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一瞬にして僕は恐怖を感じた。
覚悟はしていたけれど、アジ・ダハーカは威圧感を放っていた。
地下室は僕とドラゴン『アジ・ダハーカ』しかいない。
持っていたピンクのスマホを握り締めていた。
ドラゴンはみんな巨大なものだと思っていた。
だけど、銀波会計だった真っ黒なトカゲは巨大ではなかった。
身長は二メートルもない、銀波会計を一回り大きくした程度。
黒い肌に、六つの赤い目、翼が生えて、尻尾があり、牙と爪が発達していた。
「アジ・ダハーカ……」
僕の漏らした声と同時に、黒いトカゲは咆哮を挙げた。
咆哮はやはり威圧感があった。獣の雄たけびは足をすくませていた。
「私の姿を見た以上、あなたには死んでもらう」
アジ・ダハーカが爪を振りかざして、僕に襲い掛かった。
爪で僕を切り裂いてきた、一瞬の判断で僕は体を後ろにそらした。
はじかれたコインが宙を舞った。切り裂かれた地面は、鋭い爪の切れ味を物語っていた。
アジ・ダハーカの六つの目は全て、僕をじっと見ていた。
「人間は欲にまみれた生き物。金は強さの象徴」
「それでも僕は金に屈しない!」
「きれいごとでは片付かない。金で買えないものはない」
僕の前に仁王立ちのアジ・ダハーカ。
スマホを用意して唇をかみしめていた。
すぐさまバトルモードに突入すればいい。
目の前のアジ・ダハーカにバトルモードを申し込めば、戦いが始まる。
目の前のドラゴンに襲われることは無くなるのだから。
だけどいざ戦うとなれば、僕には勇気がなかった。
(戦わないといけない、僕は殺されてしまう)頭の中では分かっていた。
「話し合いはまとまりそうもないので、あなたには消えてもらおうかしら」
そんなアジ・ダハーカは、いきなり僕に向かって飛びかかった。
人間とは思えないほどの跳躍力に、体を転がしてアジ・ダハーカの爪をよけた。
反射的な、動物的なカンが働いていた。
「ほう、よける?楽に死ねぬぞ」
四つん這いになっていたアジ・ダハーカは舌なめずりをしていた。
まるでトカゲの様に、体を起こしてアジ・ダハーカを見ていた。
(どうする?仕掛けるか?)
だけど、ドラゴンに迷いは禁物だった。
すぐさま僕に飛びかかってくる四つん這いのアジ・ダハーカ。
僕は背中を向けて部屋を逃げ出した。
「逃げても無駄!」
ひたすら走る僕は震える足を奮い立たせて走り出していた。
捕まればあの爪で一撃だ。分厚い壁が、あっさりと豆腐のごとく切れていた。
でも戦う踏ん切りがつかなかった。一度バトルをはじめたら死ぬまで戦うしかない。
(何を考えているんだ、僕は!)
血相を変えてひたすら階段の方に走って逃げていく。
隠し階段を息切らせて登りきった。静かな倉庫。
一気に登りきったので、震える足は膝が笑っていた。
背後からドラゴンの気配は消えていた。
これだけのダッシュをしたのは運動会でもそうはないだろう。
(これで、大丈夫……だ)
だけど安堵の表情を浮かべた僕の油断は、一瞬で恐怖に変わった。
僕の頭を飛び越える影が見えたから。
そして、倉庫の入口を立ちふさぐようにいたアジ・ダハーカ。
「逃がしはしない、お前はここで死ぬ。お前は戦う勇気がない」
「くっ、ここまでか……」
震える手でスマホを構えた。
戦いは避けられそうもない。でもスマホをタッチしようとすると銀波会計の顔が脳裏をよぎった。
「ならば、せめて……」
「死ぬのはお前だ!」
飛びかかってくるアジ・ダハーカをカメラに収めようとシャッターを押そうとした。
その瞬間、エキドナのセリフが僕の頭によぎった。
それが僕の行動を遅らせたのだ、手をはじかれて僕に乗っかってきたアジ・ダハーカ。
ピンクのスマホから手を放してしまった。
「残念……あなたの負け」
「これまで……か」
アジ・ダハーカは口元に赤い炎を蓄えていた。僕に向かってブレスを吐く。
僕と違い迷いも躊躇もなく、はっきりと僕を殺す気だ。
体に乗っかってきて、腕を抑えたアジ・ダハーカ。
アジ・ダハーカの力は強く、腕がものすごく痛みがあった。
骨が折れたんじゃないかと思えるほどの強い刺激だ。
唇をかみしめてアジ・ダハーカを睨む。
「最後はブレスがいいでしょ、あなたの姿が残らないように完全に消滅してあげる」
だけど、アジ・ダハーカがブレスを吐こうとした瞬間、アジ・ダハーカが消えた。
そして、パシャっという音が少し離れたところから聞こえた。
「えっ?」
その音の方を振り返ると、一人の人間が暗闇から走ってきた。
間もなくして倒れた僕に抱きついてきた。
僕ははっきりと顔を見た。それは結衣だった。




