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――ナツ、いや『親園 棗』はたまだんにいたころからある種の薄幸の少女だった。
これは棗が中学に入ったばかり出来事。
僕達は地元玉地区の公立中学に通っていた。
そのため、朝になると団地の前に集まっていた。一緒に安全に通学するためだ。
親たちが決めていたことで、僕達もそれに反対しなかった。
学ラン姿で集まっていた僕、それから同じ年の弘明と一つ年上の太。
それから間もなくしてセーラー服姿の結衣がやってきた。
「おはよー」中学生なのに、胸がデカい結衣は反則だ。
思春期の僕と弘明は目をそむけてしまう。
無神経な結衣はまたブラをつけ忘れているのか、揺れが大きい。
「ああっ、また目をそむけた。なんでよ!」
「結衣、お前……」
「非常識すぎる」
僕と弘明は呆れて同感していた。
それでも結衣は不機嫌な顔で僕達の方に顔を覗き込んだ。
「なによ、あたしの何がいけないのよ」
自覚していないのが、さすが『ノーキン』と言われるだけのことはある。
だけど、それをあえて口にしない。思春期の難しい男心というものか。
でも太は相変わらずおっとりしていた。そんな太に結衣が声をかけた。
「晴ねえは高校の文化祭で用意があるんだって。ねえ、ナツは?」
「まだ来ていない。もうすぐ来るんじゃないか」
「あっ、来た!」
結衣が笑顔で手をぶんぶん大きく振っていた。
正面の階段から棗が下りてきた。だけど、棗の様子が少しおかしかった。
セーラー服姿の棗を、僕はじーっとみていた。
「ナツ?」
「おはよう」
いつも通り小声の棗は、頬に大きな絆創膏があったから。
すぐさま結衣が駆け寄って、一個下の棗の頭を撫でていた。
「ナツは今日もかわいい」
「はい、ありがとうございます」
少し怯えるような目に、そばにいた結衣は気づかないが僕は気づいていて口にした。
「ナツ、頬どうしたんだい?」
「えっ……これは……」
棗は明らかに困った顔で頬を抑えた。
普段はおどおどしてあまり感情を表さない棗が笑顔だった。
「学校で……擦りむいたの。学校で掃除のときに私……転んじゃって」
「そうなんだ……大丈夫?」
「うん……大丈夫」
「ナツはあたしが守ってあげるから、何かあったら遠慮なく言ってね」
結衣は笑顔で言うと、棗も結衣に合わせるように笑顔だ。
だけどすぐに表情が曇ってしまった。
「じゃあ行こうか、学校に」
太の言葉に僕たちは歩きながら学校を目指していた。
それは桜がかすかに残る四月、棗が中学に入って一週間ほどの出来事だった。
……最初は小さなけがだった。
だけど日を追うごとに、棗のけががどんどん増えていった。
顔には擦り傷が増えて、足や腕にも絆創膏が次々と増えていく。
棗は擦り傷や転んだと言っていた。
みんなは彼女の言葉を信じていた。
だけど、僕は棗がなにかトラブルに巻き込まれているとずっと考えていた。
どうしても気になった僕は、ある日何気なく棗のクラスに行った。
棗はそこでクラスの男子と一緒に歩いていた。
端から見ても不良のような男だ。髪を茶髪ぎりぎりに染めて反抗期の少年。
棗はそんな少年に憧れの目を見せていた。
分かりやすく言うと恋する少女になっていた。
だが、彼は休み時間に棗を校舎裏に連れていく。
僕はそれを追いかけようとしたとき、背中に手が伸びた。振り返った先は……
「結衣、どうして?」悲しげな顔の結衣。
「誉……棗の事でしょ」
結衣もずっと棗のことを分かっていた。棗とほぼ一緒にいる結衣は知らないはずもない。
それをあえて触れないフリををしていただけなのだ。
普段は明るい結衣は、その時の顔がとても困った顔を見せていた。
「ナツ、あの男に何かやられているんじゃないかって」
「行っちゃダメ!ナツを邪魔しないで!好きになると何も周りが見えなくなるから」
だけど結衣の制止を振り切って、僕は棗を追いかけた。
意味の分からない結衣の言葉を完全に無視していた。
校舎裏、そこで見たモノは……暴行だ。
棗を取り囲む数人の男、みんな不良男子だ。
棗はいじめられていたのだ、それを見過ごせるはずもない思春期の僕は声を上げた。
「ナツっ!」
「なんだ?」
僕は前に出ると、地面にしゃがみこんだ棗が顔を上げた。
僕と棗の間には数人の不良。
リーダーっぽい茶髪の男は、僕のことを明らかに睨んでいた。
「なんだよ、お前は?」
「僕はナツの友達だ、友達がこんな目に遭っているのを黙っていられない!」
「邪魔するな、こいつは俺の彼女だぞ!」
そう言われて、茶髪男は僕に下品な笑い顔を見せた。
「そんなはずはない、ナツをこんなにいじめて……」
「誉……さん。本当なの?」
頬を赤く切っていた棗は、ゆっくりと立ち上がって僕を見ていた。
訴えるようなその目は、小動物が命乞いをするかのような目だ。
「そうだよ、親園は俺の彼女、俺がどうしようが勝手だろ」
「なんだよ……それ」
僕は右手をグッと握った。それと同時に仲間の二人の男が、僕の両脇に寄ってきた。
「誉さんは関係ない、だから……」
「手を出そうとするのなら、先輩でも容赦しない」
悪そうに笑う棗の彼氏に、僕は抗って不良学生を睨んだ。
「彼氏でも手を出していいわけないだろ!」
「でも、親園がそれを望んでいる」
「嘘だ!ナツはそれでもいいのか?」
僕が叫ぶと、泣き出しそうな棗はしゃがみこんで泣いた。
「私は強くなりたい、クラスで一番強い人に……憧れているの」
「そういうことだよ、先輩引っこんで下さい……」
それと同時に僕の両隣を挟んだ少年二人が僕を殴りに向かってきた。
だけど僕はそれをしゃがんでかわした。
両隣の男のパンチは空を切り、慌てて男同士の顔に当たりそうになった。
臆することなく僕は、茶髪の男に近づいていく。
「ナツは、そういう強さを求めているのか?」
「えっ……私は」
「そいつと別れろ、ナツにはふさわしくない」
「何しやがるんだよ、先輩!」
「お前はナツの彼氏にふさわしくない」
茶髪男が僕に対して向かって殴っていく。
だけど僕はそれすらも、難なくかわしていった。
この時の僕は驚くほど落ち着いていた。静かに棗の前まで歩み寄った。
「誉……さん」
「棗にはもっとふさわしい彼氏がきっといる」
「私は……彼の強さが……欲しいの」
「そんなものいらない、棗は弱くないから」
小動物の棗に僕は優しく語りかけた。
僕の言葉で棗の表情が少しだけ明るくなった。
「クソッ、馬鹿にしやがって!」
すると、僕の背後から三人の不良が立ち上がって憎悪のオーラを放つ。
拳を構えて、背中を向けた僕に襲い掛かろうとしていた。
だけど、次の瞬間背後に人の気配が。
「そこまでだ、クソ野郎ども!」
不良の後ろから別の男が声を出した。
不良たちはその声を見て、振り返るとそこには拳を構えた弘明がいた。
「げっ、弘明!」
「弘明って、ゲーセンのパンチングマシンで170キロ出した奴だ!」
「そう、俺の170を食らいたくなかったら退散しろ!」
拳を鳴らすと、不良たちの顔の血の気は一気に引いた。
そのまま戦意を失った三人の不良学生は、あっという間に逃げ出した。
「弘明の悪名は相変わらずだな」
「何言っているんだ、俺に助けてもらったんだろ!」
弘明はかっこつけて長い髪をかきあげた。それを羨望のまなざしで見ている棗。
「ごめんなさい……私としたことが」
「ナツ、あういうのとはつき合っちゃだめだ。ナツが苦労するだけだし」
「本当にごめんなさい」
泣き出した棗は、僕に抱きついていた。
それを弘明が頭を掻きながら見ていた。
「それにしても、誉はそういうの好きだな。面倒なことに首を突っこむの」
「うるさい!」
「『ダメンズ担当官、野高谷 誉』の誕生だな。前もナツの彼氏を別れさせただろう」
「う、うるさいっ!あれは、援助交際してきたロリコンサラリーマンなだけだ」
そんな時、感傷に浸る余裕もなくチャイムが鳴っていた――




