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有明高の生徒会室は、校舎の一階にあった。
生徒会室のそばにはグラウンドが見えた、奥には渡り廊下で体育館もあった。
放課後になるとグラウンドでは陸上部が練習をしていた。
あまり広くない生徒会室に、僕は一番乗りをしていた。
(結衣さえも……いないじゃないか。時間を間違えた?)
カバンを持っていた置いた僕は、静かな生徒会室で自分の席に着く。
席は端の方、一般だから当然だ。
僕の生徒会の役職は書記代理。
有明高全八クラスの中で、各自男女二名が生徒会役員になることになっていた。
クラスの役員決めのクジびきで、運悪く生徒会委員になってしまった。
もう一人の女子は、いつもサボって僕にほとんど押しつけるけど。
そう言えばちゃんと名前も知らないな。
役員の仕事も終えて、僕はカバンからスマホを見ていた。
それは、かつて晴海が持っていた淡いピンク色のスマホ。これは晴海の形見だ。
僕の携帯は、あのドラゴンの時の衝撃波で吹き飛ばされて壊れてしまった。
幸いMDカードは破損していないので、新機種に変えられるけれど。
だけどこの形見のスマホは大事に持っていた。
(スマホを託す……か)
晴海が言っていたこの言葉を、僕はちょっとだけ気になっていた。
何気なく持っていたピンクのスマホを、僕はあの時以来ロック解除した。
晴海のスマホには、お気に入りのゲームのキャラクターが出迎えてくれた。
(相変わらず晴ねえはゲーム好きだな)
メールが大量に届いていた、着信履歴が大量に残っていた。
などと思っていると、急に画面がザーッとなった。
まるで昔のテレビの砂嵐の様に。
それから数秒後、あるアプリが立ち上がった。SFっぽいがファンタジーのような世界が見えた。
「『ドラゴンプラネット』?」
(『ドラゴンプラネット』って本当にゲーム好きなんだな……晴ねえ)
晴海のスマホを見ては、彼女のことを思い出してしまう。
僕の目から自然と涙があふれていた、腕を振るわせて嗚咽をあげながら。
嗚咽をあげようとした瞬間、画面から声が聞こえた。
『ドラゴンプラネット・トルース版ログイン画面。
ユーザーは画面をタッチしてください』
それは機械的なツギハギ声。僕は小さなスマホの画面を見ていた。
何かに吸い寄せられるかのように、僕が指を近づけようとしたとき、生徒会室のドアがガラガラと開いた。
「遅くなって……なんだ誉だけじゃない!」
僕は振り返ると、そこには結衣がいた。
それと同時に僕の方を見て、スマホの画面に向かっていく指を止めて結衣の方を見た。
慌てて駆け寄る結衣は、心配そうな顔を見せていた。
条件反射的に、僕はスマホをポケットにしまった。
「まさか……誉……」
「な、なんでもない!」
慌てて涙を拭いたが、結衣の顔が少し曇ったように見えた。
マズい、結衣に泣き顔を見られたら僕は合わせる顔が無くなってしまう。
結衣が僕の隣の席について、ハンカチを差し出してきた。
「男が泣くの?」
「うるさいなぁ、いいだろ」ハンカチを受け取って涙をぬぐう。
「誉は随分しおらしくなって……年取った?」
「あれは……しょうがなかった」
前に座った結衣は僕の顔を、心配する姉のような顔で見てきた。
うつむいた僕は元気なく視線を逸らしてため息をついた。
「弘明怒っていたわね。クラスでも不機嫌だったわ。愚痴ってばっかり」
「ああ、弘明は怒って当然だ」
「誉は弘明と何かあったの?」
「……弘明と僕は二年前の最後の日、晴ねえに一緒に告白した」
「ね、それってあたしも詳しく聞いていないんだけど、どこで?」
すぐに顔を乗り出してきた結衣。
しまった、結衣はこういう恋バナが好きだっけ。
一気に食いついてくる結衣に、頭をかいてどうやりすごすか思考をめぐらす僕。
「あと……」
「弘明もあたしに全然教えてくれないんだよね。
ね、ね、どうやってコクったの?あたしに教えなさい、誉」
「じゃあ、僕も教えない」
「なんでよ~、教えなさいって。隠したらチョー気になるじゃないの!」
結衣の顔が、いつの間にか僕の目の鼻の先にあった。
あまりにも近づいた顔は、ほんの数ミリしか開いていない。
机の上に乗っかってきた結衣は、興味本位で聞いているだけだろう。
ちょっとだけ甘酸っぱい香りがした結衣の目と僕の目があった。
「結衣、顔近いって」
「あっ、うん」結衣も、顔を近づけすぎたのかバツの悪そうなまま後ろに引っ込んだ。
僕も横を向いて目を逸らしていた。
「ごめんね、誉」
「いや……さっきも助けてもらったし」
「やっぱり……弘明が悪いのよ」
結衣は天井を見上げながら、右手で拳を握っていた。
その顔はいささか怒っているかのようにも見えた。
「気にすることないわ、誉。きっと晴ねえは分かっていたんだと思うよ、自分の運命とか」
「運命って、それじゃあまるで晴ねえは死ぬのが分かって……」
「……そうかもしれないわね、運命って意外とあるモノなのよ」
「僕には分からない」
「ロマンがないのね」
結衣はガッカリした顔を見せた。
なんでそこでガッカリするんだろうか、やはり僕には分からない。
それから僕と結衣の会話が、少し止まった。
二人きりの生徒会室、僕と結衣の間に微妙な沈黙が数秒続いた。
そして意外な声が沈黙を打ち破った。
『ドラゴンプラネット・トルース版ログイン画面。
新規ユーザーは画面中央をタッチしてください』と再び機械的な声が聞こえてきた。
さっきも聞こえた声、僕のポケットから聞こえてきた。
それを聞いた結衣は、青ざめた顔に変わった。
「まさか……『ドラゴンプラネット・トルース版』って……」
「えっ?」
「誉、晴ねえのスマホ、持っているでしょ」
「なんで、分かったの?」
僕がポケットからピンク色のスマホを取り出すと、結衣がみるみるうちに険しい顔になった。
「今すぐあたしに渡しなさい!
あなたはあたしたち側の人間になるべきじゃないわ!」
「何を言っているんだ?結衣」
「いいから渡しなさい!」
次の瞬間、結衣が怖い顔で僕に飛びかかってきた。
だけど僕は、スマホを抱えたまま後ろにのけぞった。
斜めに上がった椅子は、僕と結衣の体重を支え切れるわけではない。
そのまま椅子ごと僕は倒れた。
のしかかった結衣が、僕のスマホを奪おうと手を伸ばす。
だけど、僕は結衣の手をかいくぐって必死に手を回した。
なんで結衣がいきなり襲ってくるのか僕は理解できない。
「イタタッ!何するんだよ、結衣!」
「いいこと、そのゲームのログインは絶対にしちゃダメ!あたしみたいになるから」
「どういうことだよ、結衣!」
だけど、すぐに機械的な声が聞こえてきた。
『ドラゴンプラネット、新規ユーザー確認しました。これより引き継ぎモードを行います』
その言葉を聞いた瞬間、結衣は膝から崩れ落ちた。
僕はいつの間にか触れていたのだ。衝動でスマホの画面を指で押していたことに。
スマホの画面を指で押した僕に次の瞬間、体中を電気が走った。
スマホを持っている指から流れ出てきた電気は、あっという間に体内を駆け巡った。
一瞬だけ体にしびれがあったけれど、すぐにそれもなくなった。
「もう、終わりよ。誉……あなたは戦うしかないの……『ドラゴンプラネット』で」
いつの間にか結衣は、僕の上に乗っかったまま泣き出しそうになっていた。
それは、僕の運命が決まった瞬間だった。




