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東京にはいつからかドラゴンが現れるようになった。
それを、誰が名づけたのか『天災ドラゴン』と呼ばれていた。
全く理由は分からない、まるでゲームの世界が現実とシンクロしたかのような世界だ。
防衛をする自衛隊の戦闘機が、ドラゴンにミサイルを放つも全く効かないドラゴン。
逆に攻撃してきた戦闘機を、あっさりと右手の爪で切り裂いて沈めていた。
周りがパニック状態になる中、僕は晴海と一緒に逃げていた。
そして、公園内にあるシェルターを見つけたのがドラゴン発見からわずか一分後。
だけど、それは残念ながら芳しくない結果だった。
「『海浜公園内シェルター』満杯……」
そこには『満』と書かれた表示。
公園のシェルターに入れない僕と晴海は、再び走るしかなかった。
ドラゴンが現れてからというもの東京のあちこちに、地下にシェルターが作られた。
地下シェルターには、被害上ドラゴンが襲ってこないらしい。なぜかは分からないが。
このドラゴンは、突発的なもので数時間もあれば消えてしまうだろう。
幻覚でも見ているかのような天災のドラゴンは町を壊して、人をくらう危険な存在。
「逃げよう!このあたりだと『ダイワーシチイ』にあるらしいよ、シェルター」
「う……うん」
だけど晴海の顔が、なんだか浮かなかった。
ピンク色のスマホを胸に抱えながら、晴海は手を引く僕についてきた。
幸い僕はこの『台場』地区に土地勘があった。
デートコースは下見したし、なにより最近このあたりに住むようになったから。
迷路に入り組む台場の住宅街、多くの高層マンションが狭い土地に立ち並び、それを連絡橋が繋いでいた。
そんな僕が階段で息を切らして登ってきた。
「早いよぉ、誉君」
少し遅れて、疲れた表情の晴海が肩で息をしていた。
「ご、ごめん。でも……」
次の瞬間、僕の後ろのあたりでドスンと大きな音と地響き。
そのあとバサッと風の流れが変わった。晴海の長い髪が風に揺れて立ち止まった。
「晴ねえ……」
だけど僕は後ろを走る浮かない顔した晴海の上を、巨大な影が通り過ぎていく。
低空飛行で、飛行機が頭上を飛んでいるかのような存在感。
「ドラゴン!」
大きな影と同時に、僕達の上を巨大なドラゴンが飛び上がっていた。
翼を広げて飛ぶとドラゴンの翼が、マンションにぶつかった。
だけど堅いドラゴンの翼が、マンションの壁を破壊してきた。
そのままドラゴンはマンションの壁を壊して通り過ぎていく。
「危ないっ!」
僕は晴海の手を引っ張って瓦礫をよけた。
咄嗟の判断で、彼女である晴海の体を抱き寄せた。
間一髪で晴海の背中を瓦礫がドスンと落ちていく。
だけど、晴海の持っていたピンク色のスマホが手から離れていった。
「あっ、スマホ!」
「あぶないよ!晴ねえ!」
「これだけは譲れないの!」
晴海はすぐさま、少し遠くに飛んで行ったスマホに駆け寄った。
十歩ほど走ってたどり着いた晴海は、スマホを手に抱きしめていた。
「晴ねえ……よかった!」
安堵の表情も一変、僕は次の瞬間強い風で吹き飛ばされた。
突風により体が浮き上がって転がった僕は、運よくそばの植え込みに激突した。
「ううっ」という間もなく、僕は背中に痛みを感じた。
上空から突風の様に吹き付けた風はドラゴンだった。
ドラゴンがターンしてこちらの方に降りてきたのだ。
巨体をこんな近距離で見たのは、生まれて初めてだ。
よく見ると、額に大きなメダルが埋め込まれていた。
恐怖と旋律を与えるドラゴンは、圧倒的にでかい。
「ドラゴン、なんで……」
「来ましたね、私の運命、私の最後の時間」
晴海は悲壮な顔を見せながらドラゴンを見上げた。
その顔は巨大な体で大きく咆哮をあげた。
僕は体を起こしながらも足は震えていた。立つことができたが歩くのはゆっくりだ。
怖かった、震えていた、しゃべることさえできない。
「……な……」
次の瞬間、僕は目を疑った。
いや、信じたくない惨劇が起きた。
巨大なドラゴンの大きな爪が、晴海の顔から胸のあたりを切り裂いた。
晴海の体ははドラゴンの爪に飛ばされて、地面に叩きつけられた。
持っていたバッグは宙を舞い、中身がバラバラと落ちていく。
晴海が持っていた淡いピンク色のスマホは、宙を舞って僕の足元に転がった。
一瞬の出来事だった。
「は……晴ねえ!」
頭の中が真っ白になった。
震える体と、愛する人が目の前で傷つけられた僕は腰を抜かした。
驚いた顔で、匍匐前進で近づいていく。
あおむけになった大好きな晴海は、真っ赤に染まっていた。
赤い血があっという間に地面を濡らしていった。
「誉……君」
額から血が流れ、白かったブラウスが赤く染まっていた。
顔だけしかむけられず、呼吸も乱れた晴海。
そばにいたドラゴンは、息をふうっと吸い始めた。
「いけない……逃げて……」
「晴ねえ、僕が守らないで……」
僕は悔しかった、情けなかった。愛する晴海をこんな目にしてしまうなんて。
匍匐前進の歩を進めながら、倒れて血だらけの晴海に近づいていく。
晴海から血の匂いがした。
「僕は晴ねえの彼氏だ!」
だけど、次の瞬間ドラゴンの口から赤いものが見えた。
「ブレス……ダメ」
血まみれの晴海はぐったりとしていた。ドラゴンは赤く炎の様な息を吐こうとしていた。
噂には聞いていた、ドラゴンの必殺技『ブレス』。
ブレスをくらった人間は、骨まで溶かされてしまうという。
それでも僕は晴海を助けたかった。僕が初めて告白した彼女なんだ。
「でも、あなたは違う……誉君は……生きて」
ドラゴンがブレスを吐こうとした瞬間、ドラゴンの体が急に光り出した。
巨大な体を引き裂くかのように、ドラゴンの体から漏れた光の線。
その光の線は、ドラゴンの体をバラバラに切り裂いていった。
「えっ……ドラゴンが……」
僕は急にドラゴンの体に起きた変化を、ただ呆然と見ていた。
それは光に包まれて、巨大な体が消えていく。
バッシャーンと、光が弾けるとガラスの割れたような甲高い音がした。
そして、僕の目の前で光が広がって周りが真白くなった。
それは、やはり初めて見るドラゴンの最期だった。
ドラゴンは、死んだというより消滅したのだ。ただ、コインが一枚落ちていた。
我に返った僕は、恐怖感が抜けていた。
ゆっくり立ち上がって、ドラゴンがさっきまで立っていたその場所を見ていた。
そこには何もない、光も、ブレスも、何もなかった。ただ、近くにいたのが
「晴ねえ!」
叫んで、僕はあおむけに倒れた晴海に近づいた。
ドラゴンがいなくなって恐怖が無くなった僕は立ち上がって、走った。
口から血を吐きだした晴海は、顔だけを僕に向けてくれた。
その顔は苦痛に満ちている……わけじゃなかった。穏やかな顔だった。
「みんな……倒してくれたんだ……」
「えっ?」
「私、ここで死ぬの。運命……だから」
「何言っているんだよ、冗談だろ!そんな運命を受けいれられるか!
今医者を呼ぶから!晴ねえ、諦めちゃだめだ!」
晴海を抱きかかえ、僕はそう言いながらポケットから携帯を取り出した。
が、残念なことに転がった衝撃で携帯は壊れていた。
「だから……私のスマホを……誉君に託す」
「スマホ……分かった」
晴海の足元に落ちていたピンク色のスマホを僕は拾い上げた。
すぐさま慌てて僕は救急車に電話をかけた。
「誉君、私……ね。今日、この日に死ぬの……分かっていたから」
「なんで、なんでだよ!」
「最後は……最愛の人に看取られたい……この時間……幸せだったよ」
「そんなのって、無いよ!僕はやっと晴ねえの彼氏になれたんだから……」
「だったら……笑顔を見せて」
その時の晴海はいつも通り笑顔だった。
口から血が流れていて、腹のあたりも血だらけ。
内臓も飛び出ているほどに、体にダメージを受けているはずなのになんでこんなに安らかな笑顔ができるんだ。
「晴ねえ、できないよ」泣き出しそうな僕、情けない顔を見せていた。
「そんなこと言わないで、笑って」
「だって……」ぐずついた僕は泣いた。
「笑ってよ、私を笑顔で送り……」
そのまま、僕の目の前で晴海は瞳を閉じた。
それは僕が聞いた晴海の最期の言葉だった。




