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翌日、僕は弘明に呼ばれて図書室に来ていた。
有明高校の図書室は二階建てで大きくて立派だ。
高校の図書館という枠を超えた立派さは、一般にも開放していた。
中でも二階にある自習室は個室で、有明高でも限られた個人スペース。
個室の一つに入った僕はスマホを見ていた。
あまり来ることがない狭い個室にはイスと机が置いてあった。
椅子に座って見ていたスマホで『ドラゴンプラネット』にログイン。
ハルヒメで入った僕は、封筒に書かれたチャットルームに入る。
パスワードを入れて入ると、そこにはいつものたまだんチャットルーム。晴海の部屋が見えた。
そこには弘明のK・シューターが待っていた。
「弘明……」
「この世界の俺はK・シューターだ。不本意だけどお前はハルヒメだろ」
K・シューターになりきった彼がチャットしてきた。
僕はキャラクターハルヒメを出していた。
晴海にそっくりな神官、薄緑の衣を着た女神はいつ見ても穏やかな笑顔を見せた女性。
「それより僕に話って……何?」
「ああ、そのことだ。そのためにあえて個室にしている。
今、学校では俺や結衣にお前は気軽に近づくべきではない」
「もしかして……リアルバレのことか?」
「ああ、最悪だったぜ」
目の前のK・シューターは、怒っているようにも見えた。
こうしてみると、かなりキャラクターの表情はかなりリアルだ。
ハルヒメも晴海に似ているし、感情アイコンをいじっていくつか確かめたけど。
「俺の家の前には変なやついるし、変なメールは届くし、おまけに悪戯もされた。
だけど女子たちの方がひどいな、結衣は家にすら帰っていないし」
「家に帰っていない?」
「ああ、家にいたら迷惑がかかるって兄の家に避難しているみたいだ。
もちろん学校だってまともに行ける状態にない」
「そうか……」
「なあ、誉はどうだ?何か変化はないか?」
「僕は……ない」
正直、僕には被害はなかった。
だから、次の瞬間僕は慌てて反論していた。
「やはりな」
「でも僕じゃない、僕はドラゴンじゃない!」
「落ち着け!もちろん分かっている!
おまえを疑ったりしない、晴ねえがあんなに信用していたんだから」
「ありがとう……弘明」
「それより問題はアジ・ダハーカだ。なんで奴が俺たちの情報を知っているか。
いや……状況を打破するにはアジ・ダハーカの正体を暴かないといけない。
向こうは俺たちを知っている。下手すれは行動自体が筒抜けということもある」
「筒抜けか……」
「でもお前は違うぞ……誉」
弘明の言葉に、僕は頷くしかなかった。
静かな個室で、背後のドアには人の姿があった。
ちらりと後ろを振り返ると、個室に入ることなく素通りしていく女子二人組。
談笑をしながら歩く女子に、ちょっとビビっている自分がいた。
「今、俺たちの希望はお前だ」
「えっ、どういうこと?」
「誉……アジ・ダハーカの犯人をお前が突き止めるんだ。お前しかできない」
「とはいっても……」僕にとってアジ・ダハーカのあてはない。
一番怪しかった金森会長は、アジ・ダハーカではない。
では、あの『ドラゴン視アター』は何を意味しているのだろうか。
「一つ確かなのは、アジ・ダハーカが金森ではないということだな」
「うん。渋谷区役所にあの後行ったけれど、アジ・ダハーカにつながるものはなかった。
区役所で歩く人が、黒いドラゴンを見たという情報もない」
「ああ、おそらくアジ・ダハーカはボスだからな」
「ボス?」
「ボスはデカいとは限らない。俺たちが初めて戦ったボスドラゴンもそうだ」
K・シューターの言葉に僕は考えていた。
「えっ、じゃあもっと小さいの?」
「まあ、そういう事になるな。
だからいつもドラゴンが出たときにライブ画像を調べたり、GPSを調査したりするんだ」
「なるほど、それで結衣がまえカラオケボックスでカラオケ機器を見ていたんだ」
「そう……俺も今回のを調べたけど……分からん。だからお前が頼りだ」
K・シューターの言葉に、僕は初めて彼に頼られた。
「僕を頼る……あんなことをして。お前は、僕を殺そうとしたんだぞ!」
「すまない!本当に悪かった」
K・シューターがいきなり土下座を始めた。
モーションだけどはっきりとしたきれいな土下座。
「どうしてそんなに簡単に手のひらを返せるんだ?」
「結衣や棗のためだ、知っているだろ!」
「なんだよそれ!」
「俺はどうなってもいい、だけどこのままじゃあ結衣も棗も人間不信になってしまう。
これを放っておいたら二人のリアルバレの傷は、どんどん広がってしまう」
「分かっている!」
結衣の嘆きと棗の苦しみを知った。
彼女たちは弱っている、だから男として助けないといけない。
それに太や弘明だって苦しいはずだ。かつての仲間がみんなこんなに苦しんでいた。
でも、僕だけが苦しんでいない。
土下座したK・シューターを見て、僕は観念していた。
「……分かった。K・シューター顔を上げて」
「すまない、ハルヒメ……いや誉。
それより『渋谷・区役所ドラゴン』のストーリーはクリアしたか?」
「えと……まだ」
「そうか、俺のストーリーはもうクリアしているぞ。
ちゃんと行動しているか?時間きっちりに起きて動かすとか……」
「う~ん、それでも今回のはかなり長いんだ」
ストーリーが今回は二つも出てきた。
『区役所のドラゴン』と『カナモリドラゴン』二匹のドラゴンを倒したから。
「そうか、まあゆっくりクリアしてくれ。ハズレだけど、俺のクリア情報を渡しておくぞ。
GPS情報『渋谷区役所付近のマンション』が出てきた」
そう言いながら僕は貰った地図座標を見ていた。
それはドラゴンが現れた渋谷区役所の地図が書かれていた。
「とりあえず、俺はそこをもう一度探してみようと思う」
「本気か弘明?」
「K・シューターだ」
「ごめん……でも自ら行ったら……」
「ここはおそらくそんなに重要なところではない。
だけど、逆に怪しい人間がいればそこは何かがある。行くだけならタダだ」
「危険だと思うけど……」
「そうだな、だけど……ハルヒメには別の場所を調べてほしい」
「もしかして金森のこと?」
「やはりわかっていたようだな」
僕の推理にK・シューターは驚いた顔を見せていた。
前回の戦いで怪しいと思っていた。
やっぱり金森はなんかある。金森は真犯人と繋がっているし。
「アジ・ダハーカと金森、この二つはつながっている……そんな気がするんだ。
それに、ドラゴン視アターでいろいろ情報を得ているんだろ」
「うん……K・シューター」
「なんだ?」
「渋谷に行くのなら、一人の人物を調べてくれないか?」
「ああ、どんな人物だ?」
「藍色の髪をした男、金森会長のマンションで見たこの人物」
僕は太からもらった写真を、弘明のメールで送った。
「ああ、この人物か。ほかに情報は?」
「名前も知らないし、どこに住んでいるかもわからない。ただこの人物が重要だということしかわからない。
ドラゴン視アターで見た人物にそっくりだったから」
「そか……了解した。ハルヒメ、いや誉は俺たちの仲間だ」
K・シューターの言葉は昔より温かった。
大人になった弘明に、僕はあえてこんな言葉をかけた。
「僕は、言っておくけど許したわけじゃない」
「ああ、それでもいい。きっと俺はお前を都合よく利用しているだけだと思われているのだろう。
でもそれでいい。今は結衣と棗、太のために動いてくれ」
そう言われて僕はこのチャットルームを退室した。
なんだか僕はスマホを見ながら。




