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護華の花  作者: 紗々雪
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第3話

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 童話の挿絵から抜け出してきたかのような王子が目の前にいた。輝く明るい金髪、澄んだ碧玉の瞳をもつ爽やかな面立ちの青年は、優雅に膝を折ってシアの手に口づける。上げられた顔に浮かぶ笑みを見れば、それだけで熱を上げていく少女が後を絶たないだろう。

 それに陶酔するでもなく、喜ぶでもなく、何事もなかったかのようにシアは返礼する。


「お久しぶりです、レイフォード殿下。あの時以来ですが、変わらずお元気そうでなによりです」

「ええ、シア様もお変わりないようで」


 王子様然とした青年は、シアと同い年の帝国第1王子のレイフォードである。彼は、戦後処理の和睦の使者として公国に尋ねて来たことがあり、その時に何度か話したこともあった。

 普通であればレイフォードに嫁ぐのが定石だが、彼は既に婚約者がいる身だ。帝国の次代を産むに相応しい姫君を押しのけて、シアが彼の妻になるわけにはいかなかった。


 レイフォードの後ろにいる、赤茶色の髪の少女と淡い金髪の少年が2人のやり取りを見守っていた。片や興味津々といった風情で、もう一方は所在なさげに立っている。

 挨拶が済んだレイフォードが脇によけ、シアは2人の好奇な視線を真っ直ぐ受けることになった。


「はじめまして。この度帝国に嫁いで参りました、シアと申します。皆様方の母になることはできませんが、よろしくお願いします」

「第1王女のアンジェリーナです。どうぞ、アンジュとお呼びくださいませ」


 アンジュは、一瞬呆気にとられたような顔をしたものの、言葉が沁み渡るにつれて笑顔が広がる。


「王妃の立場を笠に着るような方でなくて安心しました。さすがに、お兄様と同い年の方を母とは呼べませんもの」

「私も幾つかしか変わらない人たちの母親役はできませんわ。ですから、お好きなように接してください」


 アンジュの手を取り挨拶をすますと、硬直してしまっている第2王子の前でスカートをつまむ。


「先ほど言いました通り、母にはなれませんがよろしくしていただけませんか?」

「いえ、あの、ユリウスと申します。母上でなくてもかまいませんので、その、よろしくお願いします」


 慌てたように答える第2王子のユリウス殿下は、10を過ぎたぐらいの幼さの残る少年だ。体が強くないため、華奢で色白ではあるが、瞳には知的な光が宿っている。はにかんで見せる笑顔が可愛らしい。


 本来であれば、歓迎されるはずもない若い継母ではあるが、そんなことを微塵も感じさせない。大国の王族という立場に甘やかされるでもなく、傲慢に振舞うでもなく、その責任と義務をきちんと弁えているのだろう。

 優秀な次代たちを帝国は有していた。



 挨拶が済み次第、早々に食堂に入る。

 そこには既に国王が座しており、皆が揃った朝食は何事もなく和やかに進んだ。




 全員の食事が終わり、仕事に向かうライオネルを見送ったところで、レイフォードに声をかけられる。その傍らには、アンジュとユリウスも控えていた。


「シア様、この後お時間よろしいですか? よろしければ、親交を深めるためにお茶でも」

「ええ、もちろん。せっかくのお誘い断るなんで無粋でしょう」

「こちらに」


 意味深な笑みを浮かべる王子に、シアも満面の笑みで誘いに乗る。

 先導する彼らの後に続いて入った部屋は、落ち着いた雰囲気の応接間だった。始めから予定されていたのであろう、シア達が部屋に入ると侍女たちが手早く丁寧に茶の支度をして去って行く。

 シアの向かいにレイフォードが座り、お茶や菓子を勧める。勧められるがままに口にすれば、上品な甘さが好ましい。2人も思い思いのものを手に取る。

 穏やかな間を破ったのは、辛抱が切れたアンジュだった。


「ちょっと、お兄様。話しがあるって聞いてたのに、何で黙ってるの!?」

「遠路遥々いらしてくれたシア様に、帝国の紅茶と茶菓子ぐらい味わってもらったっていいだろう。――でもまぁ、話しは進めるか。アンジュは、母上のこと覚えているか?」

「え、お母様が亡くなった時、私は7歳よ。良く憶えていないわ」


 レイフォードに尋ねるような視線を向けられたユリウスも、ぶんぶんと首を振る。


「お前たちだって、父上には幸せになってほしいと思っているだろう?」


 レイフォードが2人を見やれば、アンジュとユリウスは互いの顔を見合わせ、困惑しながらもしっかりと頷く。

 すっかり蚊帳の外にやられたシアは、話しの成り行きを静かに見守っていた。


「母上が亡くなったのは、確かに悲劇だった。あれから、父上は誰も女性を近づけない。それは、母上のことを大切にしていたってこともあるし、王妃の座を望む奴にろくな人間がいないっていうところもある。だけど、それだけじゃない」

「つまり?」

「要は、父上は引け目に感じているんだ。母上に対して、王妃という存在に対して。あの方は、王妃の座に就く者が不幸になると思っていらっしゃる。確かに、妃の仕事は華やかなばかりでなく、辛く苦しく、内外の重圧も大きい。そのための教育受けていても、潰れてしまう人も出てくる」

「それがお母様だったって言うの?」


 恐る恐る尋ねるアンジュに、レイフォードは曖昧に避ける。


「さてね、俺も11歳だったし。とにかく、父上には幸せになってほしい。未だ戦場にも出るし、暫くは国王として政務を執り続けるだろう。過酷な仕事だ。だからこそ、安らぎの場は重要だよ。

 そこで、シア様さ」


 3人の視線がシアに集まる。

 突然、話しの中心に据えられても動じることなく視線を受け止める。


「シア様、あなたは賢く強かだ。そして、王妃という立場の哀楽もよくご存じだ。あなたならば、父上の思い込みを払拭してくださると思いました。現に、もう父上を振りまわしておられるようですし」

「まるで私が悪女かのように仰る。約束ですもの、できる限りは致しますわ」


 互いに顔を見合わせ、ころころと笑う。それを奇妙なものでも見るかのように、妹と弟は怪訝な表情を隠せずにいる。

 パンと手を叩き、アンジュが勢いよく立ちあがる。


「とにかく、父上の幸せのためにシア様を応援すればいいのよね。わかったわ、協力する」

「僕も、頑張ります」

「よろしいのですか、来たばかりの私を信用して?」

「大丈夫よ、お兄様には人を見る目があるから。ぜひともこれから、仲良くしてくださいね!」


 アンジュに両手を握られ、弾けるような笑みを向けられる。王子たちも期待するような眼差しで、シアを見つめていた。

 他人任せな人は好ましくはなかったが、今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。


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