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③扉の向こう

 その言葉と、目の前にある見覚えのある扉に僕は思い出していた。神社の中に逃げ込もうとしたあの時、扉はどんなに引っ張っても開かなくて終いにはやけになって扉を叩いた。


 その時に扉が開いたのかはわからない、なぜかそこだけ記憶が曖昧だ。ただ、足場のない場所に誤って足を踏み入れたような、奇妙な浮遊感を感じたことだけは覚えている。


 反射的に目をつぶったら、いつのまにかこの白い部屋で寝ていた。どのくらい時間が経っているのか間隔はわからないが、同じ作りの扉に見えるし、この女の人が言うようにこの奇妙な部屋は神社の中に繋がっているのか。


 推測すると僕はあの扉が開いた後、階段の上から落ちて気を失っていたということなんだろうか。何か引っかかる。というか神社の中ってこんな造りなのか?てっきり、僕は変な世界に迷い込んだのかと......


 そこまで考えてさっき自分が言った質問を振り返ってみる。


「ここはなんていう~(中略)~出れる?」


 ・・・・・・イタイ。いやかなりイタイ。こんな質問を本気でする奴は頭がおかしいとしか考えられない。というわけでさっきの僕の頭はおかしかった。ちょっとテンパってたとしか考えられない。高々十数年しか生きてないくせに世界なんて言葉使っちゃって死ぬほど恥ずかしい。

 

 一瞬でもここは異世界なんだとか思うなんて本の読みすぎだ。そうだ冷静に考えてみよう。白い部屋がなんだ、コブタがなんだ、角が生えた人間がなんだと言うんだ。


 そんなもの、神社の中はこういう造りなのが当たり前というだけだし、コブタは僕が知らないだけでアルパカ並みにメジャーな、アフリカかどっかの動物なんだろうし、角が生えた女の人はちょっと頭のおかしいコスプレした外国人なのだ。


 あの頭の角は生えてるんじゃなくて取り外し可能のアクセサリーなんだ、最近よくテレビに出ているきゃりーぱちゅ(噛んだ)なんとかの真似なんだきっと。そうに違いない。 僕が無知で馬鹿なだけだ。世界は広いんだから……


 さっき感じていた違和感も何もかもすっとばしてただひたすら自分を呪う。ああ、どうにかさっきのセリフを無かったことにできないだろうか。


 僕の全財産を誰かに渡して記憶を消してくれるというならいくらでも払っていい。3000円くらいしか貯金ないけど。

 

 まだ12年しか生きていないのにもう墓場まで持っていく恥ができてしまった。この先この恥を抱えて僕は長い人生を生きていくのか もうこの部屋から一生出れなくてもいいかなあ。自分の今の状況ももはやどうでもよくなってきた。

 

 もう気分はどん底、どうやってもサルベージできそうにないモチベーションの僕の目の前を女の人がしゃがみ込む気配がした。


「えっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃない・・・・・・」


 下を向いてへたりこんでいる僕から女の人の表情はわからないが、どうやら心配しているらしい。例え本物の医者だとしても、このどん底気分の治療薬は時間の経過しかないんだ、できればほっといてほしい。


「ここから出たいんだよね」


 彼女は律儀にさっきの質問の答えの続きを話そうとしているようだ。もういいよ、ここは神社の中だと言うんなら、後ろの扉から出て行くから、わかったから。

 

 わかったから傷口をナイフで突くのはやめてほしい。医者ならナイフじゃなくてメスかもしれないが、って上手いこといってどうする。ますます惨めになってきた。心の中でグチグチとくだを巻いていて返事のない僕に気にせず彼女は続けた。


「あの扉から出れると思うよ?」

「・・・・・・」

「でも出れないかも」

「はっ?」


 僕が顔を上げると同時に彼女は立ち上がった。そして僕の腕を掴むとそのままグッと引き上げ、成されるがままに僕は立ち上がらされる。

 

 立ちくらみで頭がぼやけた。立ち上がって初めてわかったが僕より彼女の方が身長がかなり高い。少なめに見積もっても15センチは彼女の方が高いだろう。


 名前も知らない他人に強制的に立たされたのに、不快感はなく、なぜかそんな感想を一番に抱いてしまった。


「おいで。こっちに来て確かめてみるといいよ」


 目が合ってまた微笑んだ彼女に手を引かれ、階段の前に立った。階段といっても3段くらいしかないのですぐに階段の上、踊り場と言うには少し狭いスペースに上がる。


 目の前にはやはりあの時必死になって叩いたあの扉。でもあの時はとにかく逃げたい一心で、扉の細部を見る余裕なんてなかったから、確証なんてないんだよな。似ているとは思うけど・・・・・


 改めて観察してみると、丸い取っ手がついた引き戸は漆もなに塗られていなく、カサカサに渇いている。だがその上から被せるようにしてくっ付いている木の格子には近くで見てみると何やら複雑な模様が刻まれているようだ。


 小さい丸の中に模様が入ってるような、じゃなくて小さな花?のようなものを囲んだ円が連なっている。寺とか神社には詳しくないから、神社では一般的な飾り模様なのかはわからないが、そんな僕でも繊細な造りというのはわかる。


 ただ所々痛んでいるせいで擦れてしまっていた。なんとなく気になって格子に幾つもある四角い格子の中の1つに顔を寄せる。


 顔を寄せただけなのに、扉と僕の距離が、どこが境界線かはわからないが、その格子に引き寄せられるように近くなった時、それはいくら腐りかけの扉でも、穴なんてどこにも空いてない筈だった。だが目の前に広がった木の色は一瞬で消え、眩しい光が僕の目を襲った。

 ――なんだ?

 反射的にギュッと目をつぶってしまった。瞼の白さに慣れ、恐る恐る目を開くとそこには夏の日の木漏れ日、生い茂る雑草に隠された石畳、そして僕を追いかけていた野良犬達がそこら中を嗅ぎ回っていた。


 は、と口から変な声が出る。僕はこの白い部屋に来てから何回驚いているんだろう。状況をまだ飲み込めていない僕の耳のすぐ横でガタっと音がした。

 

 顔を離し振り向くと女の人が扉の取っ手に手を掛けている。一瞬扉が開いてしまうのかと思って、腹を冷たいものが滑り落ちるような感覚がしたが、扉は開いていない。冷や汗をかきながら自分を見ている僕に対して彼女は安心して、と小さな声で言った。


「この扉はやっぱり開かないみたい。だからキミを追いかけてたあのイヌがこっちにくることもないよ」

「お、追いかけてたって・・・・・・なんで知って、」

「ここにいる間ヒマだったからこの扉からあっちを覗いてたら、キミが歩いてきてね」


 彼女は少し屈んでさっきの僕と同じように格子の中を覗きこむようにしてみせた。


「イヌがやってきて、キミがかなり焦ってたからこの扉を叩いたらキミは振り向いたよね、覚えている?」


 振り返ってにっこりと笑う彼女に僕はまた思い出していた。あの時、確かに扉を内側から叩くような音がした。それで僕は神社の中に逃げようとして、そして落ちてきた。ここから全部見てたっていうのか。


 頭がまた何度目かわからないエラーでパンク状態になっている。

 待て、灯りも何もないこの部屋は本当に神社の中か?見たことのない生物も、突然現れた女の人も、部屋の中にあるこの変な扉も、狛犬もーー

 そこで気付いた。ていうか、今開かないって言わなかったか?


「そうなんだよねえ」


 考えていたことがそのまま口に出ていたのか、彼女は出会って初めて困ったように眉を下げて、相槌を打つかのようにため息を零した。


「イヌに追いかけられないのはいいとして、これが開かなかったらキミここから出れないよね」


 どうしよっか?

 困ったように、でもどこかのん気そうな彼女に、僕は声を大にして言いたい。どうしよっかじゃないだろ。

 

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