90
秋葉原のビルは、すでにいくつか倒壊していた。
さっきまで夕暮れにネオンが輝いていた電脳都市は、ほんの三十分ほどで半壊していた。
無事なビルと破壊されたビル、地面にはメイド喫茶の看板が落ちていた。
崩れるビルの壁に、散乱する窓ガラスは、今までの天災ドラゴンよりはるかに規模が大きい。
太陽が沈んだことで、周りの暗さが残っていたが月明かりと、一部街灯の明かりもあった。
そして、何よりも活動をやめた巨大な樹の根っこがあちこちに見えた。
闇の中に不気味に見える巨大な樹の根っこは、静かにそこにとどまっていた。
「運がいいって?」
「ユグドラシルは太陽の光を受けて活動する。
太陽の光が活動源だ。だから太陽が沈めば活動をやめてしまう」
愛子が言うとおり、周りは夕日が沈んでユグドラシルは止まった。
予備電源で動いているのか、街灯の明かりいくつか灯り始めていた。
「それって、明日の朝まで動かないってこと?」
「そう、その間に人類は最後の選択が待っている」
「最後の選択?」
「そう、人類は滅びるか生き残るか」
「いきなり規模が大きすぎる!動かないんなら、このまま燃やしてしまえばいいんじゃないのか?」
「ドラゴンの鱗はどんな火も通さぬ。ユグドラシルも同じだ!」
それでも愛子は凛とした顔で、弘明を見返していた。
弘明は怒りを返せず、巨大な樹の根をじっと睨んでいた。
「大体、クソガキなんでそんなことを知っている?知っていてなんで何もしない?」
「ユグドラシルを作ったのはお前たち人間だぞ!それを忘れるな!」
「なんだよ、それ……」
「ユグドラシルは欲望の究極の形。人間の欲望が集まってできたものだ。
だけど事象化されなければ、見ることも現れて被害を出すこともない。
結局ユグドラシルはこちらの世界のモノだけでもないからな」
「どういうことだ?」
「欲望……それがあの樹を生み出したことに変わらない。
ヤトノカミも、アジ・ダハーカも竜器を持っていた。
その竜器の存在しているそのものが、欲望を集めてユグドラシルを作った。
アジ・ダハーカは金をばらまいては集めさせて、ヤトノカミは自己アピールをした。
これは二つとも共通することがある」
「欲望……」
「そう、人間は所詮動物なのだ。動物は本能のままに動く。
それが人間の場合は多様化して欲望と言われている。だけど欲望は人間を動かす動力にもなる。
竜器はそれをユグドラシルに転送するものだ。
コインを手に入れれば、金銭欲がユグドラシルに送られる。
情報を送れば、自己顕示欲がユグドラシルを生み出す力になる。
冬規よ、ぬしは拡散メールで自分の名前を書くことを言われたのだろう。
ネット内にある欲望の空気が、ユグドラシルを成長させる育成剤でもあるのだ。
拡散メールには、冬規の名前が書いてある」
「『ベイズ』って書いてあるのが……そうか!」
「そう、『ベイズ』の名前の認知度を上げるこそユグドラシルを成長させていた。
すべてニーズヘッグの作戦というところだ」
「ニーズヘッグって何者ですか?」それを聞いたのは棗。
「あちら側の住人だ、わらわと同じ……ボスドラゴンだ。
奴の目的は、ドラゴンを作って欲望を集めてユグドラシルの復活にある。
そして彼の目的は達せられてしまった。
わらわはドラゴンを未然に封じて、ニーズヘッグの妨害をしようとしたが、やはり条件が違う」
「条件?」
「そんなことより、ユグドラシルだ」
愛子は巨大な樹の根に手を触れていた。
さっきまで脅威を与えていた巨大な樹の根は、今は全く動かない。
神妙な愛子の顔に、結衣がスマホを取り出していた。
「そんなのゲームで倒せばいいじゃない」
「無駄だ」
結衣がスマホを取り出して、画面を見たときにそれを制したのが愛子だ。
「無駄って……」
「ユグドラシルは見て分かる通り、ドラゴンではない。
ドラゴンと違い、元々人間が変化したものではないから。
電波を発している源がないと『ドラゴンプラネット・トルース版』では戦えない」
「それじゃあ、何のためのドラプラだよ!」
苛立ちを弘明がぶつけていた。巨大な樹の根を蹴っ飛ばす。
痛そうにしている弘明に、さらに彼の機嫌が悪くなった。
だけどそれを、愛子は淀んだ目で見ていた。
「じゃあ、人類はこのまま絶滅するのを待つだけなの?」と結衣。
「いや、ユグドラシルにはたった一つだけ弱点がある」
「弱点?」聞き返す棗。
「そう、存在できるのが地球で百年だ」
「百年?」
「そう……百年だ。絶対百年しか存在できない」
「百年も存在したら、そんなもん倒しようがないじゃないですか!」
「だろうな、だからこその『ドラゴンプラネット・トルース版』なのだ。
喋りが過ぎたようだ。いまからやることを一つだけ言うぞ。有明に帰らねばならん」
僕の突っ込みに、愛子が頷いていた。
「なんでそうなるのよ?」
「ユグドラシルを寝かすためだ」
「寝かす?」
「そのために有明へ帰るのだ」
「そうはさせない」
そう言いながら、上の方から声が聞こえてきた。
一度聞いたことのある声の主は、間もなく現れた。
見上げた僕たちは、驚いた顔を見せた。
ぼんやりとうっすら明るい街灯の光に生えたのが、灰色の鱗のドラゴン『ニーズヘッグ』がいた。
腕を組んでは僕達を見下ろしていた。
「久しいなエキドナ」
それはまるで、余裕たっぷりで僕たちをゴミ同然の様に見下していた。
「ニーズヘッグ、随分余裕だな。夕方にユグドラシルを出すミスを犯すとは」
「なに……ユグドラシルは人類では絶対に倒せぬ。お前が開発したそのゲームであってもな。
だがエキドナ、お前は邪魔なのでここで死んでもらうぞ。
人類は衰退し、一度地球を浄化しないといけない」
「ニーズヘッグか……まさか!」
喋りかける灰竜に、空を見上げた愛子や僕たちがいた。
まるでその出で立ちは、世界を絶望の淵に叩き落とす死神のようだった。
そして灰竜の口にはすでにブレスの原形が見えた。




