何と言ったんだ? 自分の耳がおかしくないのならば、先輩は今「分からない」と言っていたはず。

 先輩でも分からない?

 挙動不審にあわあわと動く僕。それを見つめて笑う先輩。


「私は、別にエスパーじゃないのだから」


 エスパーじゃない。そんな当たり前の言葉が僕に突き刺さった。そうだ。先輩は特殊能力をもっているわけではないのだから。

 勝手に期待して、僕は先輩に無理難題を押しつけていたのでは……?


「起こっていないことを聞かれたって分かるわけないでしょ?」


 まさに先輩の言う通りだ。起こっていないことを聞かれ……。

 って、あれ?


「いや、先輩。実際に別れ話は二人の間に起こって……」

「無いのよ、そんな話。前提条件において、センジョウくんたちは間違っていたの。……もう少ししたら分かるはずだから」


 もう少ししたら?

 そんな疑問符を頭に浮かべた、まさにその時。カランコロンという鈴が店内に響いた。

 来店だろうか。先輩の言葉が気になるが仕事は仕事。僕は休憩室を離れた。


「いらっしゃいま……!?」


 そこに立っていたのは息を切らした様子の男性。さっき店から飛び出していった彼と同じ男性だ。先ほどと違うのは、男性に生まれた疲労と手に持った紙袋。

 フラフラと前に座っていた席ーー女性の元へと歩く。僕も、先輩も、常連の二人も、店にいる全ての人が彼らの様子を眺めている。


 僕は最悪のケースを想定する。女性に別れ話を切り出された男性が怒り狂って店から飛び出し……ナイフか何かを手に入れ、復讐のために戻ってきた、というバッドエンドの結末を。


 男性は女性への距離をどんどんつめていく。やがて紙袋から何かを取り出し、構えるような姿勢をとった。

 もう、間に合わない!

 男性が動くーー



「僕と結婚してください!」


 僕が見たのは、(ひざまず)き、指輪を手に求婚する男性の姿。


「はいっ……!」


 そして、それを受け入れた女性の姿だった。



 店内の人々は当人と寒立先輩、そして寡黙なマスターを除けば、皆一様にポカンとした表情をしていた。

 そこからいち早く立ち直った渡辺さんが拍手をして騒ぎ立てたことで、他のお客からも拍手が起こり、店中が祝福の声で溢れ出した。カップル二人はそれに対して笑顔と涙を浮かべながらお辞儀をした。


 流されて拍手をしながら、僕はおよそここに居る皆が思っている感想を口に出した。


「何だこれ?」






「つまりね。彼らは別れ話なんて最初からしていないの。むしろしていたのは結婚について」


 カップル二人が仲良く手を繋いで退散し、再び静かな空間となったカフェ堂島の休憩室にて、僕は先輩から説明を受けていた。


「付き合ったらそれでおしまい……なんてわけじゃないでしょ? 彼らのような年齢と関係なら、当然結婚という話が出てきても不思議ではないわよね」

「はぁ。でも、そこから何で男性が走り去って、女性が泣き出す……なんてことになったんですか?」


 一番の疑問はそこなのだ。あのような不可解な出来事に発展したのは何故なのだろうか?


「……センジョウくん。もしあなたに好きな女性ができた時、あなたは自分から告白したい? それとも告白されたい?」


 何て質問をしてくるんだ、この人は!?

 この場面で、好きな人は先輩ですよ……なんて言えたらカッコいいのだけれど、残念ながら僕にそんな勇気は無い。それにどうやら、僕の好意はあちらには伝わっていないようだし。

 それでも、渡辺さんに言われたことを思い出しつつ、僕なりの考えを告げた。


「そりゃ告白されたら嬉しいですけど、やっぱり自分から告白したいですね。男としては」

「そうね。私もどうせなら男性の方から来てほしいわね、やっぱり」


 そう口に出して、怪しく、悪戯っぽく微笑む。

 ホントこの先輩は……!

 一体どこまで僕の気持ちに気づいているのだろうか? ひょっとしたら全てを知った上で、なのかもしれない。


「それで、ここからはあくまで私の推論でしかないのだけれど……彼らも同じだったのよ」

「同じ?」

「結婚に踏み出してもいい状態。男性はタイミングを計らい、女性はそれを待っていたのよ。けれど、待っていて不安になるのは女の方よ。だってそうでしょう? 男だったら簡単に女から逃げることができるものの」


 そんなことは……と言いかけて僕は止めた。これは今僕が軽々しく否定することではないからだ。これは事実だ。実際の男女間でも起こっている、悲しい現実。こういった非難は甘んじて受け入れなければならない。事実を受け入れ、自らを律しなければならない。

 人の振り見て我が振り直せ、だ。


「だから、彼女は(こら)えきれずに結婚について自分から話したのでしょうね。『そろそろわたしと結婚を……』みたいに。男性はそれに対しての『ちょっと待ってくれ』だったのよ」

「あ、そういうことですか!」


 男性からすれば、タイミングを見計らっていたところに彼女から切り出されてしまったのだ。当然焦っただろう。しかし、一世一代の告白は自分からしたい。

 そんな心理があっての「ちょっと待ってくれ」だったのだ。


 逆に女性からすれば、自分から結婚を持ちかけようとしたところでストップがかかり、さらに彼氏がどこかへ行ってしまった。結婚する気は無いという意思表示なのではないかという不安感がそこで生まれる。

 そんな心理があっての「涙」だったワケだ。



 やはり、この先輩は凄い。そんなことを改めて実感し、僕は思わず拍手をしていた。今度は流されてではなく、本心からの、だ。









「それじゃあ今回の謎は、僕らの勘違いが原因で生まれたっていうオチですよね」

「『人の不幸は蜜の味』というのが人間の深層心理には眠っている。だから、今回のような勘違いが起こってしまうんでしょうね」


 人の不幸は蜜の味。渡辺さんたちも、憧れていた僕でさえも、心の中の何処かではあの二人の不幸を期待していた……だから、勘違いが生まれたということか。


「表裏一体。センジョウくんの『憧れ』は『嫉妬』でもあったのよ」

「なるほど。……それにしても蜜の味、かぁ。そういうのって何だか悲しいですね、自分のことながら」

「そう思えるなら大丈夫よ」


 そう言って寒立先輩は僕に優しく微笑みかけた。




 表裏一体、紙一重。

 光と闇、天才と馬鹿、豪胆と鈍感、憧れと嫉妬、そして好きと嫌い……。

 好きか、嫌いか。果たして僕は先輩のどちらにいるのだろうか? まあ、どちらでも構わないだろう。表裏一体ということは、嫌いも好きに変換可能ということだから。

 願わくは、好きと嫌いの枠外……無関心でないことを。




 揺れ動く黒髪を眺めながら、僕は恋愛小説のプロットを立てる。

 ……自分を主人公に置いてしまうのは、流石に痛すぎるだろうか。









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