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チャットルームに入ると、そこにはエキドナがいた。
ハルヒメの僕がエキドナのメールを見て、ヴァルキリアとK・シューターも招いた。
そこは僕達しか入れない、僕達専用の部屋。
「エキドナ、うまくいったのか?」
「ああ……うまくいった。竜器を今消滅している」
「消滅って……」
「冬規のスマホごと消滅させた」
エキドナの言葉に、僕は驚いていた。
そばにいたナツナイトが、勝利のポーズを見せてかわいく飛び跳ねていた。
「大丈夫かよ?」
「うん、竜器を解除したからしばらくヤトノカミになれない……
だけどね……あっ!ちょっと離席します」
ナツナイトの声が、幾分か弾んでいるように見えた。実際はチャットで文字しか出ないから。
「棗には冬規の説得に当たってもらった、メールを受け取らないようにさせないといけない」
「それはできるのか?」
「棗次第だ……できることはほとんど終わった」
「ならば、俺はどうすりゃあいいんだ?電車発車なう」
「弘明、とにかく早く秋葉原に来なさい!」
ヴァルキリアも素に戻ったのか、弘明こそK・シューターに言っていた。
「『ドラゴン警報』も解除したしね」
「そのヤトノカミだが、どんなボスドラゴンかわかるか?」
「どんな?ボスドラゴンってこと?」
「はいはいはいっ!」
手を挙げてアピールしたのがヴァルキリア。
「じゃあ、ヴァルキリアさん」
「足の速いチキンドラゴンです!」
ヴァルキリアが言うと、なぜか頭を抱えたK・シューター。
「お前やっぱりノーキン……」呆れた顔のK・シューター。
「何よ、あたしの言うことは間違いじゃないわ。
ただのチキンじゃない。足が速いだけで……」
「そうじゃない、ドラゴンは欲望の形だ。この話は、一度全員に話してあるはずだが」
咳払いをして渋い顔を見せたエキドナ。ヴァルキリアは渋った顔文字を出してきた。
「……じゃあなんなのよ?」
「僕も……ヤトノカミの考えがよくわからない」
「ヤトノカミの欲望は『自己顕示欲』だ。彼は『自己顕示欲ドラゴン』ということになる」
ドヤ顔でエキドナがしゃべっていた。
本当にエキドナを動かしているのは愛子……なんだよな。と疑いたくなる口調で。
「なんだよ、自己顕示欲って?」とK・シューター。
「簡単な話、自分をもっと知ってほしいという欲だ。
自分はこういう人間です、自分はこんなことができる人間ですっていう欲」
「なんか見栄を張っているっていうか……」
「そうだろう。ニュアンス的にはそうなのだが、そこまで露骨ではない。もっと小さなものだ。
分かりやすく言えば課金だな、みんなより強くなりたい、かっこよくなりたい。
それを実現できるのが課金で、自己顕示欲の証だろうな」
エキドナの言葉に思うところがあるK・シューターはちょっと反応した。
淡々と話を続けるエキドナ。
「彼の竜器は、ネット社会に依存した象徴でもあるスマホ。
彼の生活、彼の出会い、彼の情報は全てネット社会を中心に成り立っている。
そこで見えるモノは彼にとって全てで、現実社会の中にあるものを彼は避けてきた」
エキドナの言葉に僕は理解ができた。
冬規はリアルがいらないって言っていた。
ならば棗はいらないのか?それは僕にとって理不尽だった。
いや違う、これはもしかして……
「だから棗か?」
「そうだ、冬規は唯一リアルで棗と接点がある。冬規を立ち直らせるのは棗しかいない。
言ったはずだ、欲望を解消する手立てを打たない限り、彼は再びドラゴンになってしまうだろう」
「それで、ナツナイトは説得に向かったのね」
ヴァルキリアはナツナイトをつついた。だけどナツナイトは動かない。
「あまり、ナツナイトを刺激するな。電気が流れているんだから」
「そうね、でもなんかいじりたいじゃない」
「ダメ」
ハルヒメの僕がヴァルキリアを諭していた。
いじめたヴァルキリアはナツナイトのそばでじっと見ていた。
一方僕は、ハルヒメでナツナイトを応援していた。
冬規は僕が嫌いだった。
誰であろうと僕は嫌われていたのが、正直ショックだった。
でもそれは棗のことを思う気持ちだとしたら、少しだけ許せた。
冬規は棗が取られるんじゃないかと思ったと危機感を覚えた。だから僕を恨んだ。
冬規にとってリアルの人間で、棗は唯一つながる相手なのだから。
それから間もなくして、ナツナイトは戻ってきた。
「ただいま~」
「おかえり……ナツっ!」
相変わらずテンション高いヴァルキリア。
ナツナイトはいつも通り落ち着いていた。
「待っていました!」とばかりにナツナイトに抱きつくヴァルキリア。
なんで結衣は、すぐ棗に抱きつくだろうか。よくわからない。
「ヴァルキリア……くすぐったい」
「いいじゃない、いいじゃない。どうだったの?」
「エキドナさん……私、成功しました」
「そうだなナツナイト。おまえができぬのならば、この世にできる者は誰もおらぬのだろう」
エキドナは扇子を開いて、自分を優雅に扇いでいた。
それを見てはナツナイトがなぜか敬礼していた。
「これで冬規は……」
「実はもう一つ気になることがある」
扇子を閉じて、難しい顔に変わっていたエキドナ。
にらみを利かしたような風格のある顔のエキドナは僕の方を見ていた。
「ハルヒメよ……いや野高谷と親園」
「エキドナ、いきなり僕の名前を出してどうしたんだ?」
「二人は見たのだろう『ギアス・メール』」
その名を聞いた瞬間、思い出される頭が割れような頭痛の感覚。
嫌悪感しかない、悪魔のようなメール。
文字が浮かび上がって、僕に襲い掛かってくるような文字列。
「あれはなんなんだ?」
「調べないといけないな、ただ一つだけ分かったことが……」
「なあ、外が騒がしいんだが」
いきなりK・シューターが声を出した。
ヴァルキリアの言葉に、僕はスマホから顔を上げた。
まだシェルター内にいた僕だけど、数人の人間がシェルターに残っていた。
むしろこっち側は静かだ。
「……嘘だ」エキドナがさっきまでの自信からおののいた。
「どうしたの?」
「どこかのテレビを見てみろ!」
K・シューターの言葉に、シェルターの一角で集まっている場所を見つけた。
それはテレビ画面のあるところだ。
そこでは緊急ニュースが届いていた。
テレビ画面から映し出されたのが東京湾の映像。
だけどそこにはありえないモノが見えた。
「あれは……ユグドラシル」
突如、巨大な樹ユグドラシルがテレビ画面に出てきた。
それは夢で見たことがある巨大な樹。夕日を浴びていきなり巨大な樹が突然現れた。
東京の空気を一変させたが、さらにもう一つ変えたものがあった。
「ドラゴン警報、また?」
ワンセグ画面にはドラゴン警報が鳴っていた。
僕のスマホも震えていた。そのあと見えたのが灰色の鱗のドラゴン。
大きさこそ小さいものの、威圧感を放つドラゴン。
それは今までのボスドラゴンと同じだった。
「初めまして。ボクはニーズヘッグと言います。
ユグドラシルを管理するものですよ」
その名前を聞いて、僕とナツナイトが反応した。
「そう……彼が『ギアス・メール』の差出人」
僕は灰色の鱗のドラゴンを、テレビ画面を通してずっと見ていた。




