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――秋葉原の地下鉄駅は何度も来ていた。
僕の妹が買い物を命じるので、よく行くのがほとんどだけど。
夜遅くなって、時間は夜の八時を過ぎていた。
歩き疲れて、僕はベンチにくたびれた顔で座った。
隣の晴海はそんな僕を、いつも通りの穏やかな笑顔で見ていた。
今日は忘れもしない、晴海が初めて僕を誘ってくれた最初のデート。
日曜の夜になって、だいぶ人が少なくなった地下鉄駅構内。
「今日は楽しかった?」
「うん、そりゃあ……」
想像していたデートとはだいぶ違った。
おしゃれな夜景、一緒の食事、そう言うモノは一切なかった。
だけど、それも晴海らしくてよかった。
秋葉原は晴海が一番好きな町だ。
本人いわくゲームがたくさん売っていて、レアなゲームも手に入るまさに町自体がテーマパーク。
ゲーム好きの晴海は、どんなきれいな景色の場所よりも、アトラクションのある遊園地よりもこの町が大好きだというのが晴海の力説でよくわかった。
晴海とゲームショッピングデートをした場所は、日曜の朝から夜だった。
いくつものゲームを買い込んで、満足そうな晴海がそこにはいた。
「今度、いつ会える?」
「えと……晴ねえの大学がいそがしくないなら」
「大学生は……基本的に暇なものよ」
「暇なんだ」
「あっ、でも私は忙しいかな。
ゲームとか、勉強とか、サークルとか、バイトとか」
「ゲームばっかりじゃないですか」
「でも、私は誉君の彼女だから。誉君が楽しい事、私も誉君が楽しめることをしたいな」
「晴ねえ……」
晴海の穏やかな笑顔には叶わない。
大人っぽくて無邪気、でも周りがよく見えている晴海は今まさに僕の彼女なんだ。
「誉君も進級でしょ。来月から高二になるのよね。学校にも慣れたでしょ」
「はい……結衣も弘明もクラス別になったけど」
「それは残念ね」
「いいんです、僕には晴ねえが……晴海がいるから」
「そっか、私も……誉君がいるから」
そういいながら、晴海は僕の顔を覗きこんだ。
やはり晴海はかわいい、長い髪の清楚な晴海を僕は好きになってよかったと思えた。
「ねえ、デートの記念が欲しいな」
「デートの記念って、ゲームを大量に買い込んだじゃないですか」
「ああ、『影の伝○・激レア版』でしょ。このゲーム、なかなか手に入らなかったのよ。
五万五千円はさすがね、奮発しちゃった」
笑顔でゲームソフトを見せていた。中古で、しかもかなり昔のゲームソフト。
CDではなくカードリッジっていう記憶媒体を使っているらしい。
でもゲームソフト一本五万円って、僕には理解できない世界だな。
「そのゲームはやるんですか?昔のゲームソフトだから本体は……」
「ないわ」
「じゃあなんで買ったんですか?」
「誉君との初デートの記念よ」
たまに晴海の金銭感覚が、理解できないことがある。
晴海の家が元々裕福な家というのもあるらしいが。
ピンクのワンピースを着た清楚な晴海は、ゲームを一つ一つ丁寧におしゃれなカバンに入れていた。
「人はね、不完全な脳を持つの」
「不完全な脳?」
「人間ってどんなことも記録をできない生き物でしょ。
一か月前の今日、どこで何を食べたかなんて覚えていないでしょ」
「ええ……まあ」
「だから神様は人に記憶させる脳を与えたの。
でも人は感情や思い出として残すことができる。それが記憶。
だから、このゲームを買って残したことが思い出じゃなくて……
誉君と一緒に『影の伝○』を秋葉原で探し回った記憶が、私にとって大事だったの。
誉君、もしかしていっぱい歩かされて嫌だった?」
「いえ、僕も楽しかったです」
実際にこのゲームを買うのに、ずっと歩かされた。
歩くことで、いろんなものが見えた。
正直、秋葉原は『オタクの町』という偏見を持っていた僕の価値観を崩した。
綺麗に区画整備された町並み、高い商業ビルに多い外国人は独特の町だった。
そのことが僕自身の新たな発見があったし、晴海との距離も縮められた。
「今度は……誉君が私を誘って。私をどこか連れて行って」
「えっ、でも晴海の好きそうなところって……」
「どこでもいいの、思い出が欲しいから。誉君との思い出。私には時間が……」
「時間?」
「ううん、誉君には関係ないわ。またデート行きましょ」
「うん、わかった」
僕は素直に頷いた。
地下鉄のホームで、聞こえてきたアナウンス。
『まもなく列車が到着します、白線の内側に下がってください』とアナウンス。
それを聞いて、ホームの人が動いていた。
「じゃあ最後に……もう一個デートの記念」
「えっ?」
戸惑う僕の前に、隣で座っていた晴海の顔が間近にあった。
無防備だった、僕は目を疑った。
次の瞬間晴海の唇が、僕の唇と重なっていたから。
ベンチで僕は晴海とキスをした。ファーストキスだった。
長い髪をなびかせていた、穏やかな顔の晴海と僕はキスを交わした。
「今度も、デートの最後にキスしよ。私は思い出がいっぱい欲しいの」
笑顔で言った晴海の少し後ろに電車が来ていた。
だけど、僕の心臓はずっとドキドキしていた――




