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僕と棗は走って逃げていた。
ヤトノカミは足だけは圧倒的に早い。ゲームでもリアルでもそれを僕は知っていた。
夕暮れ時の秋葉原をひたすらに走った。呼吸が苦しいが、捕まれば殺される。
秋葉原ではすでにドラゴン警報が鳴って、賑やかな町が一変してサイレンが鳴り響く。
メイド喫茶の入ったビルを駆け降りたころには、すでにヤトノカミが追いかけていた。
ドラゴンは人間より足がはるかに速い。
これが結衣の言う『ボスボス』感なのだろうか。恐怖を背中に感じていた。
秋葉原の街灯スピーカーから何度も聞こえる『ドラゴン警報』。
それまでにぎわっていた人は、避難……しているかと思えればそうでもない。
人は相変わらずショッピングに興じていた、なかなかこの町の住人は図太いな。
だけど、僕の背後から異様な熱量を感じていた。
そこにいたのがドラゴンで僕を間違いなくねらっていた。
「どいてください!」
棗と一緒に、秋葉原の細い路地を抜けて大通りに来ていた。
息を切らした棗は、くたびれた顔を見せていた。
「最悪……戦えばヤトノカミを止める事など……」
「バトルモードは戦い始めれは、ヤトノカミを止められる。
でも、あれはダメだ。バトルモードを始めたらどちらかが死ぬまで出ることができない。
それじゃあ何の意味もないんだ!」
「でもこのままだと……」
「逃げてドラゴンモードで、ヤトノカミと向き合う。そのためにもまずはシェルターを探す」
走りながら僕たちは秋葉原の大通りに来ていた。
「このあたりのシェルターは?」
「えと……私が知っているのは大型ディスカウントショップ『ド○・ホーテ』ね」
「分かったそこまで……」
だけど、嫌な声が背後から聞こえた。それはまるで獣のような鳴き声。
「ニガ……サナイ」
あっという間に、目の前に現れた透明なドラゴンヤトノカミ。
ヤトノカミの動きに僕は恐怖を感じた。
透明だけど実態を感じるヤトノカミは、それでも威圧感を放っていた。
ゲームじゃない、これはリアルだ。
牙一つで僕は食い殺され、爪一つで僕の心臓はえぐられる。
豊洲神社で見たそれと同じ。あの時と違ってそばにいるのは棗。
せめて棗は守らないといけない。棗はヤトノカミと向き合える唯一の人間だから。
「やめて、冬規!」
だけど棗の悲痛な叫びはもう届かない。
ヤトノカミはゆっくりと僕に向かってきた。
変な動きをしたらきっと素早い動きで僕達をとらえるだろう。
前に出る棗に、僕は彼女の手を握っていた。
「最悪、僕はナツだけを逃がす」
「誉……だめ!私は昔と違って強くなった、あの時の私とは違う」
「僕はもう、誰も失いたくないんだ!あんな悲劇を繰り返したくないんだ!」
晴海の時に僕は思った。失うという恐怖を、辛さを。
リアルは待ってくれない、死んだらそれで終わり。
ゲームと違ってリセットはできないことを、晴海を失ったあの時に知った。
次の瞬間、ヤトノカミは僕の方に襲い掛かった。
棗を巻き込まないために僕は、棗を押して両手をクロスさせて顔を守った。
だけど、ドラゴンの力は人間を軽く凌駕した。
吹き飛ばされた僕は、無様に地面に叩きつけられた。
背中を打って、周りの人間から悲鳴が上がった。
さっきまでの普通のショッピングが一変して、周りの殺到が逃げ出す。
押された棗は、心配そうな顔で僕を見ていた。
右腕をナイフで切られたように血が流れた。幸い顔に傷はない。
「誉さん!」
「シネ……」
すかさずヤトノカミは僕に向かって飛び込んできた。
爪を構えて、僕に飛びかかった。
唇をかみしめ、体を起こしてヤトノカミを見上げた。
だが次の瞬間、ヤトノカミが消えた。いや伸びた手が引き離されて下がっていく。
「えっ?」
透明な実体ある体は、次の瞬間には地上にあった。
僕の足元から数十センチほどで、透明な腕を伸ばしていた。
だけど必死に伸ばすヤトノカミの透明な腕が、僕の足元にすら届かない。
いくら手を伸ばしても透明な手が、僕に触れることはなかった。
「どういうこと?」
「……みんなです」
棗はスマホを見ては笑顔を見せていた。
そして確信できた、僕は助かったんだって。
僕の運命は、僕の最後はここじゃないとそう思えた。




