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今の僕は弱い……いや弱くなった。
血を見ただけで不安になり、吐き気がした。
それは晴海の最期を見て、弱くなったのを自覚した。
自分の部屋で『ドラゴン視アター』を見た僕は、顔色が悪い。
口を抑えたまま呼吸を乱して、その場にしゃがみこんでいた。
ベッドの上ではスマホを片手に持ったまま、愛子が座ってそれを黙って見ていた。
「愛子……」
「野高谷……辛いか?」
「うん……大丈夫」
胸やけは少し残るものの、喋れるほどに回復はしていた。
戻った僕の部屋で、愛子は持っていた割り箸で僕をさした。
おそらくその割り箸には数分前にはチョコバナナが刺さっていたものだろう。
「この者が何者かわかったか?」
「分かるわけがないよ!」
「ヒントは出ただろう」
「あのゲーム……またゲームか」
「ふむ」愛子は考えるしぐさを見せた。
だけど、僕の手元にはそれを調べる術はない。そんなことより気になることがまだあった。
「愛子ちゃん、このドラゴンもどこかにいる普通の人間だよね」
「当然だ、ドラゴンは人間だ。人間の欲望の形が特化した姿にすぎぬ」
「だとしたら……助ける方法は?」
僕の頭に生徒会の光景と、銀波会計の顔が浮かんだ。
銀波会計はドラゴン『アジ・ダハーカ』だった。
一か月前、僕たちは激戦の末にアジ・ダハーカを倒した。
倒したので銀波会計はもうこの世にはいない。
アジ・ダハーカとして僕たちと戦ったのちに死んでしまったから。こんな戦いはもうたくさんだ。
ヤトノカミもドラゴンならば……人間ならば戦わないですむ方法があるかもしれない。
脳死した銀波会計や金森会長を見て、僕はそう感じていた。
「ドラゴンを助けるとな。面白いことを言う」
「僕は見知らぬドラゴンを助けたい。戦わないで助ける方法は?」
「一個だけあるぞ」
「本当か?」
「だが……それよりもまずはドラゴンを探す方法が先だ。
相手が分からぬのでは戦うことも救うこともできぬ」
「分かった。でも僕はやっぱり愛子ちゃんのことを……」
「今度はわらわの質問に答えてもらおう」
「質問?」
「そうだよ野高谷。人類を助けたいと思わぬのか?」
「へ?」いきなり規模の大きいことを言ってきた愛子。
愛子の顔は、それでも真剣というか冗談を言っているつもりはない。
「それはドラゴンの根幹を倒す戦い。
人類が生き残れるか滅亡するかの戦いが近いうちに起きようとしている」
「なんだよ、それ?」
「それは世界を飲みこむ樹、世界樹『ユグドラシル』の事実化」
「ユグドラシル?」
「そう、全てのドラゴンはユグドラシルに繋がっているといってもいい。
ほら、ドラゴンプラネットのオープニングにも出ているだろう」
愛子に言われて僕は、ドラゴンプラネットのオープニングデモを見ていた。
最初の背景では、確かに巨大な樹が見えた。
今までずっと気づかなかったが、その樹は夢で見たあの霧の中にある大樹とよく似ていた。
「これって……」
「ユグドラシル。この樹は世界を飲みこむ樹、世界の終末にあられるのだ」
「なんか宗教的な話だね」
「ドラゴンは所詮その尖兵だ、ドラゴンが現れることでユグドラシルが『事実化』する」
「ちょっと待って!『事実化』って?」
「そのままの意味だ。人には絶対に目には見えない神秘の世界がある。
それは人類が踏み入れえなく、干渉もできない、存在すらも知らない不思議な空間。
人はそれを、神秘とかオカルトとか言うのだがな。
でもそれは霊体で……まあ実際見えない。
でも事実化すると触れることができ、干渉し、人も関われる。それが事実化」
淡々とエキドナは憮然とした顔で、ベッドの上から僕に演説していた。
でも僕はそれを違和感なく信じられた。
この世界にはドラゴンがいる、ドラゴンも天災と言われていたから。
ならば世界を飲みこむ樹も信用できないわけではない。
「で、ユグドラシルが出てきたら……」
「人類は消滅する」
「なんだよそれ!」
「だからユグドラシルを事実化させてはならぬのだ」
そうはいっても、僕は正直難しい顔を見せた。
「でもどうやってそれを阻止するの?」
「そのためにこのゲーム、『ドラゴンプラネット・トルース』がある。
五人のプレーヤーを選抜する必要があった」
「でも、なんで『たまだん』の僕達のメンバーなんだ?」
「うむ、いい質問だ」
愛子はそう言いながら黒いスマホを見せてきた。
それは、ドラゴンプラネット・トルースのオープニングデモ画面。
「このスマホは、たまだんで試験的に配った。
だからどこの携帯会社にも属していない。試作品なのだぞ、一点ものだ」
「えっ、試作品って?」
「野高谷はまぁ知らない方がいい。大人の事情だ」
そう言いながら、愛子は不意ににこやかな顔を見せていた。
幼い愛子の笑顔は、年相応にかわいかった。
「知らない方がいいって、それじゃあゲームにする意味がどこにあるというんだ?」
「人生はゲームだ、そう思わないか?」
ドヤ顔の愛子に僕は首を傾げていた。
その言葉の意味を僕は全く理解できなかったから。




