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あれから二週間が過ぎた。あたしは黒いブレザーを着ていた。
あたしの名は、『蓼沼 結衣』。ドラゴンプラネットのプレーヤーの一人。
有明で唯一の斎場で、お経が読み上げられていた。斎場にすすり泣く声が聞こえた。
ここでは、あたしのクラスメイトの弘明の葬儀が行われていた。
弘明と違う学校の棗も愛子も、参列していた。
だけど人知れず英雄となった男は参加していなかった。
お経を読み終えて、お坊さんが「最後のお別れです」と言いながら飾られた花を取り分けていた。
いつの間にか夏休みに突入し、時間はあわただしく流れていた。
二週間前に東京はユグドラシルという一本の巨大樹で、たった一夜で半壊した。
でもユグドラシルは消滅し、カオスホールに取り込まれた人間はほぼ全員帰ってきた。
それは一人の英雄の行動がもたらしていた。
彼がかつて持っていた赤いスマホを見ながら、彼のやすらから顔を見て泣いてしまった。
花を手向けるときにはあたしは、やっぱり泣いていた。
涙があふれて花をなかなか飾れないあたし、それでもなんとか花で彼を飾って棺桶は閉められた。
「弘明……」
嗚咽にむせる棗、普段はあまり感情を出さない棗も大泣きしていた。
あたしも涙を流していた。晴海の時も、太の時も泣きまくったのにやはり涙が出てきた。
いつになっても悲しい時には涙があふれてくる、あたしはやっぱり人間だと自分を確認できた。
棺桶が霊柩車に運ばれて、車を見守ってもあたしは棗と抱き合って泣いていた。
「棗……あたし……弘明……」
「誉さん……こなかったわね」
棗の言葉にあたしははっとしてしまった。
そう、この場所に誉はいない。
誉はユグドラシルとの一戦の後、ずっと眠っていた。全く起きることもなく。
「結衣ちゃん……ありがとね」
そんなときあたしは、背後から声をかけられた。あたしはすぐにわかった。
それは弘明のお母さん、意外と若いお母さんは黒い服を着て涙をこらえていた。
「いえ……あたしは弘明君の……」
「結衣ちゃんや棗ちゃんが最後に来てくれて、弘明もよろこんでいるわ」
「おばさん、本当にごめんなさい」
棗は何度も頭を下げて謝っていた。彼女は申し訳なさそうな顔を見せていた。
「いえ、弘明は仕方ないわ。棗ちゃんお願いだから……顔を上げて。
結衣ちゃん、それで弘明の机を調べたらこんなものが出てきたんだけど……
どうしても結衣ちゃんに見せたくて……」
弘明のお母さんが渡した手紙を見て、あたしは驚いていた。
(嘘……でしょ)
それはラブレターだった。しかも差出人があたしになっていたのだ。
弘明のお母さんが見せたラブレターに、あたしは手を震わせながら受け取った。
三年前、弘明が晴海に告白してフラれた。
失恋した時に、あたしは弘明の相談を受けた。
失恋した弘明は相当ショックだったらしく、相談は半年にも及んでいた。
そんな彼はようやく立ち直った理由は、好きな人ができたから。そこまであたしは相談を受けた。
でもそれがあたしだったなんて思わなかった。
あんなにあたしのことを『ノーキン』とか茶化していたのに、弘明はあたしのことが好きだった。
感傷に浸るあたし、それを慰める棗。
「弘明が……あたしをずっと好きだったなんて……」
「結衣……」
棗の胸にいつの間にか大泣きしていたあたしがいた。
弘明のお母さんもあたしを見て、やっぱり涙があふれていた。
そんな時、あたしのブレザーのスカートを引っ張る手があった。
ふりかえるとそこには愛苦しい小さな女の子、涙目で愛子ちゃんの顔が曇って見えた。
「愛子……ちゃん?」
「結衣、頼みたいことがある」
それは明らかに子供じみていない小さな女の子、愛子がいた。
スマホを持ちながらあたしをじっと見ていた。
彼女だけは斎場の中で唯一、泣いていない淀んだ目をしていた。




