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① 迷子

自分の荒い呼吸の音が聞こえる。下腹は熱くなってきたし、汗が目に入ってきて視界も霞む。


もう、息も足も限界だ。なんでこんな暑い夏の日に全速力で逃げ回らないといけないんだろう。


今すぐ地面に体を投げ出してしまいたいが、自分の後ろの方から聞こえてくる声や、足音がそうはさせてくれない。



思えばこの理不尽な状況は1週間前から始まった。






***






  短い夏休みが終わり、長い学校が始まった9月1日の始業式の帰りだった。


 残暑が厳しい日差しの中、一人で帰っていると、突然足元に何か違和感を感じた。


 変に思って下を見ると一匹の猫がスニーカーを履いた僕の足にまとわりついていた。


 僕が反応する間もなくどこからともなく何匹もの野良猫が飛びついてきたのが始まりだった。



 その日なんとか猫を振り切って家へ帰った僕は酷く疲れてすぐにベッドに潜り込んだ。


 だがいつもよりも早すぎる就寝時間のせいで、僕は夜中に目が覚めてしまった。


 仕方が無いので水でも飲んでこようかとタオルケットを除けて起き上がろうとした時、有り得ないものが目に飛び込んできた。


 僕のベッドの中で数匹のネズミが丸まって眠っている。


 安らかに目を閉じているその光景に、僕は声にならない悲鳴を上げ、部屋を飛び出し、

ものすごい勢いで階段を下りてリビングに逃げた。その晩以降リビングのソファで毎日寝ている。

ちなみに家にあったチーズというチーズは全て食べつくした。


 その翌朝の通学路ではなぜかハトの群れが付いて来るし、学校の池では池に近づいた途端鯉が群がり、うさぎ小屋の前を通ると今まで一度も聞いたことがない鳴き声を発しながら、うさぎがぐるぐる回りだす。


 こんなことが毎日毎日しょっちゅう続いている。なぜか僕に動物達は異常に反応し、興奮しだす。


 生まれて初めて身に起こったこの異常現象に僕は疲れとストレスが溜まりまくっている。 なにしろ毎日野良の動物に絡まれないように走って通学し、家に着くと門の前にはいつも出迎えるカラスとスズメを潜り抜けてドアを閉め、夜はネズミ除けに囲まれながらリビングのソファで寝ているのだ。ストレスが溜まらないわけがない。


 そして今日も学校の門を抜けた瞬間から走って家に帰ろうとしたわけだが、途中で足が重くなり、僕は走るのをやめてしまった。


 いくら学校から家まで10分くらいでもずっと走っていれば、横っ腹は痛くなるし、ここ一週間ずっとこうやって走っている。


 僕はいつまでこうやってバカみたいに走らないといけないんだ?そう思い、ゆっくりと歩き始めた。が、そのせいで今僕は既に通学路から外れ、人通りも少ない小道を全力疾走しているハメになっている。


 なぜなら、僕が歩き出して一分も経たない内に突如として数匹の犬が道の向こう側から現れたのだ。


 どれも首輪はしていない、たぶん雑種で明らかに野良犬だった。


 なぜだか全くわからないが数匹とも舌を出し、尻尾を千切れんばかりに振ってらんらんとした目で僕を見ている。


 やばい。躾も何もなってない中型犬に襲い掛かられたら、やばい。


 身の危険を感じ、僕はすぐさま方向転換し走り出したが、ほぼ同時に後ろで犬達もキャンキャン吼えながら追いかけてくるのがわかる。 すでに身体は限界で足がガクガクしてきたし、荒く息を吐き出す喉が焼けるように熱くて苦しい。


 苦し紛れに犬が追いかけにくいよう抜け道や狭い場所を通っているが、もう少しで追いつかれてしまう。


 ただひたすら無我夢中で走る。なんで自分の家の方向に逃げなかったのか、自分のバカさ加減に怒りを覚える。


 どこかに逃げ込みたくても、周りは民家ばかり、というか山の方に走っているのでそれすら少ないのでどうしようもない。


 犬の吠え声が段々近付いてきた。もうダメかと思ったその時、角を曲がったすぐ目の前に石垣が広がっていた。


  左右の道はほぼ一本道で逃げ場はない、すぐ追いつかれてしまう。


 一瞬絶望感に襲われるが、これは、いけるかもしれない。


 僕は少し息を整えると、石垣の石と石の間の隙間に足をかけた。片手を出っ張った石を掴み体を持ち上げる。


 そうしてまた違う方の足をさっきよりも上の隙間にかけ、ゆっくりと登り始める。


 お腹が千切れそうに痛いが必死に堪える。


 僕の背丈の倍はある石垣を半分ほど登ったところで、真下から野良犬達が石垣に前足を掛けながら吠えまくっているが、さすがに石垣を登るのは無理らしい。


 安心したいところだが、これから石垣を登りきったら今度は向こう側へまた降りなければならない。



 最後の力を振り絞っててっぺんに跨ると体を反転させ内向きにし、慎重に降り始める。


 だが焦る気持ちを抑えられず、足を滑らし固い地面に腰を打ち付ける着地となった。


 あまりの痛さに涙が滲んできたが、野良犬達はまだ向こう側にいるようだ。


 少しホッとして、ズキズキと痛む腰に手をやりつつ上半身だけ起き上がり石垣に寄りかかった。

どっと疲れが押し寄せ、汗を拭うのもためらう。もう指1本動かしたくない。


  しばらくの間僕はそのままの体制でいたが、ふと気付く。ここはどこなんだろう。とにかく無我夢中だったから、地理的にどこあたりなのかも全くわからない。 それに元々僕はこの街の道を通学路、スーパーまでの道くらいしか知らないのだ。


 まだ震える足をなんとか立たせて、僕はやっと自分がいる環境を改めて見回すと、そこはやはりというか、山の入り口あたりまで来ていて、背の高い木々が日差しを遮ってくれている。


 目の前には石でできた階段がなだらかに上へと続いていた。


  その階段がわずか数メートルくらい続いた先に、赤い鳥居らしきものが見える。どう見ても斜めに傾いているがたぶん鳥居だろう。


 もしかして鳥居があるってことは、こんなところに神社があるんだろうか。


 ここがどこかはわからないけど、もう少し休憩したいし、座れる場所くらいはあるかもしれない。 とりあえず近くまで行ってみると、赤色で塗られていたと思われる鳥居は所々色がハゲていて、思っていたよりも斜めに傾いている。


 その下をくぐった先には同じようにボロボロの、僕が今まで見た中で一番小さな神社がポツンとたたずんでいた。


 神社の境内は雑草だらけで、石畳で作られた道も隠れて見えない程だった。


 周りにはご神木も何も無い。ただの空き地みたいなとこだった。町の外れだし、この有り様じゃもう管理している人はいないだろう。


 数歩進んで、古ぼけたお賽銭箱の前に立つ。近くで見ると、神社のほんでん?と言うのかよく覚えてないが、お賽銭箱の向こうにあるその建物はますますぼろかった。


 木の格子が付いた扉に続く短い階段。横には一体の狛犬。あれ、狛犬って一体だけだっけ。


  無駄に恐い顔をしている石でできた狛犬は右に一体だけ。普通こういうものって左右に2体あるんじゃないか……?


  少し不思議に思ったが、すぐにどうでもいいかと思い賽銭箱の向こうの階段にドサッと座り込んだ。


 こんな荒れ果てたとこにいても蚊に刺されるだけだし、第一落ち着かないし、これからどうしよう。


  あの野良犬達は諦めて帰ってくれてるといいけど。


 と、楽観的に考えた時だった。遠くから犬の吼え声。

 バッと目の前を見ると階段の更にその下からすごい勢いでさっきの野良犬達が、全く疲れを見せずそれはまるで陸上のオリンピックレベルの軽快さでこちらへ走っていた。ってオリンピックレベルとかどうでもいい!


  僕は立ち上がったが、周りは雑草が生い茂っているだけで身を隠す場所なんてない。


  走ってもないのに心臓がドクドクと鳴り始めた。


  野良犬達はあっという間にここに来るだろう。なんとか隠れないといけない、でもどこに…… !


 その時なぜか後ろからコツンと木を叩くような音がした。反射で振り返るとさっき見た時と変わらない格子の扉だ。


 気のせいなのか何かわからないが、考えてみればこの中に隠れられるかもしれない。


  鍵なんてもちろんかからないと思うし、扉自体乱暴にすればすぐ外れてしまいそうだが、もうこれしかない。


 蜘蛛の巣がかかった扉に手をかけ思いっきり力を込めた。が、開かない。


 ガタガタと動きはするが建て付けが悪いのか一向に開かない。振り返りたくもないが野良犬の声はもうすぐ後ろまで来ている。


 また涙が滲んできて、ヤケクソになって、僕はメチャクチャに叫んだ。


「なんっで……!嫌だ!開けよ!ちくしょう!」


 そうして両手で格子の木戸を思い切り叩いた瞬間、僕は気付いたら真っ逆さまに“落ちていた”





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