第7話
色とりどりの宝石や貴金属、繊細な細工の装飾品。可愛らしい小物や日用品が目の前の長テーブルに並べられていた。
その向こうには好々爺然とした年嵩の男性と、人懐っこい笑みを浮かべる青年が長ソファーに座っている。彼らは城に出入りを許された商人であり、今日はシアとの顔合わせを含めて種々の商品を持ってやって来ていた。
とはいえ、もともとシアは物欲が強い方ではない。公国でも慎ましやかな生活をしており、輿入れの際も必要最低限の物しか持ち込んでいない。本来、当人と荷物で何台もの馬車を必要とすることから花嫁行列などと揶揄されるのだが、一貴族が遊びに行くような身軽さであった。尤も必要なものは帝国側で用意されているので不自由はない。
欲しいものも必要なものもないゆえに、シアは何とはなしに商品を眺めていた。
彼らの持参した品はみな一級品で見ているだけでも楽しめる。だからといって、何も買わずに返すわけにもいかず、勧められた商品やそれなりに気になったものを手に取る。しかし、中々欲しいと思えるものがない。
商人たちの勧めを半ば聞き流しながら机の上を眺める。
「こちらはいかがです? 彼の有名な細工師の作でございます」
「そうですね……、これは?」
ふと目に入った小ぶりなヘアブラシを手に取る。明るい木材で作られ、底面には可憐な小花が彫られた象牙が埋め込まれている。
商人の説明を聞きながら、手の中でくるくると回す。軽くて、手触りもよく、作りもしっかりとしている。
「よろしければ、そちらはお名前を彫ることもできますよ」
ここにと象牙部分の1ヶ所を差す。空間の空いたそこは、そのままでもデザイン的に問題ない。だが、せっかくなのでそれを買い彫刻もお願いすることにした。
ほっとしたような表情を浮かべる商人が、3日後に届けに来ることを約束した。
1つ売買が成り立ち、お互い安心したのか会話が進むようになった。
商人だけあって、彼らの話術は巧みだった。行商で見聞きした、シアの知らない国の話を青年が面白おかしく話す。
燦々と降り注ぐ陽光に白い砂浜、青い海のある賑やかな港町。シアの見たことも行ったことのない南方の国であった珍事は、その情景が目に浮かぶようで思わずくすくすと笑いが零れた。
「ふふ、南の国ですか。いつか、行ってみたいです」
「行けますよ、きっと。南の国は開放的な雰囲気で、いるだけでも心が浮き足立つようでとても良いところですよ。前王妃殿下のご出身も――」
調子よく話していた青年の脇を慌てたようにもう1人がつつく。慌てて口を噤み、しばし視線を彷徨わせて無理矢理話題を変える。
「妃殿下は北の公国のご出身でしたよね?」
唐突であったが、シアは気にするそぶりも見せずに頷いて見せた。
「殿下の母国のシルクはとても素晴らしいものです。何度かこの手で扱ったこともありますが、これのために身代を傾けた貴族がいたという話も納得できる逸品ございました」
焦りからか早口だった口ぶりは、特産品の素晴らしさを語り、段々と熱を帯びてくる。
公国のシルクは誇るべき品だが、大量生産できるものでもなく、知る人ぞ知る一品でもある。商人である彼らが知らないはずはないだろうが、シアが感心するほどに多くを語る。
シアが驚いた表情をしていると、熱くなりすぎていたことに気付いたのか恥ずかしそうに頬を掻く。
「実は、前から公国には興味があったのです。しかし、公国を含めて北の国とは限られた取引しかなかったのが、それがとても残念で仕方ありませんでした。ですが、今回の同盟で輸出入品目も増えましたから、今後はぜひとも公国でも商売をしていきたいと思っています」
新しい商業ルートを開拓したいのだと、将来への期待を語る。
確かにこれから活発に交易は行われていくだろう。今まで限られた品を限られた商家だけが扱ってきたが、これからはそうした規制も緩くなり、利益を得ることが難しくない。
とはいえ、北国は排他的な所もあるためにそう上手くはいかないだろう。ましてや、特産品の良質のものは新参のものに扱うことは難しい。そうでなくても、新しい物事を始めるのに情報は何よりも必要なものだ。
「もしよろしければ、お会いできたときにでもお国のことを教えていただけませんか?」
「ええ、私にできることでしたら喜んで」
遠慮がちの申し出に、シアは了承する。公国にとっても帝国にとっても悪くない話だった。
それから1日空けて、シアのもとを青年商人が尋ねてきた。
「3日後と聞いていましたが、早かったのですね」
「はい。すぐにお見せしたかったので、失礼かと存じましたが参りました」
差し出された品を受け取って確認する。
美しい装飾文字で刻まれた名前を指でなぞる。申し分ない仕上がりにシアは礼を言い、青年も笑顔で応える。
「この後お時間ありますでしょうか?」
「ええ、お約束でしたもの。あなたはどのようなことを知りたいのですか?
「あなたなんて、テッドとお呼びください。そうですね……」
シアは融通も紹介もできないと断りながら、公国の特産物や商家について差し当りのないことを語る。ある程度の現状を知れば、今後の方針は十分立つ。それに、詳しいことは自分の力で知るべきだ。
テッドは話しを熱心に聞き、気が付けばけっこうな時間が過ぎていた。
「お話しありがとうございました。そうだ、こちら試供品なのですがいかがですか?」
テッドが差し出してきたのは小ぶりな缶に入った茶葉だった。
「最近販売を始めた薬草茶です。疲れによく効き、口当たりも良くて男性からご評価いただいています」
「まあ、ありがとうございます」
にっこりと微笑んでシアは渡された茶缶を受け取る。
テッドは渡す時にシアの手を握ると、人懐こい笑みを浮かべて帰って行った。
その背を見送ってからシアは手元の缶に目を戻す。片手に収まるそれは、1人であれば数回分はあるだろうが、複数人であれば1度で終わりそうな量しかない。
試しに開けて見ると、薬草茶ということもあり独特のにおいがした。茶葉の状態だとにおいが強いが、お茶にすれば気になるほどではないだろう。
ひとしきり確認した後、シュリを呼び、その茶缶を渡す。
「これをお願い」と申しつけて。