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夜になって僕は自宅近くのコンビニに来ていた。
学校からある疑問があった。それは別のクラスで、成績が劣等生の弘明のことをなぜ佐藤さんが知っていたか。
結衣と違って生徒会役員でもないし、弘明は部活もやっていない。
でもこのコンビニには、疑問を解決する答えがすぐにわかった。
弘明と佐藤さんの二人は、同じコンビニの制服を着ていた。
佐藤さんは同じバイト先の弘明が好きになった……ということだ。
人がまばらになって、佐藤さんがレジに入って接客中。
奥の冷蔵庫前で商品補充をしている弘明に僕は近づいた。
今、コンビニには三人の店員がいた。それでも忙しさはない。
「弘明、買いに来たぞ」
「このコンビニは、マケたりしないぞ」
「分かっているよ」
弘明は真面目に手を動かしながら、僕の話を聞いているようだ。
持っていたペットボトルを、慣れた手つきで一つ一つ並べていた。
奥のレジは、佐藤さんが主婦の接客をしている最中。
眼鏡をかけていないので、遠くから見ても近くから見ても彼女だと分かりにくい。
彼女ら頼まれた質問の前に、僕は探りを入れた。
「なあ、弘明」
「ん?」
「弘明はなんでバイトしているんだ?
そんなに金に困っているようには、見えないんだけど」
「俺のためだよ」
「そりゃあそうだろ、小遣い稼ぎか?」
「ああ……小遣い。これのためかな」
弘明は仕事の手を止めて、コンビニの制服にある胸ポケットから取り出したのは赤いスマホ。
見せつけるようにかっこつけて、スマホを起動させて僕に見せてきた。
「スマホ?」
「ああ、今このゲームにはまっているんだ『モンスターハンナープライルゲート』」
それは、ソーシャルネットゲーム。
以前晴海が持っていた携帯ゲーム『モンスターハンナー』の携帯版ゲーム。
大手ソーシャルサイトが運営しているゲーム。晴海が少し前に言っていたっけ。
「これって、何?」
「何って、『モンスターハンナー』の公認ソーシャルゲームだよ。
あの人気ゲームの『モンナー』だぞ、誉に今から俺の自慢のキャラを見せてやる」
嬉しそうな顔で、弘明がゲーム画面を僕に突き出してきた。
そういうところが、晴海と弘明はよく似ているな。
ゲーム画面にはイラストで恐竜が写っていた。
けたたましい恐竜は、雄たけびを上げているのか強そうな風格が漂っていた。
「これがアルティメットレアの『ビッチバンクレックス』」
自信たっぷりに胸を張る弘明に、僕は呆気にとられた。
「これ?」
「ああ、こいつはレアモンスターで、攻撃力がヤバイんだ。
俺のエースってところだ、なにせ契約金一万だからな」
「一万って……もしかしてお金?」
「そうだよ、ガチャで一万引いて当てた。
こいつは期間限定で、もう二度と手に入んないんだぜ。
破壊的な攻撃力に加えて、スキルで回避アップもついているから……マジヤバイ」
力説する弘明に、僕はある考えに思いついた。
「まさか、バイトってゲームのアイテムを買うのに」
「ああ、そうだよ」
「ごめん……やっぱり理解できない」
「うるせえな。稼いだ金を、人がどう使おうが買ってだろ!
金の価値はな、そいつがその時にどう使うかで価値が決まるんだ!
お前に言われる筋合いはない、臆病な誉!」
スマホをしまって少し不機嫌になっていた。
まずい、弘明は機嫌が悪くなると喋んなくなってくるぞ。
僕はレジの方に視線をちらりと見せた。佐藤さんが普段と異なり笑顔で接客をしていた。
「ごめん……弘明」
「俺も言い過ぎた」
ペットボトルを冷蔵庫に再び並べ始めた弘明。
だけど僕の方に顔を向けてくれない弘明。
彼なりのプライドを僕は一つ傷つけてしまった。
佐藤さんの頼みを引き受けてしまった手前、聞き出さないわけにもいけない。
ここで諦めようと思ったけど、話題を変えることにした。
「弘明、そういえば『ドラゴンプラネット』にも課金あったよね」
「あれは『課金』っていっているけど、課金じゃないし」
話に乗ってくれた弘明、これはチャンスだ。
「どういうこと?」
「誉って課金アイテム買ったことないんだっけ?」
「うん」
前回の戦いで、結衣が課金アイテムを買っていた。
薬が課金アイテムとか、弘明も武器を買っていたのも見ていた。
だけどハルヒメは、職業『神官』なので回復はスキルで行える。
アジ・ダハーカの『空の見えない世界』という必殺技があったから回復アイテムを買ってもいいかもしれない。
最近、ようやく課金ショップを見つけたが。
ただスキルを回復するアイテムはないようだ。
「あれは、なんなの?」
「時間だ」
「時間?どういうことだよ?」
僕の言葉に、疲れた顔の弘明は手を再び止めた。
だけど顔を向けてはくれない。黙ってペットボトルを持ったまま止まっていた。
「『ドラゴンプラネット』は、時間を金の代わりに使っているってことだ。
晴ねえが死んだのは……きっとそれだ」
「意味が分からない」
「それ以上もそれ以下もない」
「何だよ、それってまるで生きている時間を……」
「ああ、そうだよ」
弘明が少し前にみたいに僕を睨んでいた。
ギラギラした弘明の目はやはり鋭く前みたいに威圧感を放つ。
ギラギラした目で僕を睨み、ため息をついた。
まさかとは思ったが、そこであることを思い出してしまった。
『誉君、私……ね。今日、この日に死ぬの……分かっていたから』晴海が言った最後の言葉。
納得できた瞬間、僕は泣きたくなった。
それを察知したのか、弘明が静かに口を開いた。
「お前、晴ねえのこと今でも好きか?」
「……うん」
「そっか。俺はあの時から、気持ちが少し離れてしまった。
結局、晴ねえの寿命は決まっていたんだ……」
「なんだよ、それ!」
僕はコンビニ内で思いっきり叫んだ。
無意識のうちに、弘明の制服の首を掴んだ。
弘明は元気なく首を横に振った。
「晴ねえが死ぬのが分かっていたから、お前は僕に譲ったというのか?」
「違う……あの時は少なくとも俺はこのゲームをやっていない」
「じゃあなんで?」
「俺と晴ねえの想いは、告白の日で終わった。晴ねえはお前の……女だ」
諦め気味の顔で弘明は、ため息をついた。
僕は勢いに任せて行ったつもり、結衣に言われたあることを思い出した。
「弘明は……好きなやつができたな!」
「お前……なんでそれを!」
僕の言葉に、弘明は分かりやすく顔を赤くした。
一瞬のことで、後ろの佐藤さんも驚いた顔を見せた。
レジにいる佐藤さんを僕はすぐに気にしては、叫んだことに最初の数秒だけ後悔した。
「結局弘明は、晴ねえよりも……」
「うるせえ!晴ねえはお前について行ったんだ!あの一件で俺は傷を負ったんだ、深く深く傷を!」
「何もわかっていない、弘明は!」
「なんだよ、お前だってわからないだろ。俺の事!
晴ねえがいつもお前のことを嬉しそうに話すことが、どれだけ俺にとって苦痛なことか」
弘明の言葉に僕は引き下がらない。我を忘れて怒りだした弘明をじっと見返していた。
「俺が、人を好きになっちゃいけないのか?新しい恋に向かうことを許さないのか?」
「弘明はそうやって気を変える!だから晴ねえにフラれるんだ」
「黙れよ!臆病者の勝ち組気取りか!」
「勝ち組じゃない、臆病でもない!」
「けどよ……あいつは、俺が晴ねえにフラれたときに優しくしてくれたんだ」
「なんだよ、それ……あいつって誰だよ!」
僕の質問に弘明は言葉を濁した。
口にするのをはばかるのか、いつになく顔を赤くしていた。
こんなに顔が赤い弘明を見たのは、二年前のあの日以来だ。
「……結衣が好きだ」小さい声で言う弘明。
「結衣?」
次の瞬間、僕に考えさせる間も与えずにスマホが揺れた。
そしてスマホの画面に、ドラゴン警報が表示されて赤く点滅していた。
それと同時に、僕は我に返った。
我に返って後ろが視界に入った。
レジでは、佐藤さんが泣き出しそうな顔になっていた。
僕と目が合うとそれでも作り笑顔になった。だけどその笑顔があまりにも痛々しく僕に刺さった。
それは彼女の失恋を意味していたから。
僕はまたしても無意味に人を傷つけてしまったのだから。
(僕の平和ってなんなんだ)と自分の中で呟いていた。




