日常からの脱獄2
「あ、ああ……うん、そうね」
友人の本山智子が、困ったように眉を下げながら微笑んだ。
ピアノを幼い頃から習っているという彼女は、柔らかな栗色の長い髪を細く長い人差し指に絡ませ、話を聞いてくれている。穏やかな性格の彼女は、例え興味がなくとも話を最後まで聞いてくれるので、愚痴を零すのにはうってつけの存在だ。人を物のように扱っているようで、このような表現はあまり好きではないが。
「智ちゃんはさ、なんか理不尽だなとか思わない? だって刺激的なことをやりたいって思ってもそれは贅沢って言われるんだよ? 平和を愛せ! 平和を大切に! とか言われてさ。分かるわけないじゃん! だって平和が普通なんだから! 戦争に巻き込まれてるわけでもない、テロになんてあったことなんかあるわけない。そんな平凡な日本に飽き飽きしてるの、私だけなの?」
早口で熱く語っていると、智子はいつものような微笑みを浮かべ言った。
「じゃあ香澄ちゃんは、普通じゃない生活がしたいんだね」
何気ない一言だったのかもしれない。
智子にとっては記憶に残らない言葉だったのかもしれない。
しかし、大きく心を動かすには十分すぎるものだった。
普通じゃない生活。
喉から手が出るほど欲しいもの。
とにかく、逃げ出したかったのだ。このつまらない平凡で退屈でどうしようもないこの日常から。
どれだけもがいても、どれだけ抵抗しても、変わらないことは分かっていた。そんなこと、もう高校二年生なのだからよく分かっている。分かっているからこそ、やりきれない思いでいっぱいになるのだ。心が日に日に乾いていくことが耐えきれなかった。
大人になっていくにつれて、この思いも薄れていってしまうのだろうか。仕方のないことだと諦めて、変わらない日々に溺れていってしまうのだろうか。そして振り返って思うのだろうか。馬鹿で阿呆なことを考えていたなと。ああ、あの頃は若かったなと。
「……うん。そうかもしれない。いや多分そう。私、他の人が体験したことのないようなことがしたい。毎日同じことの繰り返しが嫌なの。欲しいものは欲しいし、やりたくないことはやりたくない。我儘かもしれないけどそれが本心だよ! 皆黙ってるだけなんだよ。本当はやりたいこともやりたくないことも欲しいものも欲しくないものもいっぱいあるくせに、仕方のないことだって諦めてる。それで文句ばっかり言うの。私は違う! 私はちゃんと声に出すよ。諦めたくないの!」
最後に強く叫ぶと、智子は少し圧倒されたように目を見開いたが、すぐに優しく微笑んだ。
「いいと思う、そういうの。私は諦めちゃってるけど、香澄ちゃんは諦めてないんだね。カッコイイ! 応援するよ。でも、いけないことはしちゃダメだからね?」
素直に、ああこの子は天使だと思ったのは、私だけではないだろう。
いい友達をもったなとしみじみ思い感動していると、丁度昼休みの終わりを告げるチャイムが教室中に鳴り響いた。