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ファンタジィ論  作者: 八雲 辰毘古
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四、「内に向かっての逃避」に対する更なる考察。

 (しか)し、「内に向かっての逃避」とは聞こえが悪いから、どうしても非難がましく()えるやも知れぬ。これは良い整理だとは云えない。荒俣氏の指摘は、その譬喩(ひゆ)(おい)て最も的確なものである。「どうも昨今の『逃避』は苦難の旅というよりはリゾートへの閉じ籠りに近い。異世界の可能性探究というよりは健康ダイエットのような安心志向に動機づけられているのだろうか。」

 テンプレート乃至(ないし)マンネリズム論の中で、私は「面白さ」とは「新鮮さ」から生まれ得ると書いた。これを間違いだとは思わないが、言葉を書き足す必要があるように感じた。「不易流行」の語を用いて俳諧の心を説いたのは芭蕉である。咲いたばかりの花は往々にして美しいものである。併し花は(いず)れ枯れ、散らねばならない。人々はまるでインフルエンザのように流行に感染(うつ)るが、新鮮でないもの、古びた、(かび)臭い、腐り始めたものを好んで口に運ぶものは少ない。古びても尚劣らないものを吾々は古典と呼ぶわけだが、古典の普遍性とは、()わば種なのである。条件さえ揃えば、種は時間を超えて、()かれた箇所からいつでも根付き、新しく瑞々しい花を咲かす。だからこそ古典には力が有るのだ。

 その種を産むのは他ならぬ花の営為である。だが、流行ばかり追う人間は、その花をばかり待ち()び、散ると又別の花を漁るようになる。種には(もと)より見向きはせぬ。花狩りをするのも楽しいとは思うが、ずっと歩き廻るのは疲れやしないか。勿論、新しさを見出すのはこの動的な活力に他ならない。だがタンポポだって一時の宿り場を必要とするのだし、抑々(そもそも)種はじっとしなければ伸びない。花の美しさを永続的なものに看せるのはこの種の生命力なのだ。流行の中で(わず)かに古典となり得るものがあるならば、それは新しい花を咲かせる可能性を内側に秘めているからに他ならない。

 「異世界」への探究心は、謂わば季節ごとに咲き乱れる花である。だが、種に余り目を付けなかった人々は、花を追うことに疲れてしまった。そこで人が思い付いたのはドライフラワーである。花を加工すれば死にはすまい。確かに死なないが、同時に未来の種を殺すことにもなった。こうして本来あるべき地盤から切り取られ、加工され、観賞用と銘打たれた花々は、将来への可能性を剥奪(はくだつ)された(まま)、博物館なぞに運び込まれる。こうして、花が見たいと思ったとき、人は山や草原から自然博物館へと足先を変えるようになる。これが、要は「内に向かっての逃避」と云えよう。リゾートもテーマパークも、確かに面白いのだが、種無しスイカに子孫を残す力はないのと同じように、人を創造的には出来ない。人を突き動かすことが無ければそれは一代限りで終わる他ない。受け継がれなければ生命は滅びるだけだ。これを非難することは出来ない。プロアマ問わず、或作者が種無しスイカを作ったとき、その味が一概に悪いとは言えないからだ。それで味が悪かったら論外であるが、それが美味しい場合、吾々はこれを取り除くべきだとは思わない。

 併し、それは子孫を残すことが出来ない。出来ないと有れば、幾ら美味しくても(いず)れ起こり得る破局(カタストロフ)を避ける手立てを持つことは出来ない。「人生のための藝術」と云う語は、お説教や寓意解釈を強要する物語ではない限りで喜ばしいものではあるが、それが種無しスイカであるならば将来的な価値を持つことが出来ない。他方で「藝術のための藝術」と云う観念的な言葉を私は好かないが、秀れた藝術は別の創造的なものを助長する力を持つことは確かである。(まこと)に秀れた異世界物語は、情緒(じょうちょ)によって人々にファンタジーと云う形象を信じ込ませる。そして人々を創造的足らしめるのだが、その方角を誤ったところに、数多(あまた)もの現代(恐らく現代だけではない)ファンタジーの失敗がある。創造的になった彼等が、創ろうと(ほっ)したのは他ならぬ「ファンタジー」そのものであった。それは花をドライフラワーにする作業に他ならない。その大切な根幹を見逃したのだ。斯くして彼等はいつの間にか「夢」になった、漠としている理想(ファンタジー)を掲げ、(ただ)そこへと無茶な大隊突撃を繰り返す破目(はめ)になったのである。ここに生き残ることの叶ったものは、「夢」に傾けるだけの情熱があっただけだ。自覚しない限りで、いつしか己れの「夢」に自身を滅ぼす事態になるだろう。

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