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葬儀から数時間。愛子ちゃんの頼みを聞いて誉のマンションに来ていた。
ここに訪れたのは久しぶり。愛子ちゃんの秘密基地?が地下にはあったけど。
あたしと棗、愛子ちゃんの三人で誉のマンションに来ていた。
マンションでは、妹さんが出迎えてくれた。
昔より大きくなったなぁ、今年中二になったのね。
妹さんに案内されて入った誉の部屋で、あたしはおののいていた。
それは、ベッドに横たわる誉の姿だ。
「誉……どうして」
ユグドラシルの戦いの後、誉はずっと寝たきりだって妹さんが説明してくれた。
目を覚まさない誉。あの日から、死んだかのように眠っていた。
だけど呼吸はしていて、死んではいない。生きていた。
崩れたあたしは誉の前にしゃがみこんで、眠る誉の手を握った。
「誉……起きないの?」
棗の問いに愛子ちゃんはじっと見ていた。
何かを探すかのように、目を動かしていた。
間もなくして確信したような顔をあたしに見せてきた愛子。
「わらわはいろいろ見てきた。そんなわらわが、一つの方法に至った」
「方法?」
「野高谷を救えるのは、結衣だけだ」
「なぜ、あたしなの?」
「誉が好きだろう?」
「えっ……」
「相変わらずとてもわかりやすい」
棗の言葉にあたしは顔を赤らめた。やっぱりあたしは顔に出るんだ。
表情が分かりやすい自分を心の中で恨んでいた。
「でも、誉を助けるには好きである『欲』が必要だ」
「欲?」
「そう、誉はまだ迷っている。誉はニーズヘッグにとりつかれていおるのだ」
「ニーズヘッグって、太の事?」
「そう、彼の脳波にはニーズヘッグが残像として残っていた。
彼はニーズヘッグの呼び込みによって、シューターを成功させたのだが意識を失った。
このままでは……誉は新たなニーズヘッグになってしまうだろう」
愛子ちゃんはいつもながらに急に言ってきた。
ニーズヘッグ、それは弘明を殺して太をもてあそんだ憎きドラゴン。
灰色の鱗に包まれたドラゴンが思い出された。
そんなニーズヘッグに……もし誉がなってしまったら。
あたしは絶対に嫌だ、誉と戦いたくない。
「誉を助けたい。どうにかならないの?」
「だったら、彼の手を握って愛を誓うんだ」
「えっ、ここで?」
「結衣の想いを彼に与えるんだ。欲望とは本来、人間が制御できるようになっている。
だけど、それを変えることができる。それは……」
「それは?」
「愛」
愛子ちゃんが照れくさそうに言って目を逸らした。
なぜか状況反射的に、あたしは愛子ちゃんを抱きしめていた。
「いたいいたい……やめるのだ」
「もう……かわいい。わかったあたしに任せて」
愛子ちゃんを解放して、あたしは眠っている誉の手を握った。
眠る誉は、目を覚まさない。
これ以上被害を繰り返してはいけない。
「誉、目を覚まして」
あたしは力強く手を握った。そしてあたしは顔を赤くした。
見守る棗、愛子ちゃん。二人もあたしを言葉少なく応援してくれた。
「あたしは誉が好きだから。誉が……大好き!」
そう言いながら、あたしはすぐに誉の顔に顔を近づけた。
白雪姫の話が子供の時に好きだったけど、まさかあたしが王子役をやるとは思わなかった。
そのままためらうことも、迷うこともなく唇を重ねた。
それはあたしの愛の形。キスをしたあたしは、顔を上げた。
(起きてよ、誉)
それでも起きない誉……だけど眉がかすかに動いた。
「誉っ!」
「動いた」
あたしと棗は、固唾をのんで見守った。
それから間もなくして、誉は目を開けた。
あたしは迷うことなく、誉を抱きしめていた。




