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② 異世界


 目を開けると、飛び込んできたのは画面いっぱいの白だった。


身を起こすと少し頭がぼーっとする。どうやら僕は地面の上で意識を無くしたまま横たわっていたらしい。


体が少し痛い。左右を見渡すとそこはどこかの室内で壁も床も真っ白で、まるで発泡スチロールでできた箱の中のように照明も何もない奇妙な部屋だった。


照明がないのになんで明るいんだろう。白色が反射して眩しいくらいだ。


何の音もしないし、一体ここはどこなんだ。そう不安を感じ始めたところだった。すぐ側で何かが動く気配を感じた。


首だけ動かしそちらを見るとそこには、豚ーーじゃない。小熊ーーでもないが、小さな生き物が丸い瞳でこちらを見ていた。


2頭身の子豚みたいな小さな体。体中真っ白の産毛に覆われていて部屋に同化していたので、気配を感じるまですぐ後ろにいたことに気付かなかった。


頭からは申し訳程度に両側からちょこんと2本の角らしきものが生えている。そのコブタ?は、見たことの無い生物に体が止まっている僕を見て何を思ったか首を傾げ、頭を僕の手のひらに擦り付けてきた。


瞬間ぞぞぞと体中に悪寒が走る。頭と首の後ろが沸騰したみたいに熱くなった。


「ひっ…… !」

 

 自分の口から情けない声が漏れるが、そのコブタは気にせず気持ちよさげに頬ずりまでしてきた。角がぐりぐり当たっているが、それよりも今僕の体に動物(得体の知れない謎の生物ではあるが動物であることは確か)が触れているという状況に、耐えられそうにない。


 口から悲鳴が出ると思った瞬間、後ろから声がした。


「あれ、どうしたの?」


 その声の持ち主は横からひょいとそいつを手に取った。コブタは何が不満なのかイヤイヤと頭を振って抵抗している。それでも気にせず両腕に抱きかかえたその人はとっさに反応できずまだ固まっている僕の顔を見て不思議そうな顔をした。


「すごい顔してるね、キミ。鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔だよ?」


 そう言って僕の前にしゃがんで顔に手を伸ばしてきたのは、年上の女の人だった。変な格好で、和服の上に白衣を羽織っている。長い癖っ毛と天然パーマが混じったみたいにあっちこっちにハネた長い髪の毛。そのふわふわの髪に覆われた頭の両側には申し訳程度に角がちょこんと2本生えていた。


ーー角?


思考が急ブレーキをかけた音がした。


「うわあっ!」


 異常に気付いた瞬間、僕は今度こそ悲鳴を上げ、かなり近くまできていた女の人から、座り込んだまま後ずさっていた。驚いている僕を見て、女の人は手を伸ばしかけたポーズのままきょとんとした表情でいる。


「なっ、なんなんだ!?」


 上擦った声で言った僕に対して女の人はますますきょとんとした顔で言った。


「なんなんだ?……ああ、顔色悪そうだったから大丈夫かなって、」


思ったの。手を伸ばしたことに対して聞かれたと勘違いをした女の人は、伸ばした方の手をヒラヒラと振ってみせる。


「違う!」

「え?」

「お、おお前っ一体なんなんだ!」


 自分に向けられた人差し指とそれを向けている僕の顔を交互に見て、彼女は少し困った顔をしてみせる。


「えっとね、うーん、まずなんて説明したらいいのかわからないけれど」


と、そこで一旦言葉を切って、彼女は続ける。


「医者をやっています」


 職業を言われた。ああだから白衣を着ているんですか。と納得しそうになるがそういうことを聞きたいんじゃない。


 確かに医者が着ているような長い裾の白衣を着ているが、ボタンを閉めずに羽織っているだけだし、その下は旅館で着るような短い帯で締めたうぐいす色の浴衣。極めつけに素足にビーサンを履いている。


 日本中どこを探してもこんな医者はいないと断言できる。日本文化を勘違いしている外国人みたいな着こなしだが、それはとりあえず置いておく。


それよりも予想外の返しすぎてどう反応すればいいのかがわからない。

 それに明らかに自分より年上の人に対してお前呼ばわりしたのにそんな落ち着いて返事をされると取り乱したこっちが恥ずかしいような気すらしてきた。


「なかなか目を覚まさないから心配だったけど、体はなんともない?」

「へっ」


 間抜けな声が思わず出てしまった。顔を上げると考え込んでいた内に、女の人が心配そうな顔で僕の前に立っていた。


「や……まあ、大丈夫、ですけど」

「それなら良かった」


 微笑む彼女に一瞬目を奪われる。が、そんな場合じゃなかった。


「あの、お、じゃなくて、あなたは一体誰なんですか」

「私?私はいわゆる獣医をやっていてね、」


 どうしよう会話が噛み合わない!職業の話からいい加減離れてくれ、これ以上そこ掘り下げてどうする気なんだ、お見合いじゃないんだぞ。お見合いなんてしたことがないので勝手なイメージだが。


 心の中で女の人につっこみ、そのつっこみに対してもつっこんでいたら、このやりとりの間中彼女の両腕の中で大人しくしていたコブタ(たぶん、ていうか絶対豚じゃないけど便宜上そう呼ぶことにする)がタイミングを計っていたのか、するりと腕から抜け出した。


 あ、と声を出した彼女が再び抱きかかえようとしたが、自由の身になったコブタの動きは素早く、あっという間に僕の膝の間にちょこんと座ると「ミュン」と、世間一般では(存在が世間一般に知られているかは別として)愛らしい鳴き声、愛らしい表情で僕を見つめた。


 だが世間一般で愛らしかろうがどうだろうが僕にとっては関係がない。僕はここ一週間動物に襲われる度何度となく上げてきた悲鳴回数をまた更新した。


「ぎゃああああ!うあああぁ触るなぁ!」


 振り払いたくても、僕は動物に触れない。膝の間にいるのでうかつに立ち上がることもできない。

 両手をホールドアップしてできるだけ遠ざかろうとする僕の必死の抵抗も虚しく、膝の間から僕のお腹の上に移動したそいつは気持ち良さそうに目をつぶっている。


 僕も思わず目をつぶるが、このまま気絶してしまいたい。女の人の感心したような声が上から降ってくる。


「へーその子が誰かに懐くところ初めて見たよ~すごいねぇ、キミ」

「すごくないよ!早く取って下さい!」

「どうしたの?動物ニガテなの?」


その質問に頭がカッとなる。苦手だって?


「……嫌いなんだよ!大っ嫌いなんだ!見たくもないし触られたりなんてしたら気が狂いそうになる!この状況見たらわかるだろ!なんでも良いから早くこいつのこと取ってくれよ!」


 のん気なこの人に僕はここ一週間の、大嫌いな動物に追い掛けられまくった八つ当たりも半分込めて怒鳴ってしまった。


僕の大声に、彼女は少し驚いた顔をして、すぐに腹の上にいるコブタを抱こうとしたが、コブタはその気配を察して服に掴まり、なかなか取れない。


「ムー」

 

 不満げな鳴き声を出しているが、引っ張られて両足が外れたところで諦めたのか、やっと離れた。

 

 まだジタバタと暴れているコブタがやっと離れて僕は、曲げていた足を投げ出して大きく息をついた。


 疲れた。体もそうだが、頭ん中もグチャグチャで、心底疲れている。


 一週間前から一体何が起きているんだろう。初めは色んな動物に外でも家でも絡まれ始めて、そして今日は帰り道で野良犬に追いかけられて、ボロい神社に逃げ込んだ筈が変な部屋にいて、角が生えた変な生き物がいて、更に自称医者を名乗る角が生えた変な人が今目の前にいるというこの状況はなんなんだろうか。


 そもそもこのおかしな出来事は1ヶ月前にこの町に越してきたことが原因なのかもしれない。そう考え始めると、僕は段々この空間の異常さに気付き始めた。


 白い無機質の部屋、角が生えた生き物、その生き物と僕以外いなかった部屋に突然現れた角が生えた医者。


 今度は溜め息じゃなく深呼吸をしてその人を見上げた。彼女はまた腕から抜け出そうとしている生き物を赤ちゃんをあやすように宥めている。


 さっきからこっちの質問にちょっとズレた返事ばっかするけど、この人に聞くしかないよな。明らかに現実とはかけ離れたこの場所がどこなのか、いや、こんな地球のどこにも存在しない場所をどこなんて聞いてもしょうがないかもしれない。ここはなんていう世界かと聞いた方が話は早い。

 頭が段々と冴えていくのがわかる。なにも無いこの空間にやはり出口らしきものはどこにもない。今のところ他に聞くことができる人はいなさそうだ。僕は覚悟を決めて、彼女に問い掛けた。


「ここはなんていう世界なんだ?ここからどうやったら出れる?」


静かな部屋に更に沈黙が落ちた。彼女はさっきも見たきょとんとした顔をして、ゆっくりと首を傾げた。


「ここは神社の中だよ?」

「へ、」


さっきと同じ間抜けな声を出した僕の後ろを指差し更に続けた。


「キミはあそこから“落ちてきたんだよ”」


 後ろを振り向くと、最初に見渡した時は確かに何も無かった白い壁に、逃げ込んだ先にあったボロい神社の格子の付いた扉、それに続く短い階段。その階段の左には石でできた狛犬が1つ、そこにあった。



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